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02.ある美少女
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康平が住んでいるのは、大学生が住むには少し贅沢なマンションの一室だ。親戚の伝手で、空いていた単身者用の部屋を少し安く借り受けている。構造上何部屋かは単身者向けの造りになっていて、他の部屋はそれなりに広く作られているらしい。らしい、というのは康平はそちらの部屋に行ったことがないからだ。勿論康平の部屋に他の住人が来たこともない。
大学進学に合わせて上京するとき、まだ見ぬ彼女を部屋に招待する野望を持っていたというのに、残念ながら、この部屋は康平の他に様子を見に来た親が来たきりだ。
「なんかあったかなー」
独り暮らしがはじまってから癖になった独り言を口にしながら、かぱん、と冷蔵庫を開く。仕送りのほとんどを家賃に取られている都合上、流石の康平も、自炊とスーパーでのまとめ買いくらいはしている。この一週間は少し荒れていたが。
だから、食材は冷蔵庫にあるだろうと踏んでいた。しかし、冷蔵庫の中身は空っぽだった。食べて泣いて慰めるような一週間だったのだ、当然とも言える。残っているのは氷と、調味料と、しなびたレタス。冷凍食品もほうれん草ときのこだけ。大学生の腹と栄養を満たすには、メイン食材があまりにも枯渇していた。頼みの炊飯器も、生米が水と一緒に入ったまま。
「なんで米も炊いてねえんだよ、ふっざけんな」
人間、腹が減ると怒りっぽくなる。ひとまず昨日の自分へ文句を言ってから、康平は昨日の自分を思い出した。昨晩は、失恋ソングを延々聞きながらカップ麺で夕飯を済ませて、そのまま酒の力で眠りに落ちた。カップ麺で存外満腹感が出てしまったから、水と米をセットするだけして、そのままボタンを押し忘れたのかもしれない。はたまた、セットはもっと前だったかどうだったか。
炊けていれば、塩むすびでもなんでも作って食べたかもしれないが、今更炊いても時間はかかる。早炊きするまでの間に買いに行くべきか悩みながら、康平は一週間の不摂生で乱れた顔と、伸びたヒゲを指先で撫でた。
シャワーを浴びて顔を剃って着替えても、米が炊けるよりは早い。大体悩むこと一〇秒。
「買い行くかぁ……」
決めるが早いが、炊飯のスイッチを押すと、康平はすっかり気怠くなった身体を延ばして風呂場へと向かった。
午後二時手前の日差しは、一週間ぶりの康平には痛いくらい眩しい。カンカン照りというわけじゃないのに目が痛むのは、薄暗い部屋で泣きながら音楽を聞いたりラジオを聞いたりぼんやりとテレビをただ流していた所為だろう。大学デビューで染めたまま続けている茶髪が、日光でご機嫌に輝いていた。
平日の昼間とはいえ、近所のスーパーがある駅前通りには思っていたより人がいる。ビジネスバッグを持った社会人らしい人も、お散歩中の親子も、買い物中の主婦だか主夫も。皆それぞれ忙しそうで、明らかにサボりの学生風の康平へわざわざ視線を向ける人は見当たらない。フラれた康平のことを知っている人が居ない、誰の視線も感じないというのは、存外傷ついた心に沁みた。
久し振りの外出が気怠いとは思っていたものの、家を出るときより機嫌は良い。コンビニで済ませようかと思っていた康平は、気の向くままにスーパーまで足を伸ばすことに決めた。
駅前通りには、スーパーが二店舗ある。駅向こうはいつも康平が使うお手頃お安めスーパー。そして駅のこちら側には、品質に気を遣っているとかなんとかいうお高めスーパー。お高めスーパーへ買い物に行ったこともあるが、康平にはそこまで味に違いがあるとも思えなかったし、金額的にも苦しく、普段使いする気はなかった。
それでもお高いスーパーの前を通る時、康平はいつも店を覗くようにしている。
理由は簡単、暇そうでエッチな年上美女とばっちり目が合って、ワンチャン誘惑でもされてみたいという中学生のような夢を捨てきれていないから。一度もそんなことになったことはないものの、夢を捨てたくはない。
今日もきっと理想の人はいないのだろう、そう思いながら康平はその日も、ウィンドウ越しに中の様子を覗いた。
「……あり?」
お高めスーパーの客は、大体が通いなれているのか見慣れた顔ぶれが多い。見知らぬ人だったとしても、如何にも常連ですと言わんばかりに、すたすたと歩いて何点かかごに入れて、カードでピッとして出て行く。もしくは中にあるカフェスペースで知り合いとゆっくり話をしていく人が多い。立ち往生するような姿を見ることはなかった。
なのに、今日は珍しく挙動不審な客がいた。
レジから離れた場所で、重そうに物を入れたかごを手で持って、きょろきょろソワソワとしている人の後ろ姿。白いキャップからは長い黒髪が覗いて、地味な黒いリュックもどこかもっさりしている。
迷子の子供のような挙動で、少し足を踏み出しては戻り、棚の間で辺りを見回し、立ち尽くしては様子をまた見る。
不審者か、それとも酷く困っているのか。周囲にはあまり客もいないせいで、酷く浮いて見えた。
金が足りないとか、それともトイレに行きたくて悩んでいるとか、人を探してるとか。もしくは、万引きか何か。思い浮かぶものは幾つかあるが、外から見る限り、その人は酷く困っているように見えた。
「……ぁー……」
腹具合と相談してから、康平はまるで最初から入る予定だったとでもいうような顔でお高めスーパーの自動ドアへ方向転換した。
万引きやスリが目的だったとしても、声を掛けたら逃げるかするだろう。そしたら通報すればいい。困ってるなら聞いてやればいい。気まぐれな親切心か、もしくは優しく慰められたいという欲求がそうさせたのかもしれない。
いつものスーパーと違って、お高めスーパーの自動ドアは酷く静かだった。店内のBGMも、康平には退屈に感じるような緩やかな音楽が流れている。所狭しと商品が置かれているわけでもないし、激安とか特価とか広告の品、みたいなポップがあまりない。
久し振りに入ると、どうにも肌が合わない気がする。ささやかな気まずさを感じながらも、カートを一台手に取った康平は、早足で外から見えた不審者の元へ向かった。
幸いにも不審者は見えた場所をうろついていたらしい。同じ場所で立ち往生する不審者は、やっぱり困っているように見える。
「そこの白いキャップ被った人ぉ、大丈夫っすか? なんか困ってる?」
声を掛けながらわざとカートの音を立てて近付くと、一度肩を跳ねさせた白いキャップの不審者が慌てて振り向く。
ふわり、とつやつやした黒髪が揺れる。合わせるようにスカートが揺れて、白い足首が微かに覗いた。レースの付いた黒いカットソーと、首元の薄く白いストール。後ろから見ていた印象より明るい装いが、康平の目に飛び込んでくる。色白の肌と赤みのさした頬。すっと整った鼻筋と、切れ長だけど大きくて華やかな目元。つやつやとした唇。小柄な顔の中に配置されたパーツは、どれもその辺の誰より大きかった。
真っ直ぐな姿勢で大人びた艶めいた容姿をしているのに、幼い空気をまとわせているアンバランスなその少女は、誰がどう見ても美少女だった。
「おぉ、う……」
「あ、え、っと」
少し掠れたようなハスキーな声色が、見惚れてぽかんと口を開いていた康平の意識を呼び戻した。大人っぽい顔立ちに合う、クールな声がしっくりくる。
眩いばかりの華やかな顔立ちと、押しに弱そうな雰囲気。巫とはタイプの違う魅力的な姿に、康平の中の純粋な親切心が勢いよく吹き飛んだ。どっどっど、と鳴り響く心臓の鼓動が激しくなる。困っている美少女の元に現れて、颯爽と助けるオレ。何度もシミュレートしたような夢のシチュエーションに、康平の背がびしりと伸びた。
「可愛いお嬢さん、良かったらオレが助けになりますよ」
「え、あ……お嬢さん……」
やに下がりそうな顔を引き締めて、精いっぱいのイケメンボイスを出すと、おろおろとしていた美少女が目を瞬かせた。目から星屑が飛んでいるような幻覚が見えて、康平は心の中でグッと拳を握った。これはイケる。褒めて、お近づきになって、あっという間に彼女持ちだ。一足飛びに二人で手を繋ぐ想像を巡らせながら、斜め三〇度の自分が一番イケメンに見える角度を意識しながら、康平はびしりと少女の前でポーズを取った。
「そのスカートとトップス可愛いね、めっちゃ似合ってる」
「お嬢さんって、僕ですか?」
自分を指さす美少女の顔色が、ぱっと少し明るくなる。シャープな印象の頬に赤みが差すと、いっそう美少女が輝いて見えた。
誉め言葉にこのリアクション、これは脈がある。咄嗟にそう判断した康平は、やや食い気味に頷いて、少女へ一歩近付いた。おろおろしていた印象の所為で小さく見えていたが、近付いてみると美少女は康平とそう変わらない背丈をしている。
「もちろん。かご、カートに乗せなよ」
すっと片手を差し出して少女のかごを持ち上げると、存外重さがあった。格好を付けようとした康平の手はプルプルと震えたが、顔はわずかに引き攣るだけに気合と根性で抑え込む。
え、あ、と慌てる少女に慣れないウィンクを飛ばして、ずしりとしたかごをカートへ乗せる。何をそんなに買ったのか、ちらりと覗いたかごの中には食料品に混ざってフライパンと無洗米が見えた。
「すみません、ええと、ありがとう、ございます」
「いいっていいって。何困ってたの? オレで良かったら手伝うよ」
自然な流れで、康平がカートのハンドルを握り少女の横へ並ぶ。あわよくば一緒に買い物をして、そのまま連絡先の交換をして、食事に呼ばれて、ドキドキしながら康平さんって恋人いますかなんて聞かれて。
飛躍した想像をしながら髪をかき上げる康平を、少女は凛とした造りの瞳を向けて、躊躇いがちに持ち上げていた手を諦めるように下げた。
「あーえっと、あの、実は、セルフレジが空かないかずっと待ってて」
「セルフ? んじゃ並ぼ。あ、でも普通のレジのが早いかもな」
「え、あ……あー、そう、ですね。あの、ちょっと人とお話するのが、苦手だったから」
「そんならオレ対応するよ、安心して」
「う……うん、じゃあ、お願い……し、ます」
康平が慣れないウィンクを返してから、カートを押してレジへと向かうと、少女はその陰に隠れるようについてきてくれた。
自分の後ろから、女の子っぽい、ローヒールのぺたぺたした足音が聞こえる。たったそれだけのことで、康平の乾いた心が満たされるような心地だった。まるで買い物デートのような体験。少女から見えないようにそっと天を仰ぎ、康平は心の中で信じても居ない神様への感謝でいっぱいになった。
可愛い女の子と出会わせてくれてありがとう。
感激する康平の後ろで、少女もまたホッと胸を撫で下ろしていることを、康平が気付くことはなかった。
大学進学に合わせて上京するとき、まだ見ぬ彼女を部屋に招待する野望を持っていたというのに、残念ながら、この部屋は康平の他に様子を見に来た親が来たきりだ。
「なんかあったかなー」
独り暮らしがはじまってから癖になった独り言を口にしながら、かぱん、と冷蔵庫を開く。仕送りのほとんどを家賃に取られている都合上、流石の康平も、自炊とスーパーでのまとめ買いくらいはしている。この一週間は少し荒れていたが。
だから、食材は冷蔵庫にあるだろうと踏んでいた。しかし、冷蔵庫の中身は空っぽだった。食べて泣いて慰めるような一週間だったのだ、当然とも言える。残っているのは氷と、調味料と、しなびたレタス。冷凍食品もほうれん草ときのこだけ。大学生の腹と栄養を満たすには、メイン食材があまりにも枯渇していた。頼みの炊飯器も、生米が水と一緒に入ったまま。
「なんで米も炊いてねえんだよ、ふっざけんな」
人間、腹が減ると怒りっぽくなる。ひとまず昨日の自分へ文句を言ってから、康平は昨日の自分を思い出した。昨晩は、失恋ソングを延々聞きながらカップ麺で夕飯を済ませて、そのまま酒の力で眠りに落ちた。カップ麺で存外満腹感が出てしまったから、水と米をセットするだけして、そのままボタンを押し忘れたのかもしれない。はたまた、セットはもっと前だったかどうだったか。
炊けていれば、塩むすびでもなんでも作って食べたかもしれないが、今更炊いても時間はかかる。早炊きするまでの間に買いに行くべきか悩みながら、康平は一週間の不摂生で乱れた顔と、伸びたヒゲを指先で撫でた。
シャワーを浴びて顔を剃って着替えても、米が炊けるよりは早い。大体悩むこと一〇秒。
「買い行くかぁ……」
決めるが早いが、炊飯のスイッチを押すと、康平はすっかり気怠くなった身体を延ばして風呂場へと向かった。
午後二時手前の日差しは、一週間ぶりの康平には痛いくらい眩しい。カンカン照りというわけじゃないのに目が痛むのは、薄暗い部屋で泣きながら音楽を聞いたりラジオを聞いたりぼんやりとテレビをただ流していた所為だろう。大学デビューで染めたまま続けている茶髪が、日光でご機嫌に輝いていた。
平日の昼間とはいえ、近所のスーパーがある駅前通りには思っていたより人がいる。ビジネスバッグを持った社会人らしい人も、お散歩中の親子も、買い物中の主婦だか主夫も。皆それぞれ忙しそうで、明らかにサボりの学生風の康平へわざわざ視線を向ける人は見当たらない。フラれた康平のことを知っている人が居ない、誰の視線も感じないというのは、存外傷ついた心に沁みた。
久し振りの外出が気怠いとは思っていたものの、家を出るときより機嫌は良い。コンビニで済ませようかと思っていた康平は、気の向くままにスーパーまで足を伸ばすことに決めた。
駅前通りには、スーパーが二店舗ある。駅向こうはいつも康平が使うお手頃お安めスーパー。そして駅のこちら側には、品質に気を遣っているとかなんとかいうお高めスーパー。お高めスーパーへ買い物に行ったこともあるが、康平にはそこまで味に違いがあるとも思えなかったし、金額的にも苦しく、普段使いする気はなかった。
それでもお高いスーパーの前を通る時、康平はいつも店を覗くようにしている。
理由は簡単、暇そうでエッチな年上美女とばっちり目が合って、ワンチャン誘惑でもされてみたいという中学生のような夢を捨てきれていないから。一度もそんなことになったことはないものの、夢を捨てたくはない。
今日もきっと理想の人はいないのだろう、そう思いながら康平はその日も、ウィンドウ越しに中の様子を覗いた。
「……あり?」
お高めスーパーの客は、大体が通いなれているのか見慣れた顔ぶれが多い。見知らぬ人だったとしても、如何にも常連ですと言わんばかりに、すたすたと歩いて何点かかごに入れて、カードでピッとして出て行く。もしくは中にあるカフェスペースで知り合いとゆっくり話をしていく人が多い。立ち往生するような姿を見ることはなかった。
なのに、今日は珍しく挙動不審な客がいた。
レジから離れた場所で、重そうに物を入れたかごを手で持って、きょろきょろソワソワとしている人の後ろ姿。白いキャップからは長い黒髪が覗いて、地味な黒いリュックもどこかもっさりしている。
迷子の子供のような挙動で、少し足を踏み出しては戻り、棚の間で辺りを見回し、立ち尽くしては様子をまた見る。
不審者か、それとも酷く困っているのか。周囲にはあまり客もいないせいで、酷く浮いて見えた。
金が足りないとか、それともトイレに行きたくて悩んでいるとか、人を探してるとか。もしくは、万引きか何か。思い浮かぶものは幾つかあるが、外から見る限り、その人は酷く困っているように見えた。
「……ぁー……」
腹具合と相談してから、康平はまるで最初から入る予定だったとでもいうような顔でお高めスーパーの自動ドアへ方向転換した。
万引きやスリが目的だったとしても、声を掛けたら逃げるかするだろう。そしたら通報すればいい。困ってるなら聞いてやればいい。気まぐれな親切心か、もしくは優しく慰められたいという欲求がそうさせたのかもしれない。
いつものスーパーと違って、お高めスーパーの自動ドアは酷く静かだった。店内のBGMも、康平には退屈に感じるような緩やかな音楽が流れている。所狭しと商品が置かれているわけでもないし、激安とか特価とか広告の品、みたいなポップがあまりない。
久し振りに入ると、どうにも肌が合わない気がする。ささやかな気まずさを感じながらも、カートを一台手に取った康平は、早足で外から見えた不審者の元へ向かった。
幸いにも不審者は見えた場所をうろついていたらしい。同じ場所で立ち往生する不審者は、やっぱり困っているように見える。
「そこの白いキャップ被った人ぉ、大丈夫っすか? なんか困ってる?」
声を掛けながらわざとカートの音を立てて近付くと、一度肩を跳ねさせた白いキャップの不審者が慌てて振り向く。
ふわり、とつやつやした黒髪が揺れる。合わせるようにスカートが揺れて、白い足首が微かに覗いた。レースの付いた黒いカットソーと、首元の薄く白いストール。後ろから見ていた印象より明るい装いが、康平の目に飛び込んでくる。色白の肌と赤みのさした頬。すっと整った鼻筋と、切れ長だけど大きくて華やかな目元。つやつやとした唇。小柄な顔の中に配置されたパーツは、どれもその辺の誰より大きかった。
真っ直ぐな姿勢で大人びた艶めいた容姿をしているのに、幼い空気をまとわせているアンバランスなその少女は、誰がどう見ても美少女だった。
「おぉ、う……」
「あ、え、っと」
少し掠れたようなハスキーな声色が、見惚れてぽかんと口を開いていた康平の意識を呼び戻した。大人っぽい顔立ちに合う、クールな声がしっくりくる。
眩いばかりの華やかな顔立ちと、押しに弱そうな雰囲気。巫とはタイプの違う魅力的な姿に、康平の中の純粋な親切心が勢いよく吹き飛んだ。どっどっど、と鳴り響く心臓の鼓動が激しくなる。困っている美少女の元に現れて、颯爽と助けるオレ。何度もシミュレートしたような夢のシチュエーションに、康平の背がびしりと伸びた。
「可愛いお嬢さん、良かったらオレが助けになりますよ」
「え、あ……お嬢さん……」
やに下がりそうな顔を引き締めて、精いっぱいのイケメンボイスを出すと、おろおろとしていた美少女が目を瞬かせた。目から星屑が飛んでいるような幻覚が見えて、康平は心の中でグッと拳を握った。これはイケる。褒めて、お近づきになって、あっという間に彼女持ちだ。一足飛びに二人で手を繋ぐ想像を巡らせながら、斜め三〇度の自分が一番イケメンに見える角度を意識しながら、康平はびしりと少女の前でポーズを取った。
「そのスカートとトップス可愛いね、めっちゃ似合ってる」
「お嬢さんって、僕ですか?」
自分を指さす美少女の顔色が、ぱっと少し明るくなる。シャープな印象の頬に赤みが差すと、いっそう美少女が輝いて見えた。
誉め言葉にこのリアクション、これは脈がある。咄嗟にそう判断した康平は、やや食い気味に頷いて、少女へ一歩近付いた。おろおろしていた印象の所為で小さく見えていたが、近付いてみると美少女は康平とそう変わらない背丈をしている。
「もちろん。かご、カートに乗せなよ」
すっと片手を差し出して少女のかごを持ち上げると、存外重さがあった。格好を付けようとした康平の手はプルプルと震えたが、顔はわずかに引き攣るだけに気合と根性で抑え込む。
え、あ、と慌てる少女に慣れないウィンクを飛ばして、ずしりとしたかごをカートへ乗せる。何をそんなに買ったのか、ちらりと覗いたかごの中には食料品に混ざってフライパンと無洗米が見えた。
「すみません、ええと、ありがとう、ございます」
「いいっていいって。何困ってたの? オレで良かったら手伝うよ」
自然な流れで、康平がカートのハンドルを握り少女の横へ並ぶ。あわよくば一緒に買い物をして、そのまま連絡先の交換をして、食事に呼ばれて、ドキドキしながら康平さんって恋人いますかなんて聞かれて。
飛躍した想像をしながら髪をかき上げる康平を、少女は凛とした造りの瞳を向けて、躊躇いがちに持ち上げていた手を諦めるように下げた。
「あーえっと、あの、実は、セルフレジが空かないかずっと待ってて」
「セルフ? んじゃ並ぼ。あ、でも普通のレジのが早いかもな」
「え、あ……あー、そう、ですね。あの、ちょっと人とお話するのが、苦手だったから」
「そんならオレ対応するよ、安心して」
「う……うん、じゃあ、お願い……し、ます」
康平が慣れないウィンクを返してから、カートを押してレジへと向かうと、少女はその陰に隠れるようについてきてくれた。
自分の後ろから、女の子っぽい、ローヒールのぺたぺたした足音が聞こえる。たったそれだけのことで、康平の乾いた心が満たされるような心地だった。まるで買い物デートのような体験。少女から見えないようにそっと天を仰ぎ、康平は心の中で信じても居ない神様への感謝でいっぱいになった。
可愛い女の子と出会わせてくれてありがとう。
感激する康平の後ろで、少女もまたホッと胸を撫で下ろしていることを、康平が気付くことはなかった。
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