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新たな謎を残したまま、エドアルドは名残惜しそうにして帰国していった。何か思いついたら、また連絡をくれるらしい。
他にも土産をごっそりと置いていった彼を見送って、ユリウスは家にある書物に目を通す日々を送っていた。
水の色を変える薬品は、作ることができる。しかも比較的、簡単な手法で。当然、白い色を出すことも可能だ。
「特に使い道のない薬だけど、一応」と、デニスは教えてくれた。まさしく毒にも薬にもならないため、昔はよく、アンジェロと遊ぶときに使っていた。
だが、あの巨大な湖の色を変えるとなると、それは難しい。コップ一杯の水の色を変える薬品を、どのくらい用意すればいいのか、見当もつかなかった。
また、ラジアン1世が怪我を負っているときに、「そうだ、泉の色を変えてみよう」などと思いつくだろうか。
そういうわけで、白き泉の謎を解くことができないままだった。
冬になる前に、大量の薬を準備しておくのに超したことはないので、ユリウスは昼間、忙しく立ち働いた。
薬草を使える形に加工して、片っ端から風邪薬や咳止め、胃薬を調合していく。
アンジェロの代理の商人は、何でもない顔をして薬の取引をして帰っていくが、上司の不在をどう考えているのだろう。商売人の笑顔は、無表情であるのと同じくらい、本心を読み取らせない。
隠しておくことはできないため、ユリウスは正直に、アンジェロの父親には手紙で、息子を金に変えてしまったことを謝罪した。熊に襲われたと知った父親は、ユリウスの咄嗟の判断に感謝をするとともに、「私どもの方でも、呪いに効きそうなものがないか、情報を集めてまいります」と、協力を申し出てくれた。
ありがたいことだが、ユリウスはひたすらに恐縮してしまった。救うとはいっても、かろうじて死んでいないだけ。本当に助けることができるかどうかは、また別問題なのである。
ヴァリーノの親方は、息子のことは自分の胸に留めておくとだけ言った。奥方にも、アンジェロの腹違いの兄たちにも知らせるつもりはないらしい。年の離れた末っ子は、腹違いとはいえ、兄たちにも可愛がられていたようだ。
「息子たちはまだ若造です。弟のことを知れば、落ち込んで、商売にならない」
と、商人らしい矜持を語っていたけれど、本音は、家族をこれ以上落ち込ませたくないのだろう。
彼らのためにも、早く元に戻す方法を見つけなければならない。
ユリウスに許された時間は、夜しかない。冬はろうそくも節約しなければならないのだが、知ったことではない。できる限り月影の中で目を凝らして、いよいよ無理だとなったところで、火をつける。
先人たちが残した手書きの帳面を探り、何か方法がないか、デニスと読んでいたときに見落とした部分はないか、注意深く目を通すのだが、あいにく、引っかかるような箇所はない。
エドアルドからの手紙も、もはや定期連絡となってしまっていて、はかばかしい成果はない。
諦めるしかないのか? 諦めきれるのか?
人の……アンジェロの命がかかっているんだ。
はあ、と大きな溜息とともに、ユリウスは組んだ手の上に額を載せた。途方もない疲労感に目を閉じるも、眠気はやってこない。
もう何日、まともに眠っていないだろう。
小休止していたユリウスの耳に、コツ、コツ、と、控えめなノックの音が聞こえた。
目を開けて頭を上げたユリウスもまた、扉の向こうに聞こえるだろうぎりぎりの声量で応じる。
「まだ眠れないのか?」
ディオンがひょっこりと顔を出した。
最近はタビオとの関係も安定してきたし、いつまでも彼が逗留している理由もないのだが、「今までほとんど休みなく働いてきたんだから、長期休暇だ」と、しれっとした顔で言うので、そのままにしている。
ユリウスにとっても、ディオンの軽妙さが癒やしになっているのは事実であり、彼の顔を見ると、ホッとする。
ディオンは「飲まないか?」と、カップと酒を持って、入室した。
ろうそく一本だけの頼りない灯りの中、彼の持ってきた酒瓶のラベルを見て、「ああ」と、ユリウスは小さく喘ぐ。
「これ、アンジェロが……」
いつだったか、アンジェロが「一緒に飲もうよ」と持ってきた葡萄酒の残りだということに気づき、ユリウスはちらりと、開いたままの本を見た。
酒なんて飲んでいる場合か。早くアンジェロを元に戻さなければ……。
ユリウスの揺れる感情を察するのも、ディオンは上手かった。ただ、彼はユリウスの思い通りにさせてくれるかと
いうと、それは違う。
「休息も必要だ。酒を飲めば、嫌でも眠れるだろう」
寝不足で荒れ、目元には色濃い隈が落ちる頬に触れようとするので、ユリウスはやんわりと、けれどはっきりと、彼の手を押しとどめた。はたき落とす、というのに近かった。
もちろん、アンジェロとディオンは違う。行動の理由も、おそらく愛情ではなくて、ただただ、年下の男が弱っていることへの同情に違いない。タビオや部下たちに向ける優しさを、ユリウスにも向けてくれているに過ぎないのは、わかっている。
それでも、この頬に、身体に触れることを許すのは、アンジェロだけだ。
睨みつけられても、ディオンは肩を竦めるだけだった。こういうところは、ミランダの一件で信用されていなかったときから変わらない。
ディオンはまったく何も気にしていない様子で、「ほら」と、酒を勧めてくる。
あの日と同じ酒。けれど、一緒に飲んでいる相手が違う。酒精が、よりほろ苦く感じた。
倉庫の中で冷えた葡萄酒は、口の中に入れるだけで、沁みるような気がした。よく舌で探ってみれば、ぽつぽつと口内炎がいくつもできて、腫れぼったくなっている。
「寒いな。温めてくればよかったか」
隣に立つディオンの言葉に、ユリウスは首を横に振った。冷たさが、頭を冴え渡らせる気がした。
窓の外の空を見上げると、半分になった月が光り輝いていた。
『月の光の下のユリウスも、きれいだ』
そんなことを、アンジェロは言っていた。月の光の中、隣に立つディオンを見つめても、何の感慨も浮かばない。
「ん? なんだ? いい男過ぎて見惚れたか?」
「いや、まったく」
冷たい声であしらって、ユリウスは再び、空を見上げた。
周りの小さな星々を、圧倒する力のある月は、白く輝いている。ユリウスは飲みかけのカップを机に置いた。そうすると、薄暗くて色の判別がつかなくなった酒に、白い月が映り込んだ。
「白い……」
カップに手がぶつかって、中身が揺れる。
それはまるで、湖が波立つかのようで。
ユリウスはハッとした。酒を飲んで、感傷に浸っている場合ではない。寝間着のままで外に出ていこうとするものだから、ディオンも面食らって、「おい」と、肩を掴んでくる。
「確かめなきゃ!」
せめて上は着ろと、かけてあった外套を着せられて、ユリウスはとにかく走った。夜遅い時間、しかも少しだけだが、酒も入っているから、昼間とは勝手が違う。
細い枝が、外套で覆われていない皮膚を引っ掻いて傷をつくるが、そんなのお構いなしに、ユリウスは走った。ディオンも後ろからついてくる。何をそんなに急いでいるのかわからないまま、文句ひとつ言わない。
やがてユリウスは辿り着く。
「やっぱり……」
「これは……」
一瞬遅れて声に出したディオンも、気がついたようだ。彼を振り返り、ユリウスは指をさす。
「そう。これが、白き泉だ」
高くのぼった月が、泉を照らしている。湖面で歪み、きれいな形ではないが、それはまぎれもなく、白かった。
エドアルドにも協力をしてもらい、国の学者たちを総動員して計算をした結果、ラジアン1世をはじめ、白き泉で傷を癒やしたとされる伝説の多くが、満月の夜のことであると推測された。
ユリウスの思いつきが補強されたこととなる。あとは月が満ちるのを待つだけで、ユリウスは一日一日、そわそわと過ごした。
「ユリウス、最近、変」
ぬか喜びさせてはならないと、タビオには話をしていなかった。普段、一定の感情を保つことに慣れているユリウスが、見るからに期待や焦燥で、ひとつ場所にいられないほどになっているのを、ある程度の長さの付き合いである彼は、見抜いていた。
食後に皿を片付けようとしていたユリウスは、追及の目に、思わず流しに取り落とした。幸い、割れることはなかったけれど、ものすごい音がする。
自分でやったことなのに、肩をびくんと震わせるのが、情けない。
「何か隠しごと、してるでしょ」
じっと見つめられて、「特に何も」と視線を逸らす。
「あ、午前中にやり残した調薬があるんだった」
わざとらしく口に出して、そそくさと調合室へと引っ込んだ。
毒と薬は紙一重、扱いを間違うと危険なものがたくさんあるため、ユリウスはタビオに、調合室への出入りを禁止している。
もしも彼が、このままここで薬師になりたいというのならば、自分がデニスにしてもらったように、弟子として厳しくも温かくも修行をつけるのだが、タビオには、そのつもりはないだろう。
ディオンという親族もいるし、ミランダも元に戻るはずだ。彼がこの森に留まる理由はない。
律儀で素直なタビオは、どんなときであっても言いつけを破らない。
「もう!」
と、苛立ちと諦めとともに投げかけられた一言を受け止めつつ、ユリウスは逃げ場があって助かった、と思う。
窓に映る自分の顔を見て、首を捻った。
そんなに、わかりやすい顔をしているだろうか。
城にいた最後の数ヶ月は、「可愛くない」「子どもらしくない」と陰口を叩かれていた。笑ったり泣いたり、わがままを言ったりすることなく、静かに本を読んで過ごしていたせいだ。
輝きの森に来てからも、デニスやアメリアは、「何かしてほしいことは?」「今どんな気持ち?」と、しきりに尋ねてきたものだった。
自分の気持ちを、言葉もなくくみ取ってくれるのは、アンジェロくらいのもので……。
気を抜くと、すぐに彼のことを考えてしまう。ユリウスは首を大きく横に振り、一度頭の中からアンジェロのことを追い出す。
仕事が残っているというのは、嘘ではなかった。
他にも土産をごっそりと置いていった彼を見送って、ユリウスは家にある書物に目を通す日々を送っていた。
水の色を変える薬品は、作ることができる。しかも比較的、簡単な手法で。当然、白い色を出すことも可能だ。
「特に使い道のない薬だけど、一応」と、デニスは教えてくれた。まさしく毒にも薬にもならないため、昔はよく、アンジェロと遊ぶときに使っていた。
だが、あの巨大な湖の色を変えるとなると、それは難しい。コップ一杯の水の色を変える薬品を、どのくらい用意すればいいのか、見当もつかなかった。
また、ラジアン1世が怪我を負っているときに、「そうだ、泉の色を変えてみよう」などと思いつくだろうか。
そういうわけで、白き泉の謎を解くことができないままだった。
冬になる前に、大量の薬を準備しておくのに超したことはないので、ユリウスは昼間、忙しく立ち働いた。
薬草を使える形に加工して、片っ端から風邪薬や咳止め、胃薬を調合していく。
アンジェロの代理の商人は、何でもない顔をして薬の取引をして帰っていくが、上司の不在をどう考えているのだろう。商売人の笑顔は、無表情であるのと同じくらい、本心を読み取らせない。
隠しておくことはできないため、ユリウスは正直に、アンジェロの父親には手紙で、息子を金に変えてしまったことを謝罪した。熊に襲われたと知った父親は、ユリウスの咄嗟の判断に感謝をするとともに、「私どもの方でも、呪いに効きそうなものがないか、情報を集めてまいります」と、協力を申し出てくれた。
ありがたいことだが、ユリウスはひたすらに恐縮してしまった。救うとはいっても、かろうじて死んでいないだけ。本当に助けることができるかどうかは、また別問題なのである。
ヴァリーノの親方は、息子のことは自分の胸に留めておくとだけ言った。奥方にも、アンジェロの腹違いの兄たちにも知らせるつもりはないらしい。年の離れた末っ子は、腹違いとはいえ、兄たちにも可愛がられていたようだ。
「息子たちはまだ若造です。弟のことを知れば、落ち込んで、商売にならない」
と、商人らしい矜持を語っていたけれど、本音は、家族をこれ以上落ち込ませたくないのだろう。
彼らのためにも、早く元に戻す方法を見つけなければならない。
ユリウスに許された時間は、夜しかない。冬はろうそくも節約しなければならないのだが、知ったことではない。できる限り月影の中で目を凝らして、いよいよ無理だとなったところで、火をつける。
先人たちが残した手書きの帳面を探り、何か方法がないか、デニスと読んでいたときに見落とした部分はないか、注意深く目を通すのだが、あいにく、引っかかるような箇所はない。
エドアルドからの手紙も、もはや定期連絡となってしまっていて、はかばかしい成果はない。
諦めるしかないのか? 諦めきれるのか?
人の……アンジェロの命がかかっているんだ。
はあ、と大きな溜息とともに、ユリウスは組んだ手の上に額を載せた。途方もない疲労感に目を閉じるも、眠気はやってこない。
もう何日、まともに眠っていないだろう。
小休止していたユリウスの耳に、コツ、コツ、と、控えめなノックの音が聞こえた。
目を開けて頭を上げたユリウスもまた、扉の向こうに聞こえるだろうぎりぎりの声量で応じる。
「まだ眠れないのか?」
ディオンがひょっこりと顔を出した。
最近はタビオとの関係も安定してきたし、いつまでも彼が逗留している理由もないのだが、「今までほとんど休みなく働いてきたんだから、長期休暇だ」と、しれっとした顔で言うので、そのままにしている。
ユリウスにとっても、ディオンの軽妙さが癒やしになっているのは事実であり、彼の顔を見ると、ホッとする。
ディオンは「飲まないか?」と、カップと酒を持って、入室した。
ろうそく一本だけの頼りない灯りの中、彼の持ってきた酒瓶のラベルを見て、「ああ」と、ユリウスは小さく喘ぐ。
「これ、アンジェロが……」
いつだったか、アンジェロが「一緒に飲もうよ」と持ってきた葡萄酒の残りだということに気づき、ユリウスはちらりと、開いたままの本を見た。
酒なんて飲んでいる場合か。早くアンジェロを元に戻さなければ……。
ユリウスの揺れる感情を察するのも、ディオンは上手かった。ただ、彼はユリウスの思い通りにさせてくれるかと
いうと、それは違う。
「休息も必要だ。酒を飲めば、嫌でも眠れるだろう」
寝不足で荒れ、目元には色濃い隈が落ちる頬に触れようとするので、ユリウスはやんわりと、けれどはっきりと、彼の手を押しとどめた。はたき落とす、というのに近かった。
もちろん、アンジェロとディオンは違う。行動の理由も、おそらく愛情ではなくて、ただただ、年下の男が弱っていることへの同情に違いない。タビオや部下たちに向ける優しさを、ユリウスにも向けてくれているに過ぎないのは、わかっている。
それでも、この頬に、身体に触れることを許すのは、アンジェロだけだ。
睨みつけられても、ディオンは肩を竦めるだけだった。こういうところは、ミランダの一件で信用されていなかったときから変わらない。
ディオンはまったく何も気にしていない様子で、「ほら」と、酒を勧めてくる。
あの日と同じ酒。けれど、一緒に飲んでいる相手が違う。酒精が、よりほろ苦く感じた。
倉庫の中で冷えた葡萄酒は、口の中に入れるだけで、沁みるような気がした。よく舌で探ってみれば、ぽつぽつと口内炎がいくつもできて、腫れぼったくなっている。
「寒いな。温めてくればよかったか」
隣に立つディオンの言葉に、ユリウスは首を横に振った。冷たさが、頭を冴え渡らせる気がした。
窓の外の空を見上げると、半分になった月が光り輝いていた。
『月の光の下のユリウスも、きれいだ』
そんなことを、アンジェロは言っていた。月の光の中、隣に立つディオンを見つめても、何の感慨も浮かばない。
「ん? なんだ? いい男過ぎて見惚れたか?」
「いや、まったく」
冷たい声であしらって、ユリウスは再び、空を見上げた。
周りの小さな星々を、圧倒する力のある月は、白く輝いている。ユリウスは飲みかけのカップを机に置いた。そうすると、薄暗くて色の判別がつかなくなった酒に、白い月が映り込んだ。
「白い……」
カップに手がぶつかって、中身が揺れる。
それはまるで、湖が波立つかのようで。
ユリウスはハッとした。酒を飲んで、感傷に浸っている場合ではない。寝間着のままで外に出ていこうとするものだから、ディオンも面食らって、「おい」と、肩を掴んでくる。
「確かめなきゃ!」
せめて上は着ろと、かけてあった外套を着せられて、ユリウスはとにかく走った。夜遅い時間、しかも少しだけだが、酒も入っているから、昼間とは勝手が違う。
細い枝が、外套で覆われていない皮膚を引っ掻いて傷をつくるが、そんなのお構いなしに、ユリウスは走った。ディオンも後ろからついてくる。何をそんなに急いでいるのかわからないまま、文句ひとつ言わない。
やがてユリウスは辿り着く。
「やっぱり……」
「これは……」
一瞬遅れて声に出したディオンも、気がついたようだ。彼を振り返り、ユリウスは指をさす。
「そう。これが、白き泉だ」
高くのぼった月が、泉を照らしている。湖面で歪み、きれいな形ではないが、それはまぎれもなく、白かった。
エドアルドにも協力をしてもらい、国の学者たちを総動員して計算をした結果、ラジアン1世をはじめ、白き泉で傷を癒やしたとされる伝説の多くが、満月の夜のことであると推測された。
ユリウスの思いつきが補強されたこととなる。あとは月が満ちるのを待つだけで、ユリウスは一日一日、そわそわと過ごした。
「ユリウス、最近、変」
ぬか喜びさせてはならないと、タビオには話をしていなかった。普段、一定の感情を保つことに慣れているユリウスが、見るからに期待や焦燥で、ひとつ場所にいられないほどになっているのを、ある程度の長さの付き合いである彼は、見抜いていた。
食後に皿を片付けようとしていたユリウスは、追及の目に、思わず流しに取り落とした。幸い、割れることはなかったけれど、ものすごい音がする。
自分でやったことなのに、肩をびくんと震わせるのが、情けない。
「何か隠しごと、してるでしょ」
じっと見つめられて、「特に何も」と視線を逸らす。
「あ、午前中にやり残した調薬があるんだった」
わざとらしく口に出して、そそくさと調合室へと引っ込んだ。
毒と薬は紙一重、扱いを間違うと危険なものがたくさんあるため、ユリウスはタビオに、調合室への出入りを禁止している。
もしも彼が、このままここで薬師になりたいというのならば、自分がデニスにしてもらったように、弟子として厳しくも温かくも修行をつけるのだが、タビオには、そのつもりはないだろう。
ディオンという親族もいるし、ミランダも元に戻るはずだ。彼がこの森に留まる理由はない。
律儀で素直なタビオは、どんなときであっても言いつけを破らない。
「もう!」
と、苛立ちと諦めとともに投げかけられた一言を受け止めつつ、ユリウスは逃げ場があって助かった、と思う。
窓に映る自分の顔を見て、首を捻った。
そんなに、わかりやすい顔をしているだろうか。
城にいた最後の数ヶ月は、「可愛くない」「子どもらしくない」と陰口を叩かれていた。笑ったり泣いたり、わがままを言ったりすることなく、静かに本を読んで過ごしていたせいだ。
輝きの森に来てからも、デニスやアメリアは、「何かしてほしいことは?」「今どんな気持ち?」と、しきりに尋ねてきたものだった。
自分の気持ちを、言葉もなくくみ取ってくれるのは、アンジェロくらいのもので……。
気を抜くと、すぐに彼のことを考えてしまう。ユリウスは首を大きく横に振り、一度頭の中からアンジェロのことを追い出す。
仕事が残っているというのは、嘘ではなかった。
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