金の右手は初恋に触れる

葉咲透織

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 この世界には時折、呪い子とも祝い子とも呼ばれる、特殊な体質で生まれてくる人間がいる。

 驚異的な身体能力で、他を圧倒する人間。動物たちの声なき声を聞き、従わせることのできる人間。その性質は、千差万別だ。

 呪いと祝いは、紙一重。人が有益であると思えば祝いで、有害であると思えば呪いだった。

 その日、アルビウム王国は第二王子の誕生を、今か今かと待ちわびていた。第一王子は身分の低い妾腹。待望の正妃と国王との間の子は、王太子として迎えられる――その身が、呪い子でなかったなら。

 産声を上げた赤ん坊は、歓喜ではなく混乱と恐怖の悲鳴をもって、この世に生を受けた。産婆に抱き上げられた彼に、正妃が安堵の溜息とともに手を伸ばして触れた瞬間、異変が起きた。

 第二王子、ユリウス・アルビニアは呪い子。その右手に触れた生物はみな、黄金に変わってしまう。

 母と産婆は、最初の犠牲者だった。尊い身分であるために、すぐに殺してしまうこともできず、呪い子は生かされ、被害は拡大していく。

 何人の乳母が、金に変わっただろう。赤ん坊は好奇心が強く、なんでも触ってみようとする。目の前の人間が、硬く動かなくなってしまったことに怯え、大きな声で泣きわめくばかり。自業自得なのに、訳もわからずに怖がるのだ。

 いっそのこと、右腕を切り落としてしまえばいい。

 重臣たちからは過激な意見も挙がった。切ったところで、別の場所に呪いが移るだけかもしれないという反対意見もあった。

 物心つく前、ユリウスの手は何重もの布でぐるぐるに保護されていた。ときには、胴体と右腕をきつく縛って固定されることもあった。

 ユリウスの処遇が正式に決まったのは、三歳のときのことだった――。

 アルビオム、レタリア、グローヴィルの三国の国境を曖昧にぼかすように、森が広がっている。鬱蒼と生い茂る木々は、緑というよりも黒に見える。そんな暗い色彩の森を、輝きの森と名づけたいにしえの人々の意図は、今となっては不明である。

 どの国にも帰属しない森に連れてこられたユリウスは、ただただ怖かった。

 悪い魔女が住んでいて、自分は食われてしまうに違いない。あまりにも、絵本に出てくる森に似ていた。歩みは遅々として、進まなかった。

 ユリウスの供を務めたのは、退役した衛兵であった。すでに隠居の身であるし、役職付ではないから、地位も低い。間違いがあって黄金に変えられてしまっても、誰も困らないという人選であった。

 彼はユリウスの背をそっと押した。

 森の南側、開拓された土地にたった一軒、ぽつりと存在する家は、曲がりなりにも王子であったユリウスの目には、粗末な小屋に見えた。

 老兵はユリウスを小屋の住人に託すと、そのまま何も言わず頭を下げ、森を去って行った。一度も振り返りはしなかった。

 名残惜しく、ずっと彼の背を眺めていたユリウスの頭に、大きな掌が載せられた。

「ようこそ。殿下……いや、ユリウス。今日から私たちが、君の父と母だ」
「よろしく」

 頭を撫でられるのは、初めての経験だった。おそらく、養父にされたこの人も、子どもに触れるのは初めてだったに違いない。ぎこちない手の動き、力の入れ具合を測っている素振りに、ユリウスの緊張は少しずつほどけていく。

「っていうかさあ、子どもに対してなんなわけ! コレ!」

 物静かで穏やかな養父とは正反対に、養母となる女性は賑やかだった。

 彼女はユリウスの右拳から、一切の躊躇なく、布を剥ぎ取っていく。城の侍女たちは、ユリウスの手から布を取る役目を押しつけ合っていたし、最終的には、取り替えること自体を放棄したくらいだ。

 驚いて固まっていたユリウスに、養母は怖い顔をしてみせた。

「まずは、手を洗わないとだめね」

 ずっと布で防護され、まともに洗えていなかった右手は、悪臭を放っていた。まだ呆然としているユリウスの左手を引き、養母は小屋の中へと連れていってくれた。

 王位継承権を剥奪され、生国を追放された幼子を、二人は特別扱いすることなく、本当に自分たちの子どものように扱ってくれた。

 右手首に鈴をつけてくれたのは、養母・アメリアだった。

「いい? この鈴が鳴ったら、右手を引っ込めるのよ。絶対に。あたしたちに触れたいときは、ちゃんと言葉で言ってちょうだい。左手をぎゅっとしてあげる」

 右手どころか左手すら忌むべき存在とされていたユリウスの孤独は、養親によって癒やされていった。表情に乏しく、何かが欠落した人間であるユリウスを愛してくれる、恩人である。

 ユリウスが養父・デニスと同じ薬師の道を選ぶと言ったとき、狩人のアメリアは嘆いた。デニスはアメリアを慰めつつ、ユリウスに「師匠としての私は、厳しいからね」と、微笑んだのだった。

 捨てられたことによって、かけがえのない家族を得た。初めて与えられる愛情に戸惑うユリウスに、デニスたちは根気よく、付き合ってくれた。

 不便なことはたくさんあるし、時には不愉快な気持ちにさせられる出来事も度々あったけれど、概ね幸福に過ごしていた。

 だから、生国の親兄弟に会いたいと思ったことはない。向こうも、厄介払いした王子のことなど、歴史から抹消するに違いない。

 そう思っていたのだが――……。


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