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タイムリミット・バースデー①
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土曜日は柏木たちと買い物に出かけた。山本がくっついてきたのは、「呉井さんとデートに行くことになってんのに、あたしと二人で出かけてたの見られたら、明日川の評価は地に落ちるよ」との言い分によってだった。
軍資金は母親から出た。出かけるための服を買うから、と小遣いの前借りを頼んだのだが、女親とは勘のいいもので。
「デート? デート用の服ね!? いいわ、いくらでも持っていきなさい!」
と、財布ごと押し付けてくるものだから、参った。俺はデートなんて一言も言っていないのに。母は涙を拭う素振りで、「とうとう我が息子にも春が……」と喜びを露にしている。
一万円札二枚だけ借りた結果、柏木が想定したよりも多かったので、ワンランク上げた店に連れていかれた。ああでもないこうでもないと着せ替え人形の気持ちを味わった結果、普段買わない色のシャツとカーディガンを買うことになった。ズボンは普段使いの黒いデニムでいいらしい。そしてなぜか、山本も服を買っていた。なんでだ。
健闘を祈る、と二人に肩を叩かれた。大丈夫だ。俺は……いいや、呉井さんはひとりじゃない。
そして翌日。俺にとっても、呉井さんにとっても運命の日。
「おはよう、呉井さん」
午前十時。学校で。
昨日送ったメッセージには、そう待ち合わせの指定をした。彼女はスタンプを使わないので、「わかりました」と簡潔に返ってくるだけだった。俺もそれ以上、「何がしたい」だのなんだのぐだぐだ聞かずに、一往復だけでやり取りは終了した。
「おはようございます、明日川くん」
呉井さんはふわっとしたニットのワンピースを身に纏っている。くすんだピンク色が、彼女を大人っぽく見せる。化粧などしなくとも十分美しい彼女だが、今日は普段と異なり、唇がキラキラしている。光が当たるたびに、パールが虹色に輝いていた。あまりにも眩しい姿に、思わず目を細める。
「明日川くん?」
俺が何も言わないのを訝しんだ彼女が、首を傾げる。ああ、髪型もいつもと少し違うのか。ただ下ろしているのではなく、サイドの毛を編み込みにして止めてある。文化祭の件で不器用なのが判明した呉井さんなので、自分ではこんな髪型にはできないだろう。
「可愛い髪してるなあ、と思って」
「まぁ……ありがとうございます」
「でもそれって、仙川先生がやってくれたんだよね? 違う?」
呉井さんは図星を指されて、真っ赤になった。俺は声を上げて笑い、彼女の手首を取った。
「さ、行こうか」
「は、はい」
俺の行動に面食らった呉井さんは、引きずられるようにして俺についてくる。きっと彼女は、おかしいと感じているだろう。
引っ張っていくのは自分で、俺はそれに「はいはい」って言いながらついていく。それが俺たちの関係だった。今日だって誘ったのは俺だが、彼女は自分がリードするつもりでいたに違いない。
呉井さんの思い込みを崩す、その一歩だ。
初めて握った女の子の手首の細さにどぎまぎしていることを、俺は悟られまいとする。でもきっと無駄だろう。心音は指先まで通っていて、ちょうど彼女の脈打つ場所に触れている。
ドクン、ドクン。お互いの緊張が伝わってきて、さらに高まっていく。
別々の世界を見ているのに、そんな共鳴がおかしくて俺は笑った。どうか今日一日、涙が零れませんように。祈るしかなかった。
デートは柏木の意見も参考にして、地元の高校生の定番コースにした。県内に遊園地はあるが、車でないと交通の利便性が悪い。そのためうちの高校の人間は、だいたい電車に乗って、隣県にある大型ショッピングモールに向かうのだ。
そこは買い物や飲食だけではなく、ゲームセンターやボウリングができる施設があり、カラオケもある。早い話が、「次どこ行く?」となったときに近場ですべて解決できる、手っ取り早い場所なのである。
俺は勿論、呉井さんも初めて来た様子で、少し興奮していた。あまりにも広くて、全部見て回ろうとするのは自殺行為としか思えなかった。そこで俺は、事前にいくつかの店や施設をピックアップしていた。
「呉井さん、ゲーセンって行ったことある?」
案の定、首を横に振る。そもそも呉井さんって、テレビゲームとかやったことあるんだろうか。スマホのアプリゲームの類をやらないくらいだから、興味がなかったのかもしれない。
「じゃあ行ってみよう」
彼女は少しだけ、二の足を踏む。ゲームセンターといえば、ギャルっぽかったり不良っぽかったりする連中が行く場所。そういうひと昔前のイメージがあり、入るのに躊躇している。
「大丈夫だって」
確かに繁華街のチェーン店ではない店だと、そういうイメージは正しいかもしれないが、ここはショッピングモールだ。当然客層も、ファミリーが多い。
四階のゲーセンまで引っ張っていくと、明るいブースにやや音量を控えたBGM、何よりもゲームに興じている半分は小さな子供たちということもあって、呉井さんは明らかにほっとした表情を浮かべていた。
俺は呉井さんを誘導して、まずは人気のリズムゲームの前に連れていった。数台あるゲームの筐体は、ラッキーなことに一台空いている。俺は荷物を足元に置いて、百円を入れた。
「呉井さんは、半分からそっちね」
「え、ええ? え!?」
突然のことにあたふたする彼女は珍しい。ペースを崩すことには成功している。俺は彼女の焦りに気づかなかったフリで、涼しい顔をしてレベルと曲を選択する。何度もプレイしているとはいえ、俺もプロ並に上手いとはいえない。中くらいのレベルで、曲はゲームオリジナルではなく、CMにも使われていたロックバンドのヒットナンバー。このくらいなら、呉井さんも聞いたことあるだろう。去年の紅白で歌ってたし。
「始まるよ。集中して!」
「は、はいぃ……」
目を白黒させた呉井さんは、最初は戸惑っていたが、落ちてくる音符が下部のバーに合ったタイミングで、同じ色のボタンを押せばいいのだとルールを理解すると、持ち前の運動神経とリズム感を発揮し始めた。
軽快なリズムとともに、「ふっ」「ほっ」と無意識に声を上げ、初心者らしく身体も一緒に揺れている呉井さんは、教室では決して見られない。
「次はもうちょい難易度上げても大丈夫そうだな」
選んだのもやっぱり、ドラマの主題歌で有名な曲だ。
「えっ、ちょ、速い! 何、コレ!?」
先程とはレベルが違う。プロレベルに上手い人間だと、これを一人でパーフェクトに叩くのだが、俺は半分で限界。呉井さんのところまでカバーできない。
「頑張って!」
「う、あ、えええ? いやあああ」
経験上、ゲームには人間の本性が表れると思っている。パズルゲームで連鎖をめちゃくちゃ組む奴と、三連鎖くらいを連打する奴は性格が異なる。穏やかで、常に誰かのために行動すると思われていた奴が、某すごろくゲームでめちゃくちゃいやらしい戦法を取ったりすることもあった。
常にお嬢様然としている呉井さんの本当の姿を見たい。彼女は担当のボタン五つを捨てて、両手で一つずつボタンを押す作戦に出ている。全部押そうとしても、初心者の呉井さんはついていけない。
「明日川くん! よろしくお願いしますね!」
「任された!」
俺がパーフェクトを取り続ければ、ギリギリでクリアできるかもしれない。素早い判断だ。そして俺のことを信じていなきゃ、取れない作戦でもある。
ゲームから見る呉井さんの本当の性格は、合理的だ。できることとできないことをきっちりと分け、可能な限り自分の手で行い、不可能な部分はできる人に丸投げをする。
また、夢見がちというわけでもないようだ。次に向かったのは、ゾンビを撃ち殺すゲーム。暴力的だのなんだのと言われるかと思ったが、彼女は最初はきゃあきゃあ言いながら、途中からは無言で本職のハンターのように、淡々と撃ち殺していた。
「怖いとかないの?」
「どうしてですか? 作り物じゃないですか」
呉井さんはきょとんとしている。射撃の才能があるのか、呉井さんの成績は俺よりもよかった。
「これ、とても楽しいですね!」
楽しんでいただけたようで何よりだ。俺は俺で、呉井さんの知らない一面を見ることができて、大変有意義であった。
ゲームセンターでは最後に、プリクラを撮ることにした。
男だけではプリクラブースに入れないことが多い。女の子とデートをするのも初めてだし、中学時代に男女グループで遊ぶこともほぼなかった。よって、他のゲームとは違い、プリクラは俺もほぼ初体験だった。
『変顔して~』
「変顔? 変顔って?」
「例えば、こんな……」
三、二、一……カウントダウンに合わせて俺は白目を剥く。
『ゼロ!』
そのまま撮影されてしまったが、果たして呉井さんはどんな変顔をしたのか。白目だからわかんないんだよな。その後は普通に写真を撮ったのだが、ラストは。
『ぎゅ~っとくっついて!』
などという、何かの罠のような指示だった。俺は乾いた笑いを上げて、「別に全部従わなくてもいいよな?」と言うが、呉井さんはぎゅっと俺の方に寄った。
「せっかくですから。ね?」
何がせっかくなのかはわからないけれど、俺も呉井さんの方に身を寄せた。俺がもっといい男なら、肩を抱き寄せたり手を繋いだりするんだろうけれど、そこまではできない。恋人でもなんでもない男がやれば、セクハラ以外の何物でもない。
「あとは外に出て、らくがきタイムだってさ」
「な、なにをかけばよいのでしょう……」
二枚目の変顔写真、呉井さんはフグのようなふくれっ面を披露していた。可愛い。
結局らくがきには時間が足りず、最後はスタンプを一つか二つ押すだけでいっぱいいっぱいだった。世の女子たちは、全部にらくがきをするのか。直感でやってるのかな。すごいな。
出てきたシールを半分こした。呉井さんは、「どこに貼ればいいのでしょうか?」と悩んでいる。俺はスマートフォンを取り出した。ケースから一度外して、スマホ本体にシールを一枚貼りつける。
「どこに貼ってもいいんだよ。自分の愛着の持てる物に貼ってほしいな」
彼女は少し悩んだ末に、鞄の中から手帳を取り出した。
そう、中身をボロボロにされて、激怒したあの手帳だ。日向瑠奈の写真が挟み込まれていた。同じ手帳に、彼女は俺とのプリクラを貼った。
変顔の奴をチョイスするのは、やめてほしかったな。いや、呉井さんは可愛いんだけれど。
適当なところでランチにして、それからショッピングへ。
「明日川くんは、何か見たいお店はないのですか?」
呉井さんの好きそうなテイストの店は、昨日柏木から仕入れている。彼女は何度もこのショッピングモールに足を運んでいるので、マップに丸をつけてくれた。勿論そんなものを手にして歩くわけにはいかないので、一晩で丸暗記してきた。
呉井さんも年頃の女の子。買う買わないは別にして、ショッピングは好きな様子。洋服や雑貨を見ている表情は、まさか「クレイジー・マッド」などと呼ばれているとは、到底思えない。
疲れたかな、というところで俺は彼女に声をかけた。
「近くのカフェでお茶でもしよう」
「はい」
同じ過ちはしない。俺はカフェオレをオーダーした。呉井さんの視線はカップケーキに釘付けだったので、勝手に注文した。
セットで頼んだ紅茶を飲みながら、
「明日川くんは、見たいお店はないのですか?」
と、呉井さんは不安そうに言う。女子向けの店ばかり連れ回した罪悪感が、彼女の顔に書いてある。俺は首を横に振った。
「今日は誕生日でしょ? 呉井さんの好きな店を見るって決めてるから」
もう一度見たいところはあるかと尋ねると、呉井さんは少し考えて、最初の方に見た雑貨店を上げた。
その店では、ガラス細工をたくさん扱っていた。クリスマスまでは一か月以上あるけれど、スノードームまで置いてある。そのうちのひとつを、呉井さんはじっくりと眺める。舞い上がるラメがキラキラと輝きながら、ゆっくりと落ちていく。
「気に入ったのあった?」
「ええ」
そう言いながらも、呉井さんはスノードームを棚に戻した。買わないの、と言うと呉井さんは首を横に振った。
「買いません」
視線は名残惜しそうに品物に向けられるが、呉井さんは絶対に買わないという強い意志を示した。購入したとしても、そのまま遺品になるだけだ。
思えば、彼女が使っていた手帳もペンケースも、革製の上質な物だった。そしてきちんと手入れがなされていて、かなりの年数使用していた形跡がある。最低限の物を使用することで、後に遺す物を極力減らそうという努力を、俺は今ここに至って知った。
「じゃあもう一度、ゲーセン行く?」
呉井さんは楽しそうに微笑んで、「今度は負けませんわ」と、格ゲーへのやる気を見せた。
軍資金は母親から出た。出かけるための服を買うから、と小遣いの前借りを頼んだのだが、女親とは勘のいいもので。
「デート? デート用の服ね!? いいわ、いくらでも持っていきなさい!」
と、財布ごと押し付けてくるものだから、参った。俺はデートなんて一言も言っていないのに。母は涙を拭う素振りで、「とうとう我が息子にも春が……」と喜びを露にしている。
一万円札二枚だけ借りた結果、柏木が想定したよりも多かったので、ワンランク上げた店に連れていかれた。ああでもないこうでもないと着せ替え人形の気持ちを味わった結果、普段買わない色のシャツとカーディガンを買うことになった。ズボンは普段使いの黒いデニムでいいらしい。そしてなぜか、山本も服を買っていた。なんでだ。
健闘を祈る、と二人に肩を叩かれた。大丈夫だ。俺は……いいや、呉井さんはひとりじゃない。
そして翌日。俺にとっても、呉井さんにとっても運命の日。
「おはよう、呉井さん」
午前十時。学校で。
昨日送ったメッセージには、そう待ち合わせの指定をした。彼女はスタンプを使わないので、「わかりました」と簡潔に返ってくるだけだった。俺もそれ以上、「何がしたい」だのなんだのぐだぐだ聞かずに、一往復だけでやり取りは終了した。
「おはようございます、明日川くん」
呉井さんはふわっとしたニットのワンピースを身に纏っている。くすんだピンク色が、彼女を大人っぽく見せる。化粧などしなくとも十分美しい彼女だが、今日は普段と異なり、唇がキラキラしている。光が当たるたびに、パールが虹色に輝いていた。あまりにも眩しい姿に、思わず目を細める。
「明日川くん?」
俺が何も言わないのを訝しんだ彼女が、首を傾げる。ああ、髪型もいつもと少し違うのか。ただ下ろしているのではなく、サイドの毛を編み込みにして止めてある。文化祭の件で不器用なのが判明した呉井さんなので、自分ではこんな髪型にはできないだろう。
「可愛い髪してるなあ、と思って」
「まぁ……ありがとうございます」
「でもそれって、仙川先生がやってくれたんだよね? 違う?」
呉井さんは図星を指されて、真っ赤になった。俺は声を上げて笑い、彼女の手首を取った。
「さ、行こうか」
「は、はい」
俺の行動に面食らった呉井さんは、引きずられるようにして俺についてくる。きっと彼女は、おかしいと感じているだろう。
引っ張っていくのは自分で、俺はそれに「はいはい」って言いながらついていく。それが俺たちの関係だった。今日だって誘ったのは俺だが、彼女は自分がリードするつもりでいたに違いない。
呉井さんの思い込みを崩す、その一歩だ。
初めて握った女の子の手首の細さにどぎまぎしていることを、俺は悟られまいとする。でもきっと無駄だろう。心音は指先まで通っていて、ちょうど彼女の脈打つ場所に触れている。
ドクン、ドクン。お互いの緊張が伝わってきて、さらに高まっていく。
別々の世界を見ているのに、そんな共鳴がおかしくて俺は笑った。どうか今日一日、涙が零れませんように。祈るしかなかった。
デートは柏木の意見も参考にして、地元の高校生の定番コースにした。県内に遊園地はあるが、車でないと交通の利便性が悪い。そのためうちの高校の人間は、だいたい電車に乗って、隣県にある大型ショッピングモールに向かうのだ。
そこは買い物や飲食だけではなく、ゲームセンターやボウリングができる施設があり、カラオケもある。早い話が、「次どこ行く?」となったときに近場ですべて解決できる、手っ取り早い場所なのである。
俺は勿論、呉井さんも初めて来た様子で、少し興奮していた。あまりにも広くて、全部見て回ろうとするのは自殺行為としか思えなかった。そこで俺は、事前にいくつかの店や施設をピックアップしていた。
「呉井さん、ゲーセンって行ったことある?」
案の定、首を横に振る。そもそも呉井さんって、テレビゲームとかやったことあるんだろうか。スマホのアプリゲームの類をやらないくらいだから、興味がなかったのかもしれない。
「じゃあ行ってみよう」
彼女は少しだけ、二の足を踏む。ゲームセンターといえば、ギャルっぽかったり不良っぽかったりする連中が行く場所。そういうひと昔前のイメージがあり、入るのに躊躇している。
「大丈夫だって」
確かに繁華街のチェーン店ではない店だと、そういうイメージは正しいかもしれないが、ここはショッピングモールだ。当然客層も、ファミリーが多い。
四階のゲーセンまで引っ張っていくと、明るいブースにやや音量を控えたBGM、何よりもゲームに興じている半分は小さな子供たちということもあって、呉井さんは明らかにほっとした表情を浮かべていた。
俺は呉井さんを誘導して、まずは人気のリズムゲームの前に連れていった。数台あるゲームの筐体は、ラッキーなことに一台空いている。俺は荷物を足元に置いて、百円を入れた。
「呉井さんは、半分からそっちね」
「え、ええ? え!?」
突然のことにあたふたする彼女は珍しい。ペースを崩すことには成功している。俺は彼女の焦りに気づかなかったフリで、涼しい顔をしてレベルと曲を選択する。何度もプレイしているとはいえ、俺もプロ並に上手いとはいえない。中くらいのレベルで、曲はゲームオリジナルではなく、CMにも使われていたロックバンドのヒットナンバー。このくらいなら、呉井さんも聞いたことあるだろう。去年の紅白で歌ってたし。
「始まるよ。集中して!」
「は、はいぃ……」
目を白黒させた呉井さんは、最初は戸惑っていたが、落ちてくる音符が下部のバーに合ったタイミングで、同じ色のボタンを押せばいいのだとルールを理解すると、持ち前の運動神経とリズム感を発揮し始めた。
軽快なリズムとともに、「ふっ」「ほっ」と無意識に声を上げ、初心者らしく身体も一緒に揺れている呉井さんは、教室では決して見られない。
「次はもうちょい難易度上げても大丈夫そうだな」
選んだのもやっぱり、ドラマの主題歌で有名な曲だ。
「えっ、ちょ、速い! 何、コレ!?」
先程とはレベルが違う。プロレベルに上手い人間だと、これを一人でパーフェクトに叩くのだが、俺は半分で限界。呉井さんのところまでカバーできない。
「頑張って!」
「う、あ、えええ? いやあああ」
経験上、ゲームには人間の本性が表れると思っている。パズルゲームで連鎖をめちゃくちゃ組む奴と、三連鎖くらいを連打する奴は性格が異なる。穏やかで、常に誰かのために行動すると思われていた奴が、某すごろくゲームでめちゃくちゃいやらしい戦法を取ったりすることもあった。
常にお嬢様然としている呉井さんの本当の姿を見たい。彼女は担当のボタン五つを捨てて、両手で一つずつボタンを押す作戦に出ている。全部押そうとしても、初心者の呉井さんはついていけない。
「明日川くん! よろしくお願いしますね!」
「任された!」
俺がパーフェクトを取り続ければ、ギリギリでクリアできるかもしれない。素早い判断だ。そして俺のことを信じていなきゃ、取れない作戦でもある。
ゲームから見る呉井さんの本当の性格は、合理的だ。できることとできないことをきっちりと分け、可能な限り自分の手で行い、不可能な部分はできる人に丸投げをする。
また、夢見がちというわけでもないようだ。次に向かったのは、ゾンビを撃ち殺すゲーム。暴力的だのなんだのと言われるかと思ったが、彼女は最初はきゃあきゃあ言いながら、途中からは無言で本職のハンターのように、淡々と撃ち殺していた。
「怖いとかないの?」
「どうしてですか? 作り物じゃないですか」
呉井さんはきょとんとしている。射撃の才能があるのか、呉井さんの成績は俺よりもよかった。
「これ、とても楽しいですね!」
楽しんでいただけたようで何よりだ。俺は俺で、呉井さんの知らない一面を見ることができて、大変有意義であった。
ゲームセンターでは最後に、プリクラを撮ることにした。
男だけではプリクラブースに入れないことが多い。女の子とデートをするのも初めてだし、中学時代に男女グループで遊ぶこともほぼなかった。よって、他のゲームとは違い、プリクラは俺もほぼ初体験だった。
『変顔して~』
「変顔? 変顔って?」
「例えば、こんな……」
三、二、一……カウントダウンに合わせて俺は白目を剥く。
『ゼロ!』
そのまま撮影されてしまったが、果たして呉井さんはどんな変顔をしたのか。白目だからわかんないんだよな。その後は普通に写真を撮ったのだが、ラストは。
『ぎゅ~っとくっついて!』
などという、何かの罠のような指示だった。俺は乾いた笑いを上げて、「別に全部従わなくてもいいよな?」と言うが、呉井さんはぎゅっと俺の方に寄った。
「せっかくですから。ね?」
何がせっかくなのかはわからないけれど、俺も呉井さんの方に身を寄せた。俺がもっといい男なら、肩を抱き寄せたり手を繋いだりするんだろうけれど、そこまではできない。恋人でもなんでもない男がやれば、セクハラ以外の何物でもない。
「あとは外に出て、らくがきタイムだってさ」
「な、なにをかけばよいのでしょう……」
二枚目の変顔写真、呉井さんはフグのようなふくれっ面を披露していた。可愛い。
結局らくがきには時間が足りず、最後はスタンプを一つか二つ押すだけでいっぱいいっぱいだった。世の女子たちは、全部にらくがきをするのか。直感でやってるのかな。すごいな。
出てきたシールを半分こした。呉井さんは、「どこに貼ればいいのでしょうか?」と悩んでいる。俺はスマートフォンを取り出した。ケースから一度外して、スマホ本体にシールを一枚貼りつける。
「どこに貼ってもいいんだよ。自分の愛着の持てる物に貼ってほしいな」
彼女は少し悩んだ末に、鞄の中から手帳を取り出した。
そう、中身をボロボロにされて、激怒したあの手帳だ。日向瑠奈の写真が挟み込まれていた。同じ手帳に、彼女は俺とのプリクラを貼った。
変顔の奴をチョイスするのは、やめてほしかったな。いや、呉井さんは可愛いんだけれど。
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「明日川くんは、何か見たいお店はないのですか?」
呉井さんの好きそうなテイストの店は、昨日柏木から仕入れている。彼女は何度もこのショッピングモールに足を運んでいるので、マップに丸をつけてくれた。勿論そんなものを手にして歩くわけにはいかないので、一晩で丸暗記してきた。
呉井さんも年頃の女の子。買う買わないは別にして、ショッピングは好きな様子。洋服や雑貨を見ている表情は、まさか「クレイジー・マッド」などと呼ばれているとは、到底思えない。
疲れたかな、というところで俺は彼女に声をかけた。
「近くのカフェでお茶でもしよう」
「はい」
同じ過ちはしない。俺はカフェオレをオーダーした。呉井さんの視線はカップケーキに釘付けだったので、勝手に注文した。
セットで頼んだ紅茶を飲みながら、
「明日川くんは、見たいお店はないのですか?」
と、呉井さんは不安そうに言う。女子向けの店ばかり連れ回した罪悪感が、彼女の顔に書いてある。俺は首を横に振った。
「今日は誕生日でしょ? 呉井さんの好きな店を見るって決めてるから」
もう一度見たいところはあるかと尋ねると、呉井さんは少し考えて、最初の方に見た雑貨店を上げた。
その店では、ガラス細工をたくさん扱っていた。クリスマスまでは一か月以上あるけれど、スノードームまで置いてある。そのうちのひとつを、呉井さんはじっくりと眺める。舞い上がるラメがキラキラと輝きながら、ゆっくりと落ちていく。
「気に入ったのあった?」
「ええ」
そう言いながらも、呉井さんはスノードームを棚に戻した。買わないの、と言うと呉井さんは首を横に振った。
「買いません」
視線は名残惜しそうに品物に向けられるが、呉井さんは絶対に買わないという強い意志を示した。購入したとしても、そのまま遺品になるだけだ。
思えば、彼女が使っていた手帳もペンケースも、革製の上質な物だった。そしてきちんと手入れがなされていて、かなりの年数使用していた形跡がある。最低限の物を使用することで、後に遺す物を極力減らそうという努力を、俺は今ここに至って知った。
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