クレイジー・マッドは転生しない

葉咲透織

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美しい悪魔①

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 文化祭後の一週間、俺は学校をサボることにした。このときばかりは、髪をピンク色に染め直しておけばよかった、と思う。白茶けた髪だと、私服でも高校生に見えてしまうが、ピンク髪なら……というところまで考えて、そもそも俺は私服がダサいから、どんな髪色であってもガキにしか見えないっていう結論になった。

 そう、ガキだ。悲しいくらい。もっと大人だったら、呉井さんの問題にも早くに気づいて、行動に移すことができたかもしれない。

 仮定法で話をしてみたって、一ミリも事態は動かない。俺には時間が、圧倒的に足りない。悩んでいる暇があったら、たらればの話をしているくらいなら、ひとつずつ事を進めていくべきだ。

 真っ先にやったのは、日向瑠奈の現状を知ることだった。瑞樹先輩は、「僕の姉だった人」と言った。「僕の姉だ」じゃない。切っても切れないはずの血縁を、わざわざ過去形で表現するには理由がある。

 ひとつは、何らかの事情で瑠奈が日向家から絶縁されている場合。でもおそらく、もうひとつの理由だろう。嫌な予感ほど当たるんだ。

 スマホで「日向瑠奈」と検索する。ビンゴ。五年前のニュース記事がヒットした。さすがに全文を読むことはできないが、見出しと日付だけわかれば十分だ。

『女子高生、トラックに轢かれて死亡』

 ニュースサイトは地元の新聞社だ。俺はスマホの画面をそのままに、図書館へと自転車を飛ばす。途中でポケットに入れたスマホが震えたが、無視をした。どうせ柏木あたりが、「あんた一体何してんの?」とでも送ってきたんだろう。その辺は、山本がうまく宥めてくれるに違いない。

 図書館にたどり着いた。引っ越してきてから、初めてやってきた。勉強をするのも、いつもの被服室だったし、本を読むひまさえないような、賑やかな日々を過ごしていた。

 司書の人に五年前の地元の新聞記事が読みたいと伝えると、専用の閲覧席を案内された。古い新聞は、冊子になった状態で置いてあるが、五年ほど前だと、すべてデータ化されている。彼女はSDカードを手に戻ってきて、丁寧に使い方を教えてくれた。

 俺は礼を言って、さっそく記事の中身を確認する。日付で検索をかけると、すぐに見つかった。

 丁寧に目を通していく。彼女の個人データとしては、私立の高校に通っていたことがわかった。死者のプライバシーに配慮してか、学校名までは書いていなかった。うちの学校だったら簡単なのにな。卒業アルバムを調べればいいから。でもそんなにうまくはいかないだろう。

 注目すべき点はもうひとつ。警察は事故と自殺の両面で捜査している、という一文だ。その後の結論が知りたくて、年内の新聞記事は一通りチェックしてみたが、結局わからないままだった。確かにニュース番組でも、「事故と事件の両面で~」というフレーズの後、続報が入るのは事件の場合だけだ。じゃあ警察は、事故と結論づけたということだろうか。

 いや、答えを出すのは早計だ。俺はまだ、彼女の人となりについて何もわかっちゃいない。瑠奈が自殺と事故、どちらとも言える状況で死んだのは確実だ。彼女が自殺をするような悩みを抱えていたのか、性格はどうだったのか。それを調べてからでもいいはず。

 俺は記事を印刷してから、先程の司書さんのところに行って、同じ時期の週刊誌も見られないか相談した。瑠奈は呉井さんと同じくらいの美少女だった。そんな女子高生が死んだとなれば、下世話な人間の一人か二人は、食いついたかもしれない。

 量が膨大なので地下の書架にあるというが、問題なく入れるらしい。あまり人も来ないのか、エレベーターを降りた先の部屋は、なんだか上とは違う匂いがした。

 俺は五年前の週刊誌を片っ端から目次を確認していった。知っている週刊誌の中でも、低俗なゴシップばかり載せている雑誌を先にピックアップしていく。それらしいタイトルを見つけ、開く。

「あった……」

 思わずつぶやき、熟読する。

『美少女高校生、悲劇の誕生日』

 誕生日、だったのか。この日が瑠奈の十七歳の。そして読者モデルをしていた名門女子校の生徒という情報も得られた。山本に「県内の名門女子校ってどこ?」とメッセージを送ると、授業中だろうに、「黎明れいめい女子」とすぐさま返事が来る。俺や呉井さんのことを案じて、勉強よりも優先してくれているのがありがたい。

 記事を読んでいると、どうやら自殺の線が濃厚だったようだ。おそらく、日向という名門の家であることを考慮して、警察は明言を避け、新聞社もそれに倣った形なのだろう。ゴシップ誌にそうしたモラルがないことに、普段なら怒りを覚えるところだが、今回は救われた。

 瑠奈の同級生へのインタビューも掲載されている。ちっぽけな事件なのに、割と丁寧に取材をしているんだな、と意外だった。二人の同級生の言い分は、不思議なことに真逆だった。

『瑠奈ちゃんは可愛くて、頭がよくて……本当に、なんで死んじゃったのかなって思います。私みたいなクラスで目立たない人間にも、分け隔てなく優しくて、女神様みたいな人でした』

『日向瑠奈は、笑顔の下で何を考えているのかわからなくて、私は苦手でした。なんていうか、こっちをコントロールしようとしているように見えちゃって。なんだか、悪魔がいたら、こんな人なんだろうなって』

 女神と悪魔。同一人物がこうも両極端な評価を得ることが、あるだろうか。本当に、どんな少女だったのか。

 記事には白黒で目元に黒い線が入っているが、瑠奈の写真も掲載されていた。ティーンズ向けのファッション誌に載ったときの写真のようで、口元は微笑みを浮かべている。だが、俺には、彼女の目は笑っていないように思えた。

 他の雑誌や、同じ雑誌の別の号も一応チェックしたが、それ以上の情報は得られなかった。俺はコピーを取って、地上へと戻る。

 自殺かもしれない交通事故。相反する印象を持つ少女。俺が次にするべきことは……。

 コピーの中の、記者の名前に丸をつけた。 



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