25 / 44
異世界転生食事事情
しおりを挟む
一日目は宿題がメインイベントとなってしまった。その後ディナーの準備が整うまでの間、柏木による撮影会に巻き込まれたことは、思い出したくない。不敵な笑いってなんだよ。つか、俺そんなにへなちょこな笑顔なの……?
夕飯をディナーと称したのは、そうとしか言えなかったからだ。学校でやる合宿だと、学食に事前に依頼して準備してもらうか、コンビニで買ってくるか。外部でやる合宿でも、宿舎の人が作ってくれたり、まれに自分たちで作ったりということもあるだろう。
で、俺たちの合宿はどうかと言うと。
「どうなさいました? 料理、お口に合いませんでしたか?」
じっと皿を見つめる俺たちに、呉井さんは慌てて声をかける。彼女自身は完璧なマナーでもってナイフとフォークを使用している。
「い、いや、あの……なぁ?」
山本は眼鏡を神経質に上げ下げして位置を調整し、柏木はスマホで写真を撮ることすら忘れて、呆然と皿を眺めている。彼らは呉井さんの問いかけにまともに解答をする心の余裕がないので、俺が代表で答える。
「合宿に来て、本格フレンチのフルコースが出てくるとは、思ってなかったんだよ……」
そう。目の前の皿に載るは、前菜《オードブル》。夏らしく冷たいもので、夏野菜のコンソメゼリー寄せっていう奴だ。野菜の色鮮やかさが、食欲をそそるのだが、うかつに手を出すことができない。
宿題をしていたら、チャイムが鳴った。仙川が立ち上がりかけたが、ドレスで動きが制限されるため、身軽な呉井さんがスタスタと玄関まで出て行った。仙川は、自分の存在意義が危機的状況に陥ったのか、「あああぁぁぁ」と奇妙な悲鳴を上げていた。
呉井さんが出迎えたのはシェフと補助の弟子ポジションの人の二人。目が点になったのは、言うまでもない。
出張シェフが来るような合宿って何? どこの金持ち学校の有閑倶楽部?
下ごしらえは済ませてからやってきたのか、あれよあれよと準備は整った。次に出てくるのはなんだっけ? スープ? 主食はおかずと一緒に食べたい日本人なんだけど、パンはいつ出てくるの?
「呉井さんや瑞樹先輩と違って、俺たちこういう食事に慣れてないんだよ」
「じゃあ、いい機会じゃない?」
ゆっくりとゼリー寄せを口にして、咀嚼し飲み込んでから、瑞樹先輩は言う。いたずらっぽい笑顔を浮かべて、「ここで勉強しておけば、どこに行っても困らないよ」と。
どこへ行っても、の言葉を呉井さんは超解釈する。ポン、と手を打ってはしゃぐ。
「異世界で皆さんが、貴族に転生しても大丈夫なようにしましょう!」
転生を夢みているのは呉井さんだけなのだが、いつの間にか部員全員が転生志願者にされている。俺や柏木はまだしも、今日呉井さんの本性を知った山本は、ひどいとばっちりだ。
異世界云々は別として、正しいテーブルマナーを身に着けるのは、やぶさかではない。いつ何時、必要に迫られるかもわからない。例えば将来、彼女とのデートでフレンチに行ったとして、あたふたしている姿を見せるのは、イケてない。
でも、明日の夜もこんな感じなのは、ちょっとなぁ……。たまに食べるからこういうのは美味しいんであって、連日はありがたみが薄れそうだ。
そこで俺は、一計を案じ、柏木に話を振る。
「そういえば、だいたい異世界って、食事レベルが低いことが多いよな」
山本は「いったい何の話だ」という表情を向けてくるが、俺は視線で「黙って俺たちに任せとけ」と告げる。
勉強はできないが、こういうときにピンと来て、空気を読むことにかけては天才的な柏木が、俺の意を汲んで頷く。
「なんだかんだ日本人ってグルメだからね。それに、たいていの異世界って中世ヨーロッパ風っていうの? 王様がいて貴族がいて……って世界だから、和食はないね」
呉井さんが柏木の話を興味深く聞いている。いいぞいいぞ。
「料理上手な主人公が、食生活向上目指して奮闘するのが面白いんだよね!」
「……ってことで、料理スキルがないと異世界ではやってけないんだけど……」
呉井さんの料理の腕前は、いかに?
俺の視線に、呉井さんは頬を赤らめた。
「か、家庭科の授業で習ったことくらいはできますわ」
おそらく、と付け足された。
「お嬢様は料理などできずとも……!」
「そういう仙川先生、料理は得意なんですか?」
すかさずフォローに入った仙川にツッコミを入れると、ぐぬぬと押し黙ってしまった。もう少しなんだから、邪魔をするんじゃない。
「男でも女でも、これからの異世界転生には料理スキルが必須。そのためにも」
「そのためにも?」
なんだか呉井さんといると、スピーチスキルがみるみる上がる気がするな。
俺は拳を握って、力強く宣言した。
「明日の晩ご飯は、みんなで作ろう!」
ぶっちゃけ俺だって料理なんてしないし、他のメンバーも同じだろう。でも、至れり尽くせりのフルコースよりも、みんなで作って、美味いだのまずいだの言い合う方が合宿っぽくて楽しいと思うんだよね。気楽だし。
この場の決定権がすべて委ねられている呉井さんは、俺の提案にすぐに乗ってきた。
「何を作りましょうか?」
そう問われて俺がひねり出したのは、
「バーベキューにしよう」
絶対に失敗しませんから、な奴だった。
夕飯をディナーと称したのは、そうとしか言えなかったからだ。学校でやる合宿だと、学食に事前に依頼して準備してもらうか、コンビニで買ってくるか。外部でやる合宿でも、宿舎の人が作ってくれたり、まれに自分たちで作ったりということもあるだろう。
で、俺たちの合宿はどうかと言うと。
「どうなさいました? 料理、お口に合いませんでしたか?」
じっと皿を見つめる俺たちに、呉井さんは慌てて声をかける。彼女自身は完璧なマナーでもってナイフとフォークを使用している。
「い、いや、あの……なぁ?」
山本は眼鏡を神経質に上げ下げして位置を調整し、柏木はスマホで写真を撮ることすら忘れて、呆然と皿を眺めている。彼らは呉井さんの問いかけにまともに解答をする心の余裕がないので、俺が代表で答える。
「合宿に来て、本格フレンチのフルコースが出てくるとは、思ってなかったんだよ……」
そう。目の前の皿に載るは、前菜《オードブル》。夏らしく冷たいもので、夏野菜のコンソメゼリー寄せっていう奴だ。野菜の色鮮やかさが、食欲をそそるのだが、うかつに手を出すことができない。
宿題をしていたら、チャイムが鳴った。仙川が立ち上がりかけたが、ドレスで動きが制限されるため、身軽な呉井さんがスタスタと玄関まで出て行った。仙川は、自分の存在意義が危機的状況に陥ったのか、「あああぁぁぁ」と奇妙な悲鳴を上げていた。
呉井さんが出迎えたのはシェフと補助の弟子ポジションの人の二人。目が点になったのは、言うまでもない。
出張シェフが来るような合宿って何? どこの金持ち学校の有閑倶楽部?
下ごしらえは済ませてからやってきたのか、あれよあれよと準備は整った。次に出てくるのはなんだっけ? スープ? 主食はおかずと一緒に食べたい日本人なんだけど、パンはいつ出てくるの?
「呉井さんや瑞樹先輩と違って、俺たちこういう食事に慣れてないんだよ」
「じゃあ、いい機会じゃない?」
ゆっくりとゼリー寄せを口にして、咀嚼し飲み込んでから、瑞樹先輩は言う。いたずらっぽい笑顔を浮かべて、「ここで勉強しておけば、どこに行っても困らないよ」と。
どこへ行っても、の言葉を呉井さんは超解釈する。ポン、と手を打ってはしゃぐ。
「異世界で皆さんが、貴族に転生しても大丈夫なようにしましょう!」
転生を夢みているのは呉井さんだけなのだが、いつの間にか部員全員が転生志願者にされている。俺や柏木はまだしも、今日呉井さんの本性を知った山本は、ひどいとばっちりだ。
異世界云々は別として、正しいテーブルマナーを身に着けるのは、やぶさかではない。いつ何時、必要に迫られるかもわからない。例えば将来、彼女とのデートでフレンチに行ったとして、あたふたしている姿を見せるのは、イケてない。
でも、明日の夜もこんな感じなのは、ちょっとなぁ……。たまに食べるからこういうのは美味しいんであって、連日はありがたみが薄れそうだ。
そこで俺は、一計を案じ、柏木に話を振る。
「そういえば、だいたい異世界って、食事レベルが低いことが多いよな」
山本は「いったい何の話だ」という表情を向けてくるが、俺は視線で「黙って俺たちに任せとけ」と告げる。
勉強はできないが、こういうときにピンと来て、空気を読むことにかけては天才的な柏木が、俺の意を汲んで頷く。
「なんだかんだ日本人ってグルメだからね。それに、たいていの異世界って中世ヨーロッパ風っていうの? 王様がいて貴族がいて……って世界だから、和食はないね」
呉井さんが柏木の話を興味深く聞いている。いいぞいいぞ。
「料理上手な主人公が、食生活向上目指して奮闘するのが面白いんだよね!」
「……ってことで、料理スキルがないと異世界ではやってけないんだけど……」
呉井さんの料理の腕前は、いかに?
俺の視線に、呉井さんは頬を赤らめた。
「か、家庭科の授業で習ったことくらいはできますわ」
おそらく、と付け足された。
「お嬢様は料理などできずとも……!」
「そういう仙川先生、料理は得意なんですか?」
すかさずフォローに入った仙川にツッコミを入れると、ぐぬぬと押し黙ってしまった。もう少しなんだから、邪魔をするんじゃない。
「男でも女でも、これからの異世界転生には料理スキルが必須。そのためにも」
「そのためにも?」
なんだか呉井さんといると、スピーチスキルがみるみる上がる気がするな。
俺は拳を握って、力強く宣言した。
「明日の晩ご飯は、みんなで作ろう!」
ぶっちゃけ俺だって料理なんてしないし、他のメンバーも同じだろう。でも、至れり尽くせりのフルコースよりも、みんなで作って、美味いだのまずいだの言い合う方が合宿っぽくて楽しいと思うんだよね。気楽だし。
この場の決定権がすべて委ねられている呉井さんは、俺の提案にすぐに乗ってきた。
「何を作りましょうか?」
そう問われて俺がひねり出したのは、
「バーベキューにしよう」
絶対に失敗しませんから、な奴だった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
便利屋ブルーヘブン、営業中。~そのお困りごと、大天狗と鬼が解決します~
卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。
店主の天さんは、実は天狗だ。
もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。
「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。
神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。
仲間にも、実は大妖怪がいたりして。
コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん!
(あ、いえ、ただの便利屋です。)
-----------------------------
ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。
アルファポリス文庫より、書籍発売中です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。
(お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです)
その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。
(その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性)
物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる