13 / 14
ポンコツ美少女探偵が行く!②
しおりを挟む
テストまであと十日。今日も雨がしとしとと降り続いている。
呉井さんの調子は戻らない。それでも彼女のえらいところは、授業には集中しているところだ。おそらく、彼女はテスト勉強も家でしているだろう。
俺?
俺もまぁ、ぼちぼち。英語と日本史は始めた。理数系は、そのうち。うん。
期末テストなので、保健体育や美術など、実技教科のペーパーテストもある。音楽の授業で言い渡されたテスト範囲を見て、たいした量じゃないじゃん、と思いながら、教室に戻った。
教材を机の中に閉まって、昼食の準備をする。柏木はとっくに弁当箱を持って、友達のところへ向かった。俺は基本的にぼっち飯だが、呉井さんもぼっちなので、なんとなく二人で食べている気分は出る。
が、呉井さんはなかなか戻ってこなかった。帰り際、音楽教師に呼び止められたという素振りもなかったはず。トイレに行った? それにしては時間がかかっている。早食いではない俺の弁当が、半分近く減っても、呉井さんは戻ってこない。
母親の作った弁当は、男子高校生の舌を信用していない。なので質より量である。作ってくれるだけありがたいと思え、とばかりに毎朝、あくび交じりに渡される。弁当はいつもと同じ味なのに、なんだか味気ない。
俺は一度、弁当箱の蓋を閉めた。呉井さんを探しに行こう。
席を立って廊下に出る。音楽室は一つ上の階だ。階段は二か所あるが、いつも使う方に向かえばいいだろう。
階段に差し掛かったところで、呉井さんが降りてきたところに出くわす。
「呉井さん。遅かったみたいだけど、何かあった?」
軽い気持ちで、俺はそう尋ねた。すると彼女は、なんだか困ったような表情を浮かべた。違うと信じたいけれど、何かを疑っている。そんな顔で、「明日川くん……」と途方に暮れた声を出す。
首を傾げながらも俺は、呉井さんの話をきちんと聞こうと決めていた。
クラスじゃ何も話してくれない呉井さんを見かねて、瑞樹先輩に連絡をした。すると当然、被服室に集合という話になり……仙川がいないわけもなく。
「どうやらわたくし、誰かに嫌われているみたいですの」
しゅんとして切り出した呉井さんに、仙川は一瞬、動きを止めた。人間って、驚きすぎると固まるよな。俺だって驚いているけれど、呉井さんがクラス内で浮いているのを知っているから、その中に誰か、強烈に彼女のことを嫌っている奴がいたとしてもおかしくない、と冷静に考えるだけの余裕がある。
仙川にとっては、たった一人のお嬢様だ。世界で一番のお姫様が嫌われているなど、信じがたい事実である。
……だからって、俺の肩を掴んで、ギリギリと絞めつける八つ当たりをするのはやめていただきたい。俺別に、肩こりで悩んでないので。
「ど、どこのどいつですか、円香様……」
ここのこいつじゃないことだけは確かなので、離してください。
「だから、『誰かに』です。わかりません」
呉井さんは、自分の身に先程起きたことを淡々と話した。まるで他人事のように。
「教室に戻ろうとしたところで、音楽室にペンケースを忘れたことに気がついたのです」
すぐに戻った呉井さんだったが、使っていた机の中には入っていなかった。忘れたこと自体が勘違いで、気づかぬうちに廊下に落としたのかもしれない。何度も往復して探したが、廊下には落ちていない。
誰かが拾ってくれたのだろうか、と職員室にも立ち寄った。しかし届けられておらず、呉井さんは昼休みになってもウロウロとペンケースを探し回っていた。
再び音楽室をよく探してみようと舞い戻り、机の近辺からピアノの辺りまでよく探して、彼女はようやく発見する。
「ゴミ箱の中から、ペンケースが見つかりました」
ぽんと置かれていたのではなく、上からぐしゃぐしゃの紙クズがかぶせられていたというのだから、事故ではない、故意だ。
呉井さんは悲しげな目で、捨てられていたペンケースを見つめる。女子高生にありがちなキャラ物でもなく、はさみや色ペンがいっぱい入っているのでもない。ワインレッドのシンプルな、最低限の文房具が入っているペンケースは、おそらく本革製のお高いものだ。
いや、高い安いの問題じゃないか。彼女はとにかく、今使っている筆箱を大切にしていて、ゴミ箱に捨てられてたことがショックだったのだ。
深く沈み込んでいる呉井さんとは対照的に、仙川はヒートアップしまくっている。ちょっと落ち着け。そう諫める隙すらなく、「どこの不届き者がー!」「こんなに美しくお優しいお嬢様を嫌うなんて以下略」と沸騰している。
「落ち着きなさい、恵美」
それでも愛するお嬢様の鶴の一声で、ぴたりと止まるのだからいやはや。
叱責の後、黙りこくった呉井さんを俺は見つめた。最近ずっと調子が悪そうに、ぼんやりとしていたのだが、今はどうだ。
明らかに敵対する意志のある者の存在を前に、彼女の目には強い力が宿る。キラキラでは足りず、ギラギラと闘争心に燃えていて、俺はそれがきれいだと思う。
彼女は真っ直ぐ前を向いているのが似合う。クレイジー・マッドと言われるほど暴走する呉井さんの方が、深窓の令嬢よろしく窓の外を物憂げに眺めているよりも、断然いい。
呉井さんが元気になってくれるなら、俺はおとなしく、彼女のなすがままに振り回されようと、ここ数日ですっかり受け入れてしまった。
長く細く、白い人差し指を、ほんのり色づく唇に当てて、彼女は考える。それから俺に向けて、宣言するのだ。
「犯人探しをいたしましょう」
転生先の職業として、探偵も楽しそうですわ。
華のように微笑んだ呉井さんに、俺は恭しく頷いた。
「仰せのままに」
呉井さんの調子は戻らない。それでも彼女のえらいところは、授業には集中しているところだ。おそらく、彼女はテスト勉強も家でしているだろう。
俺?
俺もまぁ、ぼちぼち。英語と日本史は始めた。理数系は、そのうち。うん。
期末テストなので、保健体育や美術など、実技教科のペーパーテストもある。音楽の授業で言い渡されたテスト範囲を見て、たいした量じゃないじゃん、と思いながら、教室に戻った。
教材を机の中に閉まって、昼食の準備をする。柏木はとっくに弁当箱を持って、友達のところへ向かった。俺は基本的にぼっち飯だが、呉井さんもぼっちなので、なんとなく二人で食べている気分は出る。
が、呉井さんはなかなか戻ってこなかった。帰り際、音楽教師に呼び止められたという素振りもなかったはず。トイレに行った? それにしては時間がかかっている。早食いではない俺の弁当が、半分近く減っても、呉井さんは戻ってこない。
母親の作った弁当は、男子高校生の舌を信用していない。なので質より量である。作ってくれるだけありがたいと思え、とばかりに毎朝、あくび交じりに渡される。弁当はいつもと同じ味なのに、なんだか味気ない。
俺は一度、弁当箱の蓋を閉めた。呉井さんを探しに行こう。
席を立って廊下に出る。音楽室は一つ上の階だ。階段は二か所あるが、いつも使う方に向かえばいいだろう。
階段に差し掛かったところで、呉井さんが降りてきたところに出くわす。
「呉井さん。遅かったみたいだけど、何かあった?」
軽い気持ちで、俺はそう尋ねた。すると彼女は、なんだか困ったような表情を浮かべた。違うと信じたいけれど、何かを疑っている。そんな顔で、「明日川くん……」と途方に暮れた声を出す。
首を傾げながらも俺は、呉井さんの話をきちんと聞こうと決めていた。
クラスじゃ何も話してくれない呉井さんを見かねて、瑞樹先輩に連絡をした。すると当然、被服室に集合という話になり……仙川がいないわけもなく。
「どうやらわたくし、誰かに嫌われているみたいですの」
しゅんとして切り出した呉井さんに、仙川は一瞬、動きを止めた。人間って、驚きすぎると固まるよな。俺だって驚いているけれど、呉井さんがクラス内で浮いているのを知っているから、その中に誰か、強烈に彼女のことを嫌っている奴がいたとしてもおかしくない、と冷静に考えるだけの余裕がある。
仙川にとっては、たった一人のお嬢様だ。世界で一番のお姫様が嫌われているなど、信じがたい事実である。
……だからって、俺の肩を掴んで、ギリギリと絞めつける八つ当たりをするのはやめていただきたい。俺別に、肩こりで悩んでないので。
「ど、どこのどいつですか、円香様……」
ここのこいつじゃないことだけは確かなので、離してください。
「だから、『誰かに』です。わかりません」
呉井さんは、自分の身に先程起きたことを淡々と話した。まるで他人事のように。
「教室に戻ろうとしたところで、音楽室にペンケースを忘れたことに気がついたのです」
すぐに戻った呉井さんだったが、使っていた机の中には入っていなかった。忘れたこと自体が勘違いで、気づかぬうちに廊下に落としたのかもしれない。何度も往復して探したが、廊下には落ちていない。
誰かが拾ってくれたのだろうか、と職員室にも立ち寄った。しかし届けられておらず、呉井さんは昼休みになってもウロウロとペンケースを探し回っていた。
再び音楽室をよく探してみようと舞い戻り、机の近辺からピアノの辺りまでよく探して、彼女はようやく発見する。
「ゴミ箱の中から、ペンケースが見つかりました」
ぽんと置かれていたのではなく、上からぐしゃぐしゃの紙クズがかぶせられていたというのだから、事故ではない、故意だ。
呉井さんは悲しげな目で、捨てられていたペンケースを見つめる。女子高生にありがちなキャラ物でもなく、はさみや色ペンがいっぱい入っているのでもない。ワインレッドのシンプルな、最低限の文房具が入っているペンケースは、おそらく本革製のお高いものだ。
いや、高い安いの問題じゃないか。彼女はとにかく、今使っている筆箱を大切にしていて、ゴミ箱に捨てられてたことがショックだったのだ。
深く沈み込んでいる呉井さんとは対照的に、仙川はヒートアップしまくっている。ちょっと落ち着け。そう諫める隙すらなく、「どこの不届き者がー!」「こんなに美しくお優しいお嬢様を嫌うなんて以下略」と沸騰している。
「落ち着きなさい、恵美」
それでも愛するお嬢様の鶴の一声で、ぴたりと止まるのだからいやはや。
叱責の後、黙りこくった呉井さんを俺は見つめた。最近ずっと調子が悪そうに、ぼんやりとしていたのだが、今はどうだ。
明らかに敵対する意志のある者の存在を前に、彼女の目には強い力が宿る。キラキラでは足りず、ギラギラと闘争心に燃えていて、俺はそれがきれいだと思う。
彼女は真っ直ぐ前を向いているのが似合う。クレイジー・マッドと言われるほど暴走する呉井さんの方が、深窓の令嬢よろしく窓の外を物憂げに眺めているよりも、断然いい。
呉井さんが元気になってくれるなら、俺はおとなしく、彼女のなすがままに振り回されようと、ここ数日ですっかり受け入れてしまった。
長く細く、白い人差し指を、ほんのり色づく唇に当てて、彼女は考える。それから俺に向けて、宣言するのだ。
「犯人探しをいたしましょう」
転生先の職業として、探偵も楽しそうですわ。
華のように微笑んだ呉井さんに、俺は恭しく頷いた。
「仰せのままに」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
天才たちとお嬢様
釧路太郎
キャラ文芸
綾乃お嬢様には不思議な力があるのです。
なぜだかわかりませんが、綾乃お嬢様のもとには特別な才能を持った天才が集まってしまうのです。
最初は神山邦弘さんの料理の才能惚れ込んだ綾乃お嬢様でしたが、邦宏さんの息子の将浩さんに秘められた才能に気付いてからは邦宏さんよりも将浩さんに注目しているようです。
様々なタイプの天才の中でもとりわけ気づきにくい才能を持っていた将浩さんと綾乃お嬢様の身の回りで起こる楽しくも不思議な現象はゆっくりと二人の気持ちを変化させていくのでした。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」に投稿しております
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~
トベ・イツキ
キャラ文芸
三国志×学園群像劇!
平凡な少年・リュービは高校に入学する。
彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。
しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。
妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。
学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!
このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。
今後の予定
第一章 黄巾の乱編
第二章 反トータク連合編
第三章 群雄割拠編
第四章 カント決戦編
第五章 赤壁大戦編
第六章 西校舎攻略編←今ココ
第七章 リュービ会長編
第八章 最終章
作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる