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×訓練 〇かくれんぼ②
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七階には大きな書店が入っている。引っ越してきてから、俺も何度も世話になっている場所だ。前住んでいたところの本屋だと、マイナーなラノベや漫画は取り扱いなし、入荷していても数冊で、入手が困難だった。さすが全国に展開するチェーンは強く、新刊棚を漁れば、すぐに見つけられる。
二時間もの間、身を隠すことを考えると、本屋は暇を潰せてちょうどいいかもしれない。静かな場所だから、こちらが彼を見つけても騒ぎにくく、走って捕まえるのも難しい場所だ。本棚の背も高いから、好都合。俺だったら、ここに隠れる。
本命の場所だから、しらみつぶしに探す。
「あ、すいません」
きょろきょろ見回していたら、他の客にぶつかってしまった。軽い謝罪とともに彼女を見て、一瞬呆気にとられる。
女性の姿を見て、ぎょっとするのも失礼な話だとは思うが、俺の本質は田舎者なのだ。フィクションの世界では慣れ親しんでいても、この暑い日にゴシックロリータを着こなす女性は、今まで見たことがなかったのだ。しかも色は黒。医療用ではない眼帯まで装備している。
「いいえ、こちらこそ」
しかも背が俺よりも高い。一応身長については、厚底靴のせいだったのでほっとする。紫色(!)に塗られた唇をにっこりと形作り、彼女はレジに向かった。
「……」
俺は金縛りから解放されたように、ふぅ、と息を吐いた。き、緊張したぁ……。俺の知り合いにはいないタイプの人間だったから、凝視してしまったことを、怒られるかと思った。迫力があったけれど、彼女がどんな顔をしていたのか、記憶にはさっぱり残っていない。
気を取り直して捜索を再開した俺は、最も馴染みのあるコミック売り場へと足を踏み入れた。仙川が漫画を好むとは思えないし、ビニールでシュリンクがかかっていて立ち読みもできないが、まぁ一応な。
そういえば、買っている漫画の続きが今月出たはずだった。ついでに買っていってもいいかな。終わった後だと、そのまま流れでどこかに昼を食べに行ったり、遊びに行くかもしれない。買いに戻ってくる暇があるかどうか。俺は単行本を手に取った。
正直、仙川を真剣に探すことに何の意味もないことに気がついてしまった。瑞樹先輩の言ったとおり、無意味なことだ。ただ、呉井さんの夢を壊さないためだけに、俺はゲームに参加している。なので真剣さが彼女の半分くらいしかない。もうすぐ合流予定だが、やっぱり本屋の袋を持った状態で落ち合ったら……怒られるな。
いとこだけあって、呉井さんも瑞樹先輩と同じように穏やかな人だ。瑞樹先輩は、時折笑顔に凄みがある分、彼女の方がより、感情の波が緩やかかもしれない。
そんな人が怒りを露にするのを見てみたい……という気持ちも、なくはない。でも、こうして外で楽しく遊んでいるのだから、水を差すことはないだろう。
ゲームが終わった後で、ダッシュで買いにくればいい。平積みになっている。売り切れることはないだろう。俺は踵を返す。
「あ」
小さな声は、明らかに自分に向けられたものだった。声の主が、一瞬誰かわからなかった。だが、よく見ればそれは、いつも顔を合わせるクラスメイトだった。
「あれ? 柏木?」
しまった、という表情で、彼女は手で口を隠した。その拍子に、持っていた本が落ちる。拾ってやろうとすると、「だ、だめ!」と大きな声で遮られる。他の客の注目を浴びてしまい、ますます柏木は慌てる。
結局俺が拾うことになった。どうしてもオタクの性として、他人がどんな漫画を買うのか気になってしまう。
「あ、これ」
表紙にはでかでかと、見覚えのあるピンクの髪の少年が描かれている。
「柏木って、『スターライト学園』好きなの?」
俺が呉井さんに自分が転移前にいた世界として説明したのが、何を隠そう、この『スターライト学園』である。
「す、すすす、好きなんかじゃ!」
嘘だな。
ゲームストーリーを踏まえたコミカライズ作品は、俺も参考にするために読んだ。でも、彼女が持っていた単行本の中には、複数の人気作家が参加する公式コミックアンソロジーが含まれている。外伝的な四コマのコミックスもだ。本編だけなら、表紙とストーリーに惹かれて買ったと言い訳もできるが、アンソロジーと四コマは、コアなファンしか買わないだろう。
嘘だと追及することはしなかった。しかし柏木は、俺の視線に耐え切れなくなったのか、俯いたままぼそぼそと、「……誰にも言わないで。何でもするから」と言った。
「何でも?」
うっかり聞き返してしまった。柏木は肩をびくりと震わせ、俺のことを見る。なんだか泣きそうな顔をしている。俺はそんなに、無理難題を命令するような極悪人に見えるのだろうか……ピンク髪だからか。スタ学の一番人気・桃太郎もピンク髪なんだけどな。イケメン度がまるで違うか。そうか。顔がいいのは正義だもんな。
なんとなくショックを受けて呆然とする。
「いやでも桃様に……フフフ……」
スカートの裾をぎゅっと握った柏木が、何かぶつぶつ言っている。ぐふぐふという笑いから、どうやら彼女は俺と同類らしいと気づく。
すなわち、隠れオタクなのだと。だからこの漫画を嬉々として購入したことを友人たちに知られてはいけないのだと。
学校での柏木は、リア充っぽいグループに所属している。メイクや髪型など、常識の範囲内で留まっているので、教師からも問題児とは見なされていない。むしろ明るいムードメイカーグループで、気に入られている節さえある。
部屋の隅にいるオタク女子グループ(あれは腐女子って奴だな。俺にはわかる)とは対極にいて、柏木が交流を持ったところは一度も見たことがない。彼女たちはスタ学についての話も頻繁にしているのに。
一見、柏木たちは仲良しグループに見えるが、小さな緊張感もはらんでいるのだろう。少しでも仲間とずれたところを見せれば、一瞬にして輪から弾き出される。
俺は前の学校で、最初から隠さずにいたから輪の中に入りそびれた。だから隠そうと思った。それでもクラスのグループからイマイチ外れてしまっているのは……クレイジー・マッドと呼ばれる呉井さんの評判のせいだろう。
「あの、明日川、あたし……!」
決意を秘めた目で柏木は俺を見るが、そんな決心しなくていい。言うつもりはないし、それに「なんでも」の交換条件は、すぐにクリアできることだ。
「あのさ。言う気はそもそもないんだけど……もしよければ、仙川先生を探すの、手伝ってくんない?」
柏木は、「へ」と間抜けな相槌を打ち、しばしそのまま口を開けた状態だった。ようやく俺の言葉を噛み砕いた彼女は、「何してんのよ、明日川」と呆れた声を出した。
俺は現在実行中のゲームについて話をした。柏木は大きく溜息をつく。
「さすがはクレイジー・マッドってところか……」
「うーん。でも言うほど、クレイジーでもマッドでもないけどね」
突飛な発言には面食らうが、今のところ俺の身体を使っての人体実験を行う気配もない。本気で異世界転移をしたいのなら、催眠術にかけてでも俺の記憶を探ったり、もっと過激だと、人体解剖させてくれと言ってきてもおかしくない。できるできないは度外視するにしても、呉井さんと一緒にいて、身の危険を感じたことはない。
ああいや、仙川に「お嬢様とくっつきすぎだ」と殺されそうになったことはあるけれど。
柏木は、納得したようなしていないような顔になる。気取った貴族令嬢か女騎士のような物言いをする、クラスで浮いている変人。クレイジー・マッドというあだ名と噂話だけで、呉井さん自身と向き合ってこなかった柏木には、彼女が同好会の中で見せる姿は、想像がつかない。
「柏木も、呉井さんともっと話してみたら? せっかく座席が前後なんだし」
呉井さんの周りにいるのは、瑞樹先輩と仙川と、それから俺。見事に男ばかりだ。見る人によったら、「オタサーの姫」ポジションにも見える。呉井さんが「クレイジー・マッド」と呼ばれ、敬遠される理由の一端が、男を侍らせているというところにもあるだろう。
「あたしに呉井さんと仲良くなってほしいの?」
うん、と頷く。
呉井さんが女子と仲良しになってくれたら、少しはクラスでの立場も変わるだろう。彼女の変わった部分も、女子ならある程度は「可愛い」で済ませてくれそうだし。
それに、俺が同好会を抜ける代わりに、柏木が関わってくれたらなあ、なんて思う。
「とりあえず、一緒に仙川先生を探すことで呉井さんと交流してくれたら、嬉しいな、と。駄目か?」
「だ、ダメじゃない、けど……んん、どうしてもってことなら、呉井さんと仲良くしてもいいよ」
咳払いで照れ隠しをする柏木のことは、ツンデレと見た。
こういう奴は触れると怒りだすので、俺は「じゃあ行こうか」と柏木を促し、かくれんぼを再開した。
呉井さんと合流したのは、四階だった。彼女は丹念に一階一階を捜索していて、時間がかかったのだろう。
柏木と一緒にいる俺を見て、呉井さんは「あら?」という表情になった。
「本屋でたまたま会って。暇そうだったから、一緒に探してもらおうと思ってさ」
「別に暇なんかじゃなかったわよ!」
吼える柏木が持つ本屋の袋に視線を向けると、彼女は押し黙った。
「同好会の人間以外を連れてくるのは、嫌だった?」
呉井さんは首を横に振る。
「そんなことありませんわ! 柏木さんも恵美探しを手伝ってくださるなんて嬉しいに決まっています!」
思いのほか、力強く彼女は言う。柏木の両手を握って、ぶんぶんと振る。子供っぽい仕草に面食らった柏木は、助けを求めるように俺の方を見るが、助ける気は毛頭ない。仲良くしてくれ。
「それで? 呉井さんの方も見つからなかったんだね」
「ええ。まったく。明日川くんは初心者なんだから、難易度の低い変装にしてくれてもいいのに。恵美ったら」
うん。俺が相手だからこそ、彼は本気を出しているんじゃないのかな。見つけられなかった俺を、さんざん罵倒するために。
そう考えると、ムカつくな。残り時間はあと三十分を切ったが、絶対に見つけてやろうと考えを改めた。
「怪しいところ、探しにいこうぜ」
突如張り切り、歩き出した俺に、二人は顔を見合わせた。
二時間もの間、身を隠すことを考えると、本屋は暇を潰せてちょうどいいかもしれない。静かな場所だから、こちらが彼を見つけても騒ぎにくく、走って捕まえるのも難しい場所だ。本棚の背も高いから、好都合。俺だったら、ここに隠れる。
本命の場所だから、しらみつぶしに探す。
「あ、すいません」
きょろきょろ見回していたら、他の客にぶつかってしまった。軽い謝罪とともに彼女を見て、一瞬呆気にとられる。
女性の姿を見て、ぎょっとするのも失礼な話だとは思うが、俺の本質は田舎者なのだ。フィクションの世界では慣れ親しんでいても、この暑い日にゴシックロリータを着こなす女性は、今まで見たことがなかったのだ。しかも色は黒。医療用ではない眼帯まで装備している。
「いいえ、こちらこそ」
しかも背が俺よりも高い。一応身長については、厚底靴のせいだったのでほっとする。紫色(!)に塗られた唇をにっこりと形作り、彼女はレジに向かった。
「……」
俺は金縛りから解放されたように、ふぅ、と息を吐いた。き、緊張したぁ……。俺の知り合いにはいないタイプの人間だったから、凝視してしまったことを、怒られるかと思った。迫力があったけれど、彼女がどんな顔をしていたのか、記憶にはさっぱり残っていない。
気を取り直して捜索を再開した俺は、最も馴染みのあるコミック売り場へと足を踏み入れた。仙川が漫画を好むとは思えないし、ビニールでシュリンクがかかっていて立ち読みもできないが、まぁ一応な。
そういえば、買っている漫画の続きが今月出たはずだった。ついでに買っていってもいいかな。終わった後だと、そのまま流れでどこかに昼を食べに行ったり、遊びに行くかもしれない。買いに戻ってくる暇があるかどうか。俺は単行本を手に取った。
正直、仙川を真剣に探すことに何の意味もないことに気がついてしまった。瑞樹先輩の言ったとおり、無意味なことだ。ただ、呉井さんの夢を壊さないためだけに、俺はゲームに参加している。なので真剣さが彼女の半分くらいしかない。もうすぐ合流予定だが、やっぱり本屋の袋を持った状態で落ち合ったら……怒られるな。
いとこだけあって、呉井さんも瑞樹先輩と同じように穏やかな人だ。瑞樹先輩は、時折笑顔に凄みがある分、彼女の方がより、感情の波が緩やかかもしれない。
そんな人が怒りを露にするのを見てみたい……という気持ちも、なくはない。でも、こうして外で楽しく遊んでいるのだから、水を差すことはないだろう。
ゲームが終わった後で、ダッシュで買いにくればいい。平積みになっている。売り切れることはないだろう。俺は踵を返す。
「あ」
小さな声は、明らかに自分に向けられたものだった。声の主が、一瞬誰かわからなかった。だが、よく見ればそれは、いつも顔を合わせるクラスメイトだった。
「あれ? 柏木?」
しまった、という表情で、彼女は手で口を隠した。その拍子に、持っていた本が落ちる。拾ってやろうとすると、「だ、だめ!」と大きな声で遮られる。他の客の注目を浴びてしまい、ますます柏木は慌てる。
結局俺が拾うことになった。どうしてもオタクの性として、他人がどんな漫画を買うのか気になってしまう。
「あ、これ」
表紙にはでかでかと、見覚えのあるピンクの髪の少年が描かれている。
「柏木って、『スターライト学園』好きなの?」
俺が呉井さんに自分が転移前にいた世界として説明したのが、何を隠そう、この『スターライト学園』である。
「す、すすす、好きなんかじゃ!」
嘘だな。
ゲームストーリーを踏まえたコミカライズ作品は、俺も参考にするために読んだ。でも、彼女が持っていた単行本の中には、複数の人気作家が参加する公式コミックアンソロジーが含まれている。外伝的な四コマのコミックスもだ。本編だけなら、表紙とストーリーに惹かれて買ったと言い訳もできるが、アンソロジーと四コマは、コアなファンしか買わないだろう。
嘘だと追及することはしなかった。しかし柏木は、俺の視線に耐え切れなくなったのか、俯いたままぼそぼそと、「……誰にも言わないで。何でもするから」と言った。
「何でも?」
うっかり聞き返してしまった。柏木は肩をびくりと震わせ、俺のことを見る。なんだか泣きそうな顔をしている。俺はそんなに、無理難題を命令するような極悪人に見えるのだろうか……ピンク髪だからか。スタ学の一番人気・桃太郎もピンク髪なんだけどな。イケメン度がまるで違うか。そうか。顔がいいのは正義だもんな。
なんとなくショックを受けて呆然とする。
「いやでも桃様に……フフフ……」
スカートの裾をぎゅっと握った柏木が、何かぶつぶつ言っている。ぐふぐふという笑いから、どうやら彼女は俺と同類らしいと気づく。
すなわち、隠れオタクなのだと。だからこの漫画を嬉々として購入したことを友人たちに知られてはいけないのだと。
学校での柏木は、リア充っぽいグループに所属している。メイクや髪型など、常識の範囲内で留まっているので、教師からも問題児とは見なされていない。むしろ明るいムードメイカーグループで、気に入られている節さえある。
部屋の隅にいるオタク女子グループ(あれは腐女子って奴だな。俺にはわかる)とは対極にいて、柏木が交流を持ったところは一度も見たことがない。彼女たちはスタ学についての話も頻繁にしているのに。
一見、柏木たちは仲良しグループに見えるが、小さな緊張感もはらんでいるのだろう。少しでも仲間とずれたところを見せれば、一瞬にして輪から弾き出される。
俺は前の学校で、最初から隠さずにいたから輪の中に入りそびれた。だから隠そうと思った。それでもクラスのグループからイマイチ外れてしまっているのは……クレイジー・マッドと呼ばれる呉井さんの評判のせいだろう。
「あの、明日川、あたし……!」
決意を秘めた目で柏木は俺を見るが、そんな決心しなくていい。言うつもりはないし、それに「なんでも」の交換条件は、すぐにクリアできることだ。
「あのさ。言う気はそもそもないんだけど……もしよければ、仙川先生を探すの、手伝ってくんない?」
柏木は、「へ」と間抜けな相槌を打ち、しばしそのまま口を開けた状態だった。ようやく俺の言葉を噛み砕いた彼女は、「何してんのよ、明日川」と呆れた声を出した。
俺は現在実行中のゲームについて話をした。柏木は大きく溜息をつく。
「さすがはクレイジー・マッドってところか……」
「うーん。でも言うほど、クレイジーでもマッドでもないけどね」
突飛な発言には面食らうが、今のところ俺の身体を使っての人体実験を行う気配もない。本気で異世界転移をしたいのなら、催眠術にかけてでも俺の記憶を探ったり、もっと過激だと、人体解剖させてくれと言ってきてもおかしくない。できるできないは度外視するにしても、呉井さんと一緒にいて、身の危険を感じたことはない。
ああいや、仙川に「お嬢様とくっつきすぎだ」と殺されそうになったことはあるけれど。
柏木は、納得したようなしていないような顔になる。気取った貴族令嬢か女騎士のような物言いをする、クラスで浮いている変人。クレイジー・マッドというあだ名と噂話だけで、呉井さん自身と向き合ってこなかった柏木には、彼女が同好会の中で見せる姿は、想像がつかない。
「柏木も、呉井さんともっと話してみたら? せっかく座席が前後なんだし」
呉井さんの周りにいるのは、瑞樹先輩と仙川と、それから俺。見事に男ばかりだ。見る人によったら、「オタサーの姫」ポジションにも見える。呉井さんが「クレイジー・マッド」と呼ばれ、敬遠される理由の一端が、男を侍らせているというところにもあるだろう。
「あたしに呉井さんと仲良くなってほしいの?」
うん、と頷く。
呉井さんが女子と仲良しになってくれたら、少しはクラスでの立場も変わるだろう。彼女の変わった部分も、女子ならある程度は「可愛い」で済ませてくれそうだし。
それに、俺が同好会を抜ける代わりに、柏木が関わってくれたらなあ、なんて思う。
「とりあえず、一緒に仙川先生を探すことで呉井さんと交流してくれたら、嬉しいな、と。駄目か?」
「だ、ダメじゃない、けど……んん、どうしてもってことなら、呉井さんと仲良くしてもいいよ」
咳払いで照れ隠しをする柏木のことは、ツンデレと見た。
こういう奴は触れると怒りだすので、俺は「じゃあ行こうか」と柏木を促し、かくれんぼを再開した。
呉井さんと合流したのは、四階だった。彼女は丹念に一階一階を捜索していて、時間がかかったのだろう。
柏木と一緒にいる俺を見て、呉井さんは「あら?」という表情になった。
「本屋でたまたま会って。暇そうだったから、一緒に探してもらおうと思ってさ」
「別に暇なんかじゃなかったわよ!」
吼える柏木が持つ本屋の袋に視線を向けると、彼女は押し黙った。
「同好会の人間以外を連れてくるのは、嫌だった?」
呉井さんは首を横に振る。
「そんなことありませんわ! 柏木さんも恵美探しを手伝ってくださるなんて嬉しいに決まっています!」
思いのほか、力強く彼女は言う。柏木の両手を握って、ぶんぶんと振る。子供っぽい仕草に面食らった柏木は、助けを求めるように俺の方を見るが、助ける気は毛頭ない。仲良くしてくれ。
「それで? 呉井さんの方も見つからなかったんだね」
「ええ。まったく。明日川くんは初心者なんだから、難易度の低い変装にしてくれてもいいのに。恵美ったら」
うん。俺が相手だからこそ、彼は本気を出しているんじゃないのかな。見つけられなかった俺を、さんざん罵倒するために。
そう考えると、ムカつくな。残り時間はあと三十分を切ったが、絶対に見つけてやろうと考えを改めた。
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作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
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