高嶺のガワオタ

葉咲透織

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3 じーっとしててもどうにもならない

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 スマホ片手に悩みに悩んだ結果、飛天が初デートの場所に選んだのは、美術館であった。それも、国内外の超大作を公開し、行列するような特別展示中の場所ではない。

 個人経営の、自分の家にあったコレクションをひっそりと公開している。そんな地味で小さな美術館だ。ギャラリーとしても貸し出していて、今は現代彫刻の展示をしているという。

 ここならば、デートコースとしても何らおかしくはないし、何よりもミーハーな若い女性がやってこない、まさに飛天にとってうってつけの場所だった。

 メールでデートの提案をすると、少しして「わかりました。楽しみです」という返信が来る。飛天はにやにやしながら、待ち合わせ場所と時間をさらに送信した。

 そして土曜日。いざ初デートの日である。

 飛天が映理を呼び出したのは、表参道の駅だった。映理は横浜市在住で、飛天は埼玉県民。美術館があるのは銀座なのだが、最寄りの駅に集合・解散はなんとなく味気ない。

 表参道ならば、映理は田園都市線で一本で行けるというので負担は少ない。飛天もそれほど乗り換えが煩わしくないので決定した。

 すぐに地下鉄に乗ることを考えて、待ち合わせ場所は改札内にした。本当は、デートの雰囲気を味わうためには地上のランドマーク的建物の方がよかったが、時間と金は省けるところは省きたい。

 飛天の提案に、映理も賛成した。恋に恋する乙女な一面に加え、合理的な性格の持ち主でもある。金銭感覚や時間への考え方が近いことに、飛天は安堵の気持ちを覚えた。

 時間と金と、あとは食の好み。この三点があまりにも違いすぎると、恋愛に限らず、人間関係は上手くいかない。

「おはようございます。お待たせしました!」

 待ち合わせ場所に着いたのは、飛天が先だった。遅れること五分、待ち合わせ時間よりも前に、映理もやってきた。

「お、おはよう」

 メールでは滑らかに話せるようになったけれど、朝から輝くばかりの美女である映理と、面と向かって話すのはやはり緊張する。

 先日初めて会ったときの服もよかったが、今日もステキだ。シンプルな白いシャツが爽やかで、五月の空気にふさわしい。地上に出れば、プリーツスカートはひらひらと風に揺れるのだろう。

 飛天は自分がおかしな格好をしていないか、改めて見下ろした。ファッションセンスはそんなにダサくはないと思う。色使いも派手ではなく、落ち着いた感じになっていて、彼女と歩いていても、浮いたりはしないだろう。

 ただ、残念ながらいくらお洒落をしようとも、飛天はサングラスとマスクを外すことができない。さすがに黒いマスクは「ぶってる」と思われそうでやめたが、今の飛天はまだ花粉症に悩まされている人間にしか見えない。

 そんな不審者丸出しの顔の飛天を、映理は気にした様子ではない。にっこり笑って、「行きましょう」と飛天を促した。

 地下鉄銀座線に乗車する。銀座駅までは、約十五分だ。

 土曜日というだけあって、親子連れの姿も多い。きっと動物園にでも行くのだろう。飛天は辺りを警戒し、顔が隠れているかどうか、マスクやサングラスの位置を何度も確認した。

 飛天の行動を、映理はまったく気にした様子がなかった。気にしないフリをしようとしてくれているのかもしれない。ありがたいことだ。

 ちょうど目の前の座席が空いたので、二人並んで座る。美術館では基本的に立ちっぱなしだから、こういうところで休んでもらいたい。飛天は映理の華奢なパンプスを見て、そう思った。

 だが、ホッと息をつく間もなく、映理はすっくと立ち上がる。なんだなんだ、と彼女を見上げると、にっこり微笑んで、「どうぞ」と、老夫婦に席を譲ろうとしていた。飛天も慌てて立ち上がる。

 老夫婦は「あら、悪いわ」「君たちも座ったばかりだったろう」と言いつつも、映理の好意を無下にすることなく、着席した。

 映理はいつだって、弱い人間の味方なのだ。老人や妊婦に席を譲るのはごく自然のことだし、盗撮されている幼女を見れば、苦手な男相手にも負けじと立ち向かっていく。

 ただ美しいだけではない。窓の外を眺める彼女の横顔には、凛とした強さが秘められている。そんな映理の隣に立っていること自分までもが、立派な人間になったような気がする。

 映理は電車の中で喋ることには抵抗を感じるタイプのようで、小声で二、三と話をした後は、黙ってつり革を握っていた。電車の揺れに合わせて、崩れそうになる身体のバランスを支えている。

 サングラスで目が見えづらいことを利用して、飛天は横目で映理のことを見つめていた。そして彼女の視線が一点に注がれていることに気づくと、顔を上げた。

 いったい何を見ているのかと思えば、それは巨大商業施設の中吊り広告だった。開業五周年記念で、各種イベントを行う旨が書かれている。

 映理の目を奪っているのは、「仮面ライダーがやってくる」の文言に違いない。家族連れを呼び込み、金を落とさせるためにこの手のイベントを行うものだ。「やってくる!」としか書いていないので、おそらく飛天もやったような、撮影会でもするのだろう。

 しかし、これが仮面ライダーなのか? 

 飛天は首を捻った。先日自分が「中の人」を務めたウルトラマンも、目つきが悪いわチャラいわで、まったくヒーローらしくなかったが、この写真のキャラも、ライダーのイメージとは大きく違っている。

 蛍光ピンクメインのカラーリングはとにかく目に痛い。凝視しているとチカチカしてくる。何より「ライダーらしくない」のは、目があることだった。

 仮面ライダーって、虫の目みたいな目をしているもんじゃないのか?

 飛天の乏しい知識から捻り出したイメージとは、遠くかけ離れているライダーを、映理は夢中で見つめている。

 ヒーローがその施設にやってくるのは、今日だった。

 行きたいんだろうか。

 行きたいんだろうな。

 だが、飛天は自分から彼女に問いかけ、「やっぱりこっちに行こうか」と提案することができない。

 デートの計画を途中で変えるのが嫌だとか、そういう狭量なことを言うわけじゃない。問題は、行き先なのだ。

 家族連れも若者も多そうなショッピングセンターなど、飛天にとってははっきり言って鬼門でしかない。

 変装していても、映理に名前を呼ばれた瞬間に、気づかれてしまうかもしれない……それはさすがに、飛天の自惚れだろうか。

 十五分の乗車時間が、あまりにも長く感じた。その間ずっと、飽きずに広告を眺めていた映理からそっと視線を外して、飛天は俯いた。

 目的地に辿り着き、映理は名残惜しそうに最後にじっとヒーローの姿を目に焼き付けると、「着きましたね」と飛天に向けて微笑んだ。

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