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2 グェイン侯爵家
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グェイン侯爵の領地は、南の国境線に面した広大な土地であった。
歴史上、戦争が頻発していたこの地域では、いまだに様々な小国が小競り合いをしていて、周辺では飛びぬけた国力を持つボルカノ王国にも、時折飛び火する。
森を抜ければすぐに戦地という立地を任せられるのは、軍事国家であるボルカノ王国の中でも、極めて武勇や軍略に優れた家でなければならず、建国以来、グェイン家がその任を受け持っている。
ジョシュア・グェインはボルカノの将軍というだけではなく、グェイン侯爵家の当主でもあった。
他国の中枢に近い貴族の情報を、レイナールが知るよしもない。この若さで侯爵を継ぐことは、普通では考えられず、何か事情があるのだろう。
聞きにくいことだったが、レイナールの表情は、百戦錬磨の軍人には簡単に読めるものだったらしい。これでも、国では厳しく教育を受け、感情を読ませないようにしてきたのに、ジョシュアは簡単に言い放った。
「親は病気で死んだ」
簡潔すぎて、言葉もなかった。謝罪や死者を悼む隙もない。
グェイン家が王都に所有するタウンハウスまでの道のりは、馬車で十分もかからない。短い時間でも、閉鎖された空間で差し向かいで話すには、ジョシュアは威圧感がありすぎた。腕を組み、目を閉じて、必要以上の会話を拒む。なのに、時折こちらを窺う視線は強く、何かを言いたげにも見える。
視線を逸らして、レイナールは車窓の景色をぼんやりと眺める。
ボルカノはヴァイスブルムよりも発展している。海に囲まれた北の島国である母国には、大陸の先進技術や流行が入ってくるのが遅い。
貴族街だけでも、建物の建て替えが何軒も並行していた。最新式の建物は、素材も造りも、自分の知るものとはまるで違う。石造りなのは共通だが、冬に降り積もる雪に負けないことを主目的として建造され、見た目にこだわらないヴァイスブルムとは違い、白く丹精した石を積んでいるのが特徴的だった。
ボルカノも、大陸では北に位置している。ヴァイスブルムでは、秋と呼べる期間は極めて短く、冬の寒さがひたひたと迫ってくるの時期だが、こちらはいまだ、上着がいらないほど暖かい。頭の中に入れてきた地図を思い浮かべ、火山の国を実感した。
景色に気を取られながらも、横顔に突き刺さるジョシュアの視線を感じる。窓の外に夢中になっていると思っているのだろう。対面しているときよりも、遠慮がない。
そわそわと落ち着かないが、レイナールは気づかぬふりをした。
短い旅路だが、気疲れをしてしまった。到着した馬車から、まずはジョシュアが降りる。ローブを纏ったレイナールも続いて降りようとして、長い裾を踏んでしまった。船旅の疲れが抜けきらないうちに、王に舌戦を吹っかけたのだ。緊張の糸が切れ、足下が覚束なくなった。
車高は高く、レイナールは足を挫きかけたところで、抱き留められる。
「申し訳ありません……」
縋った胸も腕も、逞しかった。力など少しも入っていないのに、強さを感じた。触れたところがひりつく。
礼を言い、手を借りて馬車を下りたレイナールの顔を、ジョシュアは凝視した。彼が見ているのは、自分の髪。それから目を覗き込んでいる。見上げると、すぐに彼は背を向けて、「家はこっちだ」と、先導する。
自分の荷物を取って後を追おうとしたが、御者に止められた。
「荷物は私が」
そう言う彼に会釈して、小走りにジョシュアを追いかけた。軍人はとにかく、足が速い。特にジョシュアとは、歩幅もまるで違った。門扉から屋敷の入り口まで、想像していたよりも短かったから、すぐに追いつくことができてよかった。
タウンハウスは領地にある本宅よりも小規模な造りなのは普通だが、それにしても、高位貴族の持ち家としては、破格の狭小ぶりに、レイナールは目を瞬かせた。二階建てのこじんまりとした家に、身体の大きなジョシュアが入っていく様は、なんだかとても不釣り合いだ。
「ただいま帰った」
自分から帰宅の挨拶をする当主を初めて見たレイナールは、また面食らった。普通、出迎えにふんぞり返るものだ。挨拶はされるのが当たり前で、自分からするのは、目上の人間にだけ。それが貴族というものなのだ。
「お帰りなさいませ、旦那様」
すでに玄関ホールに集まっていたグェイン邸に勤める人々は、たったの三人。住み込みの人間は彼らだけで、掃除や洗濯を担う下級のメイドは、順番に通ってくる。
自分でできることはなるべく自分で。行軍の際には、誰かにやってもらう余裕などないというのが、軍人家系のグェイン家の伝統なのだろう。実父もどちらかといえば、貴族らしくない人だったと思うが、グェイン家はレイナールの知るどんな貴族とも違う。
「ジョシュア様。こちらが、その」
レイナールを連れ帰ることは、すでに王宮から早馬で伝えられていた。興味津々の目を三者三様に向けられ、レイナールは萎縮しつつも、頭を下げた。仮にも王族が使用人に取る態度ではないが、神殿預かりの期間が長いレイナールは、これから世話になる人たちに、なるべく丁寧に接したかった。
「レイナール・シュニーと言います。ボルカノのこと、グェイン侯爵家のことはほとんど何も存じ上げておらず、世話をかけると思います。よろしく」
丁寧な言葉遣いと謙虚な姿勢に、まず心を開いてくれたのは、料理人の男であった。
ジョシュアと同世代の彼は、アンディと名乗った。精悍な顔立ちの彼は、年齢も相まって、ジョシュアと雰囲気が似通っている。頬に傷があるから、元軍人なのかもしれない。
「嫌いなものはあるかい? 食べたらじんましんが出たり、腹を壊すものは?」
ざっくばらんな口調に、驚いた。隣に立つ眼鏡の青年――彼もまた若すぎるけれど、このタウンハウスを仕切る唯一の執事だ。名をカール――が、「おい!」と、咎めた。が、聞く耳を持たないし、ジョシュアも何も言わなかった。
ためらいがちに首を横に振ると、彼はにかっと笑って厨房へ戻っていく。突然のことだったのに歓迎のディナーを準備してくれるという彼に、慌てた。
「そんな……急に一人分増えるだけでも大変なのに」
「気にするな。あれはああいう奴だ」
「そうですよぉ。坊ちゃまが『肉!』しかおっしゃらないものだから、今日はあれこれつくれるって、張り切っているんです」
のんびりとした口調の女性は、侍女のマリベル。ふっくらとした身体を揺らし、歓迎の挨拶をしてくれる。
坊ちゃま呼ばわりされたジョシュアは咳払いをした。今日会って、初めての表情変化は苦笑いだった。乳母を務めていたのかもしれない。ジョシュアが頭が上がらないのも、道理である。
「何かわからないことがあれば、マリベルか、カールに聞くといい。腹が減ったら、アンディに。奴はだいたい、厨房にいるからな」
レイナールが頷くか頷かないかのうちに、ジョシュアは踵を返す。
「ジョシュア様、どこへ……」
「前の将軍が病気で辞める前にためていた仕事が滞っているから、詰所に戻る」
あまりにも簡潔な物言いに絶句しているうちに、彼は家を出ていってしまった。
やはり自分は、歓迎されていないのだろうか。
ジョシュアの慌ただしい様子に、レイナールはそこそこ上背のある身体を縮こめて、廊下を行く。
急遽準備した客間に案内をしてくれるのは、執事のカールだった。彼の態度は、他のふたりに比べて冷淡だった。
――当たり前か。誰が好き好んで、国王から丸投げされた男の嫁を歓迎するものか。マリベルたちが特殊なのだ。
貴族の責務として、尊い血筋を後世に残さなければならない。そのため、ボルカノでもヴァイスブルムでも、同性同士の結婚は、法律上、認められていない。
しかし、レイナールは国王から、「妻」としてジョシュアに下賜された。法の外側の存在である。
そのため、ジョシュアは戸籍上は独り身だが、事実上の妻がいるという、ややこしい状況にある。こんな家に嫁ぎたいという貴族女性はいない。正妻を別に迎えることは、おそらく、あの悪辣な王が許可しないだろう。あの手の人間は、悪知恵だけは回るものだ。
「貴様にはすでに、妻がいるだろう? ああ、男だったか」
そんな幻聴さえ、聞こえてくる。
アンディとマリベルは人当たりがよいが、カールは苛立ちを隠さない。
どうしてうちが貧乏くじを引かなければならないのか、隣から怒りが空気を伝わってくる。
「こちらです」
主従は似るのか、ジョシュア並の簡潔さで、彼は客間の扉を開けた。
「何かありましたら、こちらを」
ベルを渡され、カールはそれ以上の説明をせずに、一礼して出て行った。夕食の時間は何時だとか、そのときにはジョシュアは帰宅するのかとか、あれこれ聞きたいことがあるのに。
マリベルなら何でも教えてくれそうだが、親ほどの年の差があるからといって、女性は女性。尋ねづらいこともあるし、彼女も聞かれても困ることがあるに違いない。
そうなると、最終手段はアンディしかいない。レイナールは溜息をついた。彼も忙しい身だ。食事の準備が一段落したところを見計らって行かなければ。
すでに届いていた荷物を、レイナールは整理整頓した。服も、身の周りの品も最低限だ。自分で持つ機会は少ないとはいえ、長旅に重い荷は禁物だった。
それでも、どうしても持って来たかったものがふたつ。
「よかった。割れてない……」
両方とも割れ物だったので、道中特に気を遣っていたが、ようやく落ち着くことができる。
小さな額縁には、自分とは似ていない義妹の肖像画。
それから、まだ蕾もない状態の植木鉢。
花が咲くかどうか、いちかばちかのそれの世話をしなければならない。
だが、疲れが眠気の形で襲ってきたせいで、安堵の溜息をついたと同時に、レイナールはベッドに沈んだ。
歴史上、戦争が頻発していたこの地域では、いまだに様々な小国が小競り合いをしていて、周辺では飛びぬけた国力を持つボルカノ王国にも、時折飛び火する。
森を抜ければすぐに戦地という立地を任せられるのは、軍事国家であるボルカノ王国の中でも、極めて武勇や軍略に優れた家でなければならず、建国以来、グェイン家がその任を受け持っている。
ジョシュア・グェインはボルカノの将軍というだけではなく、グェイン侯爵家の当主でもあった。
他国の中枢に近い貴族の情報を、レイナールが知るよしもない。この若さで侯爵を継ぐことは、普通では考えられず、何か事情があるのだろう。
聞きにくいことだったが、レイナールの表情は、百戦錬磨の軍人には簡単に読めるものだったらしい。これでも、国では厳しく教育を受け、感情を読ませないようにしてきたのに、ジョシュアは簡単に言い放った。
「親は病気で死んだ」
簡潔すぎて、言葉もなかった。謝罪や死者を悼む隙もない。
グェイン家が王都に所有するタウンハウスまでの道のりは、馬車で十分もかからない。短い時間でも、閉鎖された空間で差し向かいで話すには、ジョシュアは威圧感がありすぎた。腕を組み、目を閉じて、必要以上の会話を拒む。なのに、時折こちらを窺う視線は強く、何かを言いたげにも見える。
視線を逸らして、レイナールは車窓の景色をぼんやりと眺める。
ボルカノはヴァイスブルムよりも発展している。海に囲まれた北の島国である母国には、大陸の先進技術や流行が入ってくるのが遅い。
貴族街だけでも、建物の建て替えが何軒も並行していた。最新式の建物は、素材も造りも、自分の知るものとはまるで違う。石造りなのは共通だが、冬に降り積もる雪に負けないことを主目的として建造され、見た目にこだわらないヴァイスブルムとは違い、白く丹精した石を積んでいるのが特徴的だった。
ボルカノも、大陸では北に位置している。ヴァイスブルムでは、秋と呼べる期間は極めて短く、冬の寒さがひたひたと迫ってくるの時期だが、こちらはいまだ、上着がいらないほど暖かい。頭の中に入れてきた地図を思い浮かべ、火山の国を実感した。
景色に気を取られながらも、横顔に突き刺さるジョシュアの視線を感じる。窓の外に夢中になっていると思っているのだろう。対面しているときよりも、遠慮がない。
そわそわと落ち着かないが、レイナールは気づかぬふりをした。
短い旅路だが、気疲れをしてしまった。到着した馬車から、まずはジョシュアが降りる。ローブを纏ったレイナールも続いて降りようとして、長い裾を踏んでしまった。船旅の疲れが抜けきらないうちに、王に舌戦を吹っかけたのだ。緊張の糸が切れ、足下が覚束なくなった。
車高は高く、レイナールは足を挫きかけたところで、抱き留められる。
「申し訳ありません……」
縋った胸も腕も、逞しかった。力など少しも入っていないのに、強さを感じた。触れたところがひりつく。
礼を言い、手を借りて馬車を下りたレイナールの顔を、ジョシュアは凝視した。彼が見ているのは、自分の髪。それから目を覗き込んでいる。見上げると、すぐに彼は背を向けて、「家はこっちだ」と、先導する。
自分の荷物を取って後を追おうとしたが、御者に止められた。
「荷物は私が」
そう言う彼に会釈して、小走りにジョシュアを追いかけた。軍人はとにかく、足が速い。特にジョシュアとは、歩幅もまるで違った。門扉から屋敷の入り口まで、想像していたよりも短かったから、すぐに追いつくことができてよかった。
タウンハウスは領地にある本宅よりも小規模な造りなのは普通だが、それにしても、高位貴族の持ち家としては、破格の狭小ぶりに、レイナールは目を瞬かせた。二階建てのこじんまりとした家に、身体の大きなジョシュアが入っていく様は、なんだかとても不釣り合いだ。
「ただいま帰った」
自分から帰宅の挨拶をする当主を初めて見たレイナールは、また面食らった。普通、出迎えにふんぞり返るものだ。挨拶はされるのが当たり前で、自分からするのは、目上の人間にだけ。それが貴族というものなのだ。
「お帰りなさいませ、旦那様」
すでに玄関ホールに集まっていたグェイン邸に勤める人々は、たったの三人。住み込みの人間は彼らだけで、掃除や洗濯を担う下級のメイドは、順番に通ってくる。
自分でできることはなるべく自分で。行軍の際には、誰かにやってもらう余裕などないというのが、軍人家系のグェイン家の伝統なのだろう。実父もどちらかといえば、貴族らしくない人だったと思うが、グェイン家はレイナールの知るどんな貴族とも違う。
「ジョシュア様。こちらが、その」
レイナールを連れ帰ることは、すでに王宮から早馬で伝えられていた。興味津々の目を三者三様に向けられ、レイナールは萎縮しつつも、頭を下げた。仮にも王族が使用人に取る態度ではないが、神殿預かりの期間が長いレイナールは、これから世話になる人たちに、なるべく丁寧に接したかった。
「レイナール・シュニーと言います。ボルカノのこと、グェイン侯爵家のことはほとんど何も存じ上げておらず、世話をかけると思います。よろしく」
丁寧な言葉遣いと謙虚な姿勢に、まず心を開いてくれたのは、料理人の男であった。
ジョシュアと同世代の彼は、アンディと名乗った。精悍な顔立ちの彼は、年齢も相まって、ジョシュアと雰囲気が似通っている。頬に傷があるから、元軍人なのかもしれない。
「嫌いなものはあるかい? 食べたらじんましんが出たり、腹を壊すものは?」
ざっくばらんな口調に、驚いた。隣に立つ眼鏡の青年――彼もまた若すぎるけれど、このタウンハウスを仕切る唯一の執事だ。名をカール――が、「おい!」と、咎めた。が、聞く耳を持たないし、ジョシュアも何も言わなかった。
ためらいがちに首を横に振ると、彼はにかっと笑って厨房へ戻っていく。突然のことだったのに歓迎のディナーを準備してくれるという彼に、慌てた。
「そんな……急に一人分増えるだけでも大変なのに」
「気にするな。あれはああいう奴だ」
「そうですよぉ。坊ちゃまが『肉!』しかおっしゃらないものだから、今日はあれこれつくれるって、張り切っているんです」
のんびりとした口調の女性は、侍女のマリベル。ふっくらとした身体を揺らし、歓迎の挨拶をしてくれる。
坊ちゃま呼ばわりされたジョシュアは咳払いをした。今日会って、初めての表情変化は苦笑いだった。乳母を務めていたのかもしれない。ジョシュアが頭が上がらないのも、道理である。
「何かわからないことがあれば、マリベルか、カールに聞くといい。腹が減ったら、アンディに。奴はだいたい、厨房にいるからな」
レイナールが頷くか頷かないかのうちに、ジョシュアは踵を返す。
「ジョシュア様、どこへ……」
「前の将軍が病気で辞める前にためていた仕事が滞っているから、詰所に戻る」
あまりにも簡潔な物言いに絶句しているうちに、彼は家を出ていってしまった。
やはり自分は、歓迎されていないのだろうか。
ジョシュアの慌ただしい様子に、レイナールはそこそこ上背のある身体を縮こめて、廊下を行く。
急遽準備した客間に案内をしてくれるのは、執事のカールだった。彼の態度は、他のふたりに比べて冷淡だった。
――当たり前か。誰が好き好んで、国王から丸投げされた男の嫁を歓迎するものか。マリベルたちが特殊なのだ。
貴族の責務として、尊い血筋を後世に残さなければならない。そのため、ボルカノでもヴァイスブルムでも、同性同士の結婚は、法律上、認められていない。
しかし、レイナールは国王から、「妻」としてジョシュアに下賜された。法の外側の存在である。
そのため、ジョシュアは戸籍上は独り身だが、事実上の妻がいるという、ややこしい状況にある。こんな家に嫁ぎたいという貴族女性はいない。正妻を別に迎えることは、おそらく、あの悪辣な王が許可しないだろう。あの手の人間は、悪知恵だけは回るものだ。
「貴様にはすでに、妻がいるだろう? ああ、男だったか」
そんな幻聴さえ、聞こえてくる。
アンディとマリベルは人当たりがよいが、カールは苛立ちを隠さない。
どうしてうちが貧乏くじを引かなければならないのか、隣から怒りが空気を伝わってくる。
「こちらです」
主従は似るのか、ジョシュア並の簡潔さで、彼は客間の扉を開けた。
「何かありましたら、こちらを」
ベルを渡され、カールはそれ以上の説明をせずに、一礼して出て行った。夕食の時間は何時だとか、そのときにはジョシュアは帰宅するのかとか、あれこれ聞きたいことがあるのに。
マリベルなら何でも教えてくれそうだが、親ほどの年の差があるからといって、女性は女性。尋ねづらいこともあるし、彼女も聞かれても困ることがあるに違いない。
そうなると、最終手段はアンディしかいない。レイナールは溜息をついた。彼も忙しい身だ。食事の準備が一段落したところを見計らって行かなければ。
すでに届いていた荷物を、レイナールは整理整頓した。服も、身の周りの品も最低限だ。自分で持つ機会は少ないとはいえ、長旅に重い荷は禁物だった。
それでも、どうしても持って来たかったものがふたつ。
「よかった。割れてない……」
両方とも割れ物だったので、道中特に気を遣っていたが、ようやく落ち着くことができる。
小さな額縁には、自分とは似ていない義妹の肖像画。
それから、まだ蕾もない状態の植木鉢。
花が咲くかどうか、いちかばちかのそれの世話をしなければならない。
だが、疲れが眠気の形で襲ってきたせいで、安堵の溜息をついたと同時に、レイナールはベッドに沈んだ。
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