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第六章 彼女
彼女(5)
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向井さんが兄に髪の毛を送った犯人だとわかって、私は古住弁護士をコンビニに残したまま一人で来てしまった。
今考えれば、とても危険なことをしていたのだ。
相手は話が通じない異常者。
もしかしたら、兄を殺した本当の犯人の可能性だってある。
もし、殺された兄を見て第一発見者として警察署に駆け込んだのではなく、自分で殺した自作自演で駆け込んでいたら……?
私はなんの対抗策もなく、ただ一人で殺人鬼の元に行ったことになる。
古住弁護士がこちら側にいてくれてどれだけ心強かったか……
「向井さん、話は全部聞かせいただきました。建物の外まで響いていましたよ」
「あら、そう? だから何? 私は何か間違ったことを言っていたかしら? 私はただ、飛鳥くんを異常な行為を繰り返していた女から守ろうとしたっていうだけでしょう?」
向井さんは自分に非があるとは一切思っていない。
社さんを異常な女だと批判し、横田葵を兄を殺した犯人として罵っているが、自分はどうなのか。
いくら大家だとしても、勝手に入居者の許可なく勝手に部屋の中に入って、しかも冷蔵庫の中にまで干渉しているなんて、気持ちが悪い。
向井さんの言う通り、兄がありがたく中身を食べているのなら、あんなにたくさん溜めておかないで、すぐに返しているはずだ。
あの部屋にあった空のタッパーは、ゴミ袋に入っていて、明らかに捨てようとしているものだった。
こんな気持ちの悪い女の作った料理なんて、食べるはずがない。
「あのぉ……」
そこへ聞き覚えのない女性の声がして、私たちは振り返った。
外まで声が響いていたそうだから、何事かと様子を見に来た人が数人いたのだ。
そのうちの一人————髪が背中まで長い派手な髪色の若い女性が恐る恐る手を上げて、割って入った。
「すみません、私も全部聞こえてたんですけど、訂正した方がいいと思って、一言いいですか?」
どこかで見たような気がすると思ったが、その女性の隣に立っていた男性を見て思い出した。
204号室の住人だ。
兄の部屋の片付けを終えた後、二人で部屋に入っていくのが見えた、横田葵が住んでいた203号室の隣に住んでいる女性だ。
「殺された202号室のお兄さん、食べてませんよ?」
「え?」
「前に燃えるゴミを捨てるのに一緒になった時があって、ほとんど生ゴミか食べ残しっぽかったから『料理するんですか?』って聞いたんです。そしたら、『最初はドアノブにかかっていただけだったけど、何日か前からいつの間にか冷蔵庫の中に入っていた』って……『誰がやったのかわからないけど、気持ち悪い』って————」
さらに畳み掛けるように、別の女性が証言する。こちらは向井さんの隣の部屋に住んでいる奥さんだそうだ。
「それなら、私も……!! 前に、うちの子が勝手に屋上に入っちゃって————連れ戻すのに上がったんです。屋上で向井さんが野菜を育ていたのは知っていましたから、野菜に何かあっちゃいけないと思って……その時、私見ちゃったんです。屋上にある、物置小屋の中」
この奥さんの話によると、屋上には家庭菜園に使うジョウロやハサミ、スコップなどの道具が置いてある小さな小屋があるらしい。
その中に、お子さんが勝手に入ってしまったそうだ。
無邪気に逃げ回るお子さんをどうにか捕まえて、ふとその小屋の壁を見ると……
「写真が貼ってありました。殺されたあの、イケメンのお兄さんの。どれも視線がカメラの方を向いていなくて、盗撮だってすぐにわかりました。だから私、あのお兄さんが殺されたって聞いて、最初、犯人はてっきり向井さんかと————ストーカーをしていたのは、向井さんだったはずなのに、変だなって」
「…………」
向井さんは何も言わずに押し黙った。
その代わり、騒ぎを聞きつけた近所の人たちの声があちらこちらから聞こえてくる。
「でも大家さんとあのお兄さんってそういう関係だったんじゃないの? ママ活をしてるって聞いたけど」
「自分が彼女だって言いふらしてなかった? 胃袋を掴んだとかなんとか言って……あの話、やっぱり嘘だったの?」
「私、あのお兄さんが出した資源ごみの袋を向井さんが家に持って帰ったの見たことあるよ」
「気持ち悪い、何それ」
「いい歳したおばさんが何してんだよ」
すると、向井さんは顔を真っ赤にしながら怒り出した。
「何よ!! 今時、年齢なんて関係ないでしょう!? 私は恋をしていたの。仕方がないじゃない!! 私は彼を愛していた……だから、料理を作ったり、何処の馬の骨ともわからない女から守っていただけよ!? それの何がいけないの!? 推し活ってやつよ!! 推しを守るのはファンの役目でしょう!? まるで私が飛鳥くんを殺したような言い方をしないで!! 私は殺してないわ!! 殺したのはあの女よ!! あの女なのよ!!」
今度は泣き出した。
「返してよ、私の飛鳥くんを返してよぉぉぉぉぉぉぉ」
まるで、自分が悲劇のヒロインかのように、わんわんと泣いていたが、アイラインが崩れて黒い涙を流しているその様は、あまりに惨めで気味が悪かった。
今考えれば、とても危険なことをしていたのだ。
相手は話が通じない異常者。
もしかしたら、兄を殺した本当の犯人の可能性だってある。
もし、殺された兄を見て第一発見者として警察署に駆け込んだのではなく、自分で殺した自作自演で駆け込んでいたら……?
私はなんの対抗策もなく、ただ一人で殺人鬼の元に行ったことになる。
古住弁護士がこちら側にいてくれてどれだけ心強かったか……
「向井さん、話は全部聞かせいただきました。建物の外まで響いていましたよ」
「あら、そう? だから何? 私は何か間違ったことを言っていたかしら? 私はただ、飛鳥くんを異常な行為を繰り返していた女から守ろうとしたっていうだけでしょう?」
向井さんは自分に非があるとは一切思っていない。
社さんを異常な女だと批判し、横田葵を兄を殺した犯人として罵っているが、自分はどうなのか。
いくら大家だとしても、勝手に入居者の許可なく勝手に部屋の中に入って、しかも冷蔵庫の中にまで干渉しているなんて、気持ちが悪い。
向井さんの言う通り、兄がありがたく中身を食べているのなら、あんなにたくさん溜めておかないで、すぐに返しているはずだ。
あの部屋にあった空のタッパーは、ゴミ袋に入っていて、明らかに捨てようとしているものだった。
こんな気持ちの悪い女の作った料理なんて、食べるはずがない。
「あのぉ……」
そこへ聞き覚えのない女性の声がして、私たちは振り返った。
外まで声が響いていたそうだから、何事かと様子を見に来た人が数人いたのだ。
そのうちの一人————髪が背中まで長い派手な髪色の若い女性が恐る恐る手を上げて、割って入った。
「すみません、私も全部聞こえてたんですけど、訂正した方がいいと思って、一言いいですか?」
どこかで見たような気がすると思ったが、その女性の隣に立っていた男性を見て思い出した。
204号室の住人だ。
兄の部屋の片付けを終えた後、二人で部屋に入っていくのが見えた、横田葵が住んでいた203号室の隣に住んでいる女性だ。
「殺された202号室のお兄さん、食べてませんよ?」
「え?」
「前に燃えるゴミを捨てるのに一緒になった時があって、ほとんど生ゴミか食べ残しっぽかったから『料理するんですか?』って聞いたんです。そしたら、『最初はドアノブにかかっていただけだったけど、何日か前からいつの間にか冷蔵庫の中に入っていた』って……『誰がやったのかわからないけど、気持ち悪い』って————」
さらに畳み掛けるように、別の女性が証言する。こちらは向井さんの隣の部屋に住んでいる奥さんだそうだ。
「それなら、私も……!! 前に、うちの子が勝手に屋上に入っちゃって————連れ戻すのに上がったんです。屋上で向井さんが野菜を育ていたのは知っていましたから、野菜に何かあっちゃいけないと思って……その時、私見ちゃったんです。屋上にある、物置小屋の中」
この奥さんの話によると、屋上には家庭菜園に使うジョウロやハサミ、スコップなどの道具が置いてある小さな小屋があるらしい。
その中に、お子さんが勝手に入ってしまったそうだ。
無邪気に逃げ回るお子さんをどうにか捕まえて、ふとその小屋の壁を見ると……
「写真が貼ってありました。殺されたあの、イケメンのお兄さんの。どれも視線がカメラの方を向いていなくて、盗撮だってすぐにわかりました。だから私、あのお兄さんが殺されたって聞いて、最初、犯人はてっきり向井さんかと————ストーカーをしていたのは、向井さんだったはずなのに、変だなって」
「…………」
向井さんは何も言わずに押し黙った。
その代わり、騒ぎを聞きつけた近所の人たちの声があちらこちらから聞こえてくる。
「でも大家さんとあのお兄さんってそういう関係だったんじゃないの? ママ活をしてるって聞いたけど」
「自分が彼女だって言いふらしてなかった? 胃袋を掴んだとかなんとか言って……あの話、やっぱり嘘だったの?」
「私、あのお兄さんが出した資源ごみの袋を向井さんが家に持って帰ったの見たことあるよ」
「気持ち悪い、何それ」
「いい歳したおばさんが何してんだよ」
すると、向井さんは顔を真っ赤にしながら怒り出した。
「何よ!! 今時、年齢なんて関係ないでしょう!? 私は恋をしていたの。仕方がないじゃない!! 私は彼を愛していた……だから、料理を作ったり、何処の馬の骨ともわからない女から守っていただけよ!? それの何がいけないの!? 推し活ってやつよ!! 推しを守るのはファンの役目でしょう!? まるで私が飛鳥くんを殺したような言い方をしないで!! 私は殺してないわ!! 殺したのはあの女よ!! あの女なのよ!!」
今度は泣き出した。
「返してよ、私の飛鳥くんを返してよぉぉぉぉぉぉぉ」
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