類を惹く

星来香文子

文字の大きさ
25 / 49
第四章 美しい毒

美しい毒(5)

しおりを挟む

 流石にもう夕方ということもあって、私は古住弁護士と明日以降一緒に向井さんの元を訪ねる約束をして別れた。
 七海ちゃんに今日わかったことを話すと、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で不快感をあらわにしつつ率直な感想を述べた。

「それじゃぁ、その向井さんって大家さんもめっちゃ怪しいじゃん」

 まったくその通り。
 タッパーの件もそうだが、監視しているようだったという横田葵の証言、それから、兄の隣に住んでいたオトナリさん。
 私の記憶が正しければ、201号室の住人が引っ越したのが事件の後であることは、父が大家さんから聞いた話だった。
 私は兄や横田葵が一人暮らしだったこともあり、てっきり201号室の住人も一人暮らしだと思ってたから、二人暮らしだったことにも驚いた。
 何より、あの向井さんは一体なんで彼らと揉めていたのだろうという疑問もある。

「スーパーで覗いてた女も気持ち悪いし……っていうか、噂のイケメンって陽菜のお兄ちゃんのことだったんだ」
「噂のイケメン……?」
「うん、私は実家暮らしだからバイトしてないけど、この街でバイトしてる同じ大学の人たち結構いてね、家がちょっと遠かったりしてるのに、なんでかなって思ったらみんな言ってたんだよね。『あそこにはとんでもないイケメンが出没する』って……」
「ああ、それは……うん、お兄ちゃんで間違い無いね」

 スーパーの店長さんやコンビニの店員さんの話によれば、兄目当てでパートやバイトの求人応募が急増したらしいし、そうとしか思えなかった。
 ある意味この街に経済効果をもたらしたような気もするけど、兄自身は完全に無自覚だったと思う。

「それより、その201号室に住んでたって————オトナリさんだっけ?」
「うん、七海ちゃん知ってるの?」
「いや、私は知らないんだけど……実はさ————」

 七海ちゃんはスマホを手にして、いくつか操作した後、今度はタブレット端末の方を操作する。
 そして、タブレットの方の画面を私に見せながら言った。

「この写真、親戚のお姉さんに送ってもらったんだけど……」

 画面に映っていたのは、兄が高校生の頃の写真だった。兄の他にも、数人男女が並んで映っている。

「これ、なんの写真?」
「高校の修学旅行の集合写真。なんか、卒業文集みたいなのを作った時にボツになったやつらしいんだけど……パソコンでそれぞれ誰かわかるように手書き風に名前書いてあるのわかる?」
「うん、みんなひらがなで書いてあるね」
「ここ、見て。陽菜のお兄さんの隣」

 七海ちゃんが指差したのは、兄の隣で笑っている小柄な男子生徒。
 兄ほどではないが色が白く、男子生徒にしては髪が長い。
 後ろで縛っている。

「あ、!?」

 そこにはっきりと、『おとなり』と書かれている。

「あんまりいる苗字じゃ無いじゃん? もしかして、隣に住んでたの同じ人かなって————それか、親戚とか」

 かすかに残っていた記憶が、その瞬間蘇った。

「あ……待って、私、ちょっと覚えてる」

 そうだ。
 兄が高校生の時に何度か家に遊びに来ていた兄の友人の一人だ。
 髪の毛がシャンプーのCMみたいにサラサラで、将来は美容師になるとか言って、遊びに来る度に私の髪を可愛くしてくれたお兄さんだ。
「名前まで覚えてなかったけど……この顔、多分そうだ。え、でも、それじゃぁ、隣に同級生が偶然住んでいたってこと?」
「そこまでは……この人今どうしてるか調べてもらおうか?」
「うん、お願い!」

 七海ちゃんは親戚のお姉さんに連絡をとってくれていた。
 その間、私は改めて写真に映っている人物を一人一人見ていく。
 何人か見覚えのある人がいて、多分、うちに遊びに来たことのある人なんだろうなと思った。

 あのお兄さん以外にも、何人か兄の友達が家に来たことはあった。
 遊んでもらったこともある。
 女子生徒の方はわからない。
 きっと、この中に兄に恋心を抱いていた人も大勢いたと思う。
 視線がカメラの方ではなく、兄の方を向いている人が何人かいたのだ。

「え……?」

 だから、まさかその写真の端に写っている人物の顔と名前が、つい先ほどまで一緒にいた人物と一致したことには本当に驚いた。

「え? どうかした、陽菜?」
「……これ————古住弁護士?」
「え?」

 写真の一番右端に、セーラー服姿の古住弁護士によく似た人物が写っていた。
 今より髪が長くて、まだ幼さの残っている女子高生。
 その視線の先に、兄がいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...