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第四章 美しい毒
美しい毒(5)
しおりを挟む流石にもう夕方ということもあって、私は古住弁護士と明日以降一緒に向井さんの元を訪ねる約束をして別れた。
七海ちゃんに今日わかったことを話すと、彼女は苦虫を噛み潰したような表情で不快感をあらわにしつつ率直な感想を述べた。
「それじゃぁ、その向井さんって大家さんもめっちゃ怪しいじゃん」
まったくその通り。
タッパーの件もそうだが、監視しているようだったという横田葵の証言、それから、兄の隣に住んでいたオトナリさん。
私の記憶が正しければ、201号室の住人が引っ越したのが事件の後であることは、父が大家さんから聞いた話だった。
私は兄や横田葵が一人暮らしだったこともあり、てっきり201号室の住人も一人暮らしだと思ってたから、二人暮らしだったことにも驚いた。
何より、あの向井さんは一体なんで彼らと揉めていたのだろうという疑問もある。
「スーパーで覗いてた女も気持ち悪いし……っていうか、噂のイケメンって陽菜のお兄ちゃんのことだったんだ」
「噂のイケメン……?」
「うん、私は実家暮らしだからバイトしてないけど、この街でバイトしてる同じ大学の人たち結構いてね、家がちょっと遠かったりしてるのに、なんでかなって思ったらみんな言ってたんだよね。『あそこにはとんでもないイケメンが出没する』って……」
「ああ、それは……うん、お兄ちゃんで間違い無いね」
スーパーの店長さんやコンビニの店員さんの話によれば、兄目当てでパートやバイトの求人応募が急増したらしいし、そうとしか思えなかった。
ある意味この街に経済効果をもたらしたような気もするけど、兄自身は完全に無自覚だったと思う。
「それより、その201号室に住んでたって————オトナリさんだっけ?」
「うん、七海ちゃん知ってるの?」
「いや、私は知らないんだけど……実はさ————」
七海ちゃんはスマホを手にして、いくつか操作した後、今度はタブレット端末の方を操作する。
そして、タブレットの方の画面を私に見せながら言った。
「この写真、親戚のお姉さんに送ってもらったんだけど……」
画面に映っていたのは、兄が高校生の頃の写真だった。兄の他にも、数人男女が並んで映っている。
「これ、なんの写真?」
「高校の修学旅行の集合写真。なんか、卒業文集みたいなのを作った時にボツになったやつらしいんだけど……パソコンでそれぞれ誰かわかるように手書き風に名前書いてあるのわかる?」
「うん、みんなひらがなで書いてあるね」
「ここ、見て。陽菜のお兄さんの隣」
七海ちゃんが指差したのは、兄の隣で笑っている小柄な男子生徒。
兄ほどではないが色が白く、男子生徒にしては髪が長い。
後ろで縛っている。
「あ、おとなり!?」
そこにはっきりと、『おとなり』と書かれている。
「あんまりいる苗字じゃ無いじゃん? もしかして、隣に住んでたの同じ人かなって————それか、親戚とか」
かすかに残っていた記憶が、その瞬間蘇った。
「あ……待って、私、ちょっと覚えてる」
そうだ。
兄が高校生の時に何度か家に遊びに来ていた兄の友人の一人だ。
髪の毛がシャンプーのCMみたいにサラサラで、将来は美容師になるとか言って、遊びに来る度に私の髪を可愛くしてくれたお兄さんだ。
「名前まで覚えてなかったけど……この顔、多分そうだ。え、でも、それじゃぁ、隣に同級生が偶然住んでいたってこと?」
「そこまでは……この人今どうしてるか調べてもらおうか?」
「うん、お願い!」
七海ちゃんは親戚のお姉さんに連絡をとってくれていた。
その間、私は改めて写真に映っている人物を一人一人見ていく。
何人か見覚えのある人がいて、多分、うちに遊びに来たことのある人なんだろうなと思った。
あのお兄さん以外にも、何人か兄の友達が家に来たことはあった。
遊んでもらったこともある。
女子生徒の方はわからない。
きっと、この中に兄に恋心を抱いていた人も大勢いたと思う。
視線がカメラの方ではなく、兄の方を向いている人が何人かいたのだ。
「え……?」
だから、まさかその写真の端に写っている人物の顔と名前が、つい先ほどまで一緒にいた人物と一致したことには本当に驚いた。
「え? どうかした、陽菜?」
「……これ————古住弁護士?」
「え?」
写真の一番右端に、セーラー服姿の古住弁護士によく似た人物が写っていた。
今より髪が長くて、まだ幼さの残っている女子高生。
その視線の先に、兄がいた。
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