類を惹く

星来香文子

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拝啓 天国のあなたへ

古住 みなみ・30歳・被害者の中高の同窓生

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 あなたと初めて話したのは、中学生の頃でした。
 隣のクラスに、とんでもない美人がいるって噂になって、同じクラスの男子が騒いでいたんです。

 私たちが通っていた中学校は、制服が女子もスラックスを履いている学校だったので、あんまり綺麗な顔をしているから、女子と間違われていましたね。
 私も、遠巻きに見に行って、女の子だと思ったくらいです。
 あの頃はまだ、今みたいに身長は伸びてなくて、色白の……なんというか、外国映画に出て来てもおかしくないような、鼻が高くて一際色の白い頬が赤くて、可愛らしい男の子でした。
 
 後から風の噂で聞きましたが、あなたは小学生の時まで別の地区で暮らしていたんですってね。
 入学当時は誰もあなたのことを知っている人はいませんでしたから、そんな状況になっても仕方がなかったですね。

 でも、中学を卒業する頃にはぐんと身長も伸びて、声変わりもして……どこからどう見てもすっかり男の人になっていました。
 いつも女子からも男子からも騒がれていましたね。
 私は高校で同じクラスになった時、実は心の中で密かにガッツポーズをしていました。

 私もその騒いでいた一人だったのです。
 でも、そんな数多くいるあなたのファンの一人と同じように扱われるのは嫌で、普通に、クラスメイトとしてそばにいたくて、あなたのことなんてなんとも思っていないふりをしていました。
 もしかしたら、あなたは気づいていたかもしれませんが、放課後に一度だげ二人きりになった時、私は緊張のあまり上手く話せなかったんです。
 もしかしたら、「変なやつ……」と思われたかもしれません。
 
 あれだけ綺麗な顔をしているのだから、きっと彼女の一人や二人いるだろうと、みんな思っていました。
 芸能界にでも入ったら、すぐに人気になるだろうし、別の業界に入ったとしても、あなたのその顔なら、きっとやっていけるでしょう。

 私は地元で就職してしまったので、高校卒業後の風の噂でくらいしかあなたのことは知りませんでした。
 でも、二年半くらい前、急に地元に帰って来た時会いましたね。
 同窓会があったわけでも、年末年始とかお盆でもなんでもない日でした。
 私が生まれたばかりの幼い娘を連れて、近所の公園を散歩していた時です。
 あなたはベンチに腰掛けて、どこか遠くを見ているようでした。もう卒業してから十年も経っていたのに、相変わらずあなたは誰よりも美しくて、私はすぐにあなただと気づきました。
 
 変わっていないというのは語弊がありますね。
 「以前よりより一層、美しく魅力的になった」というべきでしょうか。
 
 高校生の頃とは違って、大人の色気————のようなものを感じました。
 あの公園には自称管理人のような口うるさいお婆さんがいて、普段なら公園で煙草なんて吸っていたら怒鳴り散らかしていたのですが、そのお婆さんもあなたのあまりの美しさに見惚れているようでした。
 あなたは私と、娘に気がついてすぐに火を消しましたね。
 申し訳なさそうな表情で、こちらを見て、そして、その色の薄い瞳ですぐに私の顔をじっと見ました。
 気づいたら私の方から話しかけていましたね。

「私のこと、覚えている?」と……

 あなたは少し考えて、私の旧姓を呼んでくれました。
 覚えてもらっていたことが嬉しすぎて、私はつい泣いてしまいました。
 娘を産んでからというもの、ものすごく涙もろくなってしまっていたのです。

「結婚したんだね」「おめでとう」「娘さん可愛いね」と、あの日は高校生の頃より多くの言葉を交わしました。
 私は本当に嬉しくて、つい、夫と上手く行っていない話をしてしまいました。
 今考えると、余計な話をしてしまったなと少しだけ反省しています。
 こんな話、久しぶりに再会した同級生にするものじゃないとは思ったのですが、つい、調子に乗ってしまったのです。

 でも、これだけは言えずにいました。
「こんなことなら、高校生の頃にあなたに告白して、無理にでも付き合えばよかった」とは。

 そんな本音は、口が裂けても言えませんでした。
 今でもあの頃と変わらずに、穏やかな口調で爽やかに笑うあなたは本当に素敵で、私はすっかりあの頃に戻ったような気分になりました。
 私の夫は、結婚した途端に性格がガラリと変わってしまったモラハラ糞男だったので、結婚前は割とイケメンだと思っていた顔も、今思うと大したことないのです。

 あなたと比べれば、天と地ほどの差がある。
 比べることも烏滸おこがましいくらいですが……

 あなたは何も言わずに、私の話に時折相槌を打ちながら、優しく微笑んでいましたね。
 その時、やっと勇気をだして連絡先を交換することができました。
 高校生の時は、そんなことすらできなかったのに、私も少しは大人になれたのだと思ったのです。


 あれから夫と離婚し、何度かあなたの住む街へ行ったこともあります。

 心機一転、新天地でやり直そうと思っていたんです。
 仕事をするのにも、地元ではどうしても元夫との繋がりのある人が多かったので、どうせならあなたの近くで————なんて、淡い期待を抱きながら、就活をして……
 無事に就職が決まったので、あなたが住んでいると言っていた街の賃貸物件をいくつか見に行ったんです。
 
 もちろん、あなたが住んでいるアパートの詳細な住所までは知りませんでしたから、「偶然会えたらいいな」と思っただけです。
 無事に住む場所が決まったら、報告がてらどこか近くで食事でもしないかと誘うつもりでいました。
 
 ところが、私の希望と合う物件はなかなか見つからず、私はあなたが暮らしている街の隣の街で暮らすことになりした。
 そこで新居に置く家電を見ようと、お金はあまりありませんから、その街にあったリサイクルショップで商品を物色していた時です。
 

 あなたの顔が、中古の液晶テレビ画面に映ったのは。


 全国放送のお昼のニュース番組でした。
 それも、殺害された被害者として、あなたの顔写真が映っていたのです。
 本当に、信じられませんでした。

 私はその事実が信じられず、何度も何度も、あなたのスマホにメッセージを送りましたが、既読になることはありませんでした。
 そこで気がつきました。
 せっかく連絡先を交換したのに、なんて送ればいいかわからなくて————あなたからの返信は、あの日、最初に連絡先を交換した時に送られてきた無料のクマのスタンプだけだったこと。

 私はいつも、いつだって、あの頃と変わらず、後になって気づくのです。
 どうして、もっと早く、すぐに、あなたに……————話したいこと、伝えたいこと、たくさんあったはずなのに……


 殺されてしまった。


 どこの馬の骨かもわからない、若い女に、あなたを奪われた。私は一生、この先もずっと、あなたの隣に立つことは許されないのだと……
 こんなにも長い間、ずっと、ずっと、初めてあなたを見た十三歳のあの春からずっと、思いを伝えなかったことを後悔しても、仕切れないのです。

 ですから、どうか、もしも、もしもやり直せるなら、時間を巻き戻すことができたなら————
 その時は、今度こそあなたに、この思いを伝えたいです。

 私は、あなたのことが好きでした。初恋でした。今でも、これからも、この先も、ずっと、あなたを愛しています。

 だからどうか、夢の中でも構いません。私に会いに来てくれませんか?


 あの頃と変わらない、誰よりも綺麗で、素敵なあなたに、私は会いたいです。

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