アート・オブ・テラー

星来香文子

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「アイスコーヒーとアイスココアで」

 去年の8月中旬、るなは影山と再会した。
 バイト先のカフェに、客として現れたのが影山だった。

「うっそ、大志じゃん、久しぶり!」

 るなは久しぶりに再会したことが嬉しくて、つい声をかけてから気がつく。
 そういえば、この男に私は一方的にフラれたんだっけ……と。
 それも、ものすごい形相で最後は怒鳴られた。
 知らないふりをされるか、無視されるかのどちらかだろうと思ったが、意外にも影山は付き合っていた当時のようにるなに接する。

「ああ、るなか。久しぶりだな、ここで働いてんの?」
「う、うん。もう半年くらい経つかな?」

 レジに来たのは影山一人だったが、注文は二人分。
 るなは注文された通りにアイスコーヒーとアイスココアを用意しながら、ちらりと影山の方を見る。

「持ち帰り? それとも店内で?」
「店内で。連れと待ち合わせしてるんだ」
「へぇ……そうなんだ」

 るなは影山の顔が好きで彼女になった。
 久しぶりに会った影山は、高校生の頃よりも少しだけ背が伸びたような気もするし、垢抜けして、ますまするな好みの容姿になっている。

「彼女?」
「……まさか。俺今、彼女いないし、友達だよ」
「そうなんだぁ」

 るなは至極単純な女だった。
 影山に彼女がいないなら、自分にもチャンスがあると思った。
 影山の父親とは一度寝たことがあるが、付き合うなら年齢的にも影山の方がいい。
 若いし、きっと将来あのイケメンの父親と同じ顔になる。
 年上好きというわけではないが、どうもこの顔に惹かれる自分がいる。

 影山の後に二人の男の彼女になったが、やっぱり影山が忘れられなかった。

「LINE、変わってないよね?」
「いや、変わってるよ。教えようか?」
「教えて教えて」

 本当は、別れてすぐに影山はるなをブロックしている。
 携帯の番号も変えて新しくした。
 だが、そんなことは言わず、るなに新しい連絡先を教える影山。
 アイスコーヒーとアイスココアを受け取ると、テラス席の方に座った。

「ちょっと、伊藤さん、またお客さんに連絡先聞かれたの?」
「聞いたんじゃなくて、教えてもらたんですよぉ、店長」
「まったく……程々にしなさいよ。この前も変な男に絡まれて大変だったんだから」

 るなの容姿は男にモテる。
 客として来た男に何度も口説かれたことがあり、つい最近、るなに対してストーカーのような行為をしていた男が警察の厄介になったばかりだ。
 店長が警察に通報して事なきをえたが、一歩間違えば大変危険な状況だった。

「あいつは警察が連れて行った変態じゃないですかぁ……大志はあんなキモいのとは違うんです」
「まぁ、確かに彼はイケメンだし、なんかいい人そうだけど……」
「でしょでしょ? 高校の時なんて、女子の半分以上が好きだったんだですよ?」

 るなは浮き足立っていた。
 影山以上にいい男がいないと知っていたからだ。
 今思えば、当時は影山に対してちょっと酷いことはしたかもしれないと後悔していた。
 うまくいけば、もしかしたら、元に戻れるかもしれない。
 そう考えた。

 それから、急にどっと客足が増えて忙しくしていると、いつの間にかテラス席にいた影山の姿はなくなっている。
 後から来ると言っていた友達の顔も見ることはなかった。

 テーブルの掃除をした別のスタッフにテラス席のことを訪ねると、アイスココアを飲んでいたのは、若い女の子だったという。
 顔はサングラスをかけていたからよくわからなかったそうだが、肌の色が白くて、あれは絶対美女だと自信ありげに言い切られた。

「なんだ、女かよ」

 るなはその友達が女だったことに少しイラついたが、バイトが終わってすぐ、影山からLINEが届く。
 すぐに会う約束を取り付けたるなは、いつもより着飾って待ち合わせの場所へ向かった。
 そして、気がつけばあの地下室に監禁されていた。

「まじで、意味がわからないんだけど……どこよ、ここ」

 窓のない、灯りは天井からぶら下がった裸電球たった一つ。
 両手は何かで縛られ、柱か何かに体を縛り付けられているのか、身動きが取れない。
 おそらく、何か薬を盛られた。
 意識はまだ少し朦朧としていたが、るなの顔を覗き込むように影山が中腰で立っているのがわかる。
 その後ろには、肌の白い女。
 カフェにいた友達だと直感する。

 女は口角を上げて、微笑んでいる。
 若い女の子……というより、まだ幼い少女だ。
 誰が見ても、美しいと言える容姿の少女。

 高校生か……いや、もっと若いかもしれない。
 誰かに似ている……ああ、そうだ。
 ついこの間テレビでやっていた再放送のドラマ、あれに出ていた女優に似ている————

 そう思っていると、影山は薄手のゴム手袋をはめた手で、るなの頬を優しく撫でた。
 ゴムの匂いが、鼻腔をくすぐる。

「————なぁ、るな。お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」

 恐怖を感じるより先に、冷たい何かが左手の甲に触れる。
 視線をずらしてそれが何か確認すると、頬を撫でる影山の手と反対側の手に、メスのようなものが握られている。

「や……やめてよ……冗談でしょ?」

 その冷たい金属の側面が、当たっていた。


 *


「————よし、それじゃぁ、今日はここまで」

 今日の研修が終わり、副島は美月の部屋へ向かった。
 数日家を空けている妹の葉月のことが気になるからと、自ら会いに行こうとするなんて、なんて妹思いの姉だろう。
 副島としても、かつて仕えていた和子によく似た葉月のことは心配だ。
 ちゃんとご飯を食べているだろうか……

 副島は和子が他界してからは、各所にある二階堂家の別荘の管理を任されていることが多く、あまり本家の方にいなかった。
 日吉がいるからあまり心配はしていなかったが、有能だったレオンがあんなことになって、美月もさぞ心を痛めているだろう……
 引退まで残り数年、美月と葉月が安心して心穏やかに過ごせるように色々と手を尽くさなければ……と、副島は考えている。

「美月お嬢様、副島です」

 美月はすぐに部屋から出て来て、嬉しそうに笑った。

「研修、終わったの?」
「はい、たった今。続きはまた明日にします。では、葉月お嬢様のところへ行きましょうか」
「ええ、そうね! あ、でもその前にキッチンにいかなきゃ」
「キッチン?」
「焼きプリン、葉月に持って行こうと思ってシェフに頼んでおいたのよ」

 美月はシェフから焼きプリンが入った紙袋を受け取ると、副島の運転する車に乗り、葉月がいる伊沢のマンションへ向かった。
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