アート・オブ・テラー

星来香文子

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5 Leon

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 芸術アート連続殺人事件。
 その容疑者として逮捕されたのは、二階堂総合病院長・二階堂章介氏の自宅で執事として住み込みで働いていた満島レオンである。
 彼の両親もまた、二階堂家の使用人だった。
 フランス人と日本人の間に生まれた父親はシェフとして働いていたが女癖が悪く、メイドをしていた母親以外にも何人も女がいた。
 その父親は女たちから恨まれ罰が当たったのか、レオンが小学生になる前に病死。
 母親はレオンが高校生になったばかりの頃、交通事故で亡くなっているが、それまでレオンには絶対に女性問題は起こすなときつく言い続けていた。

「たった一人を愛しなさい。それができないなら、あなたは誰も愛してはいけない」
 それが母親の口癖だった。
 その為、中高と男子校で過ごし、珠美と出会うまでレオンは女を知らずに生きていた。

 レオンが逮捕された後、珠美との関係が表に出ることはなく、彼が男子校の出身であることから、「女子高生に幻想があったロリコン」「変態執事」などと、憶測だけが拡まる。
 珠美はレオンがそんな男ではないと知っているが、あまり騒ぎ立てると自分との関係を疑われる可能性がある為、「二階堂家の使用人が犯人なんてありえない……」というていで、再捜査をするよう言って欲しいと、夫である和章に訴えていた。

「またその話か……証拠が揃ってるんだ。それに、レオン本人も、認めているって、刑事が言っていただろう?」
「本人が認めてるなんて……きっと、無理やり認めさせたのよ! よくあるでしょう? 自白強要!! そうに決まってるわ」

 大きな手術を終え、帰宅して早々に珠美にそんなことで詰め寄られて、和章は深いため息をつく。
 疲れて帰宅した夫に労いの言葉もないのかと、口には出さなかったが右手でネクタイを緩めながら、もう片方の手で書斎の引き出しを開ける。
 そこに入っていた茶封筒を珠美に投げて渡した。


「な、なによこれ……」
「開けてみろ」

 言われたまま、封筒を開けると中にはレオンと珠美の写真。
 仲睦まじく抱き合う二人の写真が、何十枚も出てきた。

「…………俺が知らないとでも思ったか? 父さんも知ってる」
「…………」

 珠美は狼狽えて、言葉が出てこなかった。

「俺も本当に犯人がレオンかどうかは疑念がある。だが、あの離れは管理はレオンがしていたし、地下室から指紋も検出されている。それに、何よりレオン本人が自分が犯人だって認めているんだ。犯人はレオン。それでいいだろ。これ以上、余計な詮索をされて困るのはお前だぞ?」
「そ……それは…………そうだけど…………」
「離婚して二階堂家から追い出されたくないなら、余計なことはするな。犯人はレオン。うちの使用人が勝手にしたことだ。それでこの事件は終わり。父さんもそう言ってる。わかったら出ていけ」

 疲れているんだと、和章は珠美を書斎から追い出した。
 閉められた書斎のドアの前で、珠美は写真を握りしめる。

「……離婚は…………だめ」

 苦労して手に入れたこの場所を、珠美は手放す気は無い。
 そのために、愛してもいない男の子供も産んだ。
 姑からの屈辱にも耐えてきた。
 離婚だなんて、ありえない。

 珠美は自室に戻ると、レオンが調合してくれたお気に入りの香水の瓶と、誕生日の度に送られた花に添えられていたメッセージカードを、和章に渡された封筒の中に押し込んだ。
 それを持って裏庭に飛びだし、焼却炉に入れる。
 写真もレオンとの思い出の品も、全部一緒に焼却炉の中に押し込んだ。

 使い方は知っている。
 日吉が火をつけるところを、何度か見たことがあるからだ。

 まだ規制線の黄色いテープが貼られている離れの方を見つめると、珠美の瞳から涙が一筋流れて頰を伝う。
 水曜日の夜、焼却炉の煙突から、煙が空高く昇っていった。



 *


「大変だね、まさかあの執事が犯人だったなんて」

 一方、三学期が始まった葉月は、自室で影山の授業を受けていた。
 レオンが逮捕されたことに疑念を抱いたままではあるが、受験生であることに変わりはない。

「お姉さんの執事だったんだよね? よかったね、お姉さんには被害がなくて」
「……そうですね。それより、この式はこれであってます?」

 葉月は、レオンのことを話したくなかった。
 捜査一課長の甥とはいえ、影山はただの大学生だ。
 影山に話したところで、どうかなるわけでもない。

 須見下の話によれば、もうレオンは検察へ引き渡されてしまったらしい。
 六人も殺した凶悪犯だ。
 このまま裁判になれば、死刑は確実。
 真犯人でも現れない限り、これからレオンは一生、塀の向こうで暮らすことになる。

 美月の執事だったとはいえ、生まれる前からこの二階堂家にいた男だ。
 時には兄のようだったレオンが死ぬのかと思うと、葉月は複雑な心境だった。

「あってるよ。正解。それじゃぁ、お姉さんには別の執事さんがつくの?」
「そうでしょうね。レオンは有能だったから、三人くらい新しい執事を雇わないといけないって、繭子さんが言っていましたし」
「そっか……執事って、給料いくらくらい?」
「……知らないけど、どうして? 先生、執事になりたいの?」

 美月と影山の関係に気づいている葉月。
 執事になったら、ますます美月の恋人としては認められないんじゃないかと思った。

「だって、受験が終わったら家庭教師は終わりだし……薬剤師の資格を取っても、就職先がブラックだったら大変だろう? このお屋敷は古いけど綺麗だし、執事の方が楽しそうだなって……大学は中退して、ここで働こうかな? 長いんだよね、六年って」

 影山が執事になったら、それこそ美月との関係を見せつけられるんじゃないかと、葉月は大きなため息を吐いた。

「先生、そんな話より、今は家庭教師の仕事に集中してください。まだ私の先生なんだか……ら……?」
「ん? なに? どうかした?」

 葉月は突然問題を解く手を止めて、窓の方を見た。

「なんか、変な匂いが……」
「匂い……?」

 焼け焦げた匂いに、何か甘い匂いも混ざっている。
 換気のために少し開けていた窓から、焼却炉の煙が風に乗って葉月の部屋まで届いていた。


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