82 / 92
番外編① 月下の憂鬱
その時を夢見て(6)
しおりを挟む雲が月を覆い、月明かりが消える。
その間に、妖刀は闇に紛れ立ち去ってしまった。
「吉次郎!! 吉次郎!!」
雲の隙間から、再び月明かりが差した時には、すでに橋の上に血の海ができていて、吉次郎は意識を失っていた。
八百比丘尼は吉次郎を抱きかかえて、何度も何度も名前を呼んだ。
舌を噛んで、治癒の力がある自分の血液を飲ませようとしたが、間に合わない。
「どうして……こんな事に…………私なんて、助けなくても…………八百比丘尼なんだ…………不死の体だと、お前だってわかっていただろう?」
八百比丘尼は、吉次郎の胸に耳を当て、泣いた。
吉次郎の心臓の音が、弱くなっていく。
「あぁ、私のこの命が、この終わりのない命が…………お前に与えることができたら、どんなにいいか————」
涙で視界が歪む。
また、雲が月を隠して、光が見えなくなった。
もう、吉次郎の心臓の音は聞こえない。
川の流れる水の音だけだった。
* * *
「吉次郎!! 吉次郎!!」
声に気がついて、目を覚ますと心配そうに覗き込む顔があった。
「おい、大丈夫か? この血はなんだ? お前斬られたのか?」
「弥七……?」
弥七は、吉次郎と共に辻斬りの見回りに出ていた男だ。
状態を起こして、周りを見渡すと、自分の周りが血の海である事に気がつく。
どうしてこんなところで寝ていたのか、記憶を辿る。
(そうだ、辻斬りに……吉次郎が斬られて————)
「弥七、吉次郎は!? 吉次郎はどうした!?」
「は?」
「は? じゃない!! 辻斬りに遭ったんだ!! 吉次郎が斬られて……それで——」
「おい、何言ってんだ? お前、頭でも打ったのか?」
「……え?」
弥七は眉間にシワを寄せて首を傾げる。
「吉次郎はお前だろう?」
「——え?」
「辻斬りに遭ったのは、あっちの尼様の方だろ?」
弥七が指をさした先には、筵の上に横たわる八百比丘尼の姿があった。
「残念だけど、あの尼様はもう…………」
(ちょっと、待て!! どうなってる? なんで私が死んでいる!?)
この状況が信じられず、八百比丘尼は自分の手を見た。
その手は、美しい尼僧の手ではなく、大きくて力強い、吉次郎のものだった。
八百比丘尼は、吉次郎の命を救った代わりに、本来の体を失い、その魂だけが、吉次郎の中に移ったのだった。
数百年生きて来て、初めての出来事だった。
* * *
翌日、吉次郎の家の者も、近所の人たちも、八百比丘尼の死を悲しんだ。
皆が泣いている中、吉次郎は涙ひとつ見せない。
誰よりも八百比丘尼を慕っていた吉次郎の態度を不審に思った母が声をかけるが、吉次郎は、八百比丘尼が自分の中にいることを知っていた。
朝目を覚ますと、昨夜起きた出来事を、自分の中にいる八百比丘尼が教えてくれたのだ。
吉次郎の中に、八百比丘尼は確かにいる。
いつだって、心の中で話すことができる。
埋葬された八百比丘尼の墓の前で、皆泣いていたが、吉次郎にとっては泣くことではなかった。
こうして、八百比丘尼はその体こそ失ったものの、吉次郎の中で、共に生きる事になった。
そして、不死の体にはなった吉次郎は、その後、この辻斬り事件を八百比丘尼と共に見事に解決し、町の英雄となった。
しかし、不死であることに変わりはなかったが、吉次郎の体は歳とともに老いていく。
本来の寿命を終えると、その体の中に残った魂は、八百比丘尼のものだけとなった。
彼女が永遠に終わらない命であることは、変わらなかった。
八百比丘尼は、一人になった後も、吉次郎としての人生を数年生きた後、また別の人間の体に移って、永遠の時の中を生きる。
何度も、何度も、別れを繰り返しながら……
自分をこんな化け物にした、あの女狐に復讐する時を……
いつか来る、その時を夢見て————
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
うだつの上がらないエッセイ集(たまに自由研究)
月澄狸
エッセイ・ノンフィクション
今日もうだつが上がらなかった。
でもまあ良いじゃないか。うだつの画像ならネットにたくさんある。うだつが見たければ画像検索すればいい。
そんなうだつとは防火壁のこと。炎上対策は大事だね。
※この作品はエッセイ集のため、気になったページをパラパラめくるとか、好きなところから好きなように読んでいただけると嬉しいです。
下宿屋 東風荘 3
浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※
下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。
毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。
そして雪翔を息子に迎えこれからの生活を夢見るも、天狐となった冬弥は修行でなかなか下宿に戻れず。
その間に息子の雪翔は高校生になりはしたが、離れていたために苦労している息子を助けることも出来ず、後悔ばかりしていたが、やっとの事で再会を果たし、新しく下宿屋を建て替えるが___
※※※※※
お兄ちゃんの前世は猫である。その秘密を知っている私は……
ma-no
キャラ文芸
お兄ちゃんの前世が猫のせいで、私の生まれた家はハチャメチャ。鳴くわ走り回るわ引っ掻くわ……
このままでは立派な人間になれないと妹の私が奮闘するんだけど、私は私で前世の知識があるから問題を起こしてしまうんだよね~。
この物語は、私が体験した日々を綴る物語だ。
☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
1日おきに1話更新中です。
須加さんのお気に入り
月樹《つき》
キャラ文芸
執着系神様と平凡な生活をこよなく愛する神主見習いの女の子のお話。
丸岡瑠璃は京都の須加神社の宮司を務める祖母の跡を継ぐべく、大学の神道学科に通う女子大学生。幼少期のトラウマで、目立たない人生を歩もうとするが、生まれる前からストーカーの神様とオーラが見える系イケメンに巻き込まれ、平凡とは言えない日々を送る。何も無い日常が一番愛しい……
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
おやばと
はーこ
キャラ文芸
【忘れ去られた〝平成〟の村。謎の感染症におかされた青年は、刃を背負った少女に拾われる】
〝おやどり〟がいなければ、まともに歩くことすらままならない。それが、俺の身を蝕んだ奇病の症状だった。
見知らぬ場所、見知らぬ人たち。目覚めた俺は、自分が誰なのかすらわからない。
パニックに陥る俺を助けてくれたのは、ひとりの女の子――はとちゃん。
日本のどこかにある山奥の秘境、蛍灯村(けいとうむら)で、かつて流行したという〝ひなどり症候群〟に、どういうわけか感染してしまった。
そんなどこの誰とも知れない俺の手を、はとちゃんは引いてくれた。
戸惑いながら、あたたかく迎えてくれた村のみんなとも打ち解けてきた頃。
〝iONウイルス研究所〟の所長を名乗る空閑清華(くがさやか)という女性が、俺たちを訪ねてくる。
〝ひなどり症候群〟の治療法研究に力を貸してほしいという彼女らに対して、村のみんなは、なぜか否定的だった。
その確執を前にして、俺はやっと知るんだ。
ここ蛍灯村が、〝ひなどり症候群〟の流行によって日本という国から隔絶され、いまだ〝平成〟の時代が続いている、忘れ去られた村であったことを。
※この物語はフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる