80 / 92
番外編① 月下の憂鬱
その時を夢見て(4)
しおりを挟む八百比丘尼が生き霊を祓ったことで、吉次郎の父と義妹の不貞が判明し、吉次郎も母親と実家で暮らせるようになる。
八百比丘尼は、隣の紺屋で染物の手伝いをしたり、近所の子供達に各地で見聞きしてきた話を聞かせたり……と、久しぶりに幸せというものを感じながら過ごした。
何より、吉次郎の母親が作る料理がとても美味しくて、気に入っていた。
ここには、優しい人たちと、美味しいご飯もある。
いつまでもここにいられたら、どんなに幸せだろうかと、八百比丘尼は思っていた。
それは叶わない夢だと、わかっていたけれど、そう願わずにいられれなかった。
それから10年ほど過ぎた夏の終わり頃、吉次郎に縁談の話が来る。
「尼様は、どうして歳を取らないの?」
吉次郎は縁側で満月を眺めながら猫を撫でていた八百比丘尼の横に座り、じっと横顔を見つめていたかと思うと、急にそう言った。
「もう、10年も前になるのに、尼様はずっと、あの頃と変わらず綺麗なままだ」
あの頃、まだ幼かった少年は、体も、声も、初めて出会った時とは違う。
もうすっかり大人の男になり、子供の頃からの怪力であった吉次郎は、その類い稀なる身体能力を剣術を磨いて武士となり、町奉行所に配属されていた。
そして、彼は大人になるにつれて、八百比丘尼に恋心を抱くようになっていった。
八百比丘尼は吉次郎のその思いに気がついていたが、知らないフリを続けている。
「それはそうさ……私は八百比丘尼だからな。不老不死の身だ。他の人間とは違う理の中で生きている」
「子供の頃は、嘘だと思ってたけど……本当なんだね」
八百比丘尼は、歳を取らない。
だからこそ、ずっと一つの場所にとどまり続けることはできない。
周りが年老いて行く中で、異質な彼女は、やがて気味の悪い————化け物として扱われるのが落ちなのだ。
(そろそろ、潮時かもしれない……)
彼女のその思いを察したのか、吉次郎はなかなかこちらを向いてくれない彼女の手に触れる。
驚いた拍子にわずかにビクついた彼女の膝の上で眠っていた猫はどこかへ行ってしまった。
「尼様…………ずっと、ここに、俺のそばにいてくれないか?」
吉次郎は、彼女の手を掴むとそう言って、正面に立って、その青い瞳をまっすぐに見つめる。
その瞬間、あの日座敷牢の窓から見た少年の姿が重なった気がした。
「……何を言っているんだ、吉次郎。お前、縁談の話がきているんだろう? 私がお前のそばにいられるわけが…………」
「縁談なんて、どうでもいい。俺は、尼様がいれば、それでいいんだ。俺は尼様と夫婦に————」
夫婦になりたいと、吉次郎が言いかけたその時だった。
「吉次郎!! 大変だ!!」
同じ奉行所の者が、吉次郎を呼びに来た。
「どうされました? こんな時間に」
「また現れたんだ!! 辻斬りが!!」
吉次郎は、八百比丘尼の手を離す。
「尼様、戻ったら話の続きを————」
「あ、あぁ……気をつけてな」
八百比丘尼は手を振り、吉次郎を送り出した。
怪力の彼が力を込めすぎないように優しく触れていた温もりが、まだ残っている。
(吉次郎が戻ってくる前に、ここをさらなければ————)
はっきりと、口にされては、断ることが難しくなると、彼女はわかっていた。
彼女も、吉次郎を愛していた。
だけど、それは、吉次郎にとっても、その家族にとっても、いいことではない。
このままここにいたら、世話になったすべての人に迷惑がかかる。
歳を取らず、死ぬこともない。
それに、彼女は復讐の為に人を殺している。
今も尚、復讐のその時を夢見ている。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
枢 ーくるるー
中中中(なかなかあたる)
ファンタジー
神社で禰宜(宮司の補佐)を務める元人間の人喰い妖怪煉螺(ネルラ)と相棒のパグ?ハルちゃんで連続突然死事件の真相に迫ります。
妖怪とのバトルあり、推理あり。煉螺とハルちゃんの掛け合いも見逃せない!
煉螺はなぜ妖怪になったのか?ハルちゃんは本当にパグなの?少しでも気になってくださった方はぜひご覧ください。
YouTubeでも朗読動画を公開しています。そちらの方が先に見られますのでお時間がございましたらご視聴いただけるととっても嬉しいです。
宜しくお願いします。
第一章
https://www.youtube.com/@user-tarutaruataru
第二章①忠犬ハル公
https://youtu.be/Xk0lSiuvsP0?si=i-8qSpmWkLWmA-fv
須加さんのお気に入り
月樹《つき》
キャラ文芸
執着系神様と平凡な生活をこよなく愛する神主見習いの女の子のお話。
丸岡瑠璃は京都の須加神社の宮司を務める祖母の跡を継ぐべく、大学の神道学科に通う女子大学生。幼少期のトラウマで、目立たない人生を歩もうとするが、生まれる前からストーカーの神様とオーラが見える系イケメンに巻き込まれ、平凡とは言えない日々を送る。何も無い日常が一番愛しい……
下宿屋 東風荘 3
浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※
下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。
毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。
そして雪翔を息子に迎えこれからの生活を夢見るも、天狐となった冬弥は修行でなかなか下宿に戻れず。
その間に息子の雪翔は高校生になりはしたが、離れていたために苦労している息子を助けることも出来ず、後悔ばかりしていたが、やっとの事で再会を果たし、新しく下宿屋を建て替えるが___
※※※※※
お兄ちゃんの前世は猫である。その秘密を知っている私は……
ma-no
キャラ文芸
お兄ちゃんの前世が猫のせいで、私の生まれた家はハチャメチャ。鳴くわ走り回るわ引っ掻くわ……
このままでは立派な人間になれないと妹の私が奮闘するんだけど、私は私で前世の知識があるから問題を起こしてしまうんだよね~。
この物語は、私が体験した日々を綴る物語だ。
☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
1日おきに1話更新中です。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる