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番外編① 月下の憂鬱
その時を夢見て(3)
しおりを挟む怪力の少年・吉次郎に手を引かれ、案内されたのは神社から少し離れた河原近くの屋敷だった。
屋敷のすぐ隣に紺屋があり、藍色に染められた布が天日干しされている。
「吉次郎!! どうしてここに……!?」
「じいちゃん、ばあちゃん!! この尼様が、妖怪を祓ってくれるんだって!! 安心して!!」
看病をしていた祖父母たちは、吉次郎が若く美しい尼僧を連れて来たのを見てとても驚いたが、叱りつけることはしなかった。
吉次郎の母は既に虫の息。
叱りつける気力もなかった。
「あれが、お前の母親だね?」
八百比丘尼がそう尋ねると、吉次郎はこくりと頷いた。
布団の上に横たわる、ひどく痩せた女の首を絞めているモノが見える。
「怨めしや……怨めしや……この女さえいなければ…………この女さえいなければ…………」
この母親は、妖怪に取り憑かれていたのではなく、生き霊に苦しめられていた。
生き霊の姿は、吉次郎にも祖父母たちにも見えておらず、誰も助けることができなかったのだ。
医者に見せても、原因がわからず、そのうち妖怪の仕業ではないかという話になっていた。
(女の嫉妬とは、恐ろしいな…………)
八百比丘尼は経を唱えながら、母親に近づいた。
今までも僧侶や神主たちに頼んでお祓いをしてもらったが、全く効果がなかった為、祖父母たちはお経なんて気休めにしかならないと思った。
それでも、少しでも安らかに逝くことができたなら……と、じっと様子を伺っていると、横たわる母親の上に覆いかぶさり、首を絞めている女の姿が徐々に見えるようになっていく。
その鬼のような形相に、声も出せずに驚いていると、さらにもっと驚くべき事態が————
「さっさと消えろ……この悪霊が」
若く美しい尼僧は、生き霊の頭をガシッと鷲掴みにすると、母親から勢いよく引き剥がし、障子窓めがけて悪霊をぶん投げたのだ。
「えっ!? ええええええ!!!?」
てっきり、お経の力で除霊するのかと思えば、なんとも原始的な方法。
窓に叩きつけられた生き霊は、鬼の形相だったのに一瞬で元の顔…………つまりは、生き霊の持ち主の顔に戻り、泣き出した。
「ひどい……悪いのは私じゃないのに…………この女が悪いのに……
……」
「お妙さん!?」
吉次郎はその生き霊の顔を見て、それが父親の義妹であることに気がつく。
吉次郎の母親は、女の嫉妬から生まれた生き霊に取り憑かれていたのだった。
「つべこべ言わずに、さっさと元の体に戻れ。このまま、お前が呪い殺してしまっていたら、お前の元の体も、死んでいたんだぞ?」
人を呪えば穴二つ。
呪いはやがて、返ってくる。
「うわああああああんんん」
泣きながら、お妙の生き霊は元の体へと戻って行った。
その後、吉次郎の母親は息を吹き返し、あっという間に回復する。
ほんの暇つぶしのつもりが、八百比丘尼は助けていただいたお礼にと、この家で世話になることになった。
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