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番外編① 月下の憂鬱
その時を夢見て(2)
しおりを挟む神の子……それは話には聞いていたが、これだけ長い間全国を渡り歩いて来た八百比丘尼でも、この日初めて本物を見た。
身に纏う空気が違う。
外見に反して、数百年……いや、それ以上の年齢だという噂もある。
考え方によっては、八百比丘尼と同じく不老不死といっていいのかもしれないが、神の子は、数百年に1度の周期で姿を変えて生まれ変わるらしい。
藤色の瞳は、その象徴だ。
(本当に存在したとは……思っていなかった)
「この神社に何か用かな?」
「あぁ、その、向こうの丘にいた妖怪たちが————」
八百比丘尼は呪受者を探していることを、素直に告げようとした。
しかし、妖怪という言葉を聞いて、中年の男が話に割って入ってくる。
「妖怪が……ここを狙っているというのか?」
右目に眼帯をした男だった。
そして、その男が抱きかかえている幼い子供。
その子供の右目は、赤みを帯びた瞳をしてた。
(この子供が……呪受者?)
呆気にとられていると、いつの間にか八百比丘尼は神社の者たちに囲まれていて、不審人物として捕らえられてしまった。
* * *
「まさか……尼僧である私を牢に入れるとは」
八百比丘尼は神社の奥にある座敷牢へ入れられてしまった。
以前捕まった時のように、また関節を外せばいくらでも抜け出すことはできるのだが、無駄に食事が美味い。
不死とはいえ、空腹感はあるのだ。
何も食べずとも生きてはいられるのだが、彼女はその空腹感が不快でたまらない。
不老故に、長い時間同じ土地にいることができない八百比丘尼は、ちょうど次に住まう場所を探しているところだったから、これはちょうどいいと思った。
「しばらくここにいるのも、悪くないかもしれないな」
なんて、握り飯を頬張りながら、のんきに考えていると、なんだか外が騒がしいことに気がつく。
背伸びをして、格子窓から外を見ると、5、6歳くらいの少年と目があった。
半分地下に埋まっているこの座敷牢の窓の位置が、ちょうど少年の顔あたりの位置だった。
「なんだ? 私に用か?」
「尼様、どうしてそんなところにいるの?」
「どうしてと言われてもな……どうしてだろう?」
不審人物として獲られられただけで、八百比丘尼は別になんの罪も犯してはいない。
呪受者をこの目で確かめたかっただけだ。
「お前こそ、どうしてこんなところにいるんだ?」
「じゅじゅしゃ様を探しているの」
「呪受者を?」
少年の話によると、母親が妖怪に取り憑かれて床に伏せてしまい、離縁され実家に返されてしまい、少年は母親と引き離されてしまった。
母恋しさに泣いていた少年は、父に実家から来た者たちが、このままでは死んでしまうかもしれないと訴えているのを聞いたが、相手にされる様子がない。
そこで、追い返された実家の者たちが帰りがてらに話していたのが、呪受者と呼ばれている陰陽師であれば、妖怪を祓うことができるのではないか……という話だった。
「なるほどな……」
八百比丘尼は、少年にこう提案する。
「少年、私をここから出してくれたら、その妖怪、私が祓ってやろう」
八百比丘尼は、こんな幼い少年にそんな力はないと思っていた。
それは、単なる、暇つぶしのつもりだった。
「本当に!?」
しかし、嬉しそうに喜んだ少年は、ぐいっと窓枠ごと引っこ抜いてしまった。
次に八百比丘尼の手を掴むと、またぐいっと引っ張り上げて、子供の力とは思えない力で八百比丘尼を外に出した。
「へへ……驚いた? ぼく実はすっごく力持ちなんだよ」
自慢げに笑う少年に、八百比丘尼はポカンとしている。
(————今日は、随分と珍しい者たちに出会う日だな)
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