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番外編① 月下の憂鬱
「終わらない」の始まり(5)
しおりを挟む(許さない…………)
日が昇る前に、信女は看守の目を盗んで、肩の関節を外して牢を抜け出した。
もう一度あの屋敷に乗り込んでも、またここに戻されることになるだろう。
不老不死の体になったことを利用して、どうにか受領とあの女に復讐をしようと、思考を巡らせながら歩いていると、シャンシャンと金属がぶつかるような音が聞こえてくる。
正面から、こちらに向かって、錫杖を手に一人の僧侶が歩いていた。
「お嬢さん、お尋ねしたいのですがね…………」
僧侶は、開いてるのか閉じているのかわからないくらい細い目でにっこり微笑むと、信女に声をかけてくる。
「あちらにある大きな屋敷に、住んでいるのは誰だかわかるかい?」
僧侶が指差したのは、受領の屋敷だった。
「受領の家ですが……?」
「なるほど…………おや————」
信女が答えると、僧侶はその細い目を見開いて、まじまじと信女の瞳を覗き込む。
「その瞳、お嬢さん、普通の人間ではないね?」
「えっ?」
信女はこの時初めて、自分の瞳の色が、あの人魚と同じ青に変わっていたことを知った。
* * *
僧侶の名は、淋海。
淋海の話によると、妖怪は緋色の瞳をしていて、妖怪ではないが普通の人間とは違う理で生きている人間は青い瞳になるそうだ。
「なるほど……人魚の肉を」
淋海は信女の話を聞いて、少し考え込んだあと、大陸から渡ってきた妖怪の話を信女に聞かせた。
その妖怪は、妖狐と呼ばれている9本の尻尾を持つ狐の妖怪だという。
妖狐は大陸の方で時の権力者を誑かし、悪行を行ってきた。
大陸からこの国へ逃げてきたとのことだ。
淋海は、予知夢を見ることができるらしく、それを人は予言と呼んでいた。
「私がこの村へ来たのは、その妖狐がこの地の受領を誑かし、災いが起きようとしているのを夢で見たからなのです。おそらく、その緋色の瞳をした女が妖狐なのでしょう。そして、あなたが殺したはずの受領が生きていたという話ですが、それもまた妖怪でしょう」
「妖怪?」
「ええ、実物を見ていないので、確実ではありませんが、妖怪の中にはそっくりな人間の姿に化けることができるモノもいるのです」
普通の人間には、その姿は本物にしか見えないが、幽霊や妖怪を見ることができる力を持つ者や、信女のように人ならざる者にはそれがわかるそうだ。
「では、そろそろ行きましょう」
淋海は信女と共に受領の屋敷へ向かうと、信女の姿を見て門番たちが慌てる。
昨夜暴れまわった、牢に捕まっているはずの信女がまた戻って来たのだから無理もない。
しかし、淋海が見せた書状によって、門番たちの様子が一変する。
淋海は、天皇の命を受けて、妖狐を祓いに来たのだった。
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