覚醒呪伝-カクセイジュデン-

星来香文子

文字の大きさ
上 下
71 / 92
番外編① 月下の憂鬱

「終わらない」の始まり(1)

しおりを挟む


「化け物!!」

 月下の彼女の姿を見て、誰かがそう叫んだ。


 血に染まった体……
 その血が自分のものか、相手のものかわからない。
 そんなことはどうでもいい。どちらでも構わない。

 腹の底から湧き上がる怒りが、彼女の思考を止めていた。
 どんなに体を傷つけられて、殴られようとも、怒りと殺意に満ちた彼女を止めることは、誰にもできなかった。

 そして、血の海の中、目の前で無残な姿で横たわるその生き物の姿を見て、初めて彼女は異常に気がつく。


「————噂は、本当だった」


 そう彼女が実感した時には、その生き物はすでに生き絶えてた。





 * * *



 のちに、平安時代と呼ばれている頃。
 よく晴れた漁村の浜辺に、上半身は若い女性、下半身は魚の姿をした生き物が横たわっていた。
 銀色の鱗が太陽光を反射して、その神秘的な姿を初めて見た村の者たちを魅了する。

「これが、人魚?」
「……本物か?」

 浜辺に集まった村の者たちは、珍しいその生き物を好奇の目で見つめる。
 沖合に出た村の漁師たちが捕まえた魚の中に、人魚と呼ばれる生き物がいたのだ。
 驚いた漁師たちは、暴れる人魚を縛り付けて村まで戻ったが、浜辺について数分で、人魚は生き絶えてしまった。

「人魚の肉を食べると、不老不死になれるらしい」
「何それ、誰に聞いたの?」
「この前村に視察に来た……お役人さんが、そんなことを言っていたぞ?」

 その噂を聞いた漁師の頭領・久兵衛きゅうべいは、その珍しい人魚の肉を、地方官である受領ずりょうに献上することにした。
 上手くいけば、娘を受領に嫁がせることができるかもしれないと思ってのことだった。

信女のぶめ、今から受領様のところへいくぞ。粗相のないようにな……」

「受領様のところ? どうして私が?」

 久兵衛の娘・信女は、この村で一番美しいと評判の娘であった。
 まだ子供のようなあどけない笑顔に、美しい瞳と白い艶のある肌を持ち、少々男勝りなところもあったが、その美しさは貴族たちの耳にも入るほどだ。
 だが、所詮は庶民の娘。
 村の男たちや都の者から結婚の申し入れは多々あったのだが、野心の強い久兵衛は、少しでも自分が権力を握れるような相手に嫁がせようと企んでいた。

「人魚の肉を献上しに行くと伝えたところ、美しいと評判のお前と会いたいと、伝令が来たんだ」

 実際は、そんな伝令など来ていない。
 久兵衛は自ら、人魚の肉とともに娘も連れて行くと申し出ていたのだ。

 しかし、信女は父の野心など、何一つ知らなかった。

「わかりました。受領様のご命令なら、行かなくてはなりませんね」

 信女は身なりを整えると、父の後をついて受領のもとへ向かった。
 それが、悲劇の始まりであることも知らずに————
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

心を失った彼女は、もう婚約者を見ない

基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。 寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。 「こりゃあすごい」 解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。 「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」 王太子には思い当たる節はない。 相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。 「こりゃあ対価は大きいよ?」 金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。 「なら、その娘の心を対価にどうだい」 魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。

バリキャリオトメとボロボロの座敷わらし

春日あざみ
キャラ文芸
 山奥の旅館「三枝荘」の皐月の間には、願いを叶える座敷わらし、ハルキがいた。  しかし彼は、あとひとつ願いを叶えれば消える運命にあった。最後の皐月の間の客は、若手起業家の横小路悦子。 悦子は三枝荘に「自分を心から愛してくれる結婚相手」を望んでやってきていた。しかしハルキが身を犠牲にして願いを叶えることを知り、願いを断念する。個性的な彼女に惹かれたハルキは、力を使わずに結婚相手探しを手伝うことを条件に、悦子の家に転がり込む。  ハルキは街で出会ったあやかし仲間の力を借り、悦子の婚活を手伝いつつも、悦子の気を引こうと奮闘する。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...