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番外編① 月下の憂鬱
「終わらない」の始まり(1)
しおりを挟む「化け物!!」
月下の彼女の姿を見て、誰かがそう叫んだ。
血に染まった体……
その血が自分のものか、相手のものかわからない。
そんなことはどうでもいい。どちらでも構わない。
腹の底から湧き上がる怒りが、彼女の思考を止めていた。
どんなに体を傷つけられて、殴られようとも、怒りと殺意に満ちた彼女を止めることは、誰にもできなかった。
そして、血の海の中、目の前で無残な姿で横たわるその生き物の姿を見て、初めて彼女は異常に気がつく。
「————噂は、本当だった」
そう彼女が実感した時には、その生き物はすでに生き絶えてた。
* * *
後に、平安時代と呼ばれている頃。
よく晴れた漁村の浜辺に、上半身は若い女性、下半身は魚の姿をした生き物が横たわっていた。
銀色の鱗が太陽光を反射して、その神秘的な姿を初めて見た村の者たちを魅了する。
「これが、人魚?」
「……本物か?」
浜辺に集まった村の者たちは、珍しいその生き物を好奇の目で見つめる。
沖合に出た村の漁師たちが捕まえた魚の中に、人魚と呼ばれる生き物がいたのだ。
驚いた漁師たちは、暴れる人魚を縛り付けて村まで戻ったが、浜辺について数分で、人魚は生き絶えてしまった。
「人魚の肉を食べると、不老不死になれるらしい」
「何それ、誰に聞いたの?」
「この前村に視察に来た……お役人さんが、そんなことを言っていたぞ?」
その噂を聞いた漁師の頭領・久兵衛は、その珍しい人魚の肉を、地方官である受領に献上することにした。
上手くいけば、娘を受領に嫁がせることができるかもしれないと思ってのことだった。
「信女、今から受領様のところへいくぞ。粗相のないようにな……」
「受領様のところ? どうして私が?」
久兵衛の娘・信女は、この村で一番美しいと評判の娘であった。
まだ子供のようなあどけない笑顔に、美しい瞳と白い艶のある肌を持ち、少々男勝りなところもあったが、その美しさは貴族たちの耳にも入るほどだ。
だが、所詮は庶民の娘。
村の男たちや都の者から結婚の申し入れは多々あったのだが、野心の強い久兵衛は、少しでも自分が権力を握れるような相手に嫁がせようと企んでいた。
「人魚の肉を献上しに行くと伝えたところ、美しいと評判のお前と会いたいと、伝令が来たんだ」
実際は、そんな伝令など来ていない。
久兵衛は自ら、人魚の肉とともに娘も連れて行くと申し出ていたのだ。
しかし、信女は父の野心など、何一つ知らなかった。
「わかりました。受領様のご命令なら、行かなくてはなりませんね」
信女は身なりを整えると、父の後をついて受領の許へ向かった。
それが、悲劇の始まりであることも知らずに————
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