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第五章 時をかける歌
第47話 歳月
しおりを挟む封印の強化が終わった殺生石を背にして、俺たちは湖の中にできた道から足場へと向かった。
「お前がここに来たということは、私はこの呪いを解く前に、死ぬのだろう。今、幾つになったんだい?」
「16……来月には17だよ」
「そうかい……あと、10年くらいか……まぁ、仕方ない。人はいつか必ず死ぬのだから」
通り過ぎたところから、徐々に湖の水が元に戻ってゆく。
足場まで辿り着くと、もうそこにあの殺生石まで続く道はなくなっていて、元どおりの偽物の月がぼんやりと水面に浮かんでいた。
「いつから、気付いていたんだ? 俺が、颯真だって……」
「わかるさ。その白銀の髪色は呪受者の証。それに——」
ばあちゃんは、俺の右目を目を細めてじっと見つめる。
そして、右側だけ長い俺の前髪を搔きわけて、右の頬に手を添えた。
「——この瞳の色は隔世遺伝だ。私の孫なんだって立派な証拠だよ」
寒さで冷えた頬に、添えられた手のひらの温もりをじんわりと感じる。
「ばあちゃん…………」
涙が止まらなかった。
2年経って、俺の身長が伸びたせいもあっただろう…………
泣きながら抱きついたばあちゃんの体は、思っていたよりずっと、小さかった。
こんなに小さな体で、ずっと、たった一人で、俺を守ってくれていたんだ————
「ごめん……ごめんな……俺、何も知らなくて」
ばあちゃんは俺の背中をポンポンと優しく叩きながら、笑った。
「こんなに大きくなって、泣くんじゃないよ。いいんだよ……お前に何も教えなかったのは、私の意志さ。死ぬ前にこの呪いを解くことができなかった私のせい……怖かっただろう、突然見えるようになって」
そうだ。
確かに怖かった。
2年前の夏、ばあちゃんが死んでから見えるようになった右目で、あの空から落ちて来た顔を見た時は、何もわからず、怖かった。
今でもたまに、あの日のことを夢に見て、うなされる事がある。
もっと早くに知っていれば、もっと早くに里で陰陽師の修行をしていればって、思うこともある。
だけど————
「ありがとう、ばあちゃん。ばあちゃんがいたから、俺、幸せだったよ」
きっと、もっと早くに知っていたら、普通の生活なんてできなかった。
ばあちゃんと過ごしたあの14年、みんなと同じ暮らしができて、妖怪も悪霊も知らずに過ごしてきたあの14年は、本当にかけがいのないもので、幸せだった。
「そうかい。それなら、よかった」
俺が泣き止むまで、ばあちゃんは頭を撫でてくれた。
* * *
夜が明け始め、太陽の光が少しずつ空を明るくし始めた頃、寺院に戻ると門前に尚海さんがひどく困った顔をして立っていた。
「戻ってこられたのですね!! 今ちょうどお伝えに行こうかと思っていたところなのです!!」
焦る尚海さんは、ばあちゃんに駆け寄ろうとしたが、足を滑らせて豪快に尻餅をついた。
「どわっ!!!」
「大丈夫ですか!?」
「いったたた……申し訳ない」
俺が手を差し出すと、その手を掴んで立ち上がり、痛そうに尻を撫でる。
「一体どうしたんですか? そんなに慌てて……」
「慌てますよ!! いなくなってしまったのですから!!」
「いなくなった? 誰が?」
尚海さんは一度深く呼吸を吸ってから、その名を口にする。
「颯真くんです!! 颯真くんがホテルからいなくなったのです!!」
それは、俺が5歳になった誕生日の出来事だった——————
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