覚醒呪伝-カクセイジュデン-

星来香文子

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第五章 時をかける歌

第45話 教え

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 それから数日間、アイリスはダンヴァーズ公爵家で静かに過ごした。

 このダンヴァーズ公爵家はとても静かなお屋敷で、あまり来訪者も多くないし、雇っている使用人の数も少ない。

 レナルドの人となりに合わせているので、仕えている従者も物腰柔らかな人が多くトラブルだらけだった実家とは大違いだ。

 街道の事業の視察に行けば魔獣が出てくるし、領民のトラブルに対処するだけのお金もないので、家族のうちの誰かが魔法道具を持って現場に向かったりもして、家に戻って来ればナタリアが要望を訴え金策に頭を悩ませる。

 そんな日々は目まぐるしく過ぎて言っていたが、ダンヴァーズ公爵家の日々はゆっくりと時間が流れているようにすら感じる。

 なので与えられた仕事について知ることができたし、ベックフォード公爵家であった時代の古い蔵書をあさることも可能だった。

 そうして時間を過ごしていると例のボルジャー侯爵の来訪が決まった。

 レナルドにアイリスも商談に同席するかと問われて、アイリスはもちろんとばかりに頷いたのだった。



「それで、魔石採掘に関する投資の件はご検討いただけましたかな?」

 ボルジャー侯爵はたくさんの若くて美しい侍女をつれてやってきた。

 彼女たちは全員、小さな魔石のアクセサリーをつけていて、アイリスは少し驚いた。

 なんせ魔石というのは高価なものだ、それをこんな風に平民の侍女に着けさせるなんてよっぽど採掘場の調子がいいのだろう。

 それに本人も魔石で自身を着飾っている。

 しかし、魔石で着飾っていてもボルジャー侯爵自身はなんだかあまり高貴な人という印象は受けない。

 着飾るのに見合わない大きく出たお腹に、薄い事を隠すつもりがないのはアイリスだって構わないのだが、セットしているのかしていないのかよくわからないほどに乱れている髪。

 そんな様子の彼自身に、つけられている魔石は高価なものであるのになんだかその輝きが半減して見えた。

「ええ、返答まで時間を頂いたので」
「そうですか、そうですか。それは大変結構なことでございますな。わたくしとしても決して、上級貴族の作法もわからないぽっと出の公爵閣下にまさか即決を強要するような鬼畜でありません」
「……」
「きちんと考えた上で納得していただき、投資していただければお互いにウィンウィン。上級貴族同士、相互扶助的な関係が望ましいはずですしな!」

 ……これは……。

 ボルジャー侯爵は魔石のついたたくさんの指輪をぎらつかせながら手を前に差し出しレナルドとアイリスに語り掛けるように手を広げた。

「そうだね。自分も是非周辺貴族の方々とは協力関係を結びたいとは思っているよ。ボルジャー侯爵ともそれ以外とも」
「そうでございましょう! そうでしょうとも! なんせ我々は国の中枢をになっている大貴族、その一員としてダンヴァーズ公爵家も名を連ねたいはず。今回の投資はその足掛かりになるといっても過言でないですからな」

 ボルジャー侯爵はそういって笑い皺をさらに深くしてニコッ! と効果音がつきそうな笑みを浮かべる。

 ……たしかに王都からほど近く栄えているこの辺りの領地は産業も農業も盛んでとてもいい土地です。だからこそ昔から所有者があまり変わっていない。

 手放すことは惜しい土地だし、この土地があれば誰しも贅沢をすることができる。

 そして古い付き合いのある周辺貴族のつながりは強固。その中に入っていくために、ボルジャー侯爵が提案したような投資話に乗ってつながりを作りたいと思っていることを示す。

 そういう、投資というお金儲けだけではない価値を含んだ話だからこそ、この話は面倒くさい。

 投資には興味がないという言葉で、バッサリと切ることができない話なのだ。

「……まぁ、おおむねその通りだけど、実際に何か不都合があっては困るからいくつか確認させてほしい事項がある」
「ええ! ええ! 何なりとお申し付けください。公爵閣下、先ほど言った通り、あなた様のような方に、問答無用で協力しろなどというつもりはありませんからな! 教師のように丁寧に教えて差し上げます」
「そうだね。……では支払いから納期について、この部分だけど━━━━」

 レナルドはアイリスの隣でやっぱり人のよさそうな笑みを浮かべながらボルジャー侯爵が持参した書類のいくつかを確認していく。

 その様子をアイリスは静かに見つめていたが、アイリスは彼の意図を図りかねていた。

 そもそもの問題を彼がどうしたいのかアイリスは知らない。

 とりあえず同席したし、この件についてアイリスだって色々口出ししたい気持ちもあるが、レナルドに無理を言って仕事の話を聞かせてもらったのだ。

 だからこそ、この話に細かな指摘をして相手を論破することはアイリスのやるべきことではない。

 しかしかといってまったく口を出すべきではないかと聞かれたら、同席を許してくれた以上口出しできないというわけでもない。

 しかし、周りの貴族とは穏便にやっていきたいと思っているのは事実で、多少の損についてレナルドは了承済みだということも鑑みてアイリスは口出しするべき部分を見計らっていた。

 けれども、それにしてもボルジャー侯爵の態度が少々苛立たしい。

 話を持ち掛けてくる側であり、身分もレナルドの方が上だというのに、この上から目線の態度は何なのだろう。

 せめて投資とは言え金銭を出してもらうのならば相手を尊重するべきだろうとアイリスは思う。

 でも、レナルドがこういう事をどういう風に受け取る人なのかという点についてもアイリスはわからない。

 内心では怒っているのか、それともまったく気にしないのか、もしくは本当に自分は彼らより格下だと思っているのか、わからないからこそこの話し合いが終わったら聞いてみようと思ったのだった。


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