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第六章 カミノセカイ
第51話 逃走中
しおりを挟む人混みをかき分けて、逃げる和装の若い男がいた。
彼は両手で大事そうに藤色の包みを抱えていて、黒いスーツにサングラスの男達から逃げているようだった。
「なんだ? ひったくりか?」
「え? 泥棒?」
「何かの撮影じゃない?」
「なんで和装? 結婚式か?」
こんな街中で、黒いスーツにサングラスの男達に追われている人がいるなんて、街行く人々の関心を惹かないわけがない。
しかも、逃げる彼も黒の紋付き羽織袴。
今は成人式でも卒業式のシーズンでもないから、余計に目立っている。
まさか、その様子を遠巻きに見ている側から、なぜか自分が見られる側に回されるなんて、誰も予想できないだろう。
「えっ!?」
逃げ回っていた彼は、俺と目があった瞬間に、俺めがけて方向転換。
「おい、なんかこっち向かって来てないか? 颯真」
必死の形相で、クラスメイト数人とコンビニに入ろうとしていた俺の腕をガシッと掴むと、そのまま俺を引っ張って走り続けた。
「ちょ……!? え、なんなんですか!?」
「君、陰陽師だろ!!? ちょっとだけでいい、僕に協力して欲しい!! 頼む!!」
「え!? なんで知って……————」
「頼むよ!! 僕はどうしても今捕まるわけにはいかないんだ!! なんかこう、追っ手から逃れられる術はないの!?」
(そんな事急に言われても……!!)
「こんな街中で、術なんて使えるわけないだろ!!」
「そんな!! なんとかしてよ!! お金なら後でいくらでも払うから!!」
「そういう問題じゃ……」
「早く!! 頼むよ!!」
俺は何もしていないのに、追ってくるスーツの男達の迫力に気圧される。
逃げる彼も必死だし、追ってくる男達も必死だ。
これが番組だったら、追われる側の姿が見えなくなったら諦めて追ってはこないのがルールだが、そんなことは御構い無し。
「仕方ないな……俺の上に乗ってください」
別に何もしてないのになんでこんなことになったと思いつつ、俺は彼をおぶって、上に跳んだ。
通学時によく使う距離を短縮する術だが、これは普通の人から見たら急に人がいなくなる術だから、あまり使いたくはなかったけど、仕方がない。
何があったのかわからないが、こんなに必死に助けを求められて、放っておくことができなかった。
スーツの男達の視界から完全に消えて、建物の屋根や屋上を跳ねながら安全な場所を求めてあたりを見ると、路上に止められた車の前に立っている初老の男性がこちらを見ているような気がした。
(あの人、どこかで見たような気がする…………誰だっけ?)
* * *
「ありがとう、助かったよ」
誰も人がいないのを確認して、小さな公園に降り立ったが、彼は俺におぶさったまま、全然降りようとしない。
「あの、いい加減降りてくれませんか?」
「このお礼は必ずする。だからさ……」
(え、何この人、人の話聞いてない……)
「……僕を連れて行ってくれないか? 君たち陰陽師の暮らす里……隠しの里に」
俺は、彼の言葉に驚いて、足を支えていた手を放した。
「わっ、危ないなー!! 急に落とさないでくれよ!! これが壊れたらどうするの!!」
藤色の包みを大事そうに抱え、助けてやったのに彼は俺を睨みつけている。
しかし、問題はそこじゃない。
「どうして、里のことを? それに、さっきもなんで俺が陰陽師だって思ったんだ?」
俺はただ街中にいただけで、術を使ってもいないし、この男からは妖怪や悪霊という感じでもない。
瞳の色も、今まで出会った妖怪達と同じあの緋色ではないし、普通の人間にしか見えない。
どちらかというと、彼が大事そうに持っているこっちの藤色の包みの中身の方から、何か不思議な感じがする。
————この男、一体何者だ?
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