37 / 92
第四章 破鏡重円
第37話 名前
しおりを挟む「さーて、クソ妖怪……後何枚だい? 後何枚この鏡を割ればお前は消える? 言ってごらんよ。その醜い顔で、言ってみな?」
七瀬葵……と言っていいのだろうか…………。
まるで別人と化した彼女は、床に転がっていた偽物の頭を持って振り回し、鏡を次々と破壊していった。
絶世の美女……俺が初めて……おそらく、初めての片思いをしたその相手は、あんなに細い体で、あんなに華奢な腕で、ここへ来るまで、お化け屋敷は苦手だと言っていたか弱いあの転校生は、鏡の壁を叩き割って笑っている。
青い瞳の奥に、怒りの炎を宿して。
「ひいいいいいっ…………あと2枚です……っ!!」
偽物は鏡が割られていごとに、徐々に姿を変えていく。
女子高生だった体が、割られるごとに汚らしい着物を着た貧相な老人の体へ。
おそらく、もとの姿に戻っているのだ。
七瀬に化ける前の本来の姿に。
今のところ、顔だけ辛うじて七瀬だが、何度も振り回されて、完全に恐怖に怯えて抵抗すらできないでいる。
さっきまであんなに強気だったのに、形勢逆転以上だ…………もう確実に、この妖怪は戦意喪失。
されるがままだ。
「そう、あと、2枚さ。ああ、気持ちが悪い。このアタシの顔でそんな顔をするんじゃないよ…………さっさと元の姿を晒しな」
「お……お助けください!! 申し訳ございません…………!! まさか、あなた様の体とは思っておりませんで…………ひいいいいいっ」
まだ話してるのに、七瀬はもう一枚鏡を割った。
(じ……地獄だ。)
割れた鏡の破片が、俺の周りにも飛んで来て、顔や腕の皮膚が数カ所切れ、血が少し出てる。
ちょっとでも動いたら、俺も殺される…………
助けられずにどうしようかと思っていたのに、逆に助けられている……のかこれは?
鏡が残り1枚となったところで、ついに偽物の顔が本来の姿に戻った。
七瀬とは似ても似つかない、顔のただれた醜い年老いた男の顔だ。
「あなた様? おや、アタシが誰だかわかったのかい? 言ってごらんよ。上手に言えたら、助けてやろう」
「は……は……はい……ありがとうございます……!! 八百比丘尼様…………!!」
「——……ほう……その名をよく知っていたね。褒めてやろう。だが、残念なことに……」
八百比丘尼はニヤリと笑って、最後の1枚を割った。
男の体をまるで槍投げのように片手で投げて。
「それはアタシの本当の名前じゃないんだよっ!!」
「ヒイイイヤアアアアアアアアアアア」
全ての鏡が割れたことで、男とともに割れた鏡の破片も跡形もなく消え行った。
八百比丘尼はパンパンと手を両手を叩いて、手についたホコリを払うと、部屋の隅で固まっていた俺の方をチラリと見る。
「いやーすっきりした。久しぶりに暴れたわ……」
そう言いながら、徐々に俺に近づいてきて、さっきまで妖怪の頭を掴んで振り回していた手で俺の頬の傷に触れる。
「な……何を!?」
「なに、ただの治療だよ。浅い傷だが、こんなに傷だらけの顔では外に出づらいだろう……」
美しい顔が近づいて来る。
両目の下のほくろが、近づいて来る。
八尾比丘尼はその柔らかな舌で、俺の傷を舐めた——————
その瞬間、思い出した。
両目の下のほくろの少女。
あの時、そう、あの日もこうやって、あの子は俺の顔を舐めたんだ。
あの子の名前は…………
「あかね……ちゃん?」
「…………おや……どうしてその名前を?」
青色の瞳と、目があった。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
心を失った彼女は、もう婚約者を見ない
基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。
寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。
「こりゃあすごい」
解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。
「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」
王太子には思い当たる節はない。
相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。
「こりゃあ対価は大きいよ?」
金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。
「なら、その娘の心を対価にどうだい」
魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる