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第三章 新月の夜

第28話 狐の声

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「わたくしの声が聞こえているのでしょう————」


 殺生石から聞こえるその声は、弱々しい女性の声で何度も何度も俺に語りかける。

「どうかお助けください————」

 しかし、聞こえるのは声だけで、姿形は見えない。
 それは今俺が刹那の体の中にいるからだ。
 男の体だと、絶世の美女の姿が見えて、封印を解くよう促すのだ。
 そうして、何人も狐に化かされて封印を解いてしまおうとするのを防ぐために、ばあちゃんは蕪妖怪の式神として警護に置いた。

 ここにくる前、蕪妖怪たちはそう言っていた。
 女の体であれば大丈夫だと。
 女の声であれば、危険はないと。
 だけど………

「こら!! しっかりおし!! さっさとあの岩の封印を強めなさいな…………」

「わかってる……わかってる。だけど…………どうして、こんなに」

 ————涙がでるのはどうしてだろう。


 切実に助けを求めるその声に、俺は涙が止まらなくなった。

 両目からボロボロと、涙が溢れて、視界が歪む。
 魔封じの矢を持つ手が震える。

「お助けを————お助けを————わたくしは、何もしておりません……何もいたしません……どうか、お慈悲を……」


 悲しいという感情が、ひしひしと伝わってきて、それに共鳴しているのか、喉の奥が痛い。
 胸が締めつけられるような苦しさが襲う。
 この感覚はなんだ。

「おい、こら!! しっかりおし!! 狐の声に惑わされるな!! 主様の孫!! しっかりおし!!」

 蕪妖怪が足を掴んで、揺らす。

 早く……早く……あとはこの矢を刺すだけだ。
 あれは、狐の声だ。
 騙されてはならない。
 化かされてはならない。


「お助けください——どうか、お慈悲を…………」

「おい孫!! お前はあの狐の呪いのせいで、お前たちの一族に何が起きたのか忘れたのか!!!! しっかりおし!! あの狐は…………その呪いで、お前の先祖たちを死に至らしめたのだぞ!!!」

「そのようなことはしておりません。お助けください。わたくしは、決して、そのようなことはしておりません…………全ては誤解なのです。わたくしは、何もしておりません」


 その時、偶然にも俺の頭上に1羽のからすが鳴きながら飛んでいた。

 殺生石の上を通った瞬間、その烏はピタリと止まり、頭から地面に直角に落下する。


 グシャりと音を立て、頭の潰れた烏の死体を見て、俺はあの日結界の外へ放り出された時に出くわした大鴉おおがらすを思い出した。

 俺を喰おうとした、あの大鴉を。

 文王の丘で、空から落ちてきた人間の首を。




「お助けください————わたくしは、何もしておりません」

 その瞬間、俺の中で何かプツリとが切れる音がして、急に狐の声が、あんなにも悲しいと思えた声が、空虚な偽物に思える。



「何もしていない…………だと?」

「ええ、わたくしは何もしておりません。お助けください。どうかご慈悲を————」


「黙れ…………」




 俺は、魔封じの矢を強く握りしめた。



「お前に与える、慈悲などない————」








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