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第二章 八咫烏の揺籠
第19話 呪掛者
しおりを挟む左手が飛んでくる。
食いちぎられて、体から離されて、一体何日経っているだろうか。
腐臭のする左手が、俺の、この呪われた右目を求めて、飛んでくる。
やばい……やばい……やばい!!!
初めて対峙したが、わかる。
これは、この右目の呪いを掛けた…………呪掛者・玉藻の妖気だ。
この左手に取り憑いて、俺の右目を奪おうとしている。
あと数センチ…………あと1秒もない。
その時だった。
「狛七!!!!!!!!」
俺の目の前で、左手が何かに弾かれてた。
ゆらゆらと姿を現したのは、狛犬だった。
「呪受者……様!! 早く……アイツを封じてください…………」
「はく……しち……? なのか?」
「ええ……そうです。早く……憑代がこの状態では…………この姿を維持するの…………もう限界なので……す……」
狛七は苦しそうな声でそう言って、何度も俺に向かってくる左手を跳ね返し続けた。
「封印…………封印って、どうしたらいいんだよ…………」
だから、俺は封印の仕方をしらないんだって…………
だけど…………
このままじゃダメだ。
ユウヤは、逃げようとしているもう一方の動きを封じるのに手一杯で、手が離せない。
獅子と狛犬が、俺を守ろうと戦ってはいるが、玉藻の妖力が強すぎる。
俺がなんとかするしかない。
この状況をどうにか————
「吹き飛べ…………急急如律令!!!!!!」
———— 知ってる呪文で、使えそうなのはこれしかなかった。
言葉にすることで、それは立派な呪詛になる。
それに、急急如律令と最後につけるだけだ。
一番簡単な術だけど、でも、それで十分だった。
呪受者の…………一族最強の能力を思って生まれた俺には——————
強い風が吹いて、取り付いていた青い靄が、左手から離れる。
だが、同時に力が強すぎたのか、左手を追いかけていた獅子まで一緒に吹き飛んでしまった。
靄は、俺から右目を奪うことを諦めたのか、今度はユウヤが五芒星の陣を描くのに使った札を目掛けて飛んでいく。
「……まずい! 颯真!! アレを止めろ!! 融合してしまう!!」
「ああ、わかった!!」
俺はもう一度、術を使うために靄の方に向かって、狙いを定める。
しかし——————
そこへ別の者が現れて邪魔をする。
「くそ……あれは…………!!」
火の玉が7つ現れて、札を燃やしてしまった。
ユウヤの陣が消え、動きを封じられていた靄と、左手に取り付いていた靄が一つになる。
重なって、大きくなった靄は、火の玉に囲まれながら彼方へ。
「逃げられた…………」
落胆するユウヤはそう呟くと、膝から崩れ落ちるように倒れた。
「ユウヤ!大丈夫か!?」
俺は駆け寄り、ユウヤの体を抱き起こそうとしたが、立たせることはできなくて
「ああ……少し、力を使いすぎただけさ」
「俺も、そうみたいだ…………」
二人で、文王の丘に仰向けに倒れた。
薄い雲の切れ間から、文王の丘へ朝日が差し込む。
「朝だ……」
「ああ、朝だね……」
よく晴れた朝だったが、それは、最悪の1日のはじまりだった————
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