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第3話
しおりを挟む今朝からなんです。
いつもはこの人が先に起きて……
歳のせいか、最近早く起きるんですよ。
それでね、いつも俺が起きたんだから、お前も起きろって……言葉には出さないんですけどね、わざと物音を立てるんです。
ドアの開け閉めとか、足音とか、水道の水の音とかで起こされて……
でも、今朝は珍しくいつもなら起きる時間になんの音も聞こえてこなくてね。
おかげで、いつもよりぐっすり眠れたんだけど、隣を見たらこの人、真っ青でこう……目をね、瞬きをしてないんじゃないかってくらいガッと見開いていてね……
ビックリしましたよ。
どうしたのか聞いても、たしか言わなくて……
「たたた」
どこか痛いの?って聞いても、具合が悪いのか聞いても、全部……
「たたた」
ほら、今みたいにずっと、何を聞いてもこうなんです。
だからね、私ももうどうしたらいいかわからなくて……
それで、東京にいる娘にね、連絡したんです。
そしたら、とにかく病院にって……
それで、こちらの総合病院に来たんです。
一体、この人どうしちゃったんでしょうかね?
まだ50代だし、ボケるにはちょっと早いでしょう?
困ったわ……本当に……
*
高田さんの言っていた通り、田沼幸子(仮)さんは他に誰もいないのに、患者用の丸椅子には座らず隣に立っていた。
まるで椅子には田沼さんの夫の崇さんが座っていて、その肩に手を添えているような体勢で……
そこには誰もいない。
そして、どう見ても50歳じゃない。
顔は老けていなくても、歳をとると手や首でわかる。
たとえ顔を整形していようと、手や首には年齢が出やすいのだが、どこをどう見ても20代。
それも、おそらく20代前半だ。
しかも、服装に関しては全身ユニクロで売っているような無難な服装。
濃い紺色のデニムに、白い襟付きのブラウス、グレーのカーディガン。
斜め掛けの小さめの黒いバッグは、何が入っているのか今にもはち切れそうなほどパンパンになっていた。
老若男女年齢問わず、こんな服装の人はそこら中にいる。
この島にユニクロはないが、本島へ行くとショッピングモールがあり、その中にテナントとして入っている。
島民は買い物となると、みんなそこへ行くらしい。
個性的なファッションの人は、だいたい島唯一の婦人服を売っているタキザワ商店の商品を着てる。
島からほとんど出ないお年寄りは、みんなここで花柄のシャツや猫の刺繍された色のはっきりとした服を買う。
受付の滝沢さんのご実家だ。
「ねぇ、先生、聞いてます?」
この状況があまりに不気味で、つい関係のない事を考えてしまった。
服装の話はいい。
とにかく、おかしい。
医者なら、幽霊なんて脳が作り出してる幻覚だ————と、一貫するべきなんだろうが、本当にそこに誰かいるのではないかと思てしまうほどで、演技には見えない。
しかし、何度確認しても、丸椅子の上には誰も座っていない。
どうしよう。
とりあえず、このありのままを書いて、本島の病院へ紹介状を……いや、でも、どう見てもまともじゃない。
指示通りに病院へ行く可能性は低い。
この診療所を総合病院と思っているのだから……
付き添いの人が誰かいれば……
知り合いでもいいからまともな人がいれば……
そうだ、東京にいるっていう娘さんはどうだろう?
それも本当に娘さんなのかわからないが、電話をしたと言っているなら、こんな診療所じゃなくて、ちゃんとした専門医に診てもらった方が絶対いい。
「あの、田沼さん」
「はい」
「その、東京にいる娘さんとお話ししたいのですが、電話番号はわかりますか?」
「娘に、ですか? この人、なにか重い病気なんですか!?」
「いえ、その、そうではありません。安心して下さい。少し確認したいことがあるだけです。ここに記入して下さい。娘さんのお名前と番号を————」
何とか娘さんの連絡先を書いてもらい、この日は高田さんと同じくビタミン剤を処方して、お帰り頂いた。
さて、娘さんとやらに連絡してみよう。
名前は橘優。
数回のコール音……
どうか、まともな人でありますようにと願った。
とりあえず、橘さんでありますように————
『はい、橘です』
よかった、ちゃんと橘さんだ。
男性の声だけれど。
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