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最終章 君がいるから
第67話 君がいるから(10)
しおりを挟む「暑い……」
北海道とはいえ、夏は暑い。
夏の暑さにめっぽう弱い雪女にはクーラーが必須なのだ。
それが、この特に暑い熱帯夜に止められてしまった。
雪乃が家に戻った時には、もう室内はかなり暑くなっていた。
「私でもここまで暑いって思うんだから、ママはもっと大変だったはず……」
電気がつかないので仕方がなく、窓から差し込む月明かりと玄関に置いてあった懐中電灯、そしてスマホのライトで照らし、何か手がかりはないかと探し始めたが、雪乃は汗が止まらない。
雪女に変化するようになってから初めての夏なのだ。
去年まで、夏に外から帰ってきた母を見て、そんな大げさな……と思っていたが、実際にここまで辛いとは思わなかった。
(キャンプ場は川もあっていくらか涼しかったけど、ここは暑すぎるわ……ママ、無事でいて————)
「ゆきのん、大丈夫?」
「うん、ありがとう……」
蓮は不安そうな雪乃の手を握る。
母親がまた冥雲会にさらわれ、怒りと不安と恐怖で雪乃の手は震えていたことに、蓮は気がついたのだ。
雪乃はぎゅっと蓮の手を握り返すと、少し心が落ち着いた気がした。
「浅見さん、何か手がかりになりそうなものはある?」
「こうも暗い上に、見た目だけじゃわからないな……学校祭の時みたいに、別の空間にいるのかもしれない」
浅見は玄関に落ちていたという能面から、妖気を辿ろうと能面を手に持って、目を閉じ意識を集中させる。
学校祭では蓮の持っていた巾着の気配を辿ったが、今回はこの能面にわずかに残っている妖気しか頼りになりそうなものはない。
どこかに異空間へつづく道があるはず。
妖気の道筋がわかれば、そこから空間を裂いていくことができるはずだ。
深い闇が見える。
その中に洞窟の入り口のようなもの……そして長い通路……階段……檻がたくさんあるのが、見えてきた。
藍色の小袖を着た女……そして、その隣に————
「————えっ!?」
————エリカの顔が見えて、浅見は目を開けた。
「そんな……え? どうして、なんで?」
ぎゅっと閉じていた目が急に開いて、明らかに戸惑っている浅見。
蓮が何があったのか尋ねると、想定外の人物の名前が出てきた。
「浅見さん? どうしたんですか?」
「エリちゃんが……いる」
「えっ!?」
(どうして、エリカが————!?)
* * *
「あの祓い屋が、私を助けた————?」
雪子は自分の耳を疑った。
エリカの話した真実が、どこまで本当かはわからない。
ババによって監禁されていた檻から出された時、深く傷ついた雪子はことの真相なんてどうでもよかった。
もうとにかく祓い屋には関わりたくなくて、恨んでいた。
後から冥雲会が霊界に封印されたことは聞いたが、その封印に裏切り者だと思っていた鏡明が関係していたなんて、考えたこともない。
鏡明が自分の親兄弟や一族を追いやってまで、冥雲会を壊滅させたなんて、知らなかった。
だが、おかしなことがある。
ババがそのことを恨んで、霊界から戻って復讐しようとしているのであればわかる。
鏡明が氷川家と冥雲会のつながりを知ったきっかけとなったのは、聡明によって雪子が監禁されていることに気づいたことが始まりなのだから。
雪子はエリカの話から、エリカが鏡明の孫であることもわかったが、ではなぜ、この孫が今、冥雲会に加担しているのか、全くわからない。
「どうして、そんな話になるの? 冥雲会を壊滅させたのは、あの祓い屋……あなたのおじいさんなのに……酷い人間? どういうこと? 妖怪や人間を商品として扱っていた組織を追いやったのに、なぜ酷い人間なの?」
「ちゃんと聞いてました? 酷いじゃないですか、これまで氷川家が築いてきた歴史も、地位も名誉も、全部をなくしたんですよ?」
わけがわからないのは雪子の方なのに、エリカの方が首を傾げ、何言ってるのかわからない、という顔をしている。
「たかが、妖怪1匹のために、全てを壊したんです。酷いじゃないですか」
「たかが……?」
まるでエリカにとって、妖怪は人間以下の存在であるかのように聞こえた。
「妖怪なんて、そこらへんにいる動物と変わりはしないでしょう? 犬や猫と一緒。そんなもののために、自分の家族を壊したんですよ? 血も涙もないじゃないですかぁ?」
笑顔でそう語るエリカの様子が、雪子の脳裏にある記憶と重なる。
笑顔なのに、瞳の奥に狂気を感じた。
あの時、雪子を商品だと言った聡明と、同じ表情をしている。
「祓い屋が妖怪のために、自分の家族を裏切るなんて、ありえないでしょ? 妖怪なんて、ただの商品なんだから————」
「エリカちゃん……あなた、まさか————」
雪子はエリカの様子をニヤニヤと見ていたババを睨みつけた。
エリカは洗脳されてしまっている。
あの時の聡明のように————
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