上 下
22 / 78
第三章 帰れないふたり

第22話 帰れないふたり(1)

しおりを挟む

 雪乃の顔の傷が目立たなくなってきた頃、エリカが風邪を引いた。

 呼んでもいないのに、蓮にくっついて雪乃の家にきていたエリカがいないだけで、こんなにもゆったりとした静かな朝を迎えられるとは、誰も思わないだろう。
 初日はとても緊張していた蓮も、いつの間にか雪子と打ち解けて、朝からほのぼのとした空気がリビングに流れ、メイクが予定より早く終わった為、3人でのんびりコーヒーを飲んでいた。

「はぁ……今日は静かでいいわね」

 雪子がそう呟いたのもつかの間、リビングにドタドタと大きな足音が迫ってきて、そのゆったりとした静かな朝をぶち壊す。
 いつもこの時間は会社に出ているか、休日の場合は昼まで寝ていて起きて来ない雪乃の父である智だ。



「君は一体、誰だ!!」

 そう言いながら、智は蓮の肩をガッと掴んで、鬼の形相で揺らした。
 蓮がコーヒーを飲みきっていなければ、制服にこぼれて大変なことになる所だ。

「ひ……氷川蓮です」

 蓮からしたら、そちらこそ誰ですかという状況。
 だが、雰囲気が雪乃に似ている為、父親なのだろうと思い、気圧されながらもフルネームを名乗った。

「氷川……れん?」

 智は鬼の形相のまま腕を組んで、ソファーの上で固まっている蓮の顔をまじまじと見つめ、ハッと気がついて大きな声であの名を口にしようとした。

「レンれっ————ぶくふぁしゅ!!」
「ほらーあなた、忘れ物はこれでしょう? 早く行かないと遅刻するわよ?」

 笑顔で雪子が書類の入った封筒を智の顔面に叩きつけるように渡して、阻止。
 そう、智はこの封筒を忘れた為、取りに戻って来たのだ。

 そしたら、玄関前に見覚えのない自転車が止まっていた。
 中に入ったら、これまた見覚えのない男物の黒いスニーカーがあったのだ。

 嫌な予感がして、そのスニーカーの横に自分の革靴を脱ぎ捨てリビングのドアを急いで開けると、ソファーの上で娘と見知らぬ男が肩を並べて座っていた。

 最愛の娘に、ついに彼氏ができてしまったのかと、娘はやらんぞ!という思いで、男の肩を掴んで問い詰めたが、まさかその相手があのレンレンだとは…………


「雪子! 何するんだ!! 俺はまだ話が————」
「はいはい、それは帰って来てからね。お仕事いってらっしゃーい」

 雪子が抵抗する智の背中を押し、無理やりリビングから追い出すと、そのまま靴も履かせずに玄関から押し出す。
 そして、もう一度ドアを少し開けて、革靴をぽいっと投げてよこすと、バタリとドアを閉め、開かないように雪女の力で氷で固めた。

「おっ、おい! 雪子!! まってっくれ!! 一体、どういうことなんだ!? あいつは雪乃のなんなんだ!? 彼氏なのか!! 付き合っているのか!!?」

 叫んでもなんの反応もない。
 靴下のまま風除室に出され、春とはいえ、まだ肌寒くて冷たいタイルの上で靴を履き、肩を落としながら智は車へ戻った。

 一方、リビングにも智の叫び声が聞こえていて、雪乃と蓮は二人して少し顔を赤くしていた。

「ごめんね、騒がしくて——うちの父が」
「……仕方ないよ。今日はエリカがいないし、誤解されても——」
「そ、そうだね」

(パパのバカっ!! レンレンの前でなんてことを————!!)



 * * *


 昨夜の強風ですっかり散ってしまった桜の上を歩き、雪乃と蓮は学校へ向かっていた。
 いつも徒歩なのだが、珍しくこの日は蓮が自転車を持って来ていた。
 蓮は自転車を押しながら、雪乃の歩く速度に合わせて隣を歩いている。

 ここ数日、雪乃はエリカと蓮の3人で登校していた為、今日が初めて蓮との2人だけの登校となる。

(こ……これって、なんだか、デートしてるみたいじゃない? ヤバっ……!! あぁぁ……なんか、興奮しすぎてるのかな? 頭がぼーっとして来たわ)

「ひ、氷川くん、自転車なんて珍しいね? どうしたの?」

 内心荒ぶっているのを悟られないように、蓮を横目で見ながらなにか話さねばもたないと話題をふった。

「ああ、これ? 放課後に祓い屋の仕事があって、手伝いに行くんだ。じいちゃんの門下生に浅見さんて人がいて、その人が先に行ってるから、授業が終わったら俺も行かなきゃいけなくて————」

「へぇ……そうなんだ。今回は、どんなお仕事なの?」

「その浅見さんて人がさ、すごい人でね————」

(ん? あれ?)

 なんだか話が噛み合わない。
 同じ速度で歩いていた蓮は、雪乃が立ち止まっても、そのままどんどん先へ行く。

「氷川くん?」

 呼んでも振り向いてくれない。

(まさか……!!)

 雪乃は自分の体を見る。

 紺色のブレザーはどこへいったのか、白い着物が目に入る。
 水色の髪が、春の風に揺られてなびく。

「え!?」


 いつの間にか雪女に変化していた。


 そして、なぜか、いつものように力をコントロールして、もとの姿に戻ろうとしても、すぐに雪女になってしまう。

「なんで!? どうして!?」

 何度繰り返しても、雪乃は人間の姿を保てなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

YESか農家

ノイア異音
キャラ文芸
中学1年生の東 伊奈子(あずま いなこ)は、お年玉を全て農機具に投資する変わり者だった。 彼女は多くは語らないが、農作業をするときは饒舌にそして熱く自分の思想を語る。そんな彼女に巻き込まれた僕らの物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

ヤンデレ男の娘の取り扱い方

下妻 憂
キャラ文芸
【ヤンデレ+男の娘のブラックコメディ】 「朝顔 結城」 それが僕の幼馴染の名前。 彼は彼であると同時に彼女でもある。 男でありながら女より女らしい容姿と性格。 幼馴染以上親友以上の関係だった。 しかし、ある日を境にそれは別の関係へと形を変える。 主人公・夕暮 秋貴は親友である結城との間柄を恋人関係へ昇華させた。 同性同士の負い目から、どこかしら違和感を覚えつつも2人の恋人生活がスタートする。 しかし、女装少年という事を差し引いても、結城はとんでもない爆弾を抱えていた。 ――その一方、秋貴は赤黒の世界と異形を目にするようになる。 現実とヤミが混じり合う「恋愛サイコホラー」 本作はサークル「さふいずむ」で2012年から配信したフリーゲーム『ヤンデレ男の娘の取り扱い方シリーズ』の小説版です。 ※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。 ※第三部は書き溜めが出来た後、公開開始します。 こちらの評判が良ければ、早めに再開するかもしれません。

処理中です...