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第二章 ギャルと悪霊とかくしごと

第19話 ギャルと悪霊とかくしごと(8)

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 一連の騒動から一夜明け、雪乃は教室まで着く間にすれ違った生徒たちからいつも以上に注目されてしまった。

「会長……! どうしたの!? その顔!!」
「誰にやられたの!?」

 学校一の美女が、頬に大きな傷をつけたまま登校してきたのだ。
 普通にしていても、雪乃は男女両方から人気がある高嶺の花。

 そんな彼女に傷をつけるとは、一体誰の仕業か————

 勝手な憶測が雪乃の知らぬ間に飛び交う。

 実はメイクで隠そうとしたが、上手にできなくて、諦めてそのまま登校した雪乃。
 まさかここまで注目されるとは思っていなかった。
 決して深い傷ではないのだが、色の白い雪乃の頬に一直線に伸びたこの傷は目立つ。

「もしかして……昨日のあの子にやられたの?」
「昨日のあの子? あーあのギャル? 何組の子だっけ?」
「確か6組の————エリ……エリカだっけ?」

 雪乃が自分の席に着いたところで、昨日エリカに無理やり廊下を引きずられていた様子を見ていた同じクラスの女子が、そんなことを言い出した。
 それがきっかけで、エリカにやられたことになっていく。


「ちょっと、みんな落ち着いて。これは昨日うっかり紙で切っただけだから……エリカは関係ないよ」
「そ……そう?」

 雪乃が否定すると、気まずそうに最初にエリカに疑いをかけた女子は後ずさり、ちょうど登校してきた蓮にぶつかる。

「きゃ! ご、ごめんなさ————」

 ぶつかったことを謝られたのに、蓮は返事をせずに雪乃に向かってつかつかと、歩き出した。

(え? なに? なになに!?)

 少し長めの黒髪とメガネのせいで、表情が隠れてよくわからない。
 雪乃には、怒っているようにも見えた。

(私何かした!?)

 蓮は今までにないくらい、近い距離まで雪乃に近づき手を伸ばす。
 そして、傷にかかっていた雪乃の髪をスッと耳にかけ、じっと雪乃の頬の傷を見る。

(何!? なになになになに!? 今私の髪触っ……えっ!? 近い近い近い近いちかいいいいいいい!!)

 蓮の顔が近すぎて、雪乃がボッと赤くなる。

 二人の様子を見ていた周りの生徒たちもざわめいた。
 クラスで一番地味な存在だった男が、いきなり高嶺の花に触れたのだ。

 思わず興奮して、きゃーと悲鳴をあげる女子もいた。


「小泉さん————」

「はひ……!!」

 返事をした声が裏返る。

「————化粧道具、持ってきてる?」


「……へ?」





 * * *





 パチパチパチ——

 朝の教室に響き渡る拍手と歓声。

「すごーい!!」
「氷川お前なんだよ、天才かよ!!」

 みんなに褒められて、蓮は照れながらまたいつもの癖で首の後ろを掻いた。
 蓮が雪乃の顔の傷を綺麗に隠したのだ。

「小泉さん超綺麗——!!」
「氷川くんすごすぎ!! メイクのプロなの!?」

「いや、その……将来映画の特殊メイクとかやりたくて、勉強してたんだ」

 この発言の半分は嘘である。
 蓮は、プロのコスプレーヤーとしてもっと技術が欲しいと、メイクの勉強を山ほどしてきている。
 特殊メイクはその中の一つにすぎなかった。

(さすがレンレン……いつもメイク完璧だったものね)


 このクラスで、唯一、蓮が人気コスプレイヤーのレンレンである事を知っている雪乃は、手鏡で自分の顔を見るフリをしながら、みんなに絶賛されて照れている蓮を鏡ごしに盗み見ていた。

(レンレンは、画像加工は最小限に抑えているのよ! それであのクオリティなの!! そして、どんな姿でも可愛いのよ!!)


 雪乃は嬉しすぎて泣きそうになっていたが、泣いてしまってはせっかく蓮が綺麗に隠してくれたメイクが落ちてしまう。
 そんなことはしたくないと、必死に我慢した。

(これ落とすのもったいない…………)

 もう今から寝る前の洗顔のことを考えてしまう。

(人間って何日までなら、顔を洗わなくても大丈夫なんだろう?)

 そこまで考えていると、朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り、各々自分の席に戻っていった。


「ありがとう、氷川くん」

 雪乃が隣の蓮ににっこりと笑って小声でお礼を言うと、蓮も自分のメイクの完成度に嬉しくなり————

「あのさ、小泉さんよかったら……その顔の傷、目立たなくなるまで俺が化粧してもいい?」

 ————そう小声で言った。


 蓮に、祓い屋の才能はない。
 本当は、祓い屋になんてなりたくない。

 やりたいことは、除霊でも、妖怪退治でもない。

 だけど、今、彼は隠している。
 本当の自分を……


 雪乃はそれを知っている。
 でもそれを、蓮には隠してる。

「うん……!」


 雪乃が大きく頷くと、蓮は幸せそうに笑った。


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