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最終章

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 日差しがまばゆい時期がきた。
 とうとう今日、私は、王立グロウムーン学園を卒業する。

 ーーー結局、ノアからの連絡は来ないままだったなぁ……。

 鏡を見ると、卒業パーティーで着るために作って貰ったドレスを着て、浮かない顔をしている私がいた。
 ドレスは、自分のアメジストの瞳に合わせた、ラベンダー色のシフォン生地が、贅沢に何層も重なっていて、表面の生地には、ノアの髪色を思わせる、透き通った銀色の刺繍を施して貰った。

 そして銀色の刺繍のアクセントに、ダイヤを散りばめている。
 オフショルダーのデザインにしたので、ノアから貰ったネックレスとピアスがよく映える。

 アクセサリーが豪華だから、髪の毛は、シンプルに、ケイトが丁寧に編み込んでくれた。
 メイクもその間にリリーが施してくれて、陶器肌になっている。今の私は、我ながら完璧だ。

 あーあ。この姿をノアに見て欲しかったな……。とっても残念だ……。

「メリアお嬢様、せっかくいつも以上に可愛いのですから、そんなお顔をなさらないで」
「そうですよ! 私たちの自信作なんですから!」
「リリー、ケイト。可愛くしてくれたのに、ごめんね。つい寂しくなっちゃって。手を尽くしてくれてありがとう。それに学園まで一年間一緒にいてくれたこと、感謝してもしきれないわ」
「うふふ、私、主人として、メリアお嬢様をお慕いしておりますから」
「わ、私も! リリー様より後輩ですけど、私もちゃんとお慕いしてますよ!」
「二人とも……。リリーもケイトも本当にありがとう。じゃあ、卒業パーティーに行ってくるわ。きちんと休憩もとってね」

 .
 .
 .

 胡蝶蘭の部屋から出ると、廊下には、既にソフィーとシエナが待ってくれていた。
 ソフィーは、紅色の生地で、ウエストラインにリボンがついたプリンセスラインのドレス。シエナは、光沢のある深い海色の生地を使ったマーメードラインのドレスを着ていた。

「お待たせしてごめんなさい。二人ともドレス、すごく似合っているわ!」
「メリアもとっても可愛いわ! そのネックレスとピアスがドレスにあってる!」
「あぁ。シフォン生地が層になっていて、ふんわりした雰囲気が、まるで妖精みたいだ」
「ふふっ、ありがとう」
「じゃあ、会場まで行こうか」

 .
 .
 .

 卒業パーティー会場のメインホール前に到着した。入学パーティーを行った場所を同じところだ。一年前が少し前のような、ずっと昔のことのような不思議な気持ちになる。

「はぁ、なんかドキドキしてきた」
「ソフィーが緊張するなんて意外だな」
「……わ、私まで緊張してきたかもしれないわ」

 受付を済ませて、飲み物をもらい、メインホールへ入ると、既に人が沢山集まっていた。三人で固まりつつも、それぞれの顔見知りと話していると、あっと言う間に、卒業パーティーが始まる。壇上に登ったのは、学園長だ。

「諸君。卒業おめでとう。学園長のジョン・パーシバルだ。学生生活最後のパーティーを味わい、そして卒業という、人生の新たなる一歩を祝おうではないか。では楽しみたまえ」

 拍手が終わると、卒業生たちの歓談が始まった。

 しばらく、ソフィーとシエナの三人でお話を楽しんでいると、猫のようなつり目で赤毛の、カレン様がこちらへやってきた。
 腰に手をあて、高飛車な雰囲気で、ピシッとソフィーを指差した。

「ソフィア」
「はい、カレンお姉様。いかがなされましたか」
「一緒に食事を取りに行くわよ! 付いてきなさい」

 何を仰るのかと思えば、なんとも微笑ましい内容だった。
 入学パーティーの時に、食事を取りに行ったソフィーに、暴言を吐いたから、それを反省してのお誘いだろう。

「……ふふっ! 仰せの通りに」
「何笑ってるのよ! 私の友達が今別の所にいるから誘ってあげてるだけなんだからね!」
「あははっ。そういう事にしておきましょう」
「ちょ、ちょっと! 調子に乗らないで!」

 うん。確かにソフィーの言う通り、これはツンデレだ。
 そういえば、この世界に、ツンデレっていう概念あったっけ?

 ……まぁ、どうでもいいか。ソフィーの家庭環境が少しでも良くなったなら、友達として、こんなに嬉しいことはない。
 自然にシエナと目があい、笑い合う。ソフィーの幸せを祈って、シエナと乾杯をした。

 .
 .
 .

 卒業パーティーの中頃。
 シエナと話していると、壇上には、オレンジ色の髪の毛が特徴の魔法学の先生がいつの間にか立っていた。

「皆様お楽しみいただけていますでしょうか? ここで、この度ご卒業される、オリオン・グロウムーン皇太子殿下よりご挨拶をいただきます」

 入学パーティーの時と同じく、挨拶するのね。何かやらかさなきゃいいけど……。

「この度は、卒業おめでとう。オリオン・グロウムーンだ。私はこの一年、様々な出会いがあった。良き友人も出来た。……そして、大切な人も出来た」

 待って、雲行きが怪しいぞ。
 ……まさかね。いや、そんなまさか……。

「ここで私は婚約を宣言しよう。妃となるのは……」
「オリオン皇太子殿下!」

 顔面蒼白になりながら、なり行きを見守っていると、一人の男性が殿下を呼び止め、壇上へと走っていった。

 いったい誰かしら、とその後ろ姿を見ると、何処かで見慣れた姿だった。

 ーーーもしかして、あれは……。

 心臓が一気にうるさくなる。もしかして、もしかして……。
 あの綺麗な銀色の髪は。……私の想い人。

「……ノアっ」

 声がかすれる。走るのは、はしたないだとか、頭の隅っこで思うけど、気にならない。ずっと求めていた彼が、見える距離にいる。足が壇上へ勝手に進む。途中で止められたような気がするけど、ノアしか目に入らない。

「ノアっ!」
「メリア様。お逢いしとうございました」

 ーーーオリオン皇太子殿下が「貴方は、ルーク王国の……」と、ぽつりと呟いたように聞こえた。

 ノアに腰を引かれると、一気に密着する。懐かしい体温と、匂いに、心が満たされていく。そして、ノアは、そのままオリオン皇太子殿下の近くに立ち、正面をむく。その姿は、妙に威厳があった。

「オリオン皇太子殿下。御膳立てありがとうございます。私はルーク王国第一王子のノアール・ド・ルークと申します。この度卒業する、メリア・ノックス侯爵令嬢と婚約することを、ここに宣言いたします。そして、この国に滞在するルーク王国大使に就任しました。ルーク王国は引き続き、グロウムーン王国とより親交を重ねていきたいと願っています。これからどうぞ、我が妃メリアと共に、末長くお付き合いください」

 会場にいる皆が、ざわめく。まばらに拍手が始まり、段々と数が多くなって、盛り上がりは最高潮になる。

 私の頭の中は、パニック状態だ。え? 私の執事のノアが、隣国の第一王子? しかも大使? 嘘でしょう。そ、それに。 婚約宣言!?

 どういうことかと、ノアのサファイアの瞳に問いかける。すると、ノアは、満足げに微笑み、そのまま流れるようにエスコートされ、会場を出て、空き教室に入った。

「ノ、ノア?」
「はい。なんでしょう、婚約者のメリアお嬢様」
「ど、どうして。うちでは執事だったのに、隣国の王子様なのですか……? って、んぅっ」

 質問をキスで打ち消される。ノアは何故だか、必死にぎゅうぎゅう抱きしめて、離れない。甘いけど、激しく求められる口付けに、頭がくらくらしてきた時、ようやっと唇が離れた。

「本物のメリアお嬢様だ。一年離れてたの、しんどかった」

 そういうと、私の肩に、顎を乗せる。なんだかしょぼくれているような雰囲気で、おずおずと、ノアの頭を撫でた。

「私だって。ノアに逢いたくて……。すごく逢いたすぎて、死んじゃうかと思ったよ」
「可愛い……。今日だって、私色に染まってるメリアお嬢様を見て、心臓止まるかと思った」

 なんだか、久しぶりにあったからか、ノアは甘えん坊のようだ。あんなに表情を変えない冷静なノアが見せてくれる素すの姿に、胸がきゅんとなる。

 ノアは、軽く息を吐いてから、片膝を立ててしゃがみ込む。

「改めて、メリア・ノックス嬢。私はルーク王国第一王子のノアール・ド・ルークと申します。王継承権を捨てる代わりに、公爵位を賜った、名ばかりの王子です。それでも、この一年メリア様と一緒になりたい一心で足掻いてきました。どうか、私と結婚してくれませんか」
「はい。私は貴方と、貴方が何者であっても、これからの人生を共に歩んでいきたいのです」

 引き寄せられるように、抱きしめ合い、唇が重なる。何も考えられないほど、ただただ幸せ。ノアと結婚できる。一緒に歳を重ねられる。それが、果てしないほどに嬉しい。

「メリア様、愛しています」
「ノア。いいえ、ノアール。私も。私も愛してるわ」

 ーーー静かな教室で、愛を誓い合った。

 この瞬間、私はノアのためならば、いくらでも強くなれると思った。

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