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第四章
神の国へ迎え入れられるその日を心待ちにしている
しおりを挟むとうとう、その日が来た。
王宮騎士団がこの邸宅に入ってきたのだ。
私たちは問答無用で拘束される。
拘束する側も拘束される側も一切言葉を発さず、後ろ手に縛られた状態で無言のまま馬車から降りた。
目の前には王城、ここは正面玄関の馬車停車場だ。
私たちは犯罪者として裏から入れられると思っていた。
そして、そのまま貴族牢か地下牢に入れられる。
次に陽の下へ出られるのは公開処刑のときだろう。
そんなことすら甘い考えだと知った。
「おまちください! それでは私たちに『生き恥を晒せ』と仰られるのですか!」
「決定したことだ」
「ですが…」
私の言葉に父王は少し顔を俯かせて黙って首を左右に振る。
そしてため息を含ませた声を吐き出した。
「いまさら反省しても手遅れだ」と。
「フェロールに残されたのは、この王都と周辺だけだ」
「正確には王都と周辺の大地、川に囲まれたこの中が『新しいフェロール国』なのです」
広げられた地図は私たちが国を出るまでフェロール国だった。
しかし今は中央よりやや北寄りの王都とその周辺、北で二手に分かれた川に沿って赤線で丸く囲まれている。
今まで自然の要塞だったこの場所が『自然の牢獄』となってしまったのだ。
私たちが王城から出奔した当時すでに王都の食料は不足していた。
その不足した食料を国内の穀倉地帯から根こそぎ王都へと納入させた。
そんなことをすれば国民の反乱を起こす結果になる。
しかし、それ以外に助かる方法がなかった。
国庫が空に近く、さらに見栄を張った官僚が各国から差し伸ばされた支援の手を断ったのだ。
それを救ったのが、サフェール国をはじめとした商人たちからの支援だった。
そして、潤った領地に食料を強奪に向かった兵士たちは川にかかった橋を越えられなかった。
橋が封鎖され、川の外へは出られなくなっていたのだ。
さらに「強硬手段に出るのであれば橋を落とす」と宣言した。
王都周辺を囲むこの川幅は広くて深く、急流のため船など出せるはずがない。
地面から水面まで十メートル以上はあるのだ。
この川の内側は台地にある。
そのおかげで川の氾濫は起きたことがない。
川が合流する南部は川の流れは緩やかだが、水面までの高さは八メートルもある。
橋を落とされては生きていけないのだ。
「お兄様、お久しぶりですわね」
「リレイア……帰っていたのか」
懐かしい声に振り返ると、十七で隣国に嫁いだ妹が立っていた。
「馬鹿な兄のおかげで帰って参りましたのよ」
「─── 離縁、されたのか」
「勘違いしないでいただけます? 私からお願いしたのですわ。元聖女様に対して無礼を働いたフェロール出身の私が、側妃とはいえ王族にいたら国内外に争いを招いてしまいます。ちょうど私には子もいませんから国に返されても問題はありません」
「しかし……」
「ええ、陛下と王妃様と私は学生の頃から仲がよかったですわ。それは国王陛下と王妃陛下と側妃という立場になっても変わりません。だからこそ、大事な人たちを守るために身を引きました」
淡々と語るリレイアの心情を思うと顔が見れずに俯いた。
そんなことをしても犯した罪は消えず、妹の幸せを砕いたことに変わりはない。
「支援として私が嫁いでいた期間の六年は無償で食料を送っていただけることとなりました。ですが、その間に国政が傾いたりすれば支援は打ち切られるか有償になります」
それまでに、私たちは周辺に取り残された大地を耕して自活できるようにしなくてはならない。
その労働力として私たちは生き恥を晒すこととなる。
それが私たちに科せられた罰なのだ。
父は兄に譲位し、労働夫の一人として鍬を手にした。
兄は貴族制度を廃止した。
もちろんそれには貴族たちの反抗を受けたが、彼らは収入源となる領地を失い蓄えは確実に減っている。
使用人も給料が支払われなければ退職する。
退職すれば退職金を支払わなければならない。
渋れば貴族院に訴えられて更なる金額を慰謝料として支払うこととなる。
『あの貴族は金がない。だから支払いを渋って貴族院に訴えられたのだ』
そんな噂が流れたらあとは没落に続く坂を転がり落ちていくだけだ。
文官は一般市民が多く働く。
貴族の大半はお飾りでしかなく、問題のない部署は真っ先に廃止された。
そんな中で貴族制度の廃止が発表された。
貴族として年金がもらえなければ、領地のない貴族は成り立たない。
「貴族として何かしたか?」と問われて、胸を張って「こういう仕事についています」と言えた貴族はごくわずかだった。
そして、その者たちは貴族制度の廃止に反対しなかった。
リレイアは国王となった兄の補佐をして国を立て直した。
そして十分な収穫ができるようになり、貯蔵倉庫に全国民の一年半分の穀類が貯められるようになった冬に倒れて春を待たずに神の御許へと旅立った。
彼女の葬儀に、隣国の国王夫妻が幼い姫君を連れて参列した。
何も言われなくてもわかった。
姫君はリレイアの幼い頃と瓜二つだった。
『子はいない』
そう言ったリレイアだったが、側妃として子を産み、王妃の子として公表されていたのだ。
愛する子と別れて傷心をうちに秘めて国に帰り、このままでは消えそうな灯火の国を立て直した。
そんな彼女が遺した日記がある。
帰還の途に就くリレイアの本心がその一文にあらわれていた。
『お兄様を死んでも許さない』
日記はその日以降書かれていない。
『我が身は愛しい人たちと引き裂かれて死んだ。私はこの地に彷徨う哀れな魂。神の国へ迎え入れられるその日を心待ちにしている』
背表紙の内側に書かれたその言葉が私たちの心を責め苛んでいる。
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