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第三章
長きに渡りお世話になりました
しおりを挟む教主はすべてを見届けたある日『長きに渡りお世話になりました』と認めた紙を一枚残して教会を去っていた。
この紙は誰に向けられたのか。
教主として神に。
匿ってくれた教会に。
────── 滅びしアノール国に。
しかし、誰も教主の行き先を知らない。
副教主の埋葬地を誰も知らなかった。
『二度と神に祈ることは出来ない』
その言葉は『教会で神に仕えたくない』ではなく、副教主の埋葬地が教会の墓地ではないことを意味していた。
必ず神が祀られる町や村、乗合馬車の野営地は排除される。
────── ではどこにいるのか?
「やめなさい。すでに使命を果たし終えて神の前を辞した彼に何を問い、何を求めるのです」
ドゥヴェール帝国国王の言葉で、元教主を探そうとしていた教会の神官たちは顔を赤らめて自らを恥じた。
聞いてどうするのか。
居場所を探して何がしたいのか。
「残りの人生を一人静かに祈って過ごしたい」
なぜそのような小さな願いを「知りたい」という自己を満たすための欲望で踏み躙ることをしようとしていたのか。
彼らは神に祈る。
自らの過ちを謝罪するために。
アノールで失われたたくさんの生命の安らぎを。
そして、どこかで彼らに祈りを捧げている元教主の生活が誰にも邪魔されないように。
「この三人には永遠に『聖女の祈り』を。それはこの世界が滅びぬ限り続くものとする」
教主のその宣言と共に聞こえたのは「承知した」
同時に視界に入っている神の像の足が光った。
それが神を模写しただけのただの像だと思っていたのは私だけなのか?
そう思い顔を上げた私の目には誰一人として驚いた様子はみられない。
それにしても……光が眩しい。
おかしい、神の像が光っているのではなく、まるで私自身が光っているようだ。
だんだん自分の周りが眩しくなり、思わず目を閉じた。
閉じても目に刺さるほど強く痛い光だったが、フッとその光が消えた。
恐る恐る目を開けると、そこは真っ暗だった。
光で目がやられたか?
そう思い両手で目をこすったが何も変わらない。
誰の声もしない。
「グレンド、ベルン。私の目がさっきの光でおかしくなったのか何も見えない。お前たちはどうだ?」
そう言ったが返事はない。
「グレンド、聞こえていないのか? おい、ベルン。─── なんだ? 耳もおかしいくなっているのか?」
後ろに手を伸ばすと、跪いたときに間違いなくいたはずの二人の場所には誰もいない。
「どういうことだ……? これはいったいどうなっているんだぁぁぁ!」
ありったけの声を張り上げたが、それに応える声もかすかな物音も何も返ってこない。
「ここにいるのは…………私、ひとり……なのか……?」
その声に返ってくるのも静寂だけだった。
「父上、兄上。どこです? 私はここにいます。父上、兄上。意地悪しないで答えてください」
この暗闇の中……いや、違う。
この闇の中でも私は自分の手を確認している。
立っている私の足は指も踵も視認できる。
もちろん、胸も下半身もみえている。
完全な闇ではない。
周囲を見回しても完全な闇ではない。
ただ何もないだけだ。
だからと言って現状が打破されるわけではない。
「フフフ」
思わず口もとがゆるんでしまう。
そうか、私はいま楽しくてたまらないのだ。
この打開できない窮地に立たされたことに。
私は叔父のように誰かを痛めつけたいと願っていた。
しかし私は誰かに痛めつけられたかったようだ。
「この三人には永遠に『聖女の祈り』を。それはこの世界が滅びぬ限り続くものとする」
殺し損ねた教主のその言葉に「承知した」という声が届いた。
つまり、この私にとって幸せなこの時間は永遠に続くようだ。
先程の一気に魔力を奪われる心地よさ。
私には快感だった。
ああ、これが『聖女の祈り』だったのか。
私が聖女の代わりに聖石に祈っていれば毎日楽しい人生だっただろう。
────── ああ、なんてもったいない人生だったことか。
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