元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径

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第三章

一世一代の大舞台に向かおう

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隣のサロンで談話を楽しんでいると女性が入ってきた。
それを見てフロストイが立ち上がり、自分の隣のソファーへとエスコートする。
この美しい女性が奥方だろう。

「お初にお目にかかります。メルベールと申します」

楚々とした立ち居振る舞いに気品を感じる。
当たり前のように先に挨拶をされたということは、母国では高位貴族だったのだろう。
貴族の礼儀として『高位貴族から挨拶をする』というものがある。
それは目下の貴族による様々な無礼が王族にまで影響があったからだ。
そのため如何なる国、如何なる場合であってもそれは変わらない。

「メルベール、こちらの方はアノール国の第三王子だよ」
「まあ、それは申し訳ございません」
「いえ、こちらこそご挨拶が遅れました。アノール国から参りましたフレディと申します。こちらへは学院の長期休暇に合わせて見聞を広めるためにお邪魔しました。ですので、平民として接していただけるとありがたいです」

立ち上がり、そう挨拶をすると「まあまあ」と微笑んで隣に立つ夫を見上げる。

「あなたみたいな方がいらっしゃられるのですね」
「私と比べたらフレディ殿に悪いよ」
「二人とも、とりあえずお座りなさいな。フレディさん、あなたもお座りなさい」
「この二人に付き合っていては疲れるだけだ。今後は適当に流してくれて構わないよ」

前当主夫妻に促されてフレディは座り直す。
その時に気付いた、メルベールの腹部が大きくなっていることを。

「もうすぐ、ですか?」
「ええ、予定では来週です」
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます。四人目なのですが上の子たちとは間が開いているのですよ。それで多少難産になると思われるため、王都に留まることにしました」

フロストイがメルベールの腹部に手をあてて優しくさする。
その優しい眼差しが微笑ましい。

「このとおり、独身の私には目の毒なんです」
「たしかに羨ましいですね」

公爵のおちゃらけた声に、ここにはフレディとリフレスがいることを思い出したようで二人は恥ずかしそうに頬を染める。
宮廷絵師ですら、この優しい風景はとてもではないが描けないだろう。

公爵から私たちには目の毒と言われた二人はサロンを退室した。
それは身重のメルベールを気遣ってのこと。

「申し訳ない。 いまだに新婚のような夫婦で……」
「いいえ、夫婦仲が良くて羨ましいです」
「そう言っていただけると助かります」
「お二人のお子さんもきっと仲が良いのでしょうね」
「ええ、上と下が女の子で真ん中が男の子です。上の二人は年子でして……まるで双子のようですよ」

上の子は長子として家族を守ろうとしており、長男は男の子として同じく家族を守ろうとしているらしい。

「まるで『双子将軍』のようですね」
「ええ、上の子の愛読書でして。二人とも大変尊敬しています」
「今は下の妹を賢くそして優しい『ジェン将軍の二番姫』みたいに育つよう頑張っています」

その微笑ましい『現代の双子将軍』にはのちに出会う。
本邸と別邸とはいえ同じ敷地内にある。
それで出会わないはずがなかった。

「「ご挨拶が遅れて申し訳ございません」」

二人はそういってフレディに頭を下げた。
直前まで剣の練習をしていたせいだろうか、二人がしたのは騎士の礼だった。
商人として各国を行き来するため、魔物と遭遇することは多い。
大抵は魔導具の『なんでも吸い取る小箱』を使うそうだが、試作品ということでタイムラグが起きることもあり、それを埋めるために二人が魔物と戦っているそうだ。

「『なんでも吸い取る小箱』ですか? 初めて聞きました」
「ええ、職人さんの試作品だそうです。ほかにもブレスレットタイプの収納ボックスなど試作品を作られています」
「試作品を提供する職人、ですか?」
「実はその職人というのが母方の伯父です。そのため、実際に使ってみて実用化できるか不具合はないか、という試験を我が家がしているのです」

そのため、魔導具に頼りすぎないよう鍛錬は欠かさないそうだ。

「まるで『双子将軍』のようですね」
「ありがとうございます。私たちにとって最上の誉め言葉です!」
「これに慢心せず、さらなる精進を重ねて参ります!」

二人の笑顔はとても眩しかった。



フレディはそのときのことを思い返すと悲しみで心が押しつぶされそうになる。
死を前にしても二人は堂々としていただろう。
下手に反撃すれば、一人残される妹まで傷つけられる。
だから、家族は無抵抗で死んでいった。

「あのときの襲撃に加わった者たちは、その半数が自死したそうですね」
「そりゃあそうだろう。泣き喚き逃げ惑う者たちを手にかけることに快楽を覚えていた彼らにとって、死を前にしても堂々とした態度を取られて……。笑ったそうですよ、あの双子将軍に憧れていた娘さんは」
「彼女と共に並んだお兄さんの方も、自分に剣を突き刺す男の顔を最後まで真っ直ぐ見つめていたそうです」
「───────── 最後まで『双子将軍の志』を貫いたのだな」

自分たちはどこまでやれるだろう。

「やるしかありません。それが救えなかった皆さんに対してできることであり、私たちの尊敬する『双子将軍が愛した二番姫』を救うためです」
「そうだな。先代聖女様からも棺を足蹴にする許可をいただいた」

全員で顔を見合わせて頷く。

「では一世一代の大舞台に向かおう」
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