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第三章
もう、権力を前にして泣き寝入りしなくていい。
しおりを挟む交渉当日に引き渡された当事者は八人。
悲劇を起こした三貴族は大した罰を受けていなかった。
さらに主教会の教主が行方不明になり、新しい教主がその地位を継いだ。
本来なら教主が亡くなれば教主補佐が教主になるにも関わらず、教主が行方不明になったのと前後して主教会に残っているはずの教主補佐も行方不明になった。
その騒動を掻い潜って新教主についた男は、自分の就任祝いとして前教主が罰を与えた者を減刑して解放していった。
─── その中に三人も含まれていた。
教会からの破門も、聖女を見つける結果に結びついたとして減刑されたのだ。
その理由が、三貴族のうち一人が王弟だったこともあるが、もう一人の公爵も国王の従兄弟……前王弟の息子だった。
王侯貴族が二人も関わった事件から教会は便宜をはかることで恩を売り、棺の紛失という教会の失態をも揉み消した。
最後の伯爵はそんな二人の学友で、虎の威を借る狐というより『金魚のフン』だ。
彼に罪をすべてきせて処刑することも提案されたが、公爵二人に却下された。
学生時代から、伯爵の存在は二人にとって役に立つ雑用係なのだ。
いちいち指示する必要はなく、黙っていても望むものが手に入る。
そんな伯爵に罪をきせて処刑するより、自分たちのために働かせる方が有意義だったのだ。
ただ、二年前の騒動が起きたとき伯爵は領都に戻り、父の死に立ち会っていた。
そして、考えなしの公爵二人で動いた結果が現状だ。
ただ、伯爵自身も途中から騒動に加担していたため、二人よりは罪自体軽いものの引き渡されることが決まった。
学院時代にも三人で連んでは問題行動を起こしていた問題児たちだったらしい。
三人のうち二人は高位だったが、勇気を持って苦言を呈した学長たちに理由をつけて処罰を与えてきた。
大抵は不敬罪を理由にしていたため絞首刑だったが、学長のように常日頃の正しいおこないと信頼の厚さから罪一等を減じて国外追放となった人たちもいた。
そんな彼らのうちドゥヴェール帝国へ向かった人たちは手厚く保護された。
ドゥヴェール帝国では双子将軍の時代からアノール国の卑劣さは有名だった。
どの国とも国交はないものの商人や旅行者の行き来は止めていないため、文明が遅れているとかはない。
保護された人たちも高い教養を受けてきていたため、教職に戻りたいと願えば平等に採用試験を受け、合格すればその知識にあった配置が許された。
「刃向かえば罪をきせて処罰する」
それは『王族は敬意を払われて当然』という考えをもつ国王が口を挟んでまで叩き込んだ教育の賜物だ。
明らかにおかしい理由でも、いとも容易く不敬罪で処刑命令を下す王族から人心が離れるのは早かった。
真っ当な知能を持つ親たちは我が子を退学させた。
王城に勤める当主は王都に残り、家族だけ領都に引き下がらせた。
それ以外の当主は領地経営を理由に領都へ戻り、子供たちには家庭教師をつけて正しい教育を与えた。
そんな無法地帯で誰からも叱られずに育った三貴族は、そのまま知能と知性の低い大人となり、 今はほかの犯罪者と同様に自害できないよう自我を封じられて牢の中にいる。
少女の親に「娘を金で売れ」と言った悲劇の元凶、公爵のワーモッド・ウールレッド。
彼は領都の自邸にいるところを帝国の一隊に乗り込まれた。
その部屋では幼女が折檻を受けており、ウールレッドは問答無用で捕縛され、隠し扉の先の地下で囚われていた少年少女たちは、無事に保護された。
────── 五体満足といえない子供もいたという。
安全を確保された子供たちは、本人たちの希望により一発づつウールレッドを殴った。
その間、帝国兵は証拠の確保などで目を離していたため、口枷を嵌められて声のだせないウールレッドが呻いていても気にしなかった。
「捕縛直後から暴れていたため口枷を嵌めました。そのため物音がしても、何とか逃げようとして暴れていると思っていたため、子供たちの暴行には気付きませんでした。それに子供の力は弱いものです。実際に子供たちの暴行で痣が少しできた程度です」
「子供たちにとってこれは当然の権利ではないでしょうか? 一発殴った程度では済まないくらい酷い怪我を負っているのですよ。それを考えたら、同じように手足を切り落としても許されないでしょう」
帝国兵たちのその証言はアノール国民に受け入れられた。
もう、権力を前にして泣き寝入りしなくていい。
そう言われたのだから。
捕縛されたのはウールレッドだけではない。
使用人たちも全員が捕縛された。
「待ってください! 私たちは主人の命令に従っていただけです」
「そうか、それは大変だったな。しかし、我らも主人の命令に従っているだけだ。お互い、仕える側は大変だよな」
何とか自分だけでも助けてもらおう、見逃してもらおうとして醜い言い訳をしていたらしいが、帝国兵は取り合わなかった。
彼らにしても、自分の身内を見逃してもらうために加害者側にすり寄って加担していただけで罪は軽いと思い込んでいた。
ただウールレッドの方が何枚も上手だった。
使用人たちは知らなかった、自分の身内ですら対象だったことを。
使用人たちは忘れていた、悪魔の所業を快楽としている者がもう一人いることを。
使用人たちは考えていなかった、そちらの邸に連れていかれたら自分たちに知る術がないことを……
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