元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径

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第一章

なに、寝ぼけたことを言ってるの?

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あれよあれよという間に、カウンターに人々が集まって来たため、私は潰されないようにカウンターから離れた。
仕方がないだろう。
先代聖女様の国葬があり、同時に新聖女様わたしのお披露目(の予定)があったため、各国から人々が集まってきていた。
その人たちが自国に帰る乗合馬車の予約のために来ているのだ。
それが『一番近くの国でもひと月後しか出ない』という受付嬢の言葉を聞けば、誰もが慌てて当然だろう。
そして、少しでも早く帰国するために空いた席を奪い合う。

「ご安心ください! 馬車の空席は十分あります!」
「各方面の馬車に問題はありません」

責任者だろうか、年配の男性が踏み台の上に立ち、人々に向けて大声を張り上げる。
さらにもう一人、女性が同じように踏み台に上がって人々に声をかけていく。
しかしそれは逆効果になって混乱を大きくしている。

「あ、あの……」
「なに? あなた、まだいたの!」
「あ、私も手伝いを」
「────── なに、寝ぼけたことを言ってるの?」
「ですが、受付が一杯なので私のコーナーでも乗車予約の受付を」
「なにを言ってるの! この事態を招いたのはあなたでしょ!」
「ですから、私も受付を……」
「それで乗車券を百倍の値段で売るのですか」
「そんな……!」
「早く下がりなさい。誰か手が空いているなら、案内窓口も予約受付に使いなさい」
「はい! こちらの窓口でも受付いたします」

女性の言葉に、奥のカウンターでも臨時で予約受付を開始し、そちらにも人々の列が広がっていく。

混乱の原因となった受付嬢は踏み台に乗った女性に声をかけていた。
彼女は許可がないと予約の手続きをさせてもらえない、ということはまだ見習いで誰かがフォローにつかないといけないのだろう。
しかし、先ほどの私への言葉ですでに信用は失っている。
だいたい、罪を犯した人をそのまま受付嬢として置いておけるはずがない。

「─── なにしてるの。誰か、彼女を奥の控え室に連れて行って。ちゃんと外から鍵をかけて」
「待ってください、私は……」
「言い訳は後で聞くわ。早く連れて行きなさい!」
「はい! ほら、忙しいんだから早く来て」

受付嬢は腕を掴まれて引き摺られるように奥へと連れて行かれた。
原因が見える場所にいて、さらなる混乱を招く発言をされては困るだろう。
罪状がいくつもついた彼女は警備隊に引き渡される。
その時に、この混乱を招いたことによる被害届も乗車場名義で出されるようだ。
─── そういう不名誉な相談を、この混乱の中で大きな声でやりとりしている踏み台の上の二人。
そんなことまで、混乱してて頭が回らないのだろうか?
それとも、処分を聞かせることで落ち着いてもらおうと考えたのかもしれない。

「急げ!」
「早く手続きしなさいよ!」
「割り込まないで! こっちが先よ!」

一人の受付嬢の無責任な発言で混乱の坩堝となった乗車場。
ひとつため息を吐くと、カウンターで喧々囂々と事実確認をする人たちで溢れかえる乗車場から出た。
建物の外でも受付嬢の言葉が広がったようでちょっとした騒ぎが起きていた。
中に入ろうという人々の波をかき分けて出る私は、完全に監視者の視界から外れたようだ。
監視者は城の騎士だ。
目の前で、自身の周りで、騒ぎが起きて小競り合いが起きていれば見て見ぬふりはできないだろう。
─── そして私は監視者から逃れることができた。


私には予見の能力はない。
私が受け取った聖女のチカラにも予見や予知夢は含まれていない。
だから知らなかった。
この一件で、この国の乗車場は信用を失い解体されたことを。
その代わり、各国の信頼のできる乗車場の職員が、自国の乗合馬車のルート終着地の駐在員として赴任してくることを。
私がそのことを知るのは、しばらく後のことだった。

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