元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径

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第一章

それがあなたの仰る『大人の正しい対応』なのですね。大変勉強になりました。

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王都を出るまで、私には監視がつけられていた。
私が本当に出ていくのかを確認するのと、一部妨害工作もあったのだろう。
理由は、王都から出られなければ城に戻ってくるだろうという浅慮からだと思う。
そのため、各所直通の乗合馬車は妨害を受けて乗れなかった。
あの時、乗合馬車の乗車場じょうしゃばの受付嬢は、たしかにニヤリと笑った。
─── 悪意を含んだ笑み。
私は聖女の肩書きを失ったが、神々から見捨てられたわけではない。

「各所直通の乗合馬車で、一番近い隣国向けの後発はいつになりますか?」
「そうですねぇ。だいたい、ひと月後……ですね」
「え⁉︎ それはホントですか?」
「ちょっと! 私がウソを吐いているとでもいうの‼︎」

受付嬢は私を脅すためか、カウンターの向こうでバアンッと大きな音を立てて立ち上がり大声で怒鳴った。
その声に、周囲が驚いてコッチを見る。
しかし受付嬢はそのことに気付いていないようで、醜い表情のまま私を罵り出した。

「子供だから礼儀もマナーもできてないみたいね。ガキは大人しく大人の命令に従って、靴を舐めていればいいのよ‼︎」

この人は何を言っているのだろう。
受付嬢らしくない言動に誰もが不信な表情を見せているというのに。

「何よその目は! ガキの分際で‼︎ アンタみたいなガキが乗れる馬車なんか一台もないわ! あっても乗せないわ! だって私がアンタの乗車券を出さないんだから! 発行してほしいなら今すぐ土下座しなさい! そして私の召使いになるんだったら、一年後にだしてあげるわ。ただし正規の百倍の値段よ!」

確かここは情報を提供するコーナーで、馬車の時間を確認したりするための場所で、乗車場の一番端にある。
だからといって、これだけ大きな声で喚き散らしていれば建物内に響くわけで……
それも、先の彼女が発した言葉で視線が集中し、知らない情報を求めて聞き耳をたてて静かになっている中で、鼻息荒く『ありえない言葉』を私に浴びせているのだ。
カウンターを挟んで、向こうとこちら側の温度差が広がる。
カウンターの向こう側にいる職員たちの顔色は青白く、寒いのか震えている人もいる。
逆にこちらにいる人たちの顔色は赤黒く、中には体温もあがっている人もいるようだ。

「変な話ですよね。私は『片道二日か三日で行ける隣国への直通馬車の後発がだなんておかしい』と思って聞きなおしただけなのに。もちろん、混んで満席だから空いている馬車がひと月後になるのかとも思いました。それを確認しただけで、そんなふうに子供だという理由で醜く見下して口汚く罵り、大声で喚きちらして恫喝し奉仕メイドを強要するようなことですか? それがあなたの仰る『大人の正しい対応』なのですね。大変勉強になりました。ところで、あなたの言葉が正しければ、ここに来ている皆さんはひと月も王都から出られないと仰るのですよね。ではどうやって帰られるのでしょう?」
「え……? あ……! それはその……」

私の言葉に我に返った受付嬢は周囲を見回し、青ざめて狼狽る。
彼女は私しか見えておらず、心当たりがある誰かさんのしわざで、私を見下すように仕向けられたのだろう。
しかし、ここには私以外の客は三十人以上、職員もその倍はいる。
そんな場所で子供とはいえ客をバカにした言動をして、騒ぎにならないはずがない。

「おい! この乗車場は脅迫罪を償っていない罪人を窓口で働かせているのか!」

少し離れた場所から年配の男性の声が聞こえた。
振り向くと、彼の目と伸ばされた指は私の対応をしている受付嬢に向けられている。
彼女の脅迫罪も、いま私に対しての言動が罪になったのだろう。
でも彼女の罪はそれだけではない。

「虚偽罪や贈賄罪に侮辱罪って……。それだけの罪状を持っている職員が乗車場の顔になってるなんて一体どうなってるの?」
「ちょっと……。あの女には『神に背き者』の称号もついているわよ」

さすが商人たちだ。
鑑定の魔導具を持っていて、それでステータスを確認したのだろう。
かくいう私も、父の使っていた魔導具を持っているため、周囲の鑑定が出来ている。
商人が使用する鑑定の魔導具は、収納ボックスに入れているだけで常時起動し続けているのだ。
私が次代の聖女として聖女の宮殿に連れてこられた時から年齢不相応に落ち着いていられたのは、この鑑定で相手を判断していたからだ。
おかげで、つけてくる監視者の存在に気付くこともできた。
その監視者に買収されたため、受付嬢には贈賄罪がついているのだろう。

私のステータスの称号にも賞罰にも、聖女関連が表示されないようになっている。
身分証と違いステータスは、『聖女』という表示は義務だが『元聖女』という表示は任意なので非表示に設定できるのだ。

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