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序章
「─── 仰りたいことはそれだけですか?」
しおりを挟む「聖女というものは、ただのマヤカシだ」
「聖女と言っても、祭祀に顔を出す程度じゃないか」
「ただの金食い虫でアノール国のお荷物だ」
「だいたい、こんな石なんかに祈ってどうする」
そう言い出したのはアノール国王の第三王子と父親が国の中核に座する重鎮の子息たち。
いわゆる取り巻きと呼ばれる連中だ。
そのひとりであり王族の一人として聖石と聖女のことを叩き込まれているはずの第三王子は、あろうことか聖石を蹴りつけた。
その途端に光り輝いていた聖石から光が失われたが、当事者たちはそのことに気付いていない。
見えていない……それは彼らが『加護を失っている』ことを意味していた。
「─── 仰りたいことはそれだけですか?」
王族、国王よりも立場が上の聖女に対してこの見下した態度。
ここは許可された者以外に入ることが許されていない『聖女の宮殿』にもかかわらず、許されざる者が聖女以外何人たりとも足を踏み入れることの許されない聖域にまで押し入った。
聖石のそばに安置された棺も、笑いながら蹴り倒されていた。
彼らには飾られた祭壇にしか見えなかったのだろうか。
さらに台座に安置された聖石を蹴りつけるという暴挙。
それはある意味、国を揺るがす決定がなされた瞬間だった。
「なんだと‼︎」
まるで多数決のように『人数の多い方が勝ち』とでもいうように勝ち誇った顔をして口々に喚き散らし口汚く罵るが、独創性のない内容に欠伸も出ない。
『この国に聖女が必要なくなった旨を王や王の血族が発した場合、聖女は速やかにこの地を離れること。なお、いかなる事情が発生しようと、何人たりとも聖女を求めることを禁ずる』
─── それは、この世界での決まりごと。
五百年以上も前に聖女様を陥れようとした狼藉者たちがいたため、当時の国王が『聖女様の立場は国王よりも上』とのお触れと共にこの誓約を公開した。
そして今上の国王と各大臣は共に『聖女の勤め』を大変ご存知で、月二回でご機嫌伺いに来ているくらいだ。
私が代替わりしたここひと月の間は、毎日来て先代の聖女様の亡骸に跪いて祈りと感謝を捧げている。
歴代の聖女様は、その立場に甘えることはなかった。
たとえ、聖女の主な勤めが毎朝の祈りだとしても。
それも、聖石に跪いて手を組んで頭を下げ、変わらない昨日の平穏に感謝し今日も変わらず世界をお守りくださるよう願うだけ。
しかし、その一分だけの祈りで自身の魔力のほとんどを使うものだとしても。
そして……聖女の生命を削るものだとしても。
『聖女の務め』として、自由を奪われて祭祀以外では聖女の宮殿から出られないとしても。
─── その代償として、最上の待遇を受けているのだ。
私が次代の聖女として聖女の宮殿に連れてこられて間もなく一年。
先代の聖女様が亡くなり、聖女の立場を継いだのが先月。
私はまだ先代のように着飾った姿で祭祀に出ていない。
殯の期間が明けるまで、あと二日。
明後日には先代の聖女様の国葬が行われる。
その時が私のお披露目の舞台となる……はずだった。
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