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第四章
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しおりを挟む「兄さん、義姉さん。このまま放っておくのですか?」
「いく必要がある?」
「ないよね」
「ないでしょう?」
「ずっと『精霊の血を受け継いでいる』って偉ぶって周りを見下していたくせに。気が弱いから見下されても何も言わずに従っていたアルフォンソが人間らしく病死したから、自分たちもそうなるって思ってたんだろうね」
残念ながら、彼女たちの血に流れている精霊ウルベルッドは二人に天寿を全うさせる気はなかった。
精霊の血を多少強く受けているマーメリア。二割ほど薄まったもののウルベルッドの直系にあたるため、王族並みに濃い血を受け継いだユベール。おかげで、彼らの寿命は二百歳くらい。普通に精霊の血を受け継いだ人たちよりは長生きという事実が増長させてきた。
「いいじゃないですか。自業自得でしょう」
「そうですわ! 私、姉様と引き離されたとき三歳でしたけど今でも覚えているんですよ! 姉様がいないと言ったエイデック兄様をユベールは引っ叩いたんです!」
「ああ、あのときは領地にいけばアルフォンソとマーメリアが助けてくれるかもって思ったけど……。兄様は違った」
「ああ、アイシアを助ける方が先だと思って。城門を出たところで休憩に入ったから抜けだそうとして使用人たちに気付かれたんだ。アイシアのことを話したら庭師のエバンスが「じゃあ、自分が戻りましょう」って言ってくれて。ほかにも「自分たちは連れていく者が多いため解雇したといってください」って三人がエバンスについていってくれた」
「ああ、その後の話も聞いている」
カイエルは当時のことに想いを巡らせる。
城門まで徒歩で戻った四人を兵士たちはすぐに保護した。彼らも、領地に戻るのに家財道具一式を持って王都をでていくミラットリア家を不審に思っていたらしい。さらに子供が一人足りない。
─── それで不審に思わないなら、その者の目は節穴だ。
兵士たちの中に節穴の目を持つ者はいなかった。そして訴えを聞いた兵士たちだったが、すぐに彼らを邸へ向かわせて取り残された少女を救い出させることはできなかった。使用人とはいえ当主が不在の邸に勝手に入ることは許されていない。
「王城に訴えましょう」
兵士の一人がそう提案した。
彼の話は、こうだった。まず、この国では精霊の血が先祖返りを引き起こすことがある。そのため保護の対象となる。件の少女は精霊として生まれ変わった。だったら間違いなく保護の対象だ。
「保護の対象は王城に申し出る義務がある。その義務を放り出し、少女を置き去りにした。さらに少女に薬物を与え眠らせ続けており、食事も与えられていない」
その言葉を受け、隊長は彼には前触れとして王城まで単騎で走らせた。そして証言者の四人を馬車で王城に向かわせた。
報告を受けた王城の対応は早かった。
先祖返りとして王城に住んでいたカイエルは回復系の魔法に長けていた。その彼に「少女を救いだせ」と命じた。荷物を運び出したということは戻る気はないのだろう。その点から邸にどんな罠がかけられているかわからなかった。そのため、兵士たちと共に魔術師団も投入された。
「内から外にでられないよう魔導具がつけられています」
「これは魔法の被害を外に向けないためではありません」
「────── ここに閉じ込められた少女が救いを求められぬように、ということですか」
「ええ、そうです。そして、下手をすれば……」
「その少女が悲しみで魔法を暴走させた場合、王都が滅ぶことを前提に考えた。そう、父に伝えてください」
カイエルはそういい残して邸に入っていった。そこで彼が見たものは少女が死に向かうように仕向けられた数々の悪意だった。しかし、無知だ。報告のとおり精霊に生まれ変わっているなら、最悪でも空気さえあれば生きられる。
カイエルは小さな音を聞いて顔を上げた。
「声……? それも泣き声?」
薬で眠らされていると聞いていたが、薬が切れて目覚めたのだろう。
カイエルは泣き声に誘導されるように階段を上がる。そして部屋の前に立つとさらに不快になった。この部屋にまで魔導具がつけられている。それも今度は『何人であろうとこの扉を開けることを許さず』という魔導具に精霊の血が含まれた魔力で強化されている。ここの当主は王家に次ぐほど強い精霊の血を受け継いでいるという。本来なら王家の直系か傍系しか解除できない。しかしカイエルは王家の血を受け継いだ傍系だ。そして……
「こんなもの、先祖返りの僕には玩具だ」
軽く魔導具に魔力を流すと簡単に停止した。
扉を開くと、ベッドの上で丸まって泣いている自分より小さな少女がいた。
「だあれ?」
近付いたカイエルに気付いて顔を上げた少女に…………カイエルは一目惚れしていた。
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