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第三章
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しおりを挟むゲームの本編はヒロインが十七歳になった年から始まる。だったら、今から自分磨きを始めてもおかしくないよね。
そう考えた私は、十二歳から友人たちと一緒に遊びまわった。日本ではふしだらと言われる、この世界では普通の遊び。
「今日はどこに行く?」
「カインがお忍びで貴族様を連れてくるんだって」
「カインって貴族でしょう?」
「三男坊だけどね。騎士団に入っているから、頑張れば騎士爵でももらえるんじゃない?」
「でも三十歳を超えているのよね。女遊びに私たちを指名してくる時点でロリコンよね」
「顔はいいし金払いはいいし身体の相性もいいんだけど……三十三歳で未婚っていうのもね」
「衆道が悪いってこともないけど……未婚かあ」
深い事情がなければ、三十代で未婚の男性は性格や身体に欠陥を持っていると判断されて結婚相手の候補から真っ先に排除される。貴族であるカインを敬称もなく呼ぶのは、私たちが彼を見下していたからだ。カインは三男ということで騎士養成学校に入り、そのまま騎士団に入ったことで女性と縁遠い部署にいたらしい。騎士道に衆道があるのは知っている。私は別に腐女子ではなかったけど、この世界の騎士や兵士たちにとっては当然らしい。だから、私もそのことを普通に受け止めていた。
それと同時に、女子も幼い頃から性教育を受ける。それは十歳の誕生日の翌日から母親から教わるもので、友人たちも母親を含めた大人たちから教育を受けていた。
私も毎夜、母と祖父に実践で教わり、学舎でできた友人たちとも練習しあって、十二歳に大人の男性との遊び方を学び、十三歳になり学舎四年生になったある日、私たちは家族や友人以外と初めて実践を体験した。その時のユリアの相手がカインだ。その関係は三年間ずっと変わらなかった。
私は相手を決めなかった。相手は祖父で十分だったし、私の場合、男たちにとって有名な商家を運営する父との繋ぎでしかなかった。金払いがよく、私を愉しませてくれたイケメンの男にだけ父を紹介した。その後どうするかは私には関係なかった。しかし、父とその人たちの関係はずっと繋がっていたようだ。
私は十七歳になる前に友人たちと一緒に遊べなくなった。
父が貴族に……男爵になったからだった。
「学院? なぜ急に……」
ひと月に一日帰ってくるか来ないかわからない父が珍しく帰ってきた。父が男爵になるらしく、私に学院に行けと言い出した。勉強なんかしたくないんだけど。
「貴族になった以上、貴族令嬢の最低限のマナーを知っておいた方がいいからだ」
「あら? 王太子が同じ歳じゃなかった?」
「王太子殿下だ。気をつけないと不敬罪で罰せられるぞ」
「まあ、怖い」
全然怖そうに聞こえない母の声に、私は『この世界がゲームの世界だった』ことを思い出した。そうだ、ヒロインも父親が急に貴族になって、同年代の子たちより一学年下で学園だったか学院だったか忘れたけど入学した場面からゲームが始まる。
「ソレイユが一学年遅れて入学だなんて……。編入学で入れないの⁉︎ あなた、貴族になったんでしょ」
「それは無理だ。だいたい一年遅れたくらいで不利にはならない。それに『ソレイユなら王太子殿下を振り向かせることができる』だろう?」
「ええ、それくらいなんてことないわ」
間違いない。ゲームのヒロインは私だ。─── だったら、私の恋路の邪魔をする悪役令嬢も存在しているはず。私が狙っているのはユーレット。それ以外の登場人物は名前も覚えていない。私は全クリアではなく、ひたすら推しとの擬似恋愛を繰り返していった。それを知った友人から「ストーカーかよ!」とツッコミを入れられた。
「一途って言ってよ」
「いやいや。そこまでいくとすでに狂気。異常。ひくわー」
「純情なのよ」
「そこで開き直るなよ」
「なんで? 一人のキャラに満足するまで愛を囁かれたら嬉しいじゃない。もう選択肢は覚えたし、そのときに言われるセリフだってちゃんと覚えているのよ。初対面の時は入学した翌週にね……」
友人と話していた当時の会話を思い出した私は、王太子ユーレットの攻略ルートを完全に思い出した。最初は入学した次の週に、初めてユーレットと出会うイベントから。花壇に植えられた花を見て喜ぶシーン。すると、黄色いバラの低木に巣立ちに失敗したのかケガをした小鳥を見つけて、手を出した私は右の手の甲をバラのトゲで傷つけてしまう。それを見ていたユーレットが近付いてきて乱暴に右手を掴んで傷口に口を付けて、キズを治してくれる。そして「こういうときは庭師を呼べ」と言って去っていく。
この時の小鳥を庭師のところに連れていくと、攻略対象者が一人いて、ユーレットを直接知らない私が手にケガをしたけど男性に治してもらったことを話す。ヒロインに一目惚れしたその攻略対象者は彼女にカッコいいところを見せたくて、ケガをした小鳥を回復しようとするんだけど、魔力が強くて弱っていた小鳥は死んでしまう。その小鳥はのちに聖霊となるんだけど、それを知らないヒロインはショックで小屋から飛び出して、泣きながら家に帰って庭に埋める。
─── それが二人が家にくる理由になる。
「その王太子、殿下? には、もちろん婚約者がいるんでしょ?」
「ああ、クーデリア・リリィ・アシュラン辺境伯令嬢。アーシュレイ領のご令嬢だ」
父の言葉に一瞬だけ反応した母と祖父。不思議に思ったけど、私にはそんなことは大きな問題ではなかった。
クーデリア・リリィ・アシュラン。悪役令嬢の名前なんて覚えていないけど、辺境伯ということは田舎者ということよね。
ゲーム本編開始だわ。
私はもうすぐゲームが始まるんだって、一切疑っていなかった。
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