30 / 82
第二章
30
しおりを挟む「わ、私たちをどうするというの」
男囚の方は完全に怯えています。私がまだ扇を持っているからでしょうか? 時々パチンと左の手のひらにあてていますが、その音が聞こえる度に怯えるのです。
女囚はそんな男囚を守るように抱きしめています。私のことはあの場で説明しました。ですが、それを男囚に説明していないようです。先ほど男囚が発した『モーリトス国の王太子』というのも、この地がモーリトス国だからでしょう。そして私に向けて繰り返した『ベアトリーチェ』。それはモーリトス国前王妃様、イリアお義姉様の母君の御名です。
これで、罪名が追加されました。貴族、それも王太子を騙ったのです。
さっきの騒ぎもこのことが原因でしょう。
「あなた方は先日の騒動で斬首刑になるはずでした」
私の言葉に、二人は無意識でしょう。首に手をあてて繋がっていることを確認して、安心したように息を吐き出しました。
「ご安心ください。お二人は夫婦です。ひとつ屋根の下、ご一緒に暮らしていただきます。引き離すようなことは致しませんわ」
「私たちをどこに連れていく気なの?」
「牧場か農場ですわ。そこで労働力として働いていただくことになります」
なぜ、この時点で笑顔が戻るのでしょう?
何か考え違いをしているのでしょうか。これは罰ですわ。ただの労働力として働けるはずがないじゃないですか。
「そりゃあ、その罪人たちは知恵がないからな」
王城でレヴィアス国王陛下へ報告してレヴィリア領に帰る前にアーシュレイ領に立ち寄り、お父様とアレクシス兄様に報告しました。兄様の言葉にお父様も頷かれます。
「情報収集も怠るような連中だ。送られる先の情報を聞き出そうとしなかったのだろう?」
「はい。ただ嬉しそうに笑っているだけでした」
「いつまで笑っていられるかな?」
「父上。それは実際に送られて、そこで労働力として契約する書類をろくに読まず魔力を込めてサインをしてからでしょう」
「─── そんなに愚かでしょうか?」
「ああ、愚かだ」
お父様が断言されます。隣で兄様も頷かれています。
たしかに、「斬首刑ではなくなった」と聞いて驚き、「労働力として働く」と言われて喜んでいました。それは『死を免れた』からではないのでしょうか?
「リリィ。連中は死刑の下が『労働力として人ではないものとなる』ことを知らぬようだ。だからこそ『労働者として雇用される』と勘違いしているのだろう」
「あ、そういうことだったのですね」
この世界では刑罰は一律です。最高刑が死刑です。その数や処刑方法は国によって様々です。貴族と平民でもわかれていたりします。貴族として一般的に知られている死刑は国王陛下から賜わる毒杯を自ら呷ることです。
斬首刑は貴族にも平民にもあります。ですが、方法は異なります。貴族はギロチンです。一見、残酷に見えますが、一瞬で確実に死ねるということで採用されました。平民の場合、柳葉刀や斧による斬首です。使用される柳葉刀や斧は目で確認できないくらい小さな刃こぼれをしていることもあります。どんなに手入れをしていても耐久性は落ちます。そして執行人の腕にも左右されます。一発で斬首されるのは稀です。二度三度と繰り返して、やっと斬首されるのです。その間、罪人は断頭台に動けないように括り付けられて、悲鳴をあげ続けるのです。それが生存確認になるのです。
「連中は貴族ではない以上、斧による斬首刑だろう」
「柳葉刀は鍛錬で首が固くなる騎士や兵士の斬首刑に用いられるからな」
「青龍刀を使う地域もあるそうですね」
「ああ、青龍偃月刀のことか。あれは薙刀の一種だからな。柄が長い分尋がある。そのため、力がなくても首を落とせる」
「ええ。その国でも、無辜の民に略奪や陵辱行為をおこなった兵士に、その被害者や家族が自らの手で斬首するために使われていると聞きました」
「そうだ。ジョルシア国のナダル国王は前王の庶子という事実を隠して村で生きていた。そのときに近隣で村同士の騒動が起きた。その平定にきた兵士たちに女性たちが蹂躙された。兵士たちは厳罰に処されたと言われたが、実際には三ヶ月から半年の配置換えで、処罰期間が終われば元の配属先に戻った。そのことがわかり、彼は自ら旗印となり反乱を起こした」
この反乱は、国に反感を持っている圧政の中で生きていた平民たちに圧倒的な支持をされて大きなうねりとなって国をうごかしました。モールドレア国は王家解体の上で消滅。そのままでは近隣に分割吸収されてしまうため、旗印として立ったナダルを新たな王に掲げて新国を宣言しました。それがジョルシア国です。
旧国の王族や貴族は、罪を犯したと真偽発見装置で認められた一定年齢以上の者は処刑されたり犯罪奴隷となりました。処刑された中に、平民に危害を加えた兵士たちが多くいました。そんな彼らの処刑に使われたのが青龍偃月刀による処刑方法でした。
0
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢のざまぁはもう古い
蘧饗礪
ファンタジー
「悪役令嬢に転生したけどこのゲームなんて何十回もやってるからよゆーよゆー。ヒロインをざまぁして、私が幸せになってやる」
なんて、思っている悪役令嬢さん。まさか転生したのがあなただけだなんて思っていませんよね?
ヒロインだって現実をしっかり見ています!
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。
もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」
隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。
「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」
三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。
ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。
妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。
本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。
随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。
拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。
辺境伯令嬢は婚約破棄されたようです
くまのこ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、王子から婚約破棄された辺境伯令嬢は……
※息抜きに書いてみたものです※
※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています※
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】悪役令嬢と言われている私が殿下に婚約解消をお願いした結果、幸せになりました。
月空ゆうい
ファンタジー
「婚約を解消してほしいです」
公爵令嬢のガーベラは、虚偽の噂が広まってしまい「悪役令嬢」と言われている。こんな私と婚約しては殿下は幸せになれないと思った彼女は、婚約者であるルーカス殿下に婚約解消をお願いした。そこから始まる、ざまぁありのハッピーエンド。
一応、R15にしました。本編は全5話です。
番外編を不定期更新する予定です!
悪役令嬢は倒れない!~はめられて婚約破棄された私は、最後の最後で復讐を完遂する~
D
ファンタジー
「エリザベス、俺はお前との婚約を破棄する」
卒業式の後の舞踏会で、公爵令嬢の私は、婚約者の王子様から婚約を破棄されてしまう。
王子様は、浮気相手と一緒に、身に覚えのない私の悪行を次々と披露して、私を追い詰めていく。
こんな屈辱、生まれてはじめてだわ。
調子に乗り過ぎよ、あのバカ王子。
もう、許さない。私が、ただ無抵抗で、こんな屈辱的なことをされるわけがないじゃない。
そして、私の復讐が幕を開ける。
これは、王子と浮気相手の破滅への舞踏会なのだから……
短編です。
※小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる