異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

文字の大きさ
上 下
133 / 145
4章 聖地内戦終結

持っていける物、2つ。

しおりを挟む
「母さんっ! 母さーんっ!」


叫び、ネィンは暗い汚泥を進む。

辺りは汚泥に沈んでいる。

洞窟は元々下水だけあって水の集まりが良く……もうすでに子供の背丈より上にあがってしまっていた。



「誰かっ! 誰か助けてーーっ!?」

「お母さんっ!」

母親の声っ!

だがその瞬間だった……黒い影が、母親を覆ったっ!


「ギャアアッ!?」

「モ……モンスターっ!?」

低い悲鳴、そして血しぶきっ!

ネィンは驚きそして……そこにあったクナイ。

部屋を出る時落としたレキのクナイを手に取る。


「きゃあぁあっ!? 助け……てぇ」

泣き叫ぶ母親っ!

だがネィンの他に人はいない。

案の定……水の民は娼婦をほっぽって、逃げてしまっていた。


「はぁはあ……」

あのジキムートとノーティスを襲った獣が、娼婦を飲み込もうとしているっ!

息をのむ少年。

それでもその獣に、背後から近づいていく。



「ぐぁ……あぁ。助けて誰かぁ……ぁ」

丸飲みだ。そしてその前にネィンが攻撃をっ!

「母さんっ!」

「ナィン、ナィーンっ!」


……。


「……。違うよ母さん、僕の名前はネィンだ」

そう悲しそうに、少年はつぶやいた。

何か……自分の体から力が抜けていく。

少年の顔に映るのはそう、疲れだ。

自分が教えられた、軽薄な正義感や人道の言葉に疲れてしまった顔。


「さよなら……母さん。生んでくれて……グスっ。ありがとう」

途切れ途切れ。

脱力し、涙ぐむ少年。

そしてそのままネィンは走ったっ!

自分の母親であった人間を見捨てて。


「……ブェっ!」


ぼたっ!


その後ろで獣が、せっかく飲み込んで動かなくなった娼婦を吐き出している。

お気に召さなかったらしい。


「グォオオッっ!」

すると濁流の中、母親を見捨てて逃げるネィンを見つけた。

クンクンっと嗅ぐと、馬モンスターがすぐさま新たな標的に襲い掛かっていくっ!

「くっ……。こっちに来るっ!」

後ろに迫る殺意っ。ネィンは全力で泳ぎ始めたっ!



「ぐっ……すげぇ激流じゃないかっ! しかもコイツ、きついマナを帯びてやがるっ。やべぇ、やべえよっ。原初化しちまうっ!」

すぐ近くではネィンに掃除を指南した男が必死に、多量の水を避けて進んでいた。

「グォオオッ!」

「……っ!?」

後ろから何か……気味の悪い気配を感じとる男っ!

振り向くと……。


「なっ、なんだあの化け物はっ!?」

いななき吠えて3メートル近い馬の化け物が、バタフライの泳法で迫って来ているっ!

そしてその前でスピードをあげ、ネィンがその猛獣から逃げようとしているのも見えた。


「クッ。あの小僧変なモン連れてきやがってっ!? 俺もこうなったら仕方ねえっ! 命には代えられんかっ!? 水よ回れ回れ……っ」

覚悟を決めて急ぎ、水中泳法の呪文を用意する男っ!

体を光らせるその目の前、ネィンが通過しようとした……その時っ!


ボゴッ!


「うっ!?」

ネィンが衝撃にひるむっ。

顔面を蹴り飛ばされ、壁に激突してしまったのだっ!


「へへっ、ちょれえっ! 欠陥品っ! おめえはモンスターの餌にでもなってなっ。その間に俺が逃げてやるからよっ! 役に立ててありがたいと思え~っ!」

呪文を中断し、笑った男っ!

ネィンがひるんだその間に濁流を避け、走って逃げ始めようと前を向く……がっ!


ドンッ!


「なにっ!?」

その瞬間進もうとした先の足場が爆発し、その衝撃で足を踏み外してしまった水の民っ!


バシャンっ!


「ぐあぁあっ!? やべぇっ。原初化しちまうっ」

「……」

その隣をスッと高速でネィンが泳ぎぬけるっ!

「アンタ水にびびってるのが分かり過ぎだよ……。覚悟が足りない。そんなのフェイントにならないさ……」

あらかじめネィンは男の行動を予想し、レキの残したクナイを前方に投げていたっ!

もし……仮に邪魔されなかった時は、彼自身が土砂に飲み込まれる位置へと。


「クッ、クソっ! このガキがーーっ! それでも人間かよゴミっ! てめえはやっぱり娼婦の息子だっ! このアバズレ股から生まれた欠陥ひ……」

「ギョエエエエ!」


ガムンっ!


こちらも丸飲みっ!

だが、この男はどうやら気に入ったらしい。

馬のモンスターがオゴオゴと、びちびちする人間を無理やりに喉元へ押し込んでいくっ!

その様は鵜飼の鵜が魚を飲み込むような様。


「助けてくれーっ!? 嫌だっ、嫌だーっ! うべぇっ、ぷあっ。たすべっ……。たのぶ……だべ……が」

べとり、とした感触の何かに覆われる音がしながら、男はそのまま苦しみもがくっ!

いつまでもいつまでも、その自分が殺した人間は……狂気の言葉を残し続けた。


「……」

ネィンは必死に耳を塞ぎながらドアに滑り込み、そしてそのドアを閉めたっ!


グゴゴォ。


音がし、閉まった扉。

そこには闇に閉ざされた世界と心地よい静寂、そして水の音だけが響く。

だが彼の、ネィンの幼い脳にはひたすらに狂気と惨劇の声……。

それが耳鳴りのように響いている。



「……はぁはぁ、自分が一番……大事。そう、そうだよっ。そうだったねお姉さん。自分以上に大切な物なんて、無かったよ。はぁはぁ、僕も……レキさんと行けば良かった。……ぐすっ」

耳に残る断末魔の残滓。

彼には後悔が残った。

だが……2つだけだ。


「母さんも……。アレも売られるハズだった僕に助けを求める訳がなかったんだ。僕じゃない子だよ、ナィンはきっと。それにあの男は知らない人間だから。必要が無い物は捨てなければならない」

2つだけ。

あの傭兵達は2つしか持って行けないと言っていた。

金と、そして希望。


「蹴られたんだし蹴り返したと思えば良いっ。あとは……そうだ、結果を聞いてない。レキさん……」

いらない物全てを取り除いていくネィン。

そして最後にネィンに残った悔いは、たった一つ。

何よりもただただ……レキの手を取れなかったこと。


「でももう会えない。きっとあの人にはもう……」

その暗い部屋の中、彼はうずくまる。

人殺しの彼はもう、戻れない。

日の当たる場所にもただの欠陥品としても、そして……レキの下にもきっと。

「ここで死ぬのか」

外には獣が待ち伏せている。出る事はできない。


「……それでもやってみなきゃ。異常で良いんだ。欠陥品の人間でもきっとって生きれるさっ!」

彼はその部屋の中を探しだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...