異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

文字の大きさ
上 下
132 / 145
4章 聖地内戦終結

吹きすさぶ。

しおりを挟む
「なんだあのマナの量……っ」

「マッデンから……ヒトからマナが溢れ出てる……だとっ!?」

騎士団達が蒼白になっていた。

その相対する大きな人影からは今、大量のマナが溢れてきているのがハッキリと見えるのだ。


「我の願いはただ一つなり。この世界を流れるたゆたいの流れに、水神の命脈をもう一度招来させたまえ……っ! そは原初っ! そは始まりにありし色っ! 流れたゆたえ……」

マッデンは今、呪文を一心不乱に唱えている。

その一言一言が紡がれる都度、世界には崩壊と変異が起こり続けていた。

それは間違いなく世界、言い換えれば自然界の変貌。


「こんなの……。マナが人から生まれるだなんて事……神じゃあるまいしっ」

そう、目の前の人間は自然の論理すらも従え、改ざんしていっているのだっ!

「これが……人類を導く使徒……。俺らを救済する勇者の力」

間違ってはいけない。マッデンは間違いなく神の使徒である。

言い換えれば勇者。

例えどんなに性格が悪く人間として最低のカスで、畜生にも劣る人間であっても……だ。


「シュッ……っ!」

ひゅっ!

パキキッ!


ジキムートがマッデンめがけて投げたナイフはあっさりと、届く事無く凍ってしまった。

しかもそれだけではない。凍った状態で空中で静止し、落ちないのだ。

「近づくのは無理そうだな……。これだから凡俗やってると嫌になる。全く」

ジキムートが呆れたように、1人きりボッチになったマッデンを見やる。

ジキムートは裏切った傭兵だけでなく水の民全員を見事、懐柔して見せた。

100対1の状況を作り上げたのだ。

だが……神に選ばれた勇者なら恐らく、簡単に100対1を覆してしまうだろう。

それが勇者……。


「我は神の子なりっ! 天上よ涙せよ、我の大地へと降り注ぐ慈愛の涙を乞うっ」

マッデンが叫ぶと懐からあの、〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を天に掲げみせる。

そしてそれが眩しく、神々しく光ると……っ!


ぽつっ……ぽっ……ザアアアアッ!


「クソっ、なんだこれっ。雨がこんなに大量に……」

突如振り出した雨。

それは一瞬にドシャ降りになり始めたっ!

しかも……。


「おぉっ……どういう事だっ!?」

どこからともなく地面から……大地の中から水が湧き出し始めのだっ!

そしてそれはあっという間に1メートル、2メートルとグングンと水位を上げていく。

「おっ、おいおいっ!? すぐ高い所にっ……ぷあっ」

急激な水位の上昇っ!

そして逃げ場のない平坦な市街。

マッデン以外の人間達は右往左往しているっ!

だが増大を続ける水はあっさりとジキムート達を飲み込みそして……津波を起こし始めたっ!

津波は人を押し流すっ!


「ぐぁあっ!?たっ助けっ!?」

「手を取れっ! 手をっ……あぁっ!?」

伸ばした腕もろとも、濁流が押し流してしまったっ!

鎧を入れて90キロ。その程度ならば津波の前では木クレと同じ。

「くそっ! しからば逆に水の中を行けばっ」


バシャンっ!


自ら濁流の中に飛び込んだ魔法士。

そして……。

浮いて来ない。

「ダっダメだっ!? 魔法は使えないっ! ここでは水の魔法は全てディスペルされるぞっ!」

「なんだってっ!? じゃあどうすりゃ良い……ぷあっ!? うぁあーーーっ!?」

ただただ自然の脅威を目の前にして、人間などは無力。

悲鳴と怨嗟が響き続けるっ!


ピシャアアッ!


「くっ!? 稲光まで……。くそっ、マッデンは天変地異を一人で起こしたとでもっ!?」

ずぶ濡れになりながら、騎士団も傭兵達も全員が行き場を失っていたっ!

周囲の大地だった部分は完全に、荒ぶる津波が押し寄せているっ!

それは完全に天変地異だ。ものの2分で起こされた自然災害。


「はーっはっはっ! 我らは軍の兵器開発にも従事しているのだぞっ。この程度どうと言う事ないわっ! 死ね、溺れ死ねっ。ぶつかって死ね、飲まれて死ねっ! そしてワシの力に足掻けずに、無様に死に晒せーーーっ!」

光るその〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″の下、マッデンは一際高い建物へと逃げていたっ!

彼は溺れている人間たちを楽しそうに眺め、侮蔑の言葉を吠え猛るっ!


「おっ……おやめください、マッデン様っ! この場所でその呪文はまず……い。魔力の強い環境に置かれ続ける……と、うぅっ。住民達全員が原初まで戻される可能性が……あり……ま……ぅくっ」

苦しそうにその取り巻きだったろう1人が、水の中でマッデンに乞う。

その水の民は少し、体の輪郭がおかしくなったようにデロリ……と水に溶け始めていた。


「ふんっ、この聖地の為じゃっ! 奴らふとどき者の神への狼藉を我らが止めんでどうするっ!? 我ら一族郎党の苦しみを押してでも、神への不忠は止めねばならんっ」

「ですがもうすでに我らは死に過ぎましたっ! 同胞たちは数を減らし続けているっ。こうなると、神への我らの雑事も滞る恐れがあります。人手が足りねば神からの叱責を免れないっ!」

「そんな物、お前たちが寝ずにやれば済む話。古の水の民は24時間をたった3匹で保持したというっ! なれば我らにできぬはずがないのだっ。なに、安心せよ……。最悪我とゴディン。そしてもう一人女、それさえ人間の姿で残ればそれでよい。それで神への面目は立つっ!」

「ばか……な」


「だがどうすると言うのかっ!? 指をくわえて我らが人に下れとでもっ!? 今ならあやつらをこの手で始末し、この神の水都ディヌアリアを見事……っ! そうもう一度独立の道へと戻してみせれば良いだけだと言うにっ!」

「マッデン様……もうあきらめましょうっ! 独立なぞ意味がありませぬっ! 神は人を愛しているっ! 神は人の浅ましさすらも愛しておられるのですっ! 我らも……っ」

「ふんっ!」


ヒュンっ!

グサッ!


「ぐあぁっ!?」

氷の刃が同族へと突き刺さるっ!

「神は人を愛しておっても、人はわしらを愛さぬ。そして神は……戦いを否定はしておらぬのだよ。それは我らであってもだ……くくっ」

黒い液体を残し、青に溶けていく水の民。

あっさりと進言はかき消され、世界は狂気の津波が襲い続けるっ!


「さぁて、あの男。確か……ジキムートとか言うたの。あのゴミはどこにおる。奴だけは我の手で自ら殺さねば気が済まぬわっ! 奴に女がおらんのが残念じゃよ。おればわしが手籠めにして切り裂き……奴の目の前で嬲ってやろうと言うのにっ!」

下賤な笑み。

どうやらようやく一人の傭兵の名前を覚えたようだった。

自分が今最も殺すべき、その羽虫の名前を。


「……マジかよアイツ」

ここはどこかの家の中。

ジキムートはなんとかその洪水を逃れていた。

だが……じり貧なのは間違いない。

外ではマッデンが自分を探しているのが見える。そして目の前には轟々と荒ぶる洪水っ!


(マッデンは俺の事を優先で警戒しているはず。俺が上に上がるってのは無しだっ! 絶対にあがれねえっ。)

上に上がれば地獄のハチの巣。

そして下に居れば。


「うあぁぁっ!? 助けてくれ……ぷあっ!? はぁはぁっ。助け……」

ぶくぶく……と人が沈んでいく。

もう2度と、生きては浮かばないだろう。

水位は一時ほどの速さは無くともじわりと、音もなく水かさを上げ続けていた。

それに……。


ザバァッ!


まるでマグロ漁に出たかのごとしっ!

この波に打たれれば、ジキムートでも恐らく体勢の維持は難しい。

近接攻撃方法しか持たない彼には、手も足もでないっ!


「万策尽きたな」

ふふっと笑うジキムート。

魔法も使えず、攻撃力も防御力も遠く及ばない彼。

もう……勝てる要素が一ミリもなさそうだ。


「上がって消されるか……意地汚く隠れ続けて、魔力の消耗を待ちながら死ぬか。それ以外だ、それよりマシなのをケツからでも良いっ! ひねり出せ……」

考えてそして彼は……ある事を思いつく。

「いや……。良く考えりゃ、これは好機かもしれねえな……っ」

ジキムートは笑ってそして、その場を離れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜

西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」 主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。 生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。 その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。 だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。 しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。 そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。 これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。 ※かなり冗長です。 説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...