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3章 潜入壊滅作戦

月という名の悪魔

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「持ち場についたぜ」

「よし。ココのはず」

彼ら3人。ジキムートにレキ、そしてローラ。

暗い闇の中、大きい空洞を前に立ち止まる。

辺りは夕暮れを過ぎたばかり。

闇の色合いが強くなっていた。


「その前に優先事項の確認だ。この先最もしとめるべきは、〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)〟ただ一つ。それだけだっ! あとは総じて後回しで構わんっ」

「〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″、ね。さっき聞いたが、そいつがどうやら、神への通行証らしいな」

「あぁ。伝説によれば、そのようだよ。その次にノーティス、〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″の命、囚われた者たちの解放。と、続くかな?」

レキが『その他』に分類される優先事項を確かめる。

「いや、〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″の命のほうが先だ。あの娼婦は自己責任で戻ってもらうとしよう」

「確かにそうだろうね、常識的にも。だけど……ふふっ。そろそろ機嫌を直したらどうだい、ローラ」

「私は任務を優先する、それだけだ」

ローラはレキの言葉に、頑なに応じようとしない。

するとレキが苦笑いをしながら肯定する。

「はいはい。なら……そうだね。こんな日和った考え無しに、そう。まず間違いなく、〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″といきますか。僕はここから無事で帰らなきゃいけない、この綺麗な月明かりの元へ必ず。――絶対に僕は、帰るんだから」

その言葉と共に少し、レキの雰囲気が変わる。

彼女は川のほとりを進んで、その、闇が一面に広がる大穴へと入っていった。


(月明かりが綺麗……、か。俺らの世界で月ってえのは、災厄の光なんだけどな。特に今日みたいなのは、さ)

川の波間に揺れる月。

2人はそれを見やる。

その、悪魔の光を。




「ねぇジーク、知ってる? ふぁあ……」

「なに、お姉ちゃんっ」

聞かれた少年は、7・8歳と言ったところか。

その幼い少年が姉――。

年齢はそうは変わらない。

少し疲れた様子の姉に問いかけられ、応えた。

「私達が色を見れるのは、天使や悪魔の血肉を食べたからなんだってね」

「ちっ……血肉? ……な、なにそれ。気味悪い事言わないでよ」

唐突に姉が血生臭い話をし始め、ジキムート少年が驚きと恐怖の声を上げる。

「なぁに? 怖いの……ジーク。本当に怖がりね、ふふっ」

「そりゃあ……そうだよ。こんなモンスターが出てきやすい所でそんな話っ」

幼い少年が恐怖するのも仕方なかった。

彼女らは今、闇の中を行く当てもなくさまよい、市街地から遠く離れた外郭へとたどり着いていた。

ここは街と隣接する森の近く。

最も狼やモンスターが出現しやすい、危ない場所。

そんな所で座り込んでいる2人。


「ふふっ、でも本当よ。血肉を食べおかげで、色が見えるようになったんだって。そもそも色なんて見えなかったのよ、私達人間は」

「色が見えないって、どういう事?」

盗んできた布きれの中、身を寄せ合う2人。

「ぜ~んぶ、白と黒で覆われた世界だったらしいわ。まあそれも人間らしいわね。なにせ神が唯一、絵の具で塗らなかったゴミの集まりだもの。マナが見えないって事なのかも」

「白と黒だけか~」

姉の下でジキムート少年は、今だ晴れない夜を見渡す。

「だけど天使と悪魔の血肉を食べた。そのおかげで、今みたいに太陽や虹の色が綺麗に見えるようになったんだってね」

「へぇ……。よく分かんないけど、そのお肉ってすごいんだね」

「でしょでしょっ? そうよね~」

「……」

姉のこの反応、なんだか嫌な予感。


「その聖遺骸を食べると、色々見えない物が見える。ってのが気になるわ。だから私そのお肉、食べたいのよねっ。逃げきれたらジークもそのお肉食べない?」

キラキラとした目で笑う姉。

その目はいつも、弟である彼を困らせる。

が、その瞳を嫌いになる事は、少年にはできなかった。

「そんなお肉、どこかに売ってるの?」

「ラグナロク柱よっ! ラグナロク柱はその聖遺骸の集まりらしいのよっ! ふふっ。だからラグナロク柱を食べれば、すっごい事になるかもっ。面白そうじゃない?」

興味深々で笑う姉。

だが、その言葉に弟は非常に恐怖している。


「多分――。そんな罰当たりですんごい事しでかしたらすぐに、殺されちゃうんじゃないかなぁ? 王様とかが出てきて、火あぶりにされそうだよ。僕らは教会から逃げただけでもすっごいブたれちゃうんだし」

ジキムート少年がストレートに姉に言う。

この姉は少しでも遠慮した表現すると、効果がない事を知っていた。

すると姉はつまらなさそうに下を向く。

「確かに、ね。あ~あ。お肉お腹いっぱい食べたいわねっ。なんだったら世界を創ったっていう糞神様の、絵の具でも盗もうかしら? なんでも作れるらしいからね~。お肉もパンも……白パンだって一瞬よ、きっとっ!」

「それも多分、逃げられないよお姉ちゃん。賢者様ですら逃げ切れなかったんだから」

現実的な少年が言うと、更に意固地につまらなさそうに、頬を膨らませた姉。

彼女はおかえしとばかりに、弟を強く毛布の中で抱きしめた。


「そっか~。残念だわ。じゃあ今は、2人で教会から逃げるだけが目標、か。残念。でも今度こそは成功させるわよジークっ。もうアソコには絶対戻らないわっ! アイツらホントムカつく。逃げても逃げなくてもシスターも神父も殴ってくるしっ! 私達は奴隷じゃない。なんであんな貴族のガキどもの相手をしなきゃいけないのよっ」

その姉の言葉に力がこもる。

両親が居ない彼女らは今教会で、下働きと言う名の隷属状態だった。

この世界の教会とは『学校』の面が強い物である。

だが当然それは、貴族が通う物。

不幸があって教会に預けられた者はその性質上、紛れもないその貴族子女の奴隷になってしまう。

朝は早くから、夜遅くまで。貴族の子息の身の回りの世話をする。

その為の奴隷。そして……。


「良く貴族にも、殴られるしね」

権威ある子供の喧嘩を両成敗するにはどうするか?

お互いの従者を殴って溜飲を下げるのだ。

付きっ切りで突っ立っている『カカシ』は、都合の良い仲裁用の木人でもある。

「ホント、鬱陶しったらありゃしない。早く大人になって見返してやりたいわっ!」

こぶしを握り、短い髪を振る姉。

彼女の珍しい、美しく艶めく『黒の髪』は噂にもなるほど美麗だ。

肌の色も白く、顔筋もとてもキレイ。

こうくると目を付けられる事も多かった。

何度か丸坊主になるまで、髪を切り取られた事もある。

その上、後ろから男子生徒に羽交い締めにされ、犯されそうになる事も度々ある始末。


「うん……そうだね。ひどい目に合わされるもんね。でも相手は貴族だよ姉さん。きっと、大人になってもどうしようもないと思う」

「むしろその弱気が問題よっ! 所詮奴らは武力で貴族になったんだから、私達でもなれるハズなのっ! 成りあがれば良いのよっ!」

「……まっ、まあね」

「それに神父やシスターも、一種の貴族みたいなもんなのよ。教会も税金取り立ててくるわけだし。ほらっ、貴族だけじゃなくて、教会だってなんとかなるっ! ヤル気さえあれば超えれるっ! 勝ってやるわっ! 神父共が貴族ならいっそやる気でるじゃないっ!」

日頃の鬱憤をコブシに込め、目に闘志を宿らせる姉。

「んぅ……。まっ、まぁそうだね。だけど僕は無理そうだから、せめて、ご飯だけでもゆっくり食べれるようになりたいかな。短すぎて僕には食べれないよ」

無理そうな姉の野望に苦笑いし、喫緊の苦しみの改善を目指すジキムート少年。

大体の食事の所要時間は10分だ。

残れば仕事しながら食べなければならない。

彼らの動きは常に、貴族の横で仕え、貴族本位の時間割り。

そこに自分の時間を挟む余裕はなかった。

「僕が不満なのは、そこだけだよ。あとは耐えられそうだったかなぁ」

「そう、なのね。もう……ジークったら……。ふふっ」

弱気な弟に苦笑いして、頭をさすってやる姉。


「僕は姉さんみたいにはなれないよ」

笑うジキムート少年。

姉に遥かに劣っていた彼の能力。

恐らく魂の輝きすらも、遠く及ばないだろう。

目の前にある闇を見つめるジキムート少年。


「ジーク……良いのよ、ついて来なくても。帰りたい?」

「いや? 姉さんはどうしても行くんでしょ?」

「ええ。まぁ、ね。私は無理だもの。貴族も神父もどうでも良いのよ、実際は。何よりも気に食わない話。あの〝フェティシュ・リデンプション(呪物還神)〟。あれだけは全く無理だわっ! 無理なんだものっ」

今までになく体に力が入る少女。

弟を抱きしめる体に、筋肉の鼓動が伝わったのが分かる。

「あぁ……。姉さんならやっぱりそこなんだ」

ジキムート少年が頭をかく。

この勝気な姉が一番腹に据えかねるのは何よりも、戦わない事。

教会で我慢すれば、比較的安全に大人になれる。

だが、彼女が教会を抜け出し、モンスターに怯え、地べたを這いずって。

それでも、外に出ていきたい理由はそこである。

ただ一つ、戦う為。だ。


「『神の元への帰還』とかなんとかっ! な~に日和っちゃってるのアイツらっ!? 人間が神の元へ降伏し、舞い戻って。それで普通に生きていけるとでも思っているのかしら? あんな頭のおかしい奴らの相手は絶対にお断りっ」

頭をかきむしりながら一際大きくため息を吐き、姉が愚痴る。

彼女の一番気に入らないのは、貴族の仕打ちでも無ければ、教会の人間の無関心でもない。

それらが掲げる『信念』だった。


「戦わなくて良いなら、そっちが良いんだけどね。僕は」

困ったようにジキムート少年が笑う。

彼はひ弱なせいで、貴族に対してでも向かっていくような実姉とは違って、戦いは好まなかった。

「ふふっ。甘いわねジークっ。人間の貴族ですらあんなに傲慢なのよ、神なんて物がまともで、話を聞く相手な訳ないじゃない? どうせろくでもない……。あの協会の神父やシスター共より最悪のハズよっ」

「そう……か。やっぱりそうなんだろうね」

「だから私は絶対、ここで朝まで我慢しなきゃ。逃げてみせるわ、絶対に。陽が昇ったらすぐに……遠くに行こ……」

気合が去って次に、眠気が来たのだろうか?

少しトロンとした目で弟に笑う姉。

今や遅しと姉は朝日を待っている。

朝日が登ればこの町から逃げれるのだ。


「うん……そうだね。僕もついて行くよ」

地獄の荒野へと。

「でも逃げるなら、夜のほうが良いんだけどなぁ。夜のほうがヒト気が少ないから。〝ドゥーム・カタストロフ(破滅の使徒)〟が出なければ、なんとかなるんだよお姉ちゃん」

提案するジキムート少年。

だが……。

「ん……。それは私には無理、かなぁ? 私、夜は苦手だし。でも、あんたが夜に出歩けるなら、これだけは言っておかないと。あの『眼』の話。全てを見渡す瞳には気をつけなさいね。あまり見入ってはダメよ? あの瞳は、世界を壊す為にあるの」

少し考え込みながら姉は、ジキムートを諭す。


「眼って、なんの眼? 瞳なんてどこにあるの?」

ジキムート少年が聞く。

すると、姉の細く透ける様な指先が真っ直ぐに、力強く突きつけた。

それが指すのは、闇の中でさえ光放つ物。

天をあまねく照らす、人類に穿たれた楔。

「ほら……ジーク、アレ。あの月よ。その眼は月と呼ばれている、災厄の瞳。本当は、全てを食らいつくすドラゴンのマナコ」

「……ドラゴン? お月様が?」

「……」

月と言う名のドラゴン。

そのドラゴンの瞳を指す姉は、いつになく真剣だ。

「えと……。嘘なんだよ……ね?おとぎ話なんだよね、きっと。お月様はドラゴンだなんて、誰もそんなに怖がってないよ。教会でも、そんなに凶暴なドラゴンの話、聞いた事がないっ」

訝し気に聞くジキムート少年。

彼は会話が始まってから初めて、姉のたもとから顔を出した。

そして大きな大きなその、満月。

それと、姉の顔を交互に覗く。


「いいえ。神が私達へと、刺客を差し向けたのは知っているわね? 目の見えない、盲目にして雲を毒液に変えるトカゲ。疫病をもたらす高潔なる魂のカラス。大いなる光の旅団。死した血を流す、ハエとウジにたかられた美しい慈愛の女神。崩壊と輪廻の海にたゆたう、翼のある牛頭」

「……」

その異形の名は全て聞いた事があった。

実際にその下僕である〝ドゥーム・カタストロフ(破滅の使徒)〟が近くに現れる事もある。

最も理不尽な殺戮を起こす化け物であり、最悪に強いモンスターの名前。

「今もその神の御使いたちは、私達を襲おうとしている。その中には巨大な最強の龍ベヘモトがいたの。そして月もドラゴンならば、あの無数に見える星々も神の御使いなのよ、本当は。あれがこの世界に堕ちたら、そいつらは私達人間が殺さなければならない」

「あんなにたくさんをっ!?」

驚きの声を上げるジキムート少年。

街灯も少ない、深淵の夜の海。

そこには、無数の星がきらびやかに浮かんでいた。

その数は計り知れない。

もしあれが全て神の御使いで、そして、一斉に落ちたらそれはきっと――。

紛れもない、地獄の始まりだろう。


「でも……ね、絶対に注意をしなきゃいけないのはあの巨大なドラゴンだけ。だってあれが『眼』なんですもの。全体がどれほど大きいか分からない」

星々とは比較にならない大きさの月を指す姉。

「……」

ジキムート少年は満月を、恐怖の象徴だと知った。

「でも太った図体のおかげであの、ベヘモトという化け物だけはコッチにこれなかったみたいね。ふふっ。だから未練たらしく今も、グルグルと世界を回ってる。私達を監視してそして、探し回っているのよ」

「なんか神父を思い出しちゃった。いっつも腹突き出して、炊事場に来て。そして僕らの作る貴族用のご飯を勝手に食べようと、グルグル回ってる」

「ふふっ……。そうね。でも、夜を歩くなら気をつけなさいジーク。あの目に見つかると必ず殺されるわ。まぁ見つかるなんて稀だろうけども、ね。私達には太陽が……。ラグナロク柱が作る太陽があるから」

「……太陽、か」

彼らの世界の太陽。

それは税金と言う名の、人間の血と汗で作られている。

姉の言葉にジキムート少年が複雑な顔をした。


「でも例外もあるみたい……。〝グラッジサイン(死体共鳴)″……ね。それが起きるから、ラグナ・クロスは絶対、2つ開けてはいけない……ふあぁ」

「〝グラッジサイン(死体共鳴)〟が起こるとそいつが、ベヘモトが来るの?」

「……」

コクリ……と姉がうなずく。

すると、姉の服をギュッと握るジキムート少年。

あどけない顔には恐怖が刻まれている。

そしてすっと、姉のたもとに戻った。

「ふふっ。弱虫ねあなたは。でも私が居る限りは大丈夫。私は特別よ。そう……、特別なの、よ」

「うん、お姉ちゃん」

素直にうなずく少年。

姉は強かった。

体の強度も言わずもがなだが、何よりもその心。

そして、『魂』が。

誰にも劣る事無い光をもつ少女。

――



「嫌な……月明かりだぜ」

月を見つめたジキムート。

やがて彼はがレキを追い、闇一色に染められた洞窟に入っていった。
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