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2章 聖地と一般社会
人というモノ。
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「なっなんだっ!?」
いきなり響いた音に、ジキムートが剣を抜いて身をかがめるっ……がっ!
「あぁ――。またテロか。かわいそうにな」
そうおっさんが、全くどうと言う事ない顔で突っ立って、下を覗き込む。
「……」
内部で起こる煙を見たジキムートは、バツが悪そうに立ち上がった。
煙が上がっているのは場所は市場だ。
そこにはてんやわんやと、騒ぎ立てる傭兵と騎士団達。
そして逃げ惑う住民達が見えている。
「テロ、な。内部反抗者っていう意味だよな? 何が可哀そうだってんだ。あいつらは好きでやってんだろ?」
「そうさ。そんでもよ、この地はバスティオンの物になって、税がかけられるとかなんとか言われたとたん、あれだよ。犠牲になるのは使い勝手の良い外様の女と、ガキばかり……」
「外様の女とガキ? なんで女が外様なんだ? 確かにあいつら、子供を使ってるのは見たが」
ネィンを思い出すジキムート。
子供は良いとしても、女を率先して使う意味がジキムートには分からないのだ。
「ん~? 有名だろう、この話は?」
「知らないハズは、ないんだけど?」
「えっ……。あぁ、いや……」
2人が訝しそうにジキムートを見てくる。
ジキムートが焦って口をつぐんだ。
「ここはあの、有名なダヌディナ様の土地だ。女は大量に輸入されんだよ。ただ〝実態″てぇのは俺も、知らなかったがな。驚いたぜ……。隣村の姉さんが嬉しそうに、聖地に行って、娘が選ばれたって話を聞いてたけど、な。まさか、こんな事になってるなんてよぉ。姉さんには話せないぜ、全くチクショウめぇっ!」
ズビっと鼻を鳴らし、涙を拭く傭兵。
「うんまぁ、あまり聞けないからね、聖地の内部事情なんて特に。ここには娼館がたくさんあるんだ。ほら、あそこの一帯」
暗い顔でレキが指す方面。
そこは町と外界とを遮断する、壁の仕切りから出ていた。
それでも一応は、青く塗られてはいる。
ただ壁外部は、かなりみすぼらしい一角だ。
レンガ造りの壁内とは違い、木とワラで作られた、ボロい学生寮みたいな小屋がたくさん、本当に数多並んでいた。
「そこいらは全部、この聖域に住む水の民専用に用意された、花園なんだってさ。ヴィンの奴がブチ切れてたよ。ふふっ。なんせアレは全部無料の物。聖地の男どもはそこにタダで、好きな時に好きなだけ通うらしいんだからっ」
「無料っ!? 娼婦が……って事だよ、な? どういう勘定でそうなんだよっ」
「へへっ、うらやましいこったね」
レキの言葉に驚くジキムートと、悪態をつく毛深い傭兵。
「これらは全て、わざわざ各国が水の民に領地を借りてまで、建設しているのさっ。そしてそこに居る女性たちを用意するのも、各々の国。大体は自分達の国の人間が多いね。そうして本当に、非常にしゃくでいけ好かない話だけれど。紛れもない意味で〝器″として管理しているんだよ」
「〝器″……か」
レキの話にジキムートが、ゴディンの言葉を思い出す。
確かに彼らはノーティスの事を器だと言っていた。
「何せ、ダヌディナ様は性欲に対するご理解が高い方。娼婦通いも普通なのさ。各国はそれを利用して、男から吐き出された水の民の血。それを継承した人間を得ようとしているって事っ」
レキがプイっと空へと目線を向けた。
どうやらここの人間は、外界の人間。
特に女性の事を器だと本気で思っているらしい。
それは、この環境も起因していそうな気がした。
「そんで、子供ができちまうと、女は子供を奪われちまう。そのハーフっつうのかね? あれでも。半分水の民のガキ供は、この聖地唯一の2等民に仕立て上げられちまうっ。〝インフェリオ(幼生天使)″っつう名前で呼ばれ、一生隷属して生きるんだってよ」
「それか、騎士や貴族、王族に高値で売られるかだよね。そうやって『商品』として売り出しているんですよ。あ~ホント、頭に来るぅっ!」
反吐が出る。
そう言う顔で唾を吐くレキ。
軍人や貴族に売られると言う話はそう、ヴィエッタの話にも通じるだろう。
彼女は魔法の英才教育を、貴族の〝たしなみ″として受けていた。
だが、それだけでは物足りないのだ。
支配権を確立する為、貴族の欲望は更に業が深くなる。
彼らは教育より上にある、神の民達との混血を望み続けていた。
神の民の、祝福されし血との混血。
それを持って人間への統治体制の強化を図る。
(どっちの世界でも、おんなじような考えなんだな、貴族ってぇのは。うちらの世界でも、神から魔法を盗んだ『賢者の子孫』ってネームバリューはやっぱ、持て囃されてたぜ。ラグナロク教会もリデンプション派も、賢者の子孫が筆頭だったハズ)
ジキムートが自分の世界を思い出す。
こう言った神の威厳を傘に、権力を主張するのは一般的な貴族の思想である。
私達の世界でも、昔の王族には神の子孫というアザナがついているのは、結構良くある話。
私達の知る神が神話で、人間の娘を犯しまくるのも、このせいだったりする。
かく言う我が国の天皇様も、天照大神の弟の、その子孫という触れ込みである。
「で、その2等民と、外様の女共を惜しげもなく使って、テロを起こすって話さ」
「なるほどね。だから女子供だけ、か」
2等民の使い捨て。
その言葉がぴったりとくる扱いの、〝インフェリオ(幼生天使)〟達。
ここの水の民達は無料で娼館へと通い、挙句孕ませる。
そしてその自分の子供を品物として隷属、あるいは売買。
自分たちが潤う一助とするのだ。
それを延々と、数百年に及んでやってきたのであった。
「あの子たちは自分の母親を人質として取られている。そして、やりたくない事も耐え、1等民を目指してるんだってさ。母親と自分の為に。それを狩るのは、僕らの仕事ぉ……。はぁ……」
レキは屈みこみ、深く深くため息をつく。
(……しょうがないんです、か。だけどお前はなんとかなりそうじゃねえか、生き残れれば晴れて、水の民さ。そうだよな、ネィン。)
ジキムートは少年の名前と共に、泣き顔を思い出した。
自分とは違う、可能性のある少年を……。
「しかし、彼らハーフは残念ながら、奴ら水の民の力を受け継ぐ事はない」
――。
「……はぁ? 今お前っ、王侯貴族共が買いあさるって言ったろーに?」
「あんなもの、ただのまやかしだよ。でも、貴族はそれを知っていても、構わず買うのさ。愚かな市民にとっては、名前や権威さえあれば良いんだから」
「愚かな……ね」
呆れたようにジキムートが笑う。
貴族がそれ――。
〝インフェリオ(幼生天使)″を買うのは紛れもなく、本当にまやかしでしかない。
民衆に教えもせずそして、広まる事を認めない、神の民族との混血の事実。
神に愛された『フリ』をして、神の威光で自分の統治を正当化する噓八百。
(なるほど、ね。ズブズブの関係だって事かよ、聖地と権力者の間柄ってのは。要は貴族共は頭下げて、聖地の人間に権威を下さいって頼んでるようなもんじゃねえかっ! あの付け上がったゴディンを作ったのは、ヴィエッタ共貴族じゃねえのかよっ!?)
貴族の行動は、水の民が更に付け上がるその〝幻想″を強化する事になってしまう。
その結果今のように、国と聖地との軍事的な緊張を引き起こし、火種を作り上げていた。
いわばマッチポンプ。
それがこの戦場の真理の一つだ。
「ごくごく稀に、大人になって〝天承孵化″する人間が現れるらしいけど、な、そうなったからってただの、ここ聖地じゃあ一般だ。結局はあの〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″からは逃げられない。なんせ……はぁ」
言葉に窮し、語る意欲を失う、毛深いおっさん傭兵。
「なにせ〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟の奴は紛れもない、神の腹心様……だよ。ふふっ。神威(カムイ)の統括官で、唯一人として神と、接点を持てる存在。どんな嘘も方便も、奴らの前では全てが……『そう』なのさ。あ~憎々しいっ」
甲高い声で叫ぶ、レキ。
「そうだな、人間は嘘つきで傲慢だ。神を愛していようが、いまいが……な」
「そうだよ。神のご意思すら捻じ曲げ、利用するほどね」
「ちっ」
彼らはそこにいた人間――。
爆発の深部にいた男が、騎士団に連れていかれるのを見やる。
抗議してはいるが、あっという間に強引に連れていかれてしまう。
それに手を伸ばそうとした、寄り添っていた女も取り押さえられ、連れていかれそうだ。
彼女は途中まで息子の手を必死に、決して離さないでいた。
だが、ある時急に、手を放し……突き飛ばしてしまう。
「……」
一人残った子供は泣き叫びながら、ただずっと、立ち呆けていた。
誰も……助けられないでいる。
泣き声は彼らの耳には、届かない。
「神はっ! 我らを作りし主は、この聖地奪還を欲したっ! 今こそ刻なり、さだめなりっ!」
「たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。我らの主人はダヌディナただ1人っ!」
拳を突き上げる民衆っ!
薄暗いその場所は、カタコンベとでも言うべきか?
宗教的な結社が閉じられた空間で、大いに叫んでいたっ!
「そうだっ、私達は神の民っ! この〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″に導かれる限り、敗北は無いっ!」
彼らの澄んだ水の殺意は、研ぎ澄まされている。
そして静かにその長である者。
第五代〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟であるマッデンが深く、住民へと語りかけていく。
「奴らは今、地上を我が物顔で闊歩し、横暴と略奪を繰り返している。だがあのような痴れ者でさえ、我らは必要ではないのか? 神のお声を拝聴できるわしが。そして、それを支持し、神への祈りに全てを捧げて過ごす、我ら神の民がっ」
「そんな訳ないっ! そんな訳ある物かっ!」
興奮したように声を荒げる住民。
「わしの耳なくして、奴らはどうやって神の声を聴く? 我の口をもってしなければ、神がなんとおっしゃったかすら分からぬというのに。愚昧なるヒト。そんな人間如きに我を、ひいては我ら神の一族を導くに値する力が、真理がっ! そんな物があるとでも言うのかっ!?」
「我らが仕えるべきは、ただ一柱っ! 神。神、神ーーっ! 神に仕えよ、神に捧げよっ! 我らはダヌディナの永遠のしもべなりっ!」
「そうだ、このような横暴あって良い訳がないのだ、神の民よっ! さぁ我らは今こそ、反抗に出る時じゃっ! 偉大なる水神ダヌディナに響く言葉は、我だけの言葉なりっ! 我らはただ、神にだけ従うべきっ」
「奴ら人間から、我がダヌディナ神を開放するんだよっ! この聖地は人間が統治するには、過ぎた場所なんだって教えてやるんだっ!」
「そうじゃっ! ここにその力があるっ! これこそが、我らが掲げるべき、勝利の御旗なりーーっ!」
マッデンが何か、宝珠のような物を取り出したっ!
すると、水の民達の眼の色が変わったっ!
ひざまずき、頭を垂れていくっ!
「ダヌディナ様の麗しきそのお言葉。代弁者たる我の息吹を持って、奴らをこの町から消して見せようっ。この偉大なる唯一無二の聖地を今夜、人間から取り返そうぞーーーっ!」
「オォオオオッーーー!ーーーーっ!」
収まらない、地鳴り。
神への信仰と民族の誇りをかけ、彼らは今、反撃に打って出ようとしていたっ!
「散れよっ、民よ! 私に続くんだ。今から奴らに目にもの見せてやるんだぞっ」
ゴディンが叫び、そして、一団が一気に走りだすっ!
そして残った住民――。
いや、もう兵と言うべきか。
その者たちも配置につく!
そしてマッデンは喜び勇んでその『レリーフ』を取った。
「よしよし。ここが我らの決戦の場よ。ふふっ、間違いなく我らは勝つ。やっとじゃ、やっと約束を守る気になったか、アヤツめ。この時を待っておったわいっ!」
舌なめずりするマッデンがその、〝水の至宝″を大事に大事に、懐にしまった。
「ふふっ……」
その姿にノーティスが笑う。
「さてさて、どうやって処分してやりますかね? あのゴミ共を」
いきなり響いた音に、ジキムートが剣を抜いて身をかがめるっ……がっ!
「あぁ――。またテロか。かわいそうにな」
そうおっさんが、全くどうと言う事ない顔で突っ立って、下を覗き込む。
「……」
内部で起こる煙を見たジキムートは、バツが悪そうに立ち上がった。
煙が上がっているのは場所は市場だ。
そこにはてんやわんやと、騒ぎ立てる傭兵と騎士団達。
そして逃げ惑う住民達が見えている。
「テロ、な。内部反抗者っていう意味だよな? 何が可哀そうだってんだ。あいつらは好きでやってんだろ?」
「そうさ。そんでもよ、この地はバスティオンの物になって、税がかけられるとかなんとか言われたとたん、あれだよ。犠牲になるのは使い勝手の良い外様の女と、ガキばかり……」
「外様の女とガキ? なんで女が外様なんだ? 確かにあいつら、子供を使ってるのは見たが」
ネィンを思い出すジキムート。
子供は良いとしても、女を率先して使う意味がジキムートには分からないのだ。
「ん~? 有名だろう、この話は?」
「知らないハズは、ないんだけど?」
「えっ……。あぁ、いや……」
2人が訝しそうにジキムートを見てくる。
ジキムートが焦って口をつぐんだ。
「ここはあの、有名なダヌディナ様の土地だ。女は大量に輸入されんだよ。ただ〝実態″てぇのは俺も、知らなかったがな。驚いたぜ……。隣村の姉さんが嬉しそうに、聖地に行って、娘が選ばれたって話を聞いてたけど、な。まさか、こんな事になってるなんてよぉ。姉さんには話せないぜ、全くチクショウめぇっ!」
ズビっと鼻を鳴らし、涙を拭く傭兵。
「うんまぁ、あまり聞けないからね、聖地の内部事情なんて特に。ここには娼館がたくさんあるんだ。ほら、あそこの一帯」
暗い顔でレキが指す方面。
そこは町と外界とを遮断する、壁の仕切りから出ていた。
それでも一応は、青く塗られてはいる。
ただ壁外部は、かなりみすぼらしい一角だ。
レンガ造りの壁内とは違い、木とワラで作られた、ボロい学生寮みたいな小屋がたくさん、本当に数多並んでいた。
「そこいらは全部、この聖域に住む水の民専用に用意された、花園なんだってさ。ヴィンの奴がブチ切れてたよ。ふふっ。なんせアレは全部無料の物。聖地の男どもはそこにタダで、好きな時に好きなだけ通うらしいんだからっ」
「無料っ!? 娼婦が……って事だよ、な? どういう勘定でそうなんだよっ」
「へへっ、うらやましいこったね」
レキの言葉に驚くジキムートと、悪態をつく毛深い傭兵。
「これらは全て、わざわざ各国が水の民に領地を借りてまで、建設しているのさっ。そしてそこに居る女性たちを用意するのも、各々の国。大体は自分達の国の人間が多いね。そうして本当に、非常にしゃくでいけ好かない話だけれど。紛れもない意味で〝器″として管理しているんだよ」
「〝器″……か」
レキの話にジキムートが、ゴディンの言葉を思い出す。
確かに彼らはノーティスの事を器だと言っていた。
「何せ、ダヌディナ様は性欲に対するご理解が高い方。娼婦通いも普通なのさ。各国はそれを利用して、男から吐き出された水の民の血。それを継承した人間を得ようとしているって事っ」
レキがプイっと空へと目線を向けた。
どうやらここの人間は、外界の人間。
特に女性の事を器だと本気で思っているらしい。
それは、この環境も起因していそうな気がした。
「そんで、子供ができちまうと、女は子供を奪われちまう。そのハーフっつうのかね? あれでも。半分水の民のガキ供は、この聖地唯一の2等民に仕立て上げられちまうっ。〝インフェリオ(幼生天使)″っつう名前で呼ばれ、一生隷属して生きるんだってよ」
「それか、騎士や貴族、王族に高値で売られるかだよね。そうやって『商品』として売り出しているんですよ。あ~ホント、頭に来るぅっ!」
反吐が出る。
そう言う顔で唾を吐くレキ。
軍人や貴族に売られると言う話はそう、ヴィエッタの話にも通じるだろう。
彼女は魔法の英才教育を、貴族の〝たしなみ″として受けていた。
だが、それだけでは物足りないのだ。
支配権を確立する為、貴族の欲望は更に業が深くなる。
彼らは教育より上にある、神の民達との混血を望み続けていた。
神の民の、祝福されし血との混血。
それを持って人間への統治体制の強化を図る。
(どっちの世界でも、おんなじような考えなんだな、貴族ってぇのは。うちらの世界でも、神から魔法を盗んだ『賢者の子孫』ってネームバリューはやっぱ、持て囃されてたぜ。ラグナロク教会もリデンプション派も、賢者の子孫が筆頭だったハズ)
ジキムートが自分の世界を思い出す。
こう言った神の威厳を傘に、権力を主張するのは一般的な貴族の思想である。
私達の世界でも、昔の王族には神の子孫というアザナがついているのは、結構良くある話。
私達の知る神が神話で、人間の娘を犯しまくるのも、このせいだったりする。
かく言う我が国の天皇様も、天照大神の弟の、その子孫という触れ込みである。
「で、その2等民と、外様の女共を惜しげもなく使って、テロを起こすって話さ」
「なるほどね。だから女子供だけ、か」
2等民の使い捨て。
その言葉がぴったりとくる扱いの、〝インフェリオ(幼生天使)〟達。
ここの水の民達は無料で娼館へと通い、挙句孕ませる。
そしてその自分の子供を品物として隷属、あるいは売買。
自分たちが潤う一助とするのだ。
それを延々と、数百年に及んでやってきたのであった。
「あの子たちは自分の母親を人質として取られている。そして、やりたくない事も耐え、1等民を目指してるんだってさ。母親と自分の為に。それを狩るのは、僕らの仕事ぉ……。はぁ……」
レキは屈みこみ、深く深くため息をつく。
(……しょうがないんです、か。だけどお前はなんとかなりそうじゃねえか、生き残れれば晴れて、水の民さ。そうだよな、ネィン。)
ジキムートは少年の名前と共に、泣き顔を思い出した。
自分とは違う、可能性のある少年を……。
「しかし、彼らハーフは残念ながら、奴ら水の民の力を受け継ぐ事はない」
――。
「……はぁ? 今お前っ、王侯貴族共が買いあさるって言ったろーに?」
「あんなもの、ただのまやかしだよ。でも、貴族はそれを知っていても、構わず買うのさ。愚かな市民にとっては、名前や権威さえあれば良いんだから」
「愚かな……ね」
呆れたようにジキムートが笑う。
貴族がそれ――。
〝インフェリオ(幼生天使)″を買うのは紛れもなく、本当にまやかしでしかない。
民衆に教えもせずそして、広まる事を認めない、神の民族との混血の事実。
神に愛された『フリ』をして、神の威光で自分の統治を正当化する噓八百。
(なるほど、ね。ズブズブの関係だって事かよ、聖地と権力者の間柄ってのは。要は貴族共は頭下げて、聖地の人間に権威を下さいって頼んでるようなもんじゃねえかっ! あの付け上がったゴディンを作ったのは、ヴィエッタ共貴族じゃねえのかよっ!?)
貴族の行動は、水の民が更に付け上がるその〝幻想″を強化する事になってしまう。
その結果今のように、国と聖地との軍事的な緊張を引き起こし、火種を作り上げていた。
いわばマッチポンプ。
それがこの戦場の真理の一つだ。
「ごくごく稀に、大人になって〝天承孵化″する人間が現れるらしいけど、な、そうなったからってただの、ここ聖地じゃあ一般だ。結局はあの〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″からは逃げられない。なんせ……はぁ」
言葉に窮し、語る意欲を失う、毛深いおっさん傭兵。
「なにせ〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟の奴は紛れもない、神の腹心様……だよ。ふふっ。神威(カムイ)の統括官で、唯一人として神と、接点を持てる存在。どんな嘘も方便も、奴らの前では全てが……『そう』なのさ。あ~憎々しいっ」
甲高い声で叫ぶ、レキ。
「そうだな、人間は嘘つきで傲慢だ。神を愛していようが、いまいが……な」
「そうだよ。神のご意思すら捻じ曲げ、利用するほどね」
「ちっ」
彼らはそこにいた人間――。
爆発の深部にいた男が、騎士団に連れていかれるのを見やる。
抗議してはいるが、あっという間に強引に連れていかれてしまう。
それに手を伸ばそうとした、寄り添っていた女も取り押さえられ、連れていかれそうだ。
彼女は途中まで息子の手を必死に、決して離さないでいた。
だが、ある時急に、手を放し……突き飛ばしてしまう。
「……」
一人残った子供は泣き叫びながら、ただずっと、立ち呆けていた。
誰も……助けられないでいる。
泣き声は彼らの耳には、届かない。
「神はっ! 我らを作りし主は、この聖地奪還を欲したっ! 今こそ刻なり、さだめなりっ!」
「たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。我らの主人はダヌディナただ1人っ!」
拳を突き上げる民衆っ!
薄暗いその場所は、カタコンベとでも言うべきか?
宗教的な結社が閉じられた空間で、大いに叫んでいたっ!
「そうだっ、私達は神の民っ! この〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″に導かれる限り、敗北は無いっ!」
彼らの澄んだ水の殺意は、研ぎ澄まされている。
そして静かにその長である者。
第五代〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟であるマッデンが深く、住民へと語りかけていく。
「奴らは今、地上を我が物顔で闊歩し、横暴と略奪を繰り返している。だがあのような痴れ者でさえ、我らは必要ではないのか? 神のお声を拝聴できるわしが。そして、それを支持し、神への祈りに全てを捧げて過ごす、我ら神の民がっ」
「そんな訳ないっ! そんな訳ある物かっ!」
興奮したように声を荒げる住民。
「わしの耳なくして、奴らはどうやって神の声を聴く? 我の口をもってしなければ、神がなんとおっしゃったかすら分からぬというのに。愚昧なるヒト。そんな人間如きに我を、ひいては我ら神の一族を導くに値する力が、真理がっ! そんな物があるとでも言うのかっ!?」
「我らが仕えるべきは、ただ一柱っ! 神。神、神ーーっ! 神に仕えよ、神に捧げよっ! 我らはダヌディナの永遠のしもべなりっ!」
「そうだ、このような横暴あって良い訳がないのだ、神の民よっ! さぁ我らは今こそ、反抗に出る時じゃっ! 偉大なる水神ダヌディナに響く言葉は、我だけの言葉なりっ! 我らはただ、神にだけ従うべきっ」
「奴ら人間から、我がダヌディナ神を開放するんだよっ! この聖地は人間が統治するには、過ぎた場所なんだって教えてやるんだっ!」
「そうじゃっ! ここにその力があるっ! これこそが、我らが掲げるべき、勝利の御旗なりーーっ!」
マッデンが何か、宝珠のような物を取り出したっ!
すると、水の民達の眼の色が変わったっ!
ひざまずき、頭を垂れていくっ!
「ダヌディナ様の麗しきそのお言葉。代弁者たる我の息吹を持って、奴らをこの町から消して見せようっ。この偉大なる唯一無二の聖地を今夜、人間から取り返そうぞーーーっ!」
「オォオオオッーーー!ーーーーっ!」
収まらない、地鳴り。
神への信仰と民族の誇りをかけ、彼らは今、反撃に打って出ようとしていたっ!
「散れよっ、民よ! 私に続くんだ。今から奴らに目にもの見せてやるんだぞっ」
ゴディンが叫び、そして、一団が一気に走りだすっ!
そして残った住民――。
いや、もう兵と言うべきか。
その者たちも配置につく!
そしてマッデンは喜び勇んでその『レリーフ』を取った。
「よしよし。ここが我らの決戦の場よ。ふふっ、間違いなく我らは勝つ。やっとじゃ、やっと約束を守る気になったか、アヤツめ。この時を待っておったわいっ!」
舌なめずりするマッデンがその、〝水の至宝″を大事に大事に、懐にしまった。
「ふふっ……」
その姿にノーティスが笑う。
「さてさて、どうやって処分してやりますかね? あのゴミ共を」
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杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
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