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2章 聖地と一般社会

人というモノ。

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「なっなんだっ!?」

いきなり響いた音に、ジキムートが剣を抜いて身をかがめるっ……がっ!

「あぁ――。またテロか。かわいそうにな」

そうおっさんが、全くどうと言う事ない顔で突っ立って、下を覗き込む。


「……」

内部で起こる煙を見たジキムートは、バツが悪そうに立ち上がった。

煙が上がっているのは場所は市場だ。

そこにはてんやわんやと、騒ぎ立てる傭兵と騎士団達。

そして逃げ惑う住民達が見えている。


「テロ、な。内部反抗者っていう意味だよな? 何が可哀そうだってんだ。あいつらは好きでやってんだろ?」

「そうさ。そんでもよ、この地はバスティオンの物になって、税がかけられるとかなんとか言われたとたん、あれだよ。犠牲になるのは使い勝手の良い外様の女と、ガキばかり……」

「外様の女とガキ? なんで女が外様なんだ? 確かにあいつら、子供を使ってるのは見たが」

ネィンを思い出すジキムート。

子供は良いとしても、女を率先して使う意味がジキムートには分からないのだ。


「ん~? 有名だろう、この話は?」

「知らないハズは、ないんだけど?」

「えっ……。あぁ、いや……」

2人が訝しそうにジキムートを見てくる。

ジキムートが焦って口をつぐんだ。

「ここはあの、有名なダヌディナ様の土地だ。女は大量に輸入されんだよ。ただ〝実態″てぇのは俺も、知らなかったがな。驚いたぜ……。隣村の姉さんが嬉しそうに、聖地に行って、娘が選ばれたって話を聞いてたけど、な。まさか、こんな事になってるなんてよぉ。姉さんには話せないぜ、全くチクショウめぇっ!」

ズビっと鼻を鳴らし、涙を拭く傭兵。


「うんまぁ、あまり聞けないからね、聖地の内部事情なんて特に。ここには娼館がたくさんあるんだ。ほら、あそこの一帯」

暗い顔でレキが指す方面。

そこは町と外界とを遮断する、壁の仕切りから出ていた。

それでも一応は、青く塗られてはいる。

ただ壁外部は、かなりみすぼらしい一角だ。

レンガ造りの壁内とは違い、木とワラで作られた、ボロい学生寮みたいな小屋がたくさん、本当に数多並んでいた。

「そこいらは全部、この聖域に住む水の民専用に用意された、花園なんだってさ。ヴィンの奴がブチ切れてたよ。ふふっ。なんせアレは全部無料の物。聖地の男どもはそこにタダで、好きな時に好きなだけ通うらしいんだからっ」

「無料っ!? 娼婦が……って事だよ、な? どういう勘定でそうなんだよっ」

「へへっ、うらやましいこったね」

レキの言葉に驚くジキムートと、悪態をつく毛深い傭兵。


「これらは全て、わざわざ各国が水の民に領地を借りてまで、建設しているのさっ。そしてそこに居る女性たちを用意するのも、各々の国。大体は自分達の国の人間が多いね。そうして本当に、非常にしゃくでいけ好かない話だけれど。紛れもない意味で〝器″として管理しているんだよ」

「〝器″……か」

レキの話にジキムートが、ゴディンの言葉を思い出す。

確かに彼らはノーティスの事を器だと言っていた。

「何せ、ダヌディナ様は性欲に対するご理解が高い方。娼婦通いも普通なのさ。各国はそれを利用して、男から吐き出された水の民の血。それを継承した人間を得ようとしているって事っ」

レキがプイっと空へと目線を向けた。

どうやらここの人間は、外界の人間。

特に女性の事を器だと本気で思っているらしい。

それは、この環境も起因していそうな気がした。


「そんで、子供ができちまうと、女は子供を奪われちまう。そのハーフっつうのかね? あれでも。半分水の民のガキ供は、この聖地唯一の2等民に仕立て上げられちまうっ。〝インフェリオ(幼生天使)″っつう名前で呼ばれ、一生隷属して生きるんだってよ」

「それか、騎士や貴族、王族に高値で売られるかだよね。そうやって『商品』として売り出しているんですよ。あ~ホント、頭に来るぅっ!」

反吐が出る。

そう言う顔で唾を吐くレキ。

軍人や貴族に売られると言う話はそう、ヴィエッタの話にも通じるだろう。

彼女は魔法の英才教育を、貴族の〝たしなみ″として受けていた。

だが、それだけでは物足りないのだ。

支配権を確立する為、貴族の欲望は更に業が深くなる。

彼らは教育より上にある、神の民達との混血を望み続けていた。

神の民の、祝福されし血との混血。

それを持って人間への統治体制の強化を図る。


(どっちの世界でも、おんなじような考えなんだな、貴族ってぇのは。うちらの世界でも、神から魔法を盗んだ『賢者の子孫』ってネームバリューはやっぱ、持て囃されてたぜ。ラグナロク教会もリデンプション派も、賢者の子孫が筆頭だったハズ)

ジキムートが自分の世界を思い出す。

こう言った神の威厳を傘に、権力を主張するのは一般的な貴族の思想である。

私達の世界でも、昔の王族には神の子孫というアザナがついているのは、結構良くある話。

私達の知る神が神話で、人間の娘を犯しまくるのも、このせいだったりする。

かく言う我が国の天皇様も、天照大神の弟の、その子孫という触れ込みである。

「で、その2等民と、外様の女共を惜しげもなく使って、テロを起こすって話さ」

「なるほどね。だから女子供だけ、か」

2等民の使い捨て。

その言葉がぴったりとくる扱いの、〝インフェリオ(幼生天使)〟達。

ここの水の民達は無料で娼館へと通い、挙句孕ませる。

そしてその自分の子供を品物として隷属、あるいは売買。

自分たちが潤う一助とするのだ。

それを延々と、数百年に及んでやってきたのであった。


「あの子たちは自分の母親を人質として取られている。そして、やりたくない事も耐え、1等民を目指してるんだってさ。母親と自分の為に。それを狩るのは、僕らの仕事ぉ……。はぁ……」

レキは屈みこみ、深く深くため息をつく。

(……しょうがないんです、か。だけどお前はなんとかなりそうじゃねえか、生き残れれば晴れて、水の民さ。そうだよな、ネィン。)

ジキムートは少年の名前と共に、泣き顔を思い出した。

自分とは違う、可能性のある少年を……。


「しかし、彼らハーフは残念ながら、奴ら水の民の力を受け継ぐ事はない」

――。

「……はぁ? 今お前っ、王侯貴族共が買いあさるって言ったろーに?」

「あんなもの、ただのまやかしだよ。でも、貴族はそれを知っていても、構わず買うのさ。愚かな市民にとっては、名前や権威さえあれば良いんだから」

「愚かな……ね」

呆れたようにジキムートが笑う。

貴族がそれ――。

〝インフェリオ(幼生天使)″を買うのは紛れもなく、本当にまやかしでしかない。

民衆に教えもせずそして、広まる事を認めない、神の民族との混血の事実。

神に愛された『フリ』をして、神の威光で自分の統治を正当化する噓八百。


(なるほど、ね。ズブズブの関係だって事かよ、聖地と権力者の間柄ってのは。要は貴族共は頭下げて、聖地の人間に権威を下さいって頼んでるようなもんじゃねえかっ! あの付け上がったゴディンを作ったのは、ヴィエッタ共貴族じゃねえのかよっ!?)

貴族の行動は、水の民が更に付け上がるその〝幻想″を強化する事になってしまう。

その結果今のように、国と聖地との軍事的な緊張を引き起こし、火種を作り上げていた。

いわばマッチポンプ。

それがこの戦場の真理の一つだ。


「ごくごく稀に、大人になって〝天承孵化″する人間が現れるらしいけど、な、そうなったからってただの、ここ聖地じゃあ一般だ。結局はあの〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″からは逃げられない。なんせ……はぁ」

言葉に窮し、語る意欲を失う、毛深いおっさん傭兵。

「なにせ〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟の奴は紛れもない、神の腹心様……だよ。ふふっ。神威(カムイ)の統括官で、唯一人として神と、接点を持てる存在。どんな嘘も方便も、奴らの前では全てが……『そう』なのさ。あ~憎々しいっ」

甲高い声で叫ぶ、レキ。

「そうだな、人間は嘘つきで傲慢だ。神を愛していようが、いまいが……な」

「そうだよ。神のご意思すら捻じ曲げ、利用するほどね」

「ちっ」


彼らはそこにいた人間――。

爆発の深部にいた男が、騎士団に連れていかれるのを見やる。

抗議してはいるが、あっという間に強引に連れていかれてしまう。

それに手を伸ばそうとした、寄り添っていた女も取り押さえられ、連れていかれそうだ。

彼女は途中まで息子の手を必死に、決して離さないでいた。

だが、ある時急に、手を放し……突き飛ばしてしまう。

「……」

一人残った子供は泣き叫びながら、ただずっと、立ち呆けていた。

誰も……助けられないでいる。

泣き声は彼らの耳には、届かない。






「神はっ! 我らを作りし主は、この聖地奪還を欲したっ! 今こそ刻なり、さだめなりっ!」

「たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。我らの主人はダヌディナただ1人っ!」

拳を突き上げる民衆っ!

薄暗いその場所は、カタコンベとでも言うべきか?

宗教的な結社が閉じられた空間で、大いに叫んでいたっ!

「そうだっ、私達は神の民っ! この〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″に導かれる限り、敗北は無いっ!」

彼らの澄んだ水の殺意は、研ぎ澄まされている。

そして静かにその長である者。

第五代〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟であるマッデンが深く、住民へと語りかけていく。


「奴らは今、地上を我が物顔で闊歩し、横暴と略奪を繰り返している。だがあのような痴れ者でさえ、我らは必要ではないのか? 神のお声を拝聴できるわしが。そして、それを支持し、神への祈りに全てを捧げて過ごす、我ら神の民がっ」

「そんな訳ないっ! そんな訳ある物かっ!」

興奮したように声を荒げる住民。

「わしの耳なくして、奴らはどうやって神の声を聴く? 我の口をもってしなければ、神がなんとおっしゃったかすら分からぬというのに。愚昧なるヒト。そんな人間如きに我を、ひいては我ら神の一族を導くに値する力が、真理がっ! そんな物があるとでも言うのかっ!?」

「我らが仕えるべきは、ただ一柱っ! 神。神、神ーーっ! 神に仕えよ、神に捧げよっ! 我らはダヌディナの永遠のしもべなりっ!」

「そうだ、このような横暴あって良い訳がないのだ、神の民よっ! さぁ我らは今こそ、反抗に出る時じゃっ! 偉大なる水神ダヌディナに響く言葉は、我だけの言葉なりっ! 我らはただ、神にだけ従うべきっ」

「奴ら人間から、我がダヌディナ神を開放するんだよっ! この聖地は人間が統治するには、過ぎた場所なんだって教えてやるんだっ!」

「そうじゃっ! ここにその力があるっ! これこそが、我らが掲げるべき、勝利の御旗なりーーっ!」

マッデンが何か、宝珠のような物を取り出したっ!

すると、水の民達の眼の色が変わったっ!

ひざまずき、頭を垂れていくっ!


「ダヌディナ様の麗しきそのお言葉。代弁者たる我の息吹を持って、奴らをこの町から消して見せようっ。この偉大なる唯一無二の聖地を今夜、人間から取り返そうぞーーーっ!」

「オォオオオッーーー!ーーーーっ!」

収まらない、地鳴り。

神への信仰と民族の誇りをかけ、彼らは今、反撃に打って出ようとしていたっ!

「散れよっ、民よ! 私に続くんだ。今から奴らに目にもの見せてやるんだぞっ」

ゴディンが叫び、そして、一団が一気に走りだすっ!

そして残った住民――。

いや、もう兵と言うべきか。

その者たちも配置につく!

そしてマッデンは喜び勇んでその『レリーフ』を取った。

「よしよし。ここが我らの決戦の場よ。ふふっ、間違いなく我らは勝つ。やっとじゃ、やっと約束を守る気になったか、アヤツめ。この時を待っておったわいっ!」

舌なめずりするマッデンがその、〝水の至宝″を大事に大事に、懐にしまった。


「ふふっ……」

その姿にノーティスが笑う。

「さてさて、どうやって処分してやりますかね? あのゴミ共を」
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