異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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2章 聖地の守護者

貴族と神。

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「……。黙れ下民が。そこまで聞きたいならば、ちょうど応えてくれる相手に、今から会えるぞ。あの親子さ。そんな態度でいると、一瞬にして殺されるだろうが。くくっ!」

動くたびにジャラジャラと、首輪の鎖が鳴り響く。

そこは狭くて暗い洞穴の中。

闇の中で下賤な笑い声が混じった。

「ぺっ、それなら死んだほうがマシだ」

唾を男の顔に吹き付けるノーティスっ!

その瞬間水の民の目が、殺意に変わるっ!


――が。


「……」

水の民は舌打ちをしただけだった。

顔を拭き、前を向いて歩き出す。

「ふふっ、殺されるのはお互い様のようだな」

あざ笑うノーティス。

その言葉が水の民。

滅多と侮辱を受けない神の使徒のコメカミに、血筋を浮かべさせた。

だが決して、攻撃はしてこない。

ただただ苦虫を噛み潰し、歩く。

すると一際目立、つ大きな扉の前で止まらせられた彼女。


ジャラリッ!


「ゴディン様っ! お目通りを。お望みの者を連れて参りましたっ」

「よし……良いぞ、早くしろっ!」

「……」

ゴディンの返事に水の民は、扉を開けて、ノーティスをその部屋の中へと連れて行く。

キィ……。

「花の……匂い?」

ノーティスが敏感に感じ取ったのは、花の匂いであった。

一歩入ったその瞬間に、甘く甘美な匂いが一斉に解き放たれた。


その場所には美しいベッドに、豪華な装飾。

そして美しい花々が飾られている。

非常に整えられたインテリア。

地下だと言うのにまるで山頂のような、奇麗で清々しさを感じる空気。

「さぁさ、おいで。よしご苦労っ! さっさと出ていけっ!」

「……はい」

「あっ……おいっ。この事は御父上には言うなっ。後で私自らで報告する」

「分かりました」

ゴディンの言葉に聞き終えすぐさま、水の民は出ていった。


するとゴディンはすぐに、ノーティスの裸体に飛びつき、ノーティスを抱えて前の椅子に座ったっ!

「さてさて……お前。早くひざまずけっ。私に子供をせがみ、乞い願うんだっ。自分に愛を与えて欲しいとっ!」

「……」

ゴディンの言葉にやおら。ノーティスが笑う。

そしてゆっくりと屈み、ゴディンの前でひざまずくと――。

「私は……怒ってないわ、ゴディン。あなたが私を愛していたのは知っている。本当はあの時も私は、あなたを庇って死ぬ事を選んでいたのよ」

……。

「……っ!?」

その言葉に一瞬、ゴディンが止まる。

絶句と言うよりは、放心、か。

まるで心がハジケ飛んだように、顔をゆがませたっ!





「うあぁあっ!?」

「ほれほれっ! しっかりと声を出して神を……我を讃えよこの、メスがっ!」

「くっ……んんっ! あなたは……この聖地で最も、ぐぅ。優秀な方っ! 神の寵愛に秀で……あぁ。はぁ……はぁ。神のお言葉はあなたのお言葉っ! 神のおそばで耳を寄せる事ができる、あなた様……。……。はぁ……はぁっ!」

バキっ!

「何を休んでおるっ!」

「あぁ……。くひっ……。この神の使徒の中……で、最も素晴らしい〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟マッデン様っ! ふぅ……ふぅっ!」

「ほれほれっ!」

男。

太った腹を突き出し、マブタは肉でめり込んでいる。

そして何より、肉の多さからだろうか?

特有の腐敗の臭いがする。

肉が腐った老廃物の臭い。

それが部屋の中の、甘い匂いに混じってまき散らされていく。

その臭いの元。

ヨワイ40を超えた男が、女の胸を強引に引っ張るっ!


「あぁ……あぁっ!? あなたは……あなた……は」

虚ろな目。

体はボロボロで、殴られ、掴まれた跡だらけ。

腕は氷で張り付けにされ、壁に打ち付けられた女。

それが言葉を、太った男に犯されながら、思いつく限りの最高の賛美の言葉を探す。

そして――。

「あなたはきっと、どの聖地の使徒よりも素晴らしく、最も神に近い人間です……マッデン様」

「……なにっ!? バッカもんがーっ!」

ドススっ!

女の腹に突き刺さる氷っ!

苦痛に女がうめくっ!

「……がっ!?」

しかし、焦ったようにマッデンが女の髪を握り、苦しむ女の耳に向け、怒鳴り散らしたっ!


「勝手な言葉を紡ぐでないわ、このメスがーっ! 神からの寵愛の優劣を、聖地の守護の間でつけようなどという愚行っ! 貴族の子女たる者がそのような無知っ。恥ずかしいと思わんのかっ!?」

「うぅ……」

「あぁいかんっ! その言葉をまるで、わしに強要されたと吹聴されては困るっ! 貴様の愚行はしっかりと、貴様の家で払わせるからのっ!」

「はぁ……はぁ」

マッデンの言葉に、女は何かを迷っているようだ。

「どうしたっ!? しっかりと自らの過ちを告白し、全ての責において自分を断罪せんかっ!」

髪の毛を強く、引きちぎれる程に引っ張られる女っ!

しかし、それでも彼女は何かを迷っている。すると……っ!

ザスっ!

太ももに刺さる、氷の刃っ!

「ぐぅっ!? もっ、申し訳ありません……でした。わたしのようなただの人間が、勝手な妄想で語り。あぁ……はぁ。〝カムイ(神威)〟を汚した事を、ご容赦下さい。これは……はぁはぁ。わたくし一人の……責任であります」

「……ちぃっ!」

女の言葉にマッデンは何かを一考し、女を突き飛ばしたっ!

「後で誓約書を書かせるからのっ。全くっ! 聖域がどれ程緊張状態にあるかを、クラインの貴族で知らぬとはっ! 女とは難儀な物よのっ。次々と狂わしてきよるわっ! それにやはり、あの賢王とか呼ばれた若造が就いてからと言う物、貴族の質が下がったわいっ!」

鬱積した物を漏らしながらマッデンは、体を起こそうとする。

すると、わざわざに魔法を使い氷を作って、段階的に自分の体を起こさせていく。

一人で立つのは億劫なのだろう。

そして魔法の補助でなんとか立ち上がると――。


その体は大きく、縦は180位。

だが横幅でさえも、女の背丈はありそうだ。

「管理の行き届かん女も、あの小僧め気に食わぬ……。ええいっ! 気に食わぬわぁっ! 」

マッデンはブツブツと言葉を吐き出し、巨体を引きずりながら、外へと出ていった。

バタンっ!

「はぁ……はぁ。とう……さま。かあさま……。申し訳ありません。申し訳……」

取り残される、貴族の女。

もう体がズタズタで、動けないのだ。

虚ろな目でボソボソと、何かをつぶやく。


ガチャリ……。


「大丈夫……ですか?」

入れ替わるように女が……。

とても若く、まだ26・7と言った位の女が入って来る。

質素な格好の、蒼の宗教着をかぶった美しい女性。

それが、心配そうに年もそう変わらない、貴族の娘に聞いてきた。


「……。はぁ……はぁ」

「すいません。すぐに直しますので」

応える元気のない貴族の娘に謝り、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟を取り出した女性。

しかし……。

「やめ……て、お願いです」

「……」

止めたのは彼女。

拷問のような性交をしていた女だ。

そして、涙を流しながら訴えてくる。


「もう……いやっ。私は家の為……。末弟だから、少しでも家を大きくする為に、ココに。 だけど、甘かったわ。こんなに……そのっ」

「厳しいのです……ね。分かります。これでもあの男の妻ですから」

悩むように手を取るその、マッデンの妻。

「聖地の男はタガが外れていると、聞いていました。ですが、人の扱いすら受けられないのですね。……ふふっ、貴族が言えた義理ではありませんが」

腫れた目で自嘲するように笑う貴族の娘。

「……」

この娘はマッデンとの子供をなす為にわざわざ、聖地まで来ていた。


マッデンはその性質上、あまり外には出れない。

神のお告げを聞ける者が外の世界に出ればたちまち、政争の道具になりかねないのだ。

聖地としても、特段の機会が無ければ外に出る事は禁じている。

ゆえにこの地までマッデンの子を――。

もっと端的に言うならば、優良で権威ある、人を統治しやすい血を引くために、体を売る。

その為だけに、貴族の子女は出向かねばならなかった。


「あなたは……。奥様は、大丈夫なんです……か?」

「私は――はい。私達水の民の女性は、大丈夫なんです。男が暴力を理由も無く、水の民の女性に振えばたちまち、破門されてしまう。それは、神が厳しく取り決めた一つの戒律ですので。ですがそのせいで、あなたのような……その、アレの趣味にあった女性が必要になってしまうの。ごめんなさい」

「そう……なの、ですね。なんと……。なんと神は我らに無慈悲なの……か」

泣きむせぶ貴族の女。

その戒律は水の民の女性、限定の物である。

そもそもまず、神が直々に戒律を作るときは必ず、普通の人間への指示は入れないのが通例だった。

すると、マッデンの妻はゆっくりと首に、その貴族の子女の首元へと手を伸ばす。


「もう……限界なのですね?」

「はぁ……はぁ。ふふっ……。申し訳ありません、奥様」

「分かりました」

「お父様。そして、最後まで止めて下さったお母様。私の役目……家の繁栄を願って送り出してくれた、お兄様にお姉さま。私はもう、耐える事ができません。この惨めな末弟にどうぞ、赦しの涙の青を……。神に届く静青を、お与え下さい。そして、最後のお願いです奥様。私に使うハズだったその神の息吹……。〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を我が家に送って下さいませんか?」

……こくり。

「ありがとう」

「神の……お導きを」


ブシャっ!


マッデンの妻の手を握ったその力は、その瞬間、苦しみから開放された。

するとそっと、動かない貴族の末弟の胸に、マッデンの妻は蒼い花を抱かせてやる。

「駄目ね……。ダヌディナ様は樹を嫌うと言うのに私……。私の尊神(リービア)は汚れている」

泣きそうな顔でうつむくマッデンの妻。

手向けた綺麗な蒼は、瞬く間に赤く冒される。

そして、まるで花が吐血しているかのように、うなだれてしまった。

それを哀しそうに見つめる彼女。


「……」

その後マッデンの妻は、汚くなった――。

貴族の娘が最後に残した生きた証と、そして、自分の夫が行った陵虐の跡をキレイにしていく。

そして、血を浴びたその指でゆっくりと、扉を閉じた。
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