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2章 聖地の守護者
傭兵。
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「うぅ。くそっ!」
ジキムートは地面に倒れ、這いずっていた。
彼の体には無数の穴ができている。
誰の血かも分からない液体で血だるまにされ、地面に転がる傭兵。
「はぁ……傷が。私の顔に傷がついたぞ。……ったく」
ゴディンは呪文……。
いや、彼の場合は神への〝口利き″だろう。
それをやめ、ほほの傷を見る水の使徒。
バスタードソードでほほに傷がついていたのだ。
「おいっ、ネィン。こちらに〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を持って来いっ!」
「はぁはぁ。はいっ」
放心状態の血まみれ。
誰かの血を滴せてネィンは、折れた足を引きずりながら必死に、ゴディンの元に急ぐっ!
「ふぅ……。それじゃネィン。あとはお前が殺せ。私は飽きたよ。早く〝器″を私の物にしなきゃいけないんだし」
髪を指でキレイに分け、ネィンに適当に落ちていた、ジキムートのナイフを指して促す。
「……」
「ではお前に任せた。はぁ……私は汚れたよ。奇麗にしないとな」
「うぅ……。くっ……。ここまで差があるとは」
悔しそうにノーティスが唇をかむ。
全く持って、ゴディンの力に及ばなかった。
想定外の強さ。
だが……。
「はぁ……はぁ。待って……くれよ。まだだよ」
なんとか立ち上がるジキムート。
だが、足はもう動きそうもなかった。
(くそ……ペテンが効くってのに、なんでシトメられねえっ! こいつは……そうだ。アレをやるしかねえ。覚悟決めろ、ちくしょうめぇ。恐れるな、俺。認めなきゃいけねえ。絶対的だ、覆せない差があるタイプだ。)
なんとか立ち上がる物の、ジキムートの膝がしり込みしてしまう。
「くそっ……。何が、神だっ! すご過ぎんだろうがよっ」
叫ぶジキムートっ!
「そうだよ。神は素晴らしいんだ傭兵。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。でも間違っちゃいけないのは、私が神に認められている事こそが、すごいのさ。君たち下賤が使う、魔力なんて言葉。あれは私は好きじゃない。だってそれこそ、魔力は神の息吹を扱う技量なんだよ?」
自信たっぷりで言い放つゴディン。
(この世界の頂点が神なら、魔力が人間の全て、か。じゃあ俺や、それに、ケヴィンはどうなるってんだよ。なんでケヴィンなんてもん、作っちまったんだよ神様っ)
ジキムートが握りしめる、こぶし。
ケヴィンはゴディンとは、真逆の状況に苦しんでいた。
マナに愛されないケヴィンはずっと、魔法だけではない、神への不信人でも悩んで来ただろう。
神がマナを発行し続ける限りは、それは、神の寵愛の深さのバロメーターでもある。
この世界の人々が描く夢は、王様でも貴族でも、騎士でもそして、お金持ちですらない。
神の使徒、魔法使い。
だが――。
「下賤の捨て子はもう、分かってると思うけど、ふふっ。頑張るという言葉がそもそも、ダサいよ。ダサいダサい。神は真なる支配者、さ。偉大なるお方に選ばれるかどうか、人生を決めるのはそれだけ。私も捨て子に生まれたら、なんて、ゾッとする」
魔力はもうすでに、生まれた時から才能が決まっている。
金をどれだけ集めて金持ちになろうと。
国を盗って王様になろうと。
埋められないその、隙間風。
不信人者という、烙印。
おそらくゴディンにとってこのジキムートは、私達が想像する以上に『無駄な』生き物に見えているだろう。
「――へへ……っ」
薄ら笑うジキムート。
そのゴディンの放った切っ先が、彼の心の深部を深く深く、えぐった。
絶対的な他人の才能に隠れてしまう、自分という存在の心を。
嘘でしか武装できない、自分の弱さを。
それでもしかし――。
(ビビるな、俺っ! きっと大丈夫だ。こうなっちまったのは俺のせいだっ。だから今できる事をやるっ! 神は強い。確かにそれに愛されりゃ、強くなるっ! 弱ぇはずが……なかったんだよな。だがそれでもなんとか、生き抜くんだよっ!)
「君のような奴は何度も見た。っていうより、見飽きた内の1人だ。よくいるんだよね、君みたいなの。そこら中に」
よろよろと立っている、弱り切ったゴミを見るゴディン。
勝負をすでに、決している目だ。
「くっ……」
反論するようにジキムートが、左のガントレットを掴むっ!
だが、足元に氷を張り、そしてその上に〝見えるように″、尖った刃を見せつけるゴディンっ!
足を取られれば、終わりだ。
「才能がなくて負け犬なのを、他人のせいにしちゃう奴。才能がない事を諦められない奴。諦めないのは構わないけど、さ。それを他人に八つ当たりするのは良くない。悔しいんだろ、ん~悔しい悔しい」
そう言って、下賤に取り合う事無くゴディンは、神の息吹〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟。
それをパシャリと、自分の痛むほほにつけた。
全くその目には、何も感情がない。
ジキムートを見てさえいない。
「くっ……」
ナイフを握るジキムート。
そのすがった暴力ですら、天才が張った氷の障壁一つ、破れやしない。
「その眼、鬱陶しいな……。早く、早急に殺せネィンっ! そろそろ私は帰りたいんだ」
ふわぁ……ぁと欠伸をし、ネィンに指示したゴディン。
すると、ノーティスが震えながら言葉を放つ……。
「もう……良いんだ……うぅ。ジキムートさん。はぁ、はぁっ。もう気を使わなくて……良い」
血が凍る。
そんな極限の寒さに震え、涙を流し、ジキムートに笑ったノーティス。
「すまなかったゴディンさん。私も……私も謝ろう。ふふっ、君を罵った事を後悔……している、よ。だからこの氷を、解いてくれ」
彼女はこれからどんな仕打ちが待っているかを、知っている。
おそらくは強姦され輪姦され、子宮は見ず知らずの男に凌辱され続ける。
挙句遊びに排泄肛すら弄ばれ、最後には子供を産まさせられるだろう。
人間の尊厳を踏みにじった結果の子を、だ。
しかも、永続的に。
しかし若い間はそうでも、年をとれば捨てられるか、最悪彼女はひき肉になる可能性もある。
だがこの場の敗北は、その絶望を持っても覆せなさそうであった。
すると――。
ガスッ!
「……くっ」
更に穿たれる氷っ!
ノーティスの足にはさらにもう一度、氷が穿たれたっ!
「ゴディン様、ね」
「グァッ……。はぁ……はぁ。ゴディン、様」
「……」
ノーティスの震える声を聞くと、ゴディンが氷を解いた。
血が直に凍らされる苦しみがやっと、なくなっていく。
それでも彼女の唇は真っ青だ。
「私達の様な凡才では、勝てないんだね……ふふっ。もう少しやれると思ったのに」
うつむき、白い息を漏らすノーティスは、限界を悟っていた。
彼らでは勝てない。
その言葉にネィンが……子供までもが唇を噛む。
「ネィ~ン、早くしろっ! さもなければお前もここで、消していくぞ。老いぼれた母親も消す」
呆れたように少年に、とどめを刺す事を強要するゴディン。
ゴディンの言葉を聞くと……ゆっくりと、ナイフを拾ったネィン。
しかしその時……っ!
「くそっ! 俺は死にたくねえぜっ! まだだっ! まだ終わらせねえっ!」
叫んでジキムートは突進しようとしたっ!
だが……っ。
ドタンっ!
足を取られて盛大に、ジキムートはすっ転ぶっ!
目の前にはゴディンの氷。
わざわざこれ見よがしに、無能に見せるように、ゴディンが張った氷があったのだから。
「……?」
その姿にゴディンがまるで、ナンセンスなギャグを見せつけられたような、いたたまれない顔になり……薄ら笑う。
今までの戦いならば、そんな仕草を見せなかったジキムート。
彼がいきなり、無様に倒れたのだ。
笑いたくもなる。
だが、それでよかった。
「ゴディン様っ、お見逃しください!」
ジキムートの言葉に全員が、眉根を寄せた。
土下座だ。
土下座をしたのだ。
まるで下民が、貴族にすがるように。
全てを投げだし、命を乞うた。
「……へぇ、面白いねお前」
いきなり変質した人間を、興味深そうに見るゴディン。
ゴディンの視線を感じると、ゆっくりと鎧を外し、ジキムートは靴を脱ぐ。
「私達では勝てませんっ! 高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手っ。神にお仕え召されるあなた様に、温情をいただきたいっ!」
「ジキムートさん……」
無様な体裁だが、ノーティスは傭兵の本分を感じている。
ジキムート達にとってはこれこそ、必然的な戦いだ。
「頼みますっ、その女は俺の……相棒なんだっ! 失えば私はこれから、どうすれば良いのかわからないっ。頼みますっ頼みますっ!」
(地べたを這いずるのは、鎧を着ててもできる、か。アンタの言うとおりだぜ、サー。)
彼は何度か、こうやって慈悲を乞うた事がある。
無能な傭兵が生きるための〝使命〟だ。
そう教えてくれた、ある傭兵がいた。
「鎧はプライドも体も、全部守ってくれねぇぞ、若造。お前の心は戦場で傷つき続ける。どう頑張ったって、どう息巻いたって勝てない事はあるっつぅんだよ。生き残る事を諦めんじゃねえっ! 全てを一から、全部思い出せ。旅立つ前からだ。お前は所詮下民。雑草なんだよっ。諦めもクソもない。踏まれて生きろよ、全力で生きろっ!」
その言葉。
それはジキムートにとっては姉の、勇者の言葉よりはるかに、現実感がある言葉だった。
彼は傭兵としての生き方と、惨めさを教えてくれた。
そして最初にも最後にも、生きろと言い続けた人。
「たゆたう水……誇りの流れ。神のうるおい」
しん……と静まりかえった路地。
ゴディンの声が響く。
「へっへぇ……。えと、たゆたう水、誇りの流れ。に……その」
「神のうるおいだ、下民」
気を引くことに成功したっ!
ジキムートはゴディンににじり寄る。
「お願いです。金は、金はこんだけしかありませんっ。ほかに、他に神へと捧げれる物は何も……」
傭兵は、1枚の金貨と有象無象のコインを散らばらせる。
あのヴィエッタにもらった金貨と、余りの銀・銅貨だ。
「なんだい、ソレ? 金……か。一枚は金貨だよね? 他は、何? へぇ、まあ良いや下らない。そうだじゃあ、命を。君のその命をおくれよ」
「……それは、堪忍くださいお願いです。その代わり、私の血で。血だけで勘弁してくださいっ! 私の血で、神にお慈悲を願いますっ」
するとゴディンが歩み寄り、ジキムートの頭を踏みつけた。
「ネィン、こいつを刺せっ」
「えっ……この人を、ですか?」
「そうだ、それ以外何がある」
ゴディンに命令に、ネィンが足を引きずりながら、ジキムートに寄って行く。
「はぁはぁ……」
ジキムートを目の前にして、ネィンに汗がにじむ。
手がナイフの感覚を強く……冷たく伝えた。
ネィンの体温がナイフを焦がし、体にゆっくりと溶かす。
「やれっ! やってくれ、ネィンっ!」
「ふぅ……ふぅ……」
ジキムートの叫びに驚きながらも、目をつむるネィン。
彼はナイフを突き立てたっ!
ザスッ!
「……。もう一回。一回刺される毎に、私を賛美しろ」
ゴディンは、ジキムートを踏みつけていた足で今度は、ネィンの頭を小突く。
要は、刺せという合図なのだろう。
ザスっ!
「ゴディン様は……くぅ、神に選ばれた……」
ゴッ。
ザスっ!
「ゴディン様は……はぁはぁ、我ら人類を導くにふさわしい」
コっ!
「……」
コっコっ!
「ネィン、もう一度」
額に何度もしつこく、ゴディンの足が刺さるネィン。
「……っ」
「どうしたっネィンっ!」
血を見ているネィン。
それはまるで噴水だ。
「はぁ……はぁ」
手にしたスティレットナイフは細くて、長い。
刺せば噴き出す熱い血。
ネィンが刺すたびに噴出する、ジキムートの体の怒りの赤に……震えた。
もう、ネィンの心は激しく揺れて、脳が機能しなくなっているっ!
「もうこれ以上刺したらっ、死んでしまいますっ!」
「神の為に死ねるなら、本望だろうさ。良いからやれ」
ゴディンの眼には、哀れみや容赦の感情はない。
唇を噛むネィン。
「……っ!」
そして、膝を落とし少年は、ジキムートを刺したっ!
グズリ……。
「はぁはぁ……。うぅ……っ。サンキュウな……ネィン」
刺したネィンに感謝する、ジキムート。
「……しょうが、ないんです。僕は無能の欠陥品だから。ごめんなさい……ぐすっ。ごめんな……さい」
涙ながらにネィンが、その謝罪とも諦めとも取れる、嗚咽を吐き出す。
「それは、俺もだ、ぜ」
ジキムートが笑う。
「ほらほらっ。休むなっ!」
「ありがとう、ございます。ゴディン、さ……はぁはぁ」
ジキムートがゴディンを称賛し、笑った。
「よっし、そのまま腹を裂いて……」
「こっちか~?」
ビクンっ!
「っ!?」
声がしたその瞬間、ゴディンの顔色が変わったっ!
「こっ、この声はっ!? ヴィン・マイコン……かっ!? グウウッ、畜生がっ! もう良い。もう良いもう良いっ! 早く行くぞっ」
「そっ、その、約束はっ?」
ゴディンが掴むその、豊満な胸の女を見るネィン。
「約束? 何の事だっ!? 私は神の使徒だ。一切下民とは約束するなと父上に、言われているっ。これは水の民の規律でもあるんだぞ、欠陥品っ! それに私の〝器″は私だけの物さっ! もう二度と離さないっ!」
慌ててゴディンが逃げ去っていった。
――ノーティスを連れて。
すると、遠くで怒鳴り声と、責め立てる声。
そして、泣き叫びながら助けを乞う声が聞こえる。
「ほんとです、わしらは本当に何も知らないんですっ」
「五月蠅いっ! 店をたたんでこっちに来いっ」
「おいっ、ココの店もシラミつぶしに調べろっ! もう店は閉めちまえっ」
「私たちは攻撃とは無関係ですっ! 本当です、信じてくださいっ」
「るっせぇ。てめえらのせいで、こっちは殺されかかってんだっ! なめんなよっ、ババァッ!」
重い音が響く。
きっと彼らはこの後尋問され、殺されるだろう。
「グレトロおじさん……ごめんなさいっ」
血みどろのネィンは目をつむり、その場を離れる事しかできなかった。
置いていかれれば、口封じに殺される。
ネィンは足が折れていようと、ゴディンの目に留まってはいけない。
下等生物が生き残るため、最低限のしつけを守らなければ生きてはいけないのだから。
バシャッ!
「……ありがとうございます」
「私達はキレイにいなきゃいけないんだ、欠陥品。それも水の神のお望みだ、仕方ないな全く」
ネィンに大量の水をかけるゴディン。
恐らくは、汚いと判断したのだろう。
ネィンはずぶ濡れのまま、姿を消した。
「はぁはぁ……」
一人残ったジキムートは、目をつむった。
そして耳を澄ます。
助けの――。
自分の無能の証明となる靴音を。
「誰かの後ろに隠れてしか……生きられな……い」
……そんなに力が欲しいか?負けっぱなしの人生の更に底。一番勝ちたい人間にこれで、勝てそうか?
「無理だったぜ。あんな程度に勝てないんじゃあ……な」
傭兵は目をつむった。
ジキムートは地面に倒れ、這いずっていた。
彼の体には無数の穴ができている。
誰の血かも分からない液体で血だるまにされ、地面に転がる傭兵。
「はぁ……傷が。私の顔に傷がついたぞ。……ったく」
ゴディンは呪文……。
いや、彼の場合は神への〝口利き″だろう。
それをやめ、ほほの傷を見る水の使徒。
バスタードソードでほほに傷がついていたのだ。
「おいっ、ネィン。こちらに〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を持って来いっ!」
「はぁはぁ。はいっ」
放心状態の血まみれ。
誰かの血を滴せてネィンは、折れた足を引きずりながら必死に、ゴディンの元に急ぐっ!
「ふぅ……。それじゃネィン。あとはお前が殺せ。私は飽きたよ。早く〝器″を私の物にしなきゃいけないんだし」
髪を指でキレイに分け、ネィンに適当に落ちていた、ジキムートのナイフを指して促す。
「……」
「ではお前に任せた。はぁ……私は汚れたよ。奇麗にしないとな」
「うぅ……。くっ……。ここまで差があるとは」
悔しそうにノーティスが唇をかむ。
全く持って、ゴディンの力に及ばなかった。
想定外の強さ。
だが……。
「はぁ……はぁ。待って……くれよ。まだだよ」
なんとか立ち上がるジキムート。
だが、足はもう動きそうもなかった。
(くそ……ペテンが効くってのに、なんでシトメられねえっ! こいつは……そうだ。アレをやるしかねえ。覚悟決めろ、ちくしょうめぇ。恐れるな、俺。認めなきゃいけねえ。絶対的だ、覆せない差があるタイプだ。)
なんとか立ち上がる物の、ジキムートの膝がしり込みしてしまう。
「くそっ……。何が、神だっ! すご過ぎんだろうがよっ」
叫ぶジキムートっ!
「そうだよ。神は素晴らしいんだ傭兵。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。でも間違っちゃいけないのは、私が神に認められている事こそが、すごいのさ。君たち下賤が使う、魔力なんて言葉。あれは私は好きじゃない。だってそれこそ、魔力は神の息吹を扱う技量なんだよ?」
自信たっぷりで言い放つゴディン。
(この世界の頂点が神なら、魔力が人間の全て、か。じゃあ俺や、それに、ケヴィンはどうなるってんだよ。なんでケヴィンなんてもん、作っちまったんだよ神様っ)
ジキムートが握りしめる、こぶし。
ケヴィンはゴディンとは、真逆の状況に苦しんでいた。
マナに愛されないケヴィンはずっと、魔法だけではない、神への不信人でも悩んで来ただろう。
神がマナを発行し続ける限りは、それは、神の寵愛の深さのバロメーターでもある。
この世界の人々が描く夢は、王様でも貴族でも、騎士でもそして、お金持ちですらない。
神の使徒、魔法使い。
だが――。
「下賤の捨て子はもう、分かってると思うけど、ふふっ。頑張るという言葉がそもそも、ダサいよ。ダサいダサい。神は真なる支配者、さ。偉大なるお方に選ばれるかどうか、人生を決めるのはそれだけ。私も捨て子に生まれたら、なんて、ゾッとする」
魔力はもうすでに、生まれた時から才能が決まっている。
金をどれだけ集めて金持ちになろうと。
国を盗って王様になろうと。
埋められないその、隙間風。
不信人者という、烙印。
おそらくゴディンにとってこのジキムートは、私達が想像する以上に『無駄な』生き物に見えているだろう。
「――へへ……っ」
薄ら笑うジキムート。
そのゴディンの放った切っ先が、彼の心の深部を深く深く、えぐった。
絶対的な他人の才能に隠れてしまう、自分という存在の心を。
嘘でしか武装できない、自分の弱さを。
それでもしかし――。
(ビビるな、俺っ! きっと大丈夫だ。こうなっちまったのは俺のせいだっ。だから今できる事をやるっ! 神は強い。確かにそれに愛されりゃ、強くなるっ! 弱ぇはずが……なかったんだよな。だがそれでもなんとか、生き抜くんだよっ!)
「君のような奴は何度も見た。っていうより、見飽きた内の1人だ。よくいるんだよね、君みたいなの。そこら中に」
よろよろと立っている、弱り切ったゴミを見るゴディン。
勝負をすでに、決している目だ。
「くっ……」
反論するようにジキムートが、左のガントレットを掴むっ!
だが、足元に氷を張り、そしてその上に〝見えるように″、尖った刃を見せつけるゴディンっ!
足を取られれば、終わりだ。
「才能がなくて負け犬なのを、他人のせいにしちゃう奴。才能がない事を諦められない奴。諦めないのは構わないけど、さ。それを他人に八つ当たりするのは良くない。悔しいんだろ、ん~悔しい悔しい」
そう言って、下賤に取り合う事無くゴディンは、神の息吹〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟。
それをパシャリと、自分の痛むほほにつけた。
全くその目には、何も感情がない。
ジキムートを見てさえいない。
「くっ……」
ナイフを握るジキムート。
そのすがった暴力ですら、天才が張った氷の障壁一つ、破れやしない。
「その眼、鬱陶しいな……。早く、早急に殺せネィンっ! そろそろ私は帰りたいんだ」
ふわぁ……ぁと欠伸をし、ネィンに指示したゴディン。
すると、ノーティスが震えながら言葉を放つ……。
「もう……良いんだ……うぅ。ジキムートさん。はぁ、はぁっ。もう気を使わなくて……良い」
血が凍る。
そんな極限の寒さに震え、涙を流し、ジキムートに笑ったノーティス。
「すまなかったゴディンさん。私も……私も謝ろう。ふふっ、君を罵った事を後悔……している、よ。だからこの氷を、解いてくれ」
彼女はこれからどんな仕打ちが待っているかを、知っている。
おそらくは強姦され輪姦され、子宮は見ず知らずの男に凌辱され続ける。
挙句遊びに排泄肛すら弄ばれ、最後には子供を産まさせられるだろう。
人間の尊厳を踏みにじった結果の子を、だ。
しかも、永続的に。
しかし若い間はそうでも、年をとれば捨てられるか、最悪彼女はひき肉になる可能性もある。
だがこの場の敗北は、その絶望を持っても覆せなさそうであった。
すると――。
ガスッ!
「……くっ」
更に穿たれる氷っ!
ノーティスの足にはさらにもう一度、氷が穿たれたっ!
「ゴディン様、ね」
「グァッ……。はぁ……はぁ。ゴディン、様」
「……」
ノーティスの震える声を聞くと、ゴディンが氷を解いた。
血が直に凍らされる苦しみがやっと、なくなっていく。
それでも彼女の唇は真っ青だ。
「私達の様な凡才では、勝てないんだね……ふふっ。もう少しやれると思ったのに」
うつむき、白い息を漏らすノーティスは、限界を悟っていた。
彼らでは勝てない。
その言葉にネィンが……子供までもが唇を噛む。
「ネィ~ン、早くしろっ! さもなければお前もここで、消していくぞ。老いぼれた母親も消す」
呆れたように少年に、とどめを刺す事を強要するゴディン。
ゴディンの言葉を聞くと……ゆっくりと、ナイフを拾ったネィン。
しかしその時……っ!
「くそっ! 俺は死にたくねえぜっ! まだだっ! まだ終わらせねえっ!」
叫んでジキムートは突進しようとしたっ!
だが……っ。
ドタンっ!
足を取られて盛大に、ジキムートはすっ転ぶっ!
目の前にはゴディンの氷。
わざわざこれ見よがしに、無能に見せるように、ゴディンが張った氷があったのだから。
「……?」
その姿にゴディンがまるで、ナンセンスなギャグを見せつけられたような、いたたまれない顔になり……薄ら笑う。
今までの戦いならば、そんな仕草を見せなかったジキムート。
彼がいきなり、無様に倒れたのだ。
笑いたくもなる。
だが、それでよかった。
「ゴディン様っ、お見逃しください!」
ジキムートの言葉に全員が、眉根を寄せた。
土下座だ。
土下座をしたのだ。
まるで下民が、貴族にすがるように。
全てを投げだし、命を乞うた。
「……へぇ、面白いねお前」
いきなり変質した人間を、興味深そうに見るゴディン。
ゴディンの視線を感じると、ゆっくりと鎧を外し、ジキムートは靴を脱ぐ。
「私達では勝てませんっ! 高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手っ。神にお仕え召されるあなた様に、温情をいただきたいっ!」
「ジキムートさん……」
無様な体裁だが、ノーティスは傭兵の本分を感じている。
ジキムート達にとってはこれこそ、必然的な戦いだ。
「頼みますっ、その女は俺の……相棒なんだっ! 失えば私はこれから、どうすれば良いのかわからないっ。頼みますっ頼みますっ!」
(地べたを這いずるのは、鎧を着ててもできる、か。アンタの言うとおりだぜ、サー。)
彼は何度か、こうやって慈悲を乞うた事がある。
無能な傭兵が生きるための〝使命〟だ。
そう教えてくれた、ある傭兵がいた。
「鎧はプライドも体も、全部守ってくれねぇぞ、若造。お前の心は戦場で傷つき続ける。どう頑張ったって、どう息巻いたって勝てない事はあるっつぅんだよ。生き残る事を諦めんじゃねえっ! 全てを一から、全部思い出せ。旅立つ前からだ。お前は所詮下民。雑草なんだよっ。諦めもクソもない。踏まれて生きろよ、全力で生きろっ!」
その言葉。
それはジキムートにとっては姉の、勇者の言葉よりはるかに、現実感がある言葉だった。
彼は傭兵としての生き方と、惨めさを教えてくれた。
そして最初にも最後にも、生きろと言い続けた人。
「たゆたう水……誇りの流れ。神のうるおい」
しん……と静まりかえった路地。
ゴディンの声が響く。
「へっへぇ……。えと、たゆたう水、誇りの流れ。に……その」
「神のうるおいだ、下民」
気を引くことに成功したっ!
ジキムートはゴディンににじり寄る。
「お願いです。金は、金はこんだけしかありませんっ。ほかに、他に神へと捧げれる物は何も……」
傭兵は、1枚の金貨と有象無象のコインを散らばらせる。
あのヴィエッタにもらった金貨と、余りの銀・銅貨だ。
「なんだい、ソレ? 金……か。一枚は金貨だよね? 他は、何? へぇ、まあ良いや下らない。そうだじゃあ、命を。君のその命をおくれよ」
「……それは、堪忍くださいお願いです。その代わり、私の血で。血だけで勘弁してくださいっ! 私の血で、神にお慈悲を願いますっ」
するとゴディンが歩み寄り、ジキムートの頭を踏みつけた。
「ネィン、こいつを刺せっ」
「えっ……この人を、ですか?」
「そうだ、それ以外何がある」
ゴディンに命令に、ネィンが足を引きずりながら、ジキムートに寄って行く。
「はぁはぁ……」
ジキムートを目の前にして、ネィンに汗がにじむ。
手がナイフの感覚を強く……冷たく伝えた。
ネィンの体温がナイフを焦がし、体にゆっくりと溶かす。
「やれっ! やってくれ、ネィンっ!」
「ふぅ……ふぅ……」
ジキムートの叫びに驚きながらも、目をつむるネィン。
彼はナイフを突き立てたっ!
ザスッ!
「……。もう一回。一回刺される毎に、私を賛美しろ」
ゴディンは、ジキムートを踏みつけていた足で今度は、ネィンの頭を小突く。
要は、刺せという合図なのだろう。
ザスっ!
「ゴディン様は……くぅ、神に選ばれた……」
ゴッ。
ザスっ!
「ゴディン様は……はぁはぁ、我ら人類を導くにふさわしい」
コっ!
「……」
コっコっ!
「ネィン、もう一度」
額に何度もしつこく、ゴディンの足が刺さるネィン。
「……っ」
「どうしたっネィンっ!」
血を見ているネィン。
それはまるで噴水だ。
「はぁ……はぁ」
手にしたスティレットナイフは細くて、長い。
刺せば噴き出す熱い血。
ネィンが刺すたびに噴出する、ジキムートの体の怒りの赤に……震えた。
もう、ネィンの心は激しく揺れて、脳が機能しなくなっているっ!
「もうこれ以上刺したらっ、死んでしまいますっ!」
「神の為に死ねるなら、本望だろうさ。良いからやれ」
ゴディンの眼には、哀れみや容赦の感情はない。
唇を噛むネィン。
「……っ!」
そして、膝を落とし少年は、ジキムートを刺したっ!
グズリ……。
「はぁはぁ……。うぅ……っ。サンキュウな……ネィン」
刺したネィンに感謝する、ジキムート。
「……しょうが、ないんです。僕は無能の欠陥品だから。ごめんなさい……ぐすっ。ごめんな……さい」
涙ながらにネィンが、その謝罪とも諦めとも取れる、嗚咽を吐き出す。
「それは、俺もだ、ぜ」
ジキムートが笑う。
「ほらほらっ。休むなっ!」
「ありがとう、ございます。ゴディン、さ……はぁはぁ」
ジキムートがゴディンを称賛し、笑った。
「よっし、そのまま腹を裂いて……」
「こっちか~?」
ビクンっ!
「っ!?」
声がしたその瞬間、ゴディンの顔色が変わったっ!
「こっ、この声はっ!? ヴィン・マイコン……かっ!? グウウッ、畜生がっ! もう良い。もう良いもう良いっ! 早く行くぞっ」
「そっ、その、約束はっ?」
ゴディンが掴むその、豊満な胸の女を見るネィン。
「約束? 何の事だっ!? 私は神の使徒だ。一切下民とは約束するなと父上に、言われているっ。これは水の民の規律でもあるんだぞ、欠陥品っ! それに私の〝器″は私だけの物さっ! もう二度と離さないっ!」
慌ててゴディンが逃げ去っていった。
――ノーティスを連れて。
すると、遠くで怒鳴り声と、責め立てる声。
そして、泣き叫びながら助けを乞う声が聞こえる。
「ほんとです、わしらは本当に何も知らないんですっ」
「五月蠅いっ! 店をたたんでこっちに来いっ」
「おいっ、ココの店もシラミつぶしに調べろっ! もう店は閉めちまえっ」
「私たちは攻撃とは無関係ですっ! 本当です、信じてくださいっ」
「るっせぇ。てめえらのせいで、こっちは殺されかかってんだっ! なめんなよっ、ババァッ!」
重い音が響く。
きっと彼らはこの後尋問され、殺されるだろう。
「グレトロおじさん……ごめんなさいっ」
血みどろのネィンは目をつむり、その場を離れる事しかできなかった。
置いていかれれば、口封じに殺される。
ネィンは足が折れていようと、ゴディンの目に留まってはいけない。
下等生物が生き残るため、最低限のしつけを守らなければ生きてはいけないのだから。
バシャッ!
「……ありがとうございます」
「私達はキレイにいなきゃいけないんだ、欠陥品。それも水の神のお望みだ、仕方ないな全く」
ネィンに大量の水をかけるゴディン。
恐らくは、汚いと判断したのだろう。
ネィンはずぶ濡れのまま、姿を消した。
「はぁはぁ……」
一人残ったジキムートは、目をつむった。
そして耳を澄ます。
助けの――。
自分の無能の証明となる靴音を。
「誰かの後ろに隠れてしか……生きられな……い」
……そんなに力が欲しいか?負けっぱなしの人生の更に底。一番勝ちたい人間にこれで、勝てそうか?
「無理だったぜ。あんな程度に勝てないんじゃあ……な」
傭兵は目をつむった。
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