異世界冒険譚 神無き世界の傭兵から 親愛なる人を愛する神へ~傭兵が死すべき場所は 神の慈愛の手のひらか それとも神に見放されし己が郷土か~

猫板家工房

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2章 聖地の守護者

傭兵。

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「うぅ。くそっ!」

ジキムートは地面に倒れ、這いずっていた。

彼の体には無数の穴ができている。

誰の血かも分からない液体で血だるまにされ、地面に転がる傭兵。


「はぁ……傷が。私の顔に傷がついたぞ。……ったく」

ゴディンは呪文……。

いや、彼の場合は神への〝口利き″だろう。

それをやめ、ほほの傷を見る水の使徒。

バスタードソードでほほに傷がついていたのだ。

「おいっ、ネィン。こちらに〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を持って来いっ!」

「はぁはぁ。はいっ」

放心状態の血まみれ。

誰かの血を滴せてネィンは、折れた足を引きずりながら必死に、ゴディンの元に急ぐっ!

「ふぅ……。それじゃネィン。あとはお前が殺せ。私は飽きたよ。早く〝器″を私の物にしなきゃいけないんだし」

髪を指でキレイに分け、ネィンに適当に落ちていた、ジキムートのナイフを指して促す。

「……」

「ではお前に任せた。はぁ……私は汚れたよ。奇麗にしないとな」


「うぅ……。くっ……。ここまで差があるとは」

悔しそうにノーティスが唇をかむ。

全く持って、ゴディンの力に及ばなかった。

想定外の強さ。

だが……。

「はぁ……はぁ。待って……くれよ。まだだよ」

なんとか立ち上がるジキムート。

だが、足はもう動きそうもなかった。

(くそ……ペテンが効くってのに、なんでシトメられねえっ! こいつは……そうだ。アレをやるしかねえ。覚悟決めろ、ちくしょうめぇ。恐れるな、俺。認めなきゃいけねえ。絶対的だ、覆せない差があるタイプだ。)

なんとか立ち上がる物の、ジキムートの膝がしり込みしてしまう。

「くそっ……。何が、神だっ! すご過ぎんだろうがよっ」

叫ぶジキムートっ!

「そうだよ。神は素晴らしいんだ傭兵。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。でも間違っちゃいけないのは、私が神に認められている事こそが、すごいのさ。君たち下賤が使う、魔力なんて言葉。あれは私は好きじゃない。だってそれこそ、魔力は神の息吹を扱う技量なんだよ?」

自信たっぷりで言い放つゴディン。

(この世界の頂点が神なら、魔力が人間の全て、か。じゃあ俺や、それに、ケヴィンはどうなるってんだよ。なんでケヴィンなんてもん、作っちまったんだよ神様っ)

ジキムートが握りしめる、こぶし。

ケヴィンはゴディンとは、真逆の状況に苦しんでいた。

マナに愛されないケヴィンはずっと、魔法だけではない、神への不信人でも悩んで来ただろう。

神がマナを発行し続ける限りは、それは、神の寵愛の深さのバロメーターでもある。

この世界の人々が描く夢は、王様でも貴族でも、騎士でもそして、お金持ちですらない。

神の使徒、魔法使い。

だが――。


「下賤の捨て子はもう、分かってると思うけど、ふふっ。頑張るという言葉がそもそも、ダサいよ。ダサいダサい。神は真なる支配者、さ。偉大なるお方に選ばれるかどうか、人生を決めるのはそれだけ。私も捨て子に生まれたら、なんて、ゾッとする」

魔力はもうすでに、生まれた時から才能が決まっている。

金をどれだけ集めて金持ちになろうと。

国を盗って王様になろうと。

埋められないその、隙間風。

不信人者という、烙印。

おそらくゴディンにとってこのジキムートは、私達が想像する以上に『無駄な』生き物に見えているだろう。

「――へへ……っ」

薄ら笑うジキムート。

そのゴディンの放った切っ先が、彼の心の深部を深く深く、えぐった。

絶対的な他人の才能に隠れてしまう、自分という存在の心を。

嘘でしか武装できない、自分の弱さを。

それでもしかし――。


(ビビるな、俺っ! きっと大丈夫だ。こうなっちまったのは俺のせいだっ。だから今できる事をやるっ! 神は強い。確かにそれに愛されりゃ、強くなるっ! 弱ぇはずが……なかったんだよな。だがそれでもなんとか、生き抜くんだよっ!)

「君のような奴は何度も見た。っていうより、見飽きた内の1人だ。よくいるんだよね、君みたいなの。そこら中に」

よろよろと立っている、弱り切ったゴミを見るゴディン。

勝負をすでに、決している目だ。

「くっ……」

反論するようにジキムートが、左のガントレットを掴むっ!

だが、足元に氷を張り、そしてその上に〝見えるように″、尖った刃を見せつけるゴディンっ!

足を取られれば、終わりだ。


「才能がなくて負け犬なのを、他人のせいにしちゃう奴。才能がない事を諦められない奴。諦めないのは構わないけど、さ。それを他人に八つ当たりするのは良くない。悔しいんだろ、ん~悔しい悔しい」

そう言って、下賤に取り合う事無くゴディンは、神の息吹〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟。

それをパシャリと、自分の痛むほほにつけた。

全くその目には、何も感情がない。

ジキムートを見てさえいない。


「くっ……」

ナイフを握るジキムート。

そのすがった暴力ですら、天才が張った氷の障壁一つ、破れやしない。

「その眼、鬱陶しいな……。早く、早急に殺せネィンっ! そろそろ私は帰りたいんだ」

ふわぁ……ぁと欠伸をし、ネィンに指示したゴディン。

すると、ノーティスが震えながら言葉を放つ……。

「もう……良いんだ……うぅ。ジキムートさん。はぁ、はぁっ。もう気を使わなくて……良い」

血が凍る。

そんな極限の寒さに震え、涙を流し、ジキムートに笑ったノーティス。


「すまなかったゴディンさん。私も……私も謝ろう。ふふっ、君を罵った事を後悔……している、よ。だからこの氷を、解いてくれ」

彼女はこれからどんな仕打ちが待っているかを、知っている。

おそらくは強姦され輪姦され、子宮は見ず知らずの男に凌辱され続ける。

挙句遊びに排泄肛すら弄ばれ、最後には子供を産まさせられるだろう。

人間の尊厳を踏みにじった結果の子を、だ。

しかも、永続的に。

しかし若い間はそうでも、年をとれば捨てられるか、最悪彼女はひき肉になる可能性もある。

だがこの場の敗北は、その絶望を持っても覆せなさそうであった。


すると――。

ガスッ!

「……くっ」

更に穿たれる氷っ!

ノーティスの足にはさらにもう一度、氷が穿たれたっ!

「ゴディン様、ね」

「グァッ……。はぁ……はぁ。ゴディン、様」

「……」

ノーティスの震える声を聞くと、ゴディンが氷を解いた。

血が直に凍らされる苦しみがやっと、なくなっていく。

それでも彼女の唇は真っ青だ。


「私達の様な凡才では、勝てないんだね……ふふっ。もう少しやれると思ったのに」

うつむき、白い息を漏らすノーティスは、限界を悟っていた。

彼らでは勝てない。

その言葉にネィンが……子供までもが唇を噛む。

「ネィ~ン、早くしろっ! さもなければお前もここで、消していくぞ。老いぼれた母親も消す」

呆れたように少年に、とどめを刺す事を強要するゴディン。

ゴディンの言葉を聞くと……ゆっくりと、ナイフを拾ったネィン。

しかしその時……っ!


「くそっ! 俺は死にたくねえぜっ! まだだっ! まだ終わらせねえっ!」

叫んでジキムートは突進しようとしたっ!

だが……っ。


ドタンっ!


足を取られて盛大に、ジキムートはすっ転ぶっ!

目の前にはゴディンの氷。

わざわざこれ見よがしに、無能に見せるように、ゴディンが張った氷があったのだから。

「……?」

その姿にゴディンがまるで、ナンセンスなギャグを見せつけられたような、いたたまれない顔になり……薄ら笑う。

今までの戦いならば、そんな仕草を見せなかったジキムート。

彼がいきなり、無様に倒れたのだ。

笑いたくもなる。

だが、それでよかった。


「ゴディン様っ、お見逃しください!」

ジキムートの言葉に全員が、眉根を寄せた。

土下座だ。

土下座をしたのだ。

まるで下民が、貴族にすがるように。

全てを投げだし、命を乞うた。

「……へぇ、面白いねお前」

いきなり変質した人間を、興味深そうに見るゴディン。

ゴディンの視線を感じると、ゆっくりと鎧を外し、ジキムートは靴を脱ぐ。

「私達では勝てませんっ! 高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手っ。神にお仕え召されるあなた様に、温情をいただきたいっ!」

「ジキムートさん……」

無様な体裁だが、ノーティスは傭兵の本分を感じている。

ジキムート達にとってはこれこそ、必然的な戦いだ。


「頼みますっ、その女は俺の……相棒なんだっ! 失えば私はこれから、どうすれば良いのかわからないっ。頼みますっ頼みますっ!」

(地べたを這いずるのは、鎧を着ててもできる、か。アンタの言うとおりだぜ、サー。)

彼は何度か、こうやって慈悲を乞うた事がある。

無能な傭兵が生きるための〝使命〟だ。

そう教えてくれた、ある傭兵がいた。


「鎧はプライドも体も、全部守ってくれねぇぞ、若造。お前の心は戦場で傷つき続ける。どう頑張ったって、どう息巻いたって勝てない事はあるっつぅんだよ。生き残る事を諦めんじゃねえっ! 全てを一から、全部思い出せ。旅立つ前からだ。お前は所詮下民。雑草なんだよっ。諦めもクソもない。踏まれて生きろよ、全力で生きろっ!」


その言葉。

それはジキムートにとっては姉の、勇者の言葉よりはるかに、現実感がある言葉だった。

彼は傭兵としての生き方と、惨めさを教えてくれた。

そして最初にも最後にも、生きろと言い続けた人。

「たゆたう水……誇りの流れ。神のうるおい」

しん……と静まりかえった路地。

ゴディンの声が響く。

「へっへぇ……。えと、たゆたう水、誇りの流れ。に……その」

「神のうるおいだ、下民」

気を引くことに成功したっ!

ジキムートはゴディンににじり寄る。


「お願いです。金は、金はこんだけしかありませんっ。ほかに、他に神へと捧げれる物は何も……」

傭兵は、1枚の金貨と有象無象のコインを散らばらせる。

あのヴィエッタにもらった金貨と、余りの銀・銅貨だ。

「なんだい、ソレ? 金……か。一枚は金貨だよね? 他は、何? へぇ、まあ良いや下らない。そうだじゃあ、命を。君のその命をおくれよ」

「……それは、堪忍くださいお願いです。その代わり、私の血で。血だけで勘弁してくださいっ! 私の血で、神にお慈悲を願いますっ」

するとゴディンが歩み寄り、ジキムートの頭を踏みつけた。


「ネィン、こいつを刺せっ」

「えっ……この人を、ですか?」

「そうだ、それ以外何がある」

ゴディンに命令に、ネィンが足を引きずりながら、ジキムートに寄って行く。

「はぁはぁ……」

ジキムートを目の前にして、ネィンに汗がにじむ。

手がナイフの感覚を強く……冷たく伝えた。

ネィンの体温がナイフを焦がし、体にゆっくりと溶かす。

「やれっ! やってくれ、ネィンっ!」

「ふぅ……ふぅ……」

ジキムートの叫びに驚きながらも、目をつむるネィン。

彼はナイフを突き立てたっ!

ザスッ!

「……。もう一回。一回刺される毎に、私を賛美しろ」

ゴディンは、ジキムートを踏みつけていた足で今度は、ネィンの頭を小突く。

要は、刺せという合図なのだろう。


ザスっ!


「ゴディン様は……くぅ、神に選ばれた……」

ゴッ。


ザスっ!


「ゴディン様は……はぁはぁ、我ら人類を導くにふさわしい」

コっ!

「……」

コっコっ!


「ネィン、もう一度」

額に何度もしつこく、ゴディンの足が刺さるネィン。

「……っ」

「どうしたっネィンっ!」

血を見ているネィン。

それはまるで噴水だ。

「はぁ……はぁ」

手にしたスティレットナイフは細くて、長い。

刺せば噴き出す熱い血。

ネィンが刺すたびに噴出する、ジキムートの体の怒りの赤に……震えた。

もう、ネィンの心は激しく揺れて、脳が機能しなくなっているっ!


「もうこれ以上刺したらっ、死んでしまいますっ!」

「神の為に死ねるなら、本望だろうさ。良いからやれ」

ゴディンの眼には、哀れみや容赦の感情はない。

唇を噛むネィン。

「……っ!」

そして、膝を落とし少年は、ジキムートを刺したっ!

グズリ……。

「はぁはぁ……。うぅ……っ。サンキュウな……ネィン」

刺したネィンに感謝する、ジキムート。

「……しょうが、ないんです。僕は無能の欠陥品だから。ごめんなさい……ぐすっ。ごめんな……さい」

涙ながらにネィンが、その謝罪とも諦めとも取れる、嗚咽を吐き出す。

「それは、俺もだ、ぜ」

ジキムートが笑う。


「ほらほらっ。休むなっ!」

「ありがとう、ございます。ゴディン、さ……はぁはぁ」

ジキムートがゴディンを称賛し、笑った。

「よっし、そのまま腹を裂いて……」

「こっちか~?」

ビクンっ!

「っ!?」

声がしたその瞬間、ゴディンの顔色が変わったっ!

「こっ、この声はっ!? ヴィン・マイコン……かっ!? グウウッ、畜生がっ! もう良い。もう良いもう良いっ! 早く行くぞっ」

「そっ、その、約束はっ?」

ゴディンが掴むその、豊満な胸の女を見るネィン。


「約束? 何の事だっ!? 私は神の使徒だ。一切下民とは約束するなと父上に、言われているっ。これは水の民の規律でもあるんだぞ、欠陥品っ! それに私の〝器″は私だけの物さっ! もう二度と離さないっ!」

慌ててゴディンが逃げ去っていった。

――ノーティスを連れて。

すると、遠くで怒鳴り声と、責め立てる声。

そして、泣き叫びながら助けを乞う声が聞こえる。

「ほんとです、わしらは本当に何も知らないんですっ」

「五月蠅いっ! 店をたたんでこっちに来いっ」

「おいっ、ココの店もシラミつぶしに調べろっ! もう店は閉めちまえっ」

「私たちは攻撃とは無関係ですっ! 本当です、信じてくださいっ」

「るっせぇ。てめえらのせいで、こっちは殺されかかってんだっ! なめんなよっ、ババァッ!」

重い音が響く。

きっと彼らはこの後尋問され、殺されるだろう。

「グレトロおじさん……ごめんなさいっ」

血みどろのネィンは目をつむり、その場を離れる事しかできなかった。


置いていかれれば、口封じに殺される。

ネィンは足が折れていようと、ゴディンの目に留まってはいけない。

下等生物が生き残るため、最低限のしつけを守らなければ生きてはいけないのだから。

バシャッ!

「……ありがとうございます」

「私達はキレイにいなきゃいけないんだ、欠陥品。それも水の神のお望みだ、仕方ないな全く」

ネィンに大量の水をかけるゴディン。

恐らくは、汚いと判断したのだろう。

ネィンはずぶ濡れのまま、姿を消した。

「はぁはぁ……」

一人残ったジキムートは、目をつむった。

そして耳を澄ます。

助けの――。

自分の無能の証明となる靴音を。


「誰かの後ろに隠れてしか……生きられな……い」


……そんなに力が欲しいか?負けっぱなしの人生の更に底。一番勝ちたい人間にこれで、勝てそうか?


「無理だったぜ。あんな程度に勝てないんじゃあ……な」

傭兵は目をつむった。
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