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2章 神を祀る神殿。
夜の男女の語らい。
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「あークソっ!」
月に吠えるジキムート。
木の棒に捕まりながら必死に、前に進む。
夜の今も、他の傭兵達は見回りを続けていたりする。
だが、馬鹿にされることはあっても、手を差し伸べてくる事は決して、ない。
「〝夜の乱痴気パーティー″始まる前に帰らなきゃ、死んじまうっ!」
必死に急ぐ傭兵。
「ヤレヤレ、何をしているのやら」
声に振り向くと、ノーティスがいた。
「おー無事だったか。……可哀そうに」
ノーティスの体を舐めるように見て、ジキムートがため息をつく。
「何考えているっ!?」
「そりゃあお前――。、騎士団に色々、アレな事をされまくったんだろ?」
「私はすぐ出られたっ! ヴィエッタ直属だからな。えっ……エッチな事はされてないっ」
顔を赤らめ、自分の髪留めをイジるノーティス。
すらりと綺麗な目鼻立ちが、くだけた線を描いた。
思った以上に幼い、可愛さを醸し出す。
「……あぁんっ!? ふっざけんなよ、てめえっ! こちとら牢屋で大変だったんだぞっ! ちょっとはお前もなんかされろっ!」
必死に、檻の中の猫が放つ、猫パンチのような仕草で、ノーティスを捕まえようとするジキムート。
「ほれほれ」
「くっ。そのデカチチをっ、少しでもぉっ!」
「うらっ!」
ガタンっと音がした。
木の棒をノーティスに蹴られ、ジキムートが転んだのだ。
「あ~くそっ」
「ふふっ」
ノーティスが笑うと……。
バシャッ!
「かっ、冷てっ!?」
上から水がかけられたっ!
「ぷふっ……。はぁはぁ。これ、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″か」
「全く、手間のかかる」
呆れるような顔で、手を伸ばすノーティス。
ノーティスの白い肌を、月の淡い黄色の光が美しく染めた。
それにつかまり、ジキムートが立ちあがる。
「言ったでしょう、私はヴィエッタの直属だと」
「まぁ、モンスターを倒した時の負債は、俺のほうが多いからな。当然だ当然」
全く感謝もせず、何がかけられたか分かった瞬間、大急ぎで作業を始めたジキムート。
「きーっ、このゴリラっ。少しは感謝なさいよっ!」
体についた水をせっせと、動物の内臓で作った袋に集めている男に、ノーティスの蹴りがゲシゲシっと刺さるっ!
すると――。
「……。サンキュウな」
蹴ってくるノーティスに笑うと、彼女の頭をぐしゃっと撫でる傭兵。
「……全く、良いでしょう」
「へへっ」
夜道を2人、歩く。
月が照らす道すがら、ノーティスがやおら、聞いてくる。
「お互い傭兵です。あまり他人の事には、かかわりは持つ気はありません。だが、聞きたいのです。ジキムートさん、あなたは神を。4柱全てのマナの支配者を、どう思いますか?」
ノーティスの言葉に一瞬、ジキムートが止まる。
この世界では、この話は禁句。謹言、御法度に近い。
「……」
「ハメようというのではない。私は決して、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″や、ヴェサリオの使徒ではなく、ただ……。そう、単純にあなたには何か、この世界にはない空気を感じる。それは神からの孤独さにも似た様な物を、ね」
どこかこの世界の者達は、良くも悪くも、神の影をぬぐいされない。
だがジキムートからは、神に絡まってしまった感情の糸が見えなかった。
それをノーティスが、感じ取ったのだろう。
「神……。絶対的な支配者ねぇ。良いんじゃねえか? 支配者が民衆を愛するなんて、幻想に近いんだ。それなのに神は人を愛してくれて、しかもマナは大盤振る舞いっ! ありがてえじゃねえかよ。他人だと思ってやり過ごしてりゃ、痛い目もみねえしな。特に俺の生きる道を邪魔はしねえみたいだし、問題はない」
ジキムートがこの世界に来て、そして今に至るまでに思った事は、それであった。
神と人間、双方の思いを集めて形作られた、世界の精神的な輪郭。
神が愛したこの世界と、愛された人々との対話の形。
その姿への、異世界人からの感想。
「ふふっ。神を他人……ですか? くくっ、アハハっ。やはりあなたは面白い」
ジキムートの応えに、ノーティスが楽しそうに笑う。
神を他人だと認識している人間など、この世界にはほぼいないはずだ。
ノーティスには斬新で、新感覚の言葉だったろう。
(まぁ、身近過ぎるわな、この世界の神は。なんのリスクも無く、魔法を使わせてくれる存在。色んなモンを生まれた時から、無償で与え続けてくれる。マナが溢れる世界ってのは間違いなく、良い事だよ。)
この異世界は未だ、人類が始まって1000年ほどである。
だが、文明レベルは恐らくは、すでに我らの知る西暦1500年頃に匹敵していた。
当然、西暦はあくまで宗教的な物で、紀元前も存在するわけで――。
何千年、うがった見方をして何万年かをすっ飛ばして、驀進しているこの異世界。
全てが魔法のおかげとは言い難いが、何割かは魔法のおかげだろう。
それに――。
(うちらの世界みたいに、作物に水をやるのも手作業で。何日もかけて水路作って。そんでいざ引いても……。相手のほうが多いだの、村では自分のほうが偉いだの。難癖付けて争いを起こす。そんな貧相な争いなんてしなくても、良いみたいだしよ。)
我田引水、という言葉を知っているだろうか?
自分の利益を増やすため、横暴する様や相手を出し抜く事である。
あまり良い意味で使われない言葉だが、漢字を見れば分かるハズ。
自分の田畑に水を引いてくる=我欲に走る、である。
そういう言葉が残るほど、昔は田んぼに水を引くのは非常に、難しかったという事だ。
それを魔法でちょちょいっとやれるなら、一つ、争いの火種が消えたことになるだろう。
「生活を豊かにしてくれますね、神は。確かに。だがそのせいで……」
「人々は争っている。知ってる」
神の英知を無限に使える、この異世界の住民達。
彼らは次に、他人より多く、田んぼに水を引く事。
そう言った事で争うのをやめ、〝水を引かない、引かせない事〟で争いを始めた。
自分が多く引かない事を示し、相手にもそれを強要する。
ジキムートの世界では人は、限られた財を奪いあって、無限に利益を求める『足し算』で争っていた。
しかし、マナを大盤振る舞いするこの世界は、他人が利益を得れないようにする『引き算』。
一歩でも、〝自分より″神に近づこうとする者を排斥する。
そんな争いをしていた。
「世界は神の慈愛とマナで溢れています。ですが、争いはなくならない。偉い宗教学者がなんと言うかは知りません。ですが、私は考えた。そもそも……。間違っているのは人間ではないのかもしれない、と。それを作った神が、間違っている」
「――なるほど」
ノーティスの言葉には、予想できる話の結末がある。
〝神の排斥″だ。
人間の悪意から目を背け、物を与えた神へと悪意を向ける事。
(きっと後悔するぞ、ノーティス。俺らの世界も全然、余裕で争いばかりだ。)
親から物を潤沢に与えられようが、与えられなかろうが……。
子供は、人類は、争う物なのだ。
考えを巡らせるジキムート。
「私は思う。神は人を作った。自分に、孤独から持ち込んだ、唯一の己が姿に似せて。それならばつまりは、人が争うのは神に似ているからでは? 神はそもそもとして、善良な存在ではないのではないか? 私達と似て、不正等を好む存在だったのではないか、と」
「……」
眉根を寄せるジキムート。
思った結論にたどりつかない。
だが、ノーティスがそう考えるのは確かに、道理かもしれない。
神はどこまで、人類を自分に似せたかは知らないが、ただ一つ確かな事。
その〝芽″。
『悪の芽』を神が、初めから持っていたはず。
人が悪の芽を持ち続けるのは、父親や母親が善人ではないからだ、と。
「そんな、悪を愛する者達が勧めてくる正義などに従っていて、良いのかと。正しき道は本当に、成就される物でしょうか? 親と同じ道を進むだけでは意味がない。私達がすがるべきは、4つに分かたれた神ではなく、自分達人間自らが選択するべき『概念』なのでは?」
ノーティスの眼が険しい。
その言葉には確かに、合理性があった。だが……。
「人間自ら、か。デカい話だな。そう言うのを理想って言うんだろうが。悪くねえよ」
「……」
「だがノーティス、覚えとくと良い。悪い言葉ほど正しくそして、心を打つんだって事を、さ。俺が傭兵として生きて来て理解した、全ての正義への返答、だぜ。誰も正義になんてなれねえんだよ。例え神でもな」
「……」
悪の芽とは、人間性である。
人間らしくあり続ける限り、人間の正義は所詮、悪の芽に引き寄せられた言葉なのだとジキムートは、知っていた。
どんな賢明な王様も。
どんな慈悲深き聖職者も。
そしてどれ程強く美しく、何より自分と血を分けた勇者でさえも、悪の道を歩いているのだ。
正義を語れ。
人間性を叫べっ!
語られた正義こそが、悪の道だ。
「……。ふふっ。ハハハっ! あなたは楽しい人だ。ヒヒヒっ」
大笑いするノーティス。
笑い声が、夜風になびいている。
涙を流し笑うノーティスはフッと――。
真顔になった。
彼女は月に照らされて光る、耳元の銀色を払う。
「ところでジキムートさん?」
「あん?」
「さっき、獣との戦いの負債が、自分のほうが多いと言いましたよね?」
「……」
サッ!
「あなたしかし、私の見てはいけない物を……。見ましたね?」
おっぱいおっぱいっ!
「んっ、あぁいやっ……」
「待ちなさい……。どこに行くんです? 部屋でゆ~っくり。お皿の割り方について、語ろうではないですか」
すさまじいダッシュ力を見せるジキムートに、ゆらり……とノーティスが歩いていくっ!
『殺人鬼の歩き(マーダーウォーク)』。
ゲームでよくある、歩いているだけだが決して攻撃が入らないボス。
その風格が漂い始めるノーティスっ!
「ははっ……。私は今、どんな反撃すらも絶対に、かわせる自信がありますよ」
カラカラカラ……
ノーティスが引きずるショートソードが地面に当たって、ハガネが鳴き叫ぶ。
「ひいいっ!?」
それを後ろに聞きながら、ジキムートが逃げていったっ!
月がもうすぐ――。
満月だ。
「ふぅ、帰ったか」
安堵する幼子。
「面倒な事になったもんよ。まさかこのタイミングで、あのような2人に訪問されるとはな。あの2人はわしの命運さえ、変えてしまいかねんからのう。それでは計画に狂いが出てしまう恐れもある。どうしたもんか」
彼女はぶらりと、水の上を歩いていく。
その足元には蛇の頭が……。
一歩歩くごとに蛇の頭を踏みつけて、まるで地面の様にしながら、夢幻の湖の上を歩いているのだ。
「じゃが今は、下手に動けない。ハラカラが見ている限りはな。困ったもんじゃのぉ。ここまで難儀な事になるとはさすがに、〝奴″すらも考えてはおるまいて。ココが歴史の変革ポイントになるかも、な」
薄ら笑う少女。
白い蛇が多量に巻き付いていく。
「わしらの計画すらも踏みにじる、その変革。良いぞ。踊って見せようか……」
彼女は蛇に覆われ、消えていった。
月に吠えるジキムート。
木の棒に捕まりながら必死に、前に進む。
夜の今も、他の傭兵達は見回りを続けていたりする。
だが、馬鹿にされることはあっても、手を差し伸べてくる事は決して、ない。
「〝夜の乱痴気パーティー″始まる前に帰らなきゃ、死んじまうっ!」
必死に急ぐ傭兵。
「ヤレヤレ、何をしているのやら」
声に振り向くと、ノーティスがいた。
「おー無事だったか。……可哀そうに」
ノーティスの体を舐めるように見て、ジキムートがため息をつく。
「何考えているっ!?」
「そりゃあお前――。、騎士団に色々、アレな事をされまくったんだろ?」
「私はすぐ出られたっ! ヴィエッタ直属だからな。えっ……エッチな事はされてないっ」
顔を赤らめ、自分の髪留めをイジるノーティス。
すらりと綺麗な目鼻立ちが、くだけた線を描いた。
思った以上に幼い、可愛さを醸し出す。
「……あぁんっ!? ふっざけんなよ、てめえっ! こちとら牢屋で大変だったんだぞっ! ちょっとはお前もなんかされろっ!」
必死に、檻の中の猫が放つ、猫パンチのような仕草で、ノーティスを捕まえようとするジキムート。
「ほれほれ」
「くっ。そのデカチチをっ、少しでもぉっ!」
「うらっ!」
ガタンっと音がした。
木の棒をノーティスに蹴られ、ジキムートが転んだのだ。
「あ~くそっ」
「ふふっ」
ノーティスが笑うと……。
バシャッ!
「かっ、冷てっ!?」
上から水がかけられたっ!
「ぷふっ……。はぁはぁ。これ、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″か」
「全く、手間のかかる」
呆れるような顔で、手を伸ばすノーティス。
ノーティスの白い肌を、月の淡い黄色の光が美しく染めた。
それにつかまり、ジキムートが立ちあがる。
「言ったでしょう、私はヴィエッタの直属だと」
「まぁ、モンスターを倒した時の負債は、俺のほうが多いからな。当然だ当然」
全く感謝もせず、何がかけられたか分かった瞬間、大急ぎで作業を始めたジキムート。
「きーっ、このゴリラっ。少しは感謝なさいよっ!」
体についた水をせっせと、動物の内臓で作った袋に集めている男に、ノーティスの蹴りがゲシゲシっと刺さるっ!
すると――。
「……。サンキュウな」
蹴ってくるノーティスに笑うと、彼女の頭をぐしゃっと撫でる傭兵。
「……全く、良いでしょう」
「へへっ」
夜道を2人、歩く。
月が照らす道すがら、ノーティスがやおら、聞いてくる。
「お互い傭兵です。あまり他人の事には、かかわりは持つ気はありません。だが、聞きたいのです。ジキムートさん、あなたは神を。4柱全てのマナの支配者を、どう思いますか?」
ノーティスの言葉に一瞬、ジキムートが止まる。
この世界では、この話は禁句。謹言、御法度に近い。
「……」
「ハメようというのではない。私は決して、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″や、ヴェサリオの使徒ではなく、ただ……。そう、単純にあなたには何か、この世界にはない空気を感じる。それは神からの孤独さにも似た様な物を、ね」
どこかこの世界の者達は、良くも悪くも、神の影をぬぐいされない。
だがジキムートからは、神に絡まってしまった感情の糸が見えなかった。
それをノーティスが、感じ取ったのだろう。
「神……。絶対的な支配者ねぇ。良いんじゃねえか? 支配者が民衆を愛するなんて、幻想に近いんだ。それなのに神は人を愛してくれて、しかもマナは大盤振る舞いっ! ありがてえじゃねえかよ。他人だと思ってやり過ごしてりゃ、痛い目もみねえしな。特に俺の生きる道を邪魔はしねえみたいだし、問題はない」
ジキムートがこの世界に来て、そして今に至るまでに思った事は、それであった。
神と人間、双方の思いを集めて形作られた、世界の精神的な輪郭。
神が愛したこの世界と、愛された人々との対話の形。
その姿への、異世界人からの感想。
「ふふっ。神を他人……ですか? くくっ、アハハっ。やはりあなたは面白い」
ジキムートの応えに、ノーティスが楽しそうに笑う。
神を他人だと認識している人間など、この世界にはほぼいないはずだ。
ノーティスには斬新で、新感覚の言葉だったろう。
(まぁ、身近過ぎるわな、この世界の神は。なんのリスクも無く、魔法を使わせてくれる存在。色んなモンを生まれた時から、無償で与え続けてくれる。マナが溢れる世界ってのは間違いなく、良い事だよ。)
この異世界は未だ、人類が始まって1000年ほどである。
だが、文明レベルは恐らくは、すでに我らの知る西暦1500年頃に匹敵していた。
当然、西暦はあくまで宗教的な物で、紀元前も存在するわけで――。
何千年、うがった見方をして何万年かをすっ飛ばして、驀進しているこの異世界。
全てが魔法のおかげとは言い難いが、何割かは魔法のおかげだろう。
それに――。
(うちらの世界みたいに、作物に水をやるのも手作業で。何日もかけて水路作って。そんでいざ引いても……。相手のほうが多いだの、村では自分のほうが偉いだの。難癖付けて争いを起こす。そんな貧相な争いなんてしなくても、良いみたいだしよ。)
我田引水、という言葉を知っているだろうか?
自分の利益を増やすため、横暴する様や相手を出し抜く事である。
あまり良い意味で使われない言葉だが、漢字を見れば分かるハズ。
自分の田畑に水を引いてくる=我欲に走る、である。
そういう言葉が残るほど、昔は田んぼに水を引くのは非常に、難しかったという事だ。
それを魔法でちょちょいっとやれるなら、一つ、争いの火種が消えたことになるだろう。
「生活を豊かにしてくれますね、神は。確かに。だがそのせいで……」
「人々は争っている。知ってる」
神の英知を無限に使える、この異世界の住民達。
彼らは次に、他人より多く、田んぼに水を引く事。
そう言った事で争うのをやめ、〝水を引かない、引かせない事〟で争いを始めた。
自分が多く引かない事を示し、相手にもそれを強要する。
ジキムートの世界では人は、限られた財を奪いあって、無限に利益を求める『足し算』で争っていた。
しかし、マナを大盤振る舞いするこの世界は、他人が利益を得れないようにする『引き算』。
一歩でも、〝自分より″神に近づこうとする者を排斥する。
そんな争いをしていた。
「世界は神の慈愛とマナで溢れています。ですが、争いはなくならない。偉い宗教学者がなんと言うかは知りません。ですが、私は考えた。そもそも……。間違っているのは人間ではないのかもしれない、と。それを作った神が、間違っている」
「――なるほど」
ノーティスの言葉には、予想できる話の結末がある。
〝神の排斥″だ。
人間の悪意から目を背け、物を与えた神へと悪意を向ける事。
(きっと後悔するぞ、ノーティス。俺らの世界も全然、余裕で争いばかりだ。)
親から物を潤沢に与えられようが、与えられなかろうが……。
子供は、人類は、争う物なのだ。
考えを巡らせるジキムート。
「私は思う。神は人を作った。自分に、孤独から持ち込んだ、唯一の己が姿に似せて。それならばつまりは、人が争うのは神に似ているからでは? 神はそもそもとして、善良な存在ではないのではないか? 私達と似て、不正等を好む存在だったのではないか、と」
「……」
眉根を寄せるジキムート。
思った結論にたどりつかない。
だが、ノーティスがそう考えるのは確かに、道理かもしれない。
神はどこまで、人類を自分に似せたかは知らないが、ただ一つ確かな事。
その〝芽″。
『悪の芽』を神が、初めから持っていたはず。
人が悪の芽を持ち続けるのは、父親や母親が善人ではないからだ、と。
「そんな、悪を愛する者達が勧めてくる正義などに従っていて、良いのかと。正しき道は本当に、成就される物でしょうか? 親と同じ道を進むだけでは意味がない。私達がすがるべきは、4つに分かたれた神ではなく、自分達人間自らが選択するべき『概念』なのでは?」
ノーティスの眼が険しい。
その言葉には確かに、合理性があった。だが……。
「人間自ら、か。デカい話だな。そう言うのを理想って言うんだろうが。悪くねえよ」
「……」
「だがノーティス、覚えとくと良い。悪い言葉ほど正しくそして、心を打つんだって事を、さ。俺が傭兵として生きて来て理解した、全ての正義への返答、だぜ。誰も正義になんてなれねえんだよ。例え神でもな」
「……」
悪の芽とは、人間性である。
人間らしくあり続ける限り、人間の正義は所詮、悪の芽に引き寄せられた言葉なのだとジキムートは、知っていた。
どんな賢明な王様も。
どんな慈悲深き聖職者も。
そしてどれ程強く美しく、何より自分と血を分けた勇者でさえも、悪の道を歩いているのだ。
正義を語れ。
人間性を叫べっ!
語られた正義こそが、悪の道だ。
「……。ふふっ。ハハハっ! あなたは楽しい人だ。ヒヒヒっ」
大笑いするノーティス。
笑い声が、夜風になびいている。
涙を流し笑うノーティスはフッと――。
真顔になった。
彼女は月に照らされて光る、耳元の銀色を払う。
「ところでジキムートさん?」
「あん?」
「さっき、獣との戦いの負債が、自分のほうが多いと言いましたよね?」
「……」
サッ!
「あなたしかし、私の見てはいけない物を……。見ましたね?」
おっぱいおっぱいっ!
「んっ、あぁいやっ……」
「待ちなさい……。どこに行くんです? 部屋でゆ~っくり。お皿の割り方について、語ろうではないですか」
すさまじいダッシュ力を見せるジキムートに、ゆらり……とノーティスが歩いていくっ!
『殺人鬼の歩き(マーダーウォーク)』。
ゲームでよくある、歩いているだけだが決して攻撃が入らないボス。
その風格が漂い始めるノーティスっ!
「ははっ……。私は今、どんな反撃すらも絶対に、かわせる自信がありますよ」
カラカラカラ……
ノーティスが引きずるショートソードが地面に当たって、ハガネが鳴き叫ぶ。
「ひいいっ!?」
それを後ろに聞きながら、ジキムートが逃げていったっ!
月がもうすぐ――。
満月だ。
「ふぅ、帰ったか」
安堵する幼子。
「面倒な事になったもんよ。まさかこのタイミングで、あのような2人に訪問されるとはな。あの2人はわしの命運さえ、変えてしまいかねんからのう。それでは計画に狂いが出てしまう恐れもある。どうしたもんか」
彼女はぶらりと、水の上を歩いていく。
その足元には蛇の頭が……。
一歩歩くごとに蛇の頭を踏みつけて、まるで地面の様にしながら、夢幻の湖の上を歩いているのだ。
「じゃが今は、下手に動けない。ハラカラが見ている限りはな。困ったもんじゃのぉ。ここまで難儀な事になるとはさすがに、〝奴″すらも考えてはおるまいて。ココが歴史の変革ポイントになるかも、な」
薄ら笑う少女。
白い蛇が多量に巻き付いていく。
「わしらの計画すらも踏みにじる、その変革。良いぞ。踊って見せようか……」
彼女は蛇に覆われ、消えていった。
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