52 / 145
2章 聖地編。
傭兵の統治者たる資格。
しおりを挟む
「よっしお前らぁ。じゃあとりあえず、俺の自己紹介は……やったな。イカしてすかして騙した男……」
「イカしてスカしてまかした男、だろ。全くお前は。せっかく考えてやったんだぞ?」
「へへっ、それでこいつがレキ。副長にして俺の所有物~っ!」
「ふざけるなっ!」
ガスっ! と音を立てて、おっぱいを揉むヴィン・マイコンの顔面に、裏拳を入れる女傭兵レキっ!
ヴィン・マイコンの鼻からばぁ……と、鼻血が垂れてきた。
「どうやらこうなる事を彼女は、知っていたみたいですね」
「だな。良かったぜ、待ってて。しっかし……。これがアイツらの〝掌握術″ってやつか」
会議室に集まった傭兵全員が、青ざめている。
さっきまで憤って、レキに殺到しようとしていた傭兵達が、見事なまでに棒立ちだ。
恐らくは、勢い余って飛びつく怖さを、自分の心で噛み締めただろう。
「あれが……。ヴィン・マイコンかよ」
「伝説の〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″。全傭兵の恐怖の象徴っ!」
「絶対的殺人鬼じゃねえか。初めて見たぜ……」
次々とヴィン・マイコンを称賛――。
いや、畏怖する声が聞こえてくる、が。
「へぇ、ヴィン・マイコンは強いわけだ。で、おい。あのレキって女はどうなんだ?」
ジキムートがノーティスに聞こうとした所。
ドンっ!
「ところで君たちっ! ヴィン・マイコンを知ってる奴は多いだろう。だが当然、それよりも強いと専ら自慢の僕っ。〝勇者レキ″を知っている者も、たくさんいるよねっ!? 知っている者は手を上げてくれっ!」
……。
「……」
「レ……キ」
全員訝しそうに頭をかく。
誰一人として手を上げる者はいない。
その戸惑いの表情に……。
「……うぅ」
「はて――。レキとか。聞いたっけかぁ?」
「いや、〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″には、付き人はいなかったような……」
「大体勇者ってなんだよ。ドラゴン殺しか? それなら知らんはずがないんだが、な」
段々と屈みゆくレキ。そして。
「うっぅ。良いんだ。本当は……。僕は本当は、ヴィンより強いんだ。それなのに〝勇者レキ″をなぜ、世間は認めないんだ」
とても暗く、陰鬱かつ重症。
泣きそうな目で体育座りしてしまう、レキ副長。
「あ~」
その姿になんだか傭兵達が、可哀そうな気分になる。
ちなみに屈むレキは本当に、見事なまでにゆるやかで、パンっと張った放物線を描く太もも。
それを晒していた。
そして何よりパンツが見えそうなので、必死に屈んだり、覗き込んだりする奴らは多い。
「そっ……その。気にすんなって。アハハ」
「まぁ、人間そう言うこともあるさ。時代が変われば……、ほら」
なんとか慰めてやろうと傭兵達が、気を遣う。
「と言うわけでだ。勇者レキさんが戦意喪失したので、俺が説明すっぞ」
暗く、どんよりと座るレキの前に立ち、ヴィン・マイコンが説明を始めていく。
「とりあえず、受付に来た順番に、部屋割りをしておいた。部屋に入ってそして、状況を確認しろ。それだけで、今日はもう良い。そんで明日からは部屋ごとに、適当に仕事を割り振る。以上だ」
「あと……水や食料は、ここ以外では買ってはいけない。そして外に出るのもお勧めしない」
「あっ、あぁ。そっか」
ヴィン・マイコンが頭をかく。
全く持って、見た目通りヴィン・マイコンは、適当な男らしい。
レキが一応、暗く沈み込んだ声で、補足説明をし始めた。
「女も少し待て。後で補給物資と共に、女も来る。明日……。朝が来るまでは我慢しろ。すぐに分かる。そして何よりもっ!」
ドンっ!
「この聖地でっ、一番最初にすべきは僕の名前っ! 僕のレキという名前を覚えて帰ってくれ~~っ」
だばーっと涙を流しながら、レキが叫んだっ!
そのなんとも切実な、売れない40を超えた、芸人のような悲壮感。
それに思わず……笑いが噴出。
「くくっ。れっ、レキな。分かっ……。くくっ」
「りょっ、りょうか……。ヒヒっ、あはははははっ」
笑う傭兵達にふふっと笑い。
「僕の仕事は終わった。じゃあ君たち、お利口さんにしておくんだぞっ!」
レキは女性らしいしなやかさで、指を立てた。
そしてヴィン・マイコンと共に、会議場から去っていこうとする。
もうあの、どんよりと殺伐とした雰囲気はない。
血は壁に吹きかかっているが、傭兵達の心情には明るさがある。
彼らの人心掌握は見事に、成功していた。
「色々言ってたな」
「ええ。なんとも不安になるフレーズをたくさん」
ただ、その中でもジキムートとノーティスの2人は、顔色が優れない。
レキの雰囲気で誤魔化されたが。
何気に、傭兵が知るべき事。
命に関わる話が、適当に説明された言葉にたくさん含まれている。
考えていると2人。
レキとヴィン・マイコンが、目の前に歩いてきていた。
「よぉあんたらが、えと……」
「ジキムートとノーティス。だよね? そして、僕の名は?」
ぐいっと前に出て、耳を寄せてくるレキ。
あまりに気さくに、奇麗な顔が近づいてくる。
その事にジキムートが少し、びっくりしてしまった。
「んっ……? あぁ、レキ。レキな。副長だろう?」
「そうだそうっ。ついでに勇者だ、ジキムートっ。良く分かってるじゃないか」
ぺしぺしっと胸の鎧をはたいてくるレキ。
なんとも嬉しそうだ。
「あんたらがあの、ビッチ嬢直属だろう? 俺らもそうなんだ」
「へー」
ヴィン・マイコンの言葉に、なるほど、と言った目になるジキムート。
確かにレナだったかヴィエッタだったかが、名前を出したのを思い出す。
「ところでジキムート。お前さん、どうやらペテン師らしいが……。そんなペテン程度で、ココでやってけるのかよ?」
あっさりと、他の傭兵の手の内をおおっぴらに話し、見下した様子で聞いてくるヴィン・マイコン。
態度が悪い。
「知らねえな。それを決めるのは戦場だ、お前じゃあない」
鋭い目で、2メートル近い大男を睨みながら、ジキムートが応えた。
「確かに確かに。面白い事言うな、だが……、ここは荒くれもっ!」
ビュンっ!
その瞬間、拳が迫るっ!
「……」
「……」
2人は見合ったままだ。
ヴィン・マイコンの拳が、ジキムートが腕でガードする首筋に。
ジキムートの足が、ヴィン・マイコンの両足の隙間に入っていた。
「の達の集まりだぜ。ほら……ゴミがついてる」
「そうか。お前の足元には、ハチが居たぞ」
ヴィン・マイコンは薄ら笑って、すっと手をどけた。
それを見届け、ジキムートが足をひっこめる。
「で、そちらはノーティスさんかな? 良い女だ。どうだこの後、会議と会食を2人で。この聖地で最も美しいレストランにでも、入ろうか」
すぐさまノーティスに、握手を求めるヴィン・マイコン。
声色が変わっていた。
「いや、私は女ではなくて男です。お間違え無き用」
断るノーティスは、まぁ……悪い顔ではない。
ヴィン・マイコンは、そこそこにイカした顔をしている。
ノーティスもそれ程、毛嫌いはしてないようだ……がっ!
「そいつは失礼。じゃあ……」
ぺしっ。
「よろしく。僕はレキだ」
突然ノーティスの視界は、レキのニコニコした顔でいっぱいに、ドアップで埋め尽くされていた。
「……あの、レキさん?」
にこにこ顔のレキとは対照的に、ノーティスは、ヒクヒクと眉を痙攣させる。
「なんだい?」
「胸触るの……、やめてくれません?」
「ははっ。ただの男同士のスキンシップじゃないかーっ」
「とんでもなく。そう……。とんでもない、イヤラシさなんですが」
明らかに先端。
乳首の先端を探して、指をスムーズにしならせ、必死にコスっているレキっ!
「いや、ほら。ここで会ったのも何かの縁。乳首くらいは勃たせておきたいなって。こんな可愛いの、ヴィンの奴に先を越されないようにしないとだしっ」
二コリっとさわやかに、ヨダレを垂らして笑うレキが眼鏡を上げた。
男より遥かにいやらしい事を、サラッと言い放つ。
「俺は揉むだけだ、あほっ! 乳首を勃たせたりしねえっ。おめえとは違うんだよレキっ」
「ははっ、馬鹿を言うなヴィンっ! 僕はテクニシャンだから結果的に、勃っちゃうんだよ。これはあくまで自然の成り行きさっ!」
「……」
ノーティスの顔が引きつっていた。
恐らく、レキとヴィン・マイコンは似た者同士だ。
性格の〝本質″が、同じである。
「ふ~ん、だがノーティス。まぁ、男……ねぇ。でもあんた、そんなナリで強いのかよ?」
男だと言った瞬間に、態度が変わるヴィン・マイコン。
やはり馬鹿にしたようにノーティスに、ヴィン・マイコンが聞く。
態度は当然、わ・る・い。
「私は魔法士ですので、腕力は全然ですが……」
瞬間、ぼそぼそっと何かを唱え……。
「第3階級くらいの力は、ありますよ」
魔法の炎を出して見せたノーティス。
「へぇ……すごい。すごいよっ、この炎っ! 練度が桁違いだっ。確かに第3階級くらいはあるかもね。すごいよ、うん。君の4柱の加護は、ヴィキ様なのかい?」
レキが、その炎の中身を見ながらうんうんと、しきりにうなずく。
そして不意にノーティスに聞いた。
「いえいえ。それは秘密ですよ」
「ふふっ。まぁそりゃそうか。手の内は明かさないよね、普通」
レキとノーティスが笑った。
並んでいると、美しさの質と性格の違いが、白と赤の対極性を持つように見えた2人。
「ほぉ、第三階級、か。そりゃすごい。どこの出身だ?」
「傭兵に出自を聞くなんて、正気ですか?」
「……。それなら、どこの流派だ?」
何か……。
お気に召さない様子でさらに、ノーティスにヴィン・マイコンが聞く。
「カイノ学派です」
「へぇ、流派があんだな。野良の傭兵の癖に。そりゃ魔法士としては、大いに箔がつく。しかもカイノ。かなり高名だ。それなら実勢にも投入できる。それが本当なら、な」
「本当です。これは間違いないですよ」
ノーティスが言った言葉に、ヴィン・マイコンが上を見上げて、何かを考えている。
「ふぅ……。それならカイノと言えば、あの爺さん。ヨボヨボでいつ死んでもおかしくないと言われてから30年、通称〝バッケンロージジイ〟は元気か?」
「……。さぁ、私はそんな爺さん知りませんが?」
「そんなはずはない。あの爺さんは有名だ。あの爺さんが生きてたら、アンタが使ったあの焔の魔法。あんなの、使わせないハズだが?」
その言葉をヴィン・マイコンが放ち、静止する。
「どう言う意味でしょう? 普通の魔法ですが?」
「カイノでは、そんな魔法は教えてねえ筈だ」
「さっぱりです……」
「……」
気まずい静寂が支配するが、答えが返ってくるまでは引きそうもない、ヴィン・マイコン。
2人は見つめあっている。
ヴィン・マイコンは、頭をグラグラ揺らしながらまるで、試す様に見ていた。
(ノーティスはどうやら本当に、魔法の腕は逸品のようだが……。気にしてんのは、魔法の腕じゃあないのか?)
ジキムートが訝しそうに、ヴィン・マイコンを見やる。
「申し訳ないが、分からないな」
「……そうか。へぇ……。だったら俺の見間違いかもな。悪いがもう一回、魔法を使って見せてくれ。2人っきりで、さ。これは命令だぜ」
ヴィン・マイコンがわざと大仰に言って、ノーティスに詰め寄っていく。
「……。残念ですが、お断りしますよ。私はあなたに認められなくても、ここにとどまる権利を持っている」
ここで初めてノーティスが、ヴィン・マイコンをにらみつけた。
「……。気に食わねえ」
ぼっそりと、小さな声で言葉にしたヴィン・マイコン。
恐らくは気にもせず、口からこぼれたのだろう。
ヴィン・マイコンとノーティスが睨みあう。
すると……。
「ふぅ……、ヴィン。美男子相手に遊んでるんじゃないよ。ベッドに男同士で入ってみるか、悩んでみるのも悪くない。だが今は任務中。僕たちは、ここまでにしようか。仕事がある」
眼鏡をクイっと上げて、割って入るレキ。
「……」
ノーティスはレキの言葉に何か、苦々しい顔をしている。
「ん。あぁ……。まぁそうだな」
なんだか納得しない様子だが、レキに促され仕方なく、体の方向を変えるヴィン・マイコン。
「またね~。あっ、今度は僕の乳首、勃たせてみるかい?」
その言葉に即時っ!
数人の傭兵が、レキを凝視した。
だが気にせず、2人は奥へと歩いていく。
「ふぅ……」
呆れたように脱力し、黄色の髪留めを触るノーティス。
「あの2人なら、この人数の傭兵が集まる理由、分かるぜ」
そう言って、2人が去った後の室内を、ジキムートが見渡す。
かなりの人数が居た場所。
街角にも、十分な兵力が見えた。
お金を出して集めたのだろう。
それは普通で当然――。
と、思うのかもしれないが、そうでもない。
「ヴィン・マイコン。この名前は絶大ですからね。勝ち目を感じるのは必然ですよ。まぁ、それだけではないのですが、ね」
周りを見渡しながら、銀の髪をときほぐすノーティスは、不機嫌そうな顔だ。
傭兵と言う物は、遊びで人殺しをし……。
いや、まぁそれは良いとしても、だ。
金がもらえるからと言って、何でもするわけではない。
『生き残って豪遊して、楽しく行きたい』から、なんでもできる傭兵をしている。というわけである。
前提条件を忘れがちだが、決して侮ってはいけない。
「勝たなきゃ意味ねえからな。女も金も、どっちも手に入らねえ」
勝てば官軍。
その村の女も。
残った酒も食べ物も、そして、名誉でさえも。
全てが自分たちの物。
楽しめる。
だが、負ければ金が払われるか以前に、自分が楽しめなくなる。
ゆえに負け戦には、厳しい現実しか待っていない。
どれ程金を積んでも、傭兵すら集められなくなるのだ。
戦争は血みどろの戦いが始まる、その前。
勝敗の臭いを漂わせた時点で、決する事がある。
これを知っておかなければならない。
「だが、その勝ち筋に乗ってドボンっ。なんて事に、ならなきゃ良いがな」
「そうですね」
頭をかいて、ジキムート達が自分の宿舎に歩き出した。
外はもうすっかり、暮れている。
青い屋根が赤で焦がされ、まるで炎の海が波打っているように見えた。
「イカしてスカしてまかした男、だろ。全くお前は。せっかく考えてやったんだぞ?」
「へへっ、それでこいつがレキ。副長にして俺の所有物~っ!」
「ふざけるなっ!」
ガスっ! と音を立てて、おっぱいを揉むヴィン・マイコンの顔面に、裏拳を入れる女傭兵レキっ!
ヴィン・マイコンの鼻からばぁ……と、鼻血が垂れてきた。
「どうやらこうなる事を彼女は、知っていたみたいですね」
「だな。良かったぜ、待ってて。しっかし……。これがアイツらの〝掌握術″ってやつか」
会議室に集まった傭兵全員が、青ざめている。
さっきまで憤って、レキに殺到しようとしていた傭兵達が、見事なまでに棒立ちだ。
恐らくは、勢い余って飛びつく怖さを、自分の心で噛み締めただろう。
「あれが……。ヴィン・マイコンかよ」
「伝説の〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″。全傭兵の恐怖の象徴っ!」
「絶対的殺人鬼じゃねえか。初めて見たぜ……」
次々とヴィン・マイコンを称賛――。
いや、畏怖する声が聞こえてくる、が。
「へぇ、ヴィン・マイコンは強いわけだ。で、おい。あのレキって女はどうなんだ?」
ジキムートがノーティスに聞こうとした所。
ドンっ!
「ところで君たちっ! ヴィン・マイコンを知ってる奴は多いだろう。だが当然、それよりも強いと専ら自慢の僕っ。〝勇者レキ″を知っている者も、たくさんいるよねっ!? 知っている者は手を上げてくれっ!」
……。
「……」
「レ……キ」
全員訝しそうに頭をかく。
誰一人として手を上げる者はいない。
その戸惑いの表情に……。
「……うぅ」
「はて――。レキとか。聞いたっけかぁ?」
「いや、〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″には、付き人はいなかったような……」
「大体勇者ってなんだよ。ドラゴン殺しか? それなら知らんはずがないんだが、な」
段々と屈みゆくレキ。そして。
「うっぅ。良いんだ。本当は……。僕は本当は、ヴィンより強いんだ。それなのに〝勇者レキ″をなぜ、世間は認めないんだ」
とても暗く、陰鬱かつ重症。
泣きそうな目で体育座りしてしまう、レキ副長。
「あ~」
その姿になんだか傭兵達が、可哀そうな気分になる。
ちなみに屈むレキは本当に、見事なまでにゆるやかで、パンっと張った放物線を描く太もも。
それを晒していた。
そして何よりパンツが見えそうなので、必死に屈んだり、覗き込んだりする奴らは多い。
「そっ……その。気にすんなって。アハハ」
「まぁ、人間そう言うこともあるさ。時代が変われば……、ほら」
なんとか慰めてやろうと傭兵達が、気を遣う。
「と言うわけでだ。勇者レキさんが戦意喪失したので、俺が説明すっぞ」
暗く、どんよりと座るレキの前に立ち、ヴィン・マイコンが説明を始めていく。
「とりあえず、受付に来た順番に、部屋割りをしておいた。部屋に入ってそして、状況を確認しろ。それだけで、今日はもう良い。そんで明日からは部屋ごとに、適当に仕事を割り振る。以上だ」
「あと……水や食料は、ここ以外では買ってはいけない。そして外に出るのもお勧めしない」
「あっ、あぁ。そっか」
ヴィン・マイコンが頭をかく。
全く持って、見た目通りヴィン・マイコンは、適当な男らしい。
レキが一応、暗く沈み込んだ声で、補足説明をし始めた。
「女も少し待て。後で補給物資と共に、女も来る。明日……。朝が来るまでは我慢しろ。すぐに分かる。そして何よりもっ!」
ドンっ!
「この聖地でっ、一番最初にすべきは僕の名前っ! 僕のレキという名前を覚えて帰ってくれ~~っ」
だばーっと涙を流しながら、レキが叫んだっ!
そのなんとも切実な、売れない40を超えた、芸人のような悲壮感。
それに思わず……笑いが噴出。
「くくっ。れっ、レキな。分かっ……。くくっ」
「りょっ、りょうか……。ヒヒっ、あはははははっ」
笑う傭兵達にふふっと笑い。
「僕の仕事は終わった。じゃあ君たち、お利口さんにしておくんだぞっ!」
レキは女性らしいしなやかさで、指を立てた。
そしてヴィン・マイコンと共に、会議場から去っていこうとする。
もうあの、どんよりと殺伐とした雰囲気はない。
血は壁に吹きかかっているが、傭兵達の心情には明るさがある。
彼らの人心掌握は見事に、成功していた。
「色々言ってたな」
「ええ。なんとも不安になるフレーズをたくさん」
ただ、その中でもジキムートとノーティスの2人は、顔色が優れない。
レキの雰囲気で誤魔化されたが。
何気に、傭兵が知るべき事。
命に関わる話が、適当に説明された言葉にたくさん含まれている。
考えていると2人。
レキとヴィン・マイコンが、目の前に歩いてきていた。
「よぉあんたらが、えと……」
「ジキムートとノーティス。だよね? そして、僕の名は?」
ぐいっと前に出て、耳を寄せてくるレキ。
あまりに気さくに、奇麗な顔が近づいてくる。
その事にジキムートが少し、びっくりしてしまった。
「んっ……? あぁ、レキ。レキな。副長だろう?」
「そうだそうっ。ついでに勇者だ、ジキムートっ。良く分かってるじゃないか」
ぺしぺしっと胸の鎧をはたいてくるレキ。
なんとも嬉しそうだ。
「あんたらがあの、ビッチ嬢直属だろう? 俺らもそうなんだ」
「へー」
ヴィン・マイコンの言葉に、なるほど、と言った目になるジキムート。
確かにレナだったかヴィエッタだったかが、名前を出したのを思い出す。
「ところでジキムート。お前さん、どうやらペテン師らしいが……。そんなペテン程度で、ココでやってけるのかよ?」
あっさりと、他の傭兵の手の内をおおっぴらに話し、見下した様子で聞いてくるヴィン・マイコン。
態度が悪い。
「知らねえな。それを決めるのは戦場だ、お前じゃあない」
鋭い目で、2メートル近い大男を睨みながら、ジキムートが応えた。
「確かに確かに。面白い事言うな、だが……、ここは荒くれもっ!」
ビュンっ!
その瞬間、拳が迫るっ!
「……」
「……」
2人は見合ったままだ。
ヴィン・マイコンの拳が、ジキムートが腕でガードする首筋に。
ジキムートの足が、ヴィン・マイコンの両足の隙間に入っていた。
「の達の集まりだぜ。ほら……ゴミがついてる」
「そうか。お前の足元には、ハチが居たぞ」
ヴィン・マイコンは薄ら笑って、すっと手をどけた。
それを見届け、ジキムートが足をひっこめる。
「で、そちらはノーティスさんかな? 良い女だ。どうだこの後、会議と会食を2人で。この聖地で最も美しいレストランにでも、入ろうか」
すぐさまノーティスに、握手を求めるヴィン・マイコン。
声色が変わっていた。
「いや、私は女ではなくて男です。お間違え無き用」
断るノーティスは、まぁ……悪い顔ではない。
ヴィン・マイコンは、そこそこにイカした顔をしている。
ノーティスもそれ程、毛嫌いはしてないようだ……がっ!
「そいつは失礼。じゃあ……」
ぺしっ。
「よろしく。僕はレキだ」
突然ノーティスの視界は、レキのニコニコした顔でいっぱいに、ドアップで埋め尽くされていた。
「……あの、レキさん?」
にこにこ顔のレキとは対照的に、ノーティスは、ヒクヒクと眉を痙攣させる。
「なんだい?」
「胸触るの……、やめてくれません?」
「ははっ。ただの男同士のスキンシップじゃないかーっ」
「とんでもなく。そう……。とんでもない、イヤラシさなんですが」
明らかに先端。
乳首の先端を探して、指をスムーズにしならせ、必死にコスっているレキっ!
「いや、ほら。ここで会ったのも何かの縁。乳首くらいは勃たせておきたいなって。こんな可愛いの、ヴィンの奴に先を越されないようにしないとだしっ」
二コリっとさわやかに、ヨダレを垂らして笑うレキが眼鏡を上げた。
男より遥かにいやらしい事を、サラッと言い放つ。
「俺は揉むだけだ、あほっ! 乳首を勃たせたりしねえっ。おめえとは違うんだよレキっ」
「ははっ、馬鹿を言うなヴィンっ! 僕はテクニシャンだから結果的に、勃っちゃうんだよ。これはあくまで自然の成り行きさっ!」
「……」
ノーティスの顔が引きつっていた。
恐らく、レキとヴィン・マイコンは似た者同士だ。
性格の〝本質″が、同じである。
「ふ~ん、だがノーティス。まぁ、男……ねぇ。でもあんた、そんなナリで強いのかよ?」
男だと言った瞬間に、態度が変わるヴィン・マイコン。
やはり馬鹿にしたようにノーティスに、ヴィン・マイコンが聞く。
態度は当然、わ・る・い。
「私は魔法士ですので、腕力は全然ですが……」
瞬間、ぼそぼそっと何かを唱え……。
「第3階級くらいの力は、ありますよ」
魔法の炎を出して見せたノーティス。
「へぇ……すごい。すごいよっ、この炎っ! 練度が桁違いだっ。確かに第3階級くらいはあるかもね。すごいよ、うん。君の4柱の加護は、ヴィキ様なのかい?」
レキが、その炎の中身を見ながらうんうんと、しきりにうなずく。
そして不意にノーティスに聞いた。
「いえいえ。それは秘密ですよ」
「ふふっ。まぁそりゃそうか。手の内は明かさないよね、普通」
レキとノーティスが笑った。
並んでいると、美しさの質と性格の違いが、白と赤の対極性を持つように見えた2人。
「ほぉ、第三階級、か。そりゃすごい。どこの出身だ?」
「傭兵に出自を聞くなんて、正気ですか?」
「……。それなら、どこの流派だ?」
何か……。
お気に召さない様子でさらに、ノーティスにヴィン・マイコンが聞く。
「カイノ学派です」
「へぇ、流派があんだな。野良の傭兵の癖に。そりゃ魔法士としては、大いに箔がつく。しかもカイノ。かなり高名だ。それなら実勢にも投入できる。それが本当なら、な」
「本当です。これは間違いないですよ」
ノーティスが言った言葉に、ヴィン・マイコンが上を見上げて、何かを考えている。
「ふぅ……。それならカイノと言えば、あの爺さん。ヨボヨボでいつ死んでもおかしくないと言われてから30年、通称〝バッケンロージジイ〟は元気か?」
「……。さぁ、私はそんな爺さん知りませんが?」
「そんなはずはない。あの爺さんは有名だ。あの爺さんが生きてたら、アンタが使ったあの焔の魔法。あんなの、使わせないハズだが?」
その言葉をヴィン・マイコンが放ち、静止する。
「どう言う意味でしょう? 普通の魔法ですが?」
「カイノでは、そんな魔法は教えてねえ筈だ」
「さっぱりです……」
「……」
気まずい静寂が支配するが、答えが返ってくるまでは引きそうもない、ヴィン・マイコン。
2人は見つめあっている。
ヴィン・マイコンは、頭をグラグラ揺らしながらまるで、試す様に見ていた。
(ノーティスはどうやら本当に、魔法の腕は逸品のようだが……。気にしてんのは、魔法の腕じゃあないのか?)
ジキムートが訝しそうに、ヴィン・マイコンを見やる。
「申し訳ないが、分からないな」
「……そうか。へぇ……。だったら俺の見間違いかもな。悪いがもう一回、魔法を使って見せてくれ。2人っきりで、さ。これは命令だぜ」
ヴィン・マイコンがわざと大仰に言って、ノーティスに詰め寄っていく。
「……。残念ですが、お断りしますよ。私はあなたに認められなくても、ここにとどまる権利を持っている」
ここで初めてノーティスが、ヴィン・マイコンをにらみつけた。
「……。気に食わねえ」
ぼっそりと、小さな声で言葉にしたヴィン・マイコン。
恐らくは気にもせず、口からこぼれたのだろう。
ヴィン・マイコンとノーティスが睨みあう。
すると……。
「ふぅ……、ヴィン。美男子相手に遊んでるんじゃないよ。ベッドに男同士で入ってみるか、悩んでみるのも悪くない。だが今は任務中。僕たちは、ここまでにしようか。仕事がある」
眼鏡をクイっと上げて、割って入るレキ。
「……」
ノーティスはレキの言葉に何か、苦々しい顔をしている。
「ん。あぁ……。まぁそうだな」
なんだか納得しない様子だが、レキに促され仕方なく、体の方向を変えるヴィン・マイコン。
「またね~。あっ、今度は僕の乳首、勃たせてみるかい?」
その言葉に即時っ!
数人の傭兵が、レキを凝視した。
だが気にせず、2人は奥へと歩いていく。
「ふぅ……」
呆れたように脱力し、黄色の髪留めを触るノーティス。
「あの2人なら、この人数の傭兵が集まる理由、分かるぜ」
そう言って、2人が去った後の室内を、ジキムートが見渡す。
かなりの人数が居た場所。
街角にも、十分な兵力が見えた。
お金を出して集めたのだろう。
それは普通で当然――。
と、思うのかもしれないが、そうでもない。
「ヴィン・マイコン。この名前は絶大ですからね。勝ち目を感じるのは必然ですよ。まぁ、それだけではないのですが、ね」
周りを見渡しながら、銀の髪をときほぐすノーティスは、不機嫌そうな顔だ。
傭兵と言う物は、遊びで人殺しをし……。
いや、まぁそれは良いとしても、だ。
金がもらえるからと言って、何でもするわけではない。
『生き残って豪遊して、楽しく行きたい』から、なんでもできる傭兵をしている。というわけである。
前提条件を忘れがちだが、決して侮ってはいけない。
「勝たなきゃ意味ねえからな。女も金も、どっちも手に入らねえ」
勝てば官軍。
その村の女も。
残った酒も食べ物も、そして、名誉でさえも。
全てが自分たちの物。
楽しめる。
だが、負ければ金が払われるか以前に、自分が楽しめなくなる。
ゆえに負け戦には、厳しい現実しか待っていない。
どれ程金を積んでも、傭兵すら集められなくなるのだ。
戦争は血みどろの戦いが始まる、その前。
勝敗の臭いを漂わせた時点で、決する事がある。
これを知っておかなければならない。
「だが、その勝ち筋に乗ってドボンっ。なんて事に、ならなきゃ良いがな」
「そうですね」
頭をかいて、ジキムート達が自分の宿舎に歩き出した。
外はもうすっかり、暮れている。
青い屋根が赤で焦がされ、まるで炎の海が波打っているように見えた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。


ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜
西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」
主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。
生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。
その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。
だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。
しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。
そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。
これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。
※かなり冗長です。
説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる